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12 候爵子息(ヘルマン)視点

とうとう物語が、過去回想だけでなく、大きく動き始めます。


 俺はヘルツ侯爵家の四男でヘルマンという。四男なんて普通いてもいなくても問題ないような存在だ。女の子なら政略結婚の道具に使えるだろうけど。

 

 ところがだ。なんと現在俺は、リリースリー公爵家の一人娘シャルロッテの婚約者だ。いずれは俺が公爵になる。

 俺の家の内情を知らない連中は、玉の輿だな、羨ましいとのたまうが、冗談じゃないよ。代わってくれるならいつでも代わってやるよ。

 

 俺はあのシャルロッテが大嫌いだ。顔を見るのも口をきくのも嫌で嫌で仕方がない。まあ、有り難い事に、俺は普段はリリースリー家の領地の方にいて、会うのはたまの夜会のみだし、最低限のエスコートとファーストダンスの相手だけすれば、彼女は別の男の元へ行ってくれるので助かるが。

 彼女と一生一緒にいると想像するだけで、俺は奈落の底に落ちる気分だ。

 

 だから、リリースリー公爵夫人から「貴方とシャルロッテの婚約はそのうち解消するつもりよ」と言われて俺が呆けた顔をしたのも、決してショックを受けたからじゃない。結婚しなくてすむのなら、こんなに喜ばしい事はない。俺は爵位無しでも生活出来る能力を持っているのだから。

 ただ、この婚約はリリースリー公爵家からの申し出で、半ば脅されて成立したものだったのだ。嫌がる俺に対して、実の伯父でもある公爵は俺の家族全員の前でこう言ったのだ。

 

「私の(めい)に逆らって、この家がどうなってもいいのか? 親兄弟の事を考えないのか?」

 

 そう。これまでも我がヘルツ侯爵家は、伯父によってさんざん駒として利用され、いいように振り回されてきたのだ。

 

 リリースリー公爵家の娘であった母のエレンは十八の時に、父親の決めた婚約者のシュバイン伯爵と結婚した。そして娘を一人産んだ後、公爵を継いだ兄の命令で無理矢理離縁されて、公爵の子飼いであった俺の父親のヘルツ侯爵の後妻にさせられた。

 もちろん母だって素直に兄に従ったわけではない。云う事をきかねば伯爵家を潰して娘を修道院へ入れると脅されて、従うしかなかったのだ。

 

 母は父をずっと嫌っていた。そりゃあそうだろう。まるでヤクザのように、兄貴分に命じられて、それに逆らうことも一切せず、払い下げになったその妹を喜んで受け入れたのだから。しかも、結婚当日ためらいもなく、半ば強制的に母を抱いたのだから。

 少しでも父が思いやりを持ってくれていたら、我が家の最大の悲劇は防げたであろう。

 

 俺の父親ヘルツ侯爵は最初の結婚で嫡男を授かっていた。長兄のギルバートだ。しかし侯爵の妻は、産後の肥立ちが悪く、二十二歳という若さで身罷(みまか)った。

 母はあの伯父と同じ血が流れているとはとても思えないほど優しい人で、夫である父の事は嫌っていたが、長兄に自分で産んだ息子となんの隔てもなく愛情を注いでいた。俺達は本当に仲の良い四兄弟だった。

 だからこそ、次兄は、長兄が追い出されて自分が家を継がされた事に苦しんでいた。

 

「ギルバートはお前の産んだ娘と結婚してシュバイン伯爵家を継ぐのだから、これでみんな丸くおさまる。お前も嬉しいだろう? お前は俺を恨んでいたようだが、これで少しは兄の愛情の深さが分かっただろう?」

 

 アランティス=リリースリーは母に向かってこう言った。しかし、

 

「何を言っているんです? ギルバートはこのヘルツ家の嫡男ですよ。ギルバートがこの家を継ぐのが当然です。それなのに二男のジルドが継ぐなんて許可される訳がないでしょう」

 

 母は伯父を睨みつけた。すると伯父は薄笑いをしてこう言い放った。

 

「貴族として不名誉なこと、つまり不祥事でも起こしたら強制的に廃嫡されるかもしれないよ。でもそうなると、今度は婿入り先を見つけるのも大変になるね」

 

「なっ! なんて事を!」

 

 伯父の脅しに、母はショックを受けてその場に崩れ落ちた。

 結局兄は伯父の言う通りに母の産んだ姉と結婚した。兄には生みの母の記憶はなく、育ての親である母を実母のように慕っていた。それに兄のせいではなくとも、姉から母親の愛情を取り上げてしまったという負い目があり、彼女を幸せにしてやりたいと考えたらしい。

 同情や哀れみなどでは上手く行くはずがない。しかし、義理の伯母であるリリースリー公爵夫人が、二人の仲を上手にとりなしてくれた為に、兄と姉は今では真に仲の良い夫婦となっている。恐らく公爵夫人は共通の敵が誰なのかを指し示したのであろう。

 

 そして長兄の結婚後、我が家最大の不幸が訪れた。侯爵家を継いだ次兄が自ら命を断ったのだ。

 次兄のジルドは繊細で優しい性格だった。だから、自分が誰の子なのかとずっと悩み苦しんでいた。俺も子供の頃からその噂は耳にしていた。しかし、その疑惑の答えは出るはずがなかった。

 父と結婚して母はすぐに次兄を妊娠した。離婚して間を明けずの再婚であった為に、どちらの子か母親自身わからなかったようだ。もちろん父の子だと次兄には言いきかせていたが、そんな言葉が彼の慰めになる訳がなかった。せめて次兄が存命中に、秘法である『コンシネ魔術』(血筋のわかる、いや、暴く魔術)の事を知っていたらと、自分の勉強不足を呪った。

 

 長兄のギルバートがシュバイン伯爵家に入って、次兄ジルドがヘルツ家の跡取りと決まった時、親戚中が母と次兄を批判した。

 残念ながら親戚の反応は至極もっともの事だったろう。ヘルツ侯爵家の血筋が、もしかしたら違う家の人間にとって替わられてしまうかもしれないのだから。

 しかし、親戚連中もリリースリー公爵家の恐ろしさを知っているので、表立って批判や嫌がらせをしてきた訳じゃない。ただ、次々と次兄にヘルツ家の親類の娘との見合い話を持ってきたのだ。血筋を守るために。

 繊細な次兄は、真綿で首を締め付けられるような状況に耐えられなかった。

 

 次兄ジルドが亡くなった後、三男ですぐ上の兄レイナードが跡取りになった。三男である自分が跡を取るなどとは考えていなかった彼は、独立精神旺盛で、しかも王都の煩わしさを嫌い、辺境騎士を目指していた。そして、とある辺境伯の令嬢と恋仲になっていて、そこへ婿入りを考えていた。しかし、その夢は無惨にも消え去った。

 嘆く兄レイナードに向かって俺はこう慰めた。シャルロッテと結婚する俺よりはまだマシだろうと。すると兄は、俺の顔を複雑そうな顔で見つめながら頷いたのだった。

 

 残された俺達三兄弟と姉は、リリースリー公爵に復讐しようと考えていたが、その計画が次第に具体化、現実化してきたのは、リリースリー公爵夫人のおかげだ。彼女によって、あの蛇男に恨みを持ち、これ以上彼の被害者を増やしたくないと考える者達が、密かに繋がっていったのである。

 

 一度シャルロッテと結婚してリリースリー公爵の懐に入ってから、復讐を始める予定だろうと俺は思っていた。だからこそ、夫人から婚約を解消すると聞いた瞬間、俺は酷く驚いたのだ。

 

 あの後公爵夫人から詳しい話を聞かされた俺は、少し複雑だった。あのシャルロッテと結婚しなくて済む事はマジで嬉しい事だった。しかし、その為に俺よりずっと年下で、俺よりはるかに辛い思いをしてきた若者に、自分の身代わりをさせるのは正直気が重かった。

 しかし彼は俺にこう言った。

 

「ヘルマン卿が気に病む事はありません。私がその役目を果たした方が、確実に彼らにダメージを与えられる筈ですから」

 

 そう言った青年の顔は微笑みを浮かべ酷く美しかったが、その金色の瞳は恐ろしいほど冷たく輝いていた。少年さがまだ残っているその顔に老獪さも見え隠れして、俺は思わず肝を冷やした。そしてそれと同時に、今まで彼が味わってきた過酷な運命を改めて思い知り、自分の役割を完璧に遂行しようと心に決めた。

 

 

 シャルロッテほど鈍感で人の思いに疎い人間はいないと思う。それが父親や祖母、親類達から溺愛されてきたからなのか、それとも持って生まれたものなのかは知らないが。彼女は誰もが自分を好きで、好きになるものだと思っていて、それを疑おうともしない。

 俺が彼女に近づこうとしないのも、自分を愛しているから自由にさせてくれるのだと思っているようだった。だから、俺がまず最初にやった事は、彼女に俺の愛情に疑いを持たせる事だった。

 

 それまでは彼女への贈り物はいつも彼女から要望を聞き、それを手渡してきたが、俺は王都へ行く暇がないからと店から直接配達させた。そして夜会にも、仕事の多忙を理由にほとんど参加しなくなった。

 さすがに彼女もおかしいと思ったらしく、俺の身の回りを調べ始めたようだが、もちろん、俺は清廉潔白だ。領地の屋敷の執務室でほとんど缶詰め状態で仕事をしていたのだから。もっとも、その仕事の半分はリリースリー公爵家の不正や犯罪の証拠集めだったが。

 

 シャルロッテは父親に俺への不満を訴えたが、さすがの公爵も、落ち度のない俺を責める事など出来ずに、かえって娘を諌めた。その事で彼女は日々不満を膨らませていった。

 そしてそんなある日、シャルロッテはとある候爵家の夜会で、彼と出会ったのだ。婚約者がいなくなったローゼス女候爵のエスコートをしていた、若く美しい執事に。

 

 シャルロッテはその美し過ぎる若者にすぐに夢中になった。社交場の女性達が老若関わらず彼の虜になった事が、負けず嫌いでプライドの高い彼女を刺激したのだろう。自分こそが彼をものにしてやると。

 そんな彼女に俺はこう言った。

 

「半年後には結婚式をあげるのだから、そろそろ身辺の整理をして下さいね。そして遊びは跡取りを産むまでは控えて下さい。ああ、これは公爵も私と同じ考えです」

 

 シャルロッテは驚愕の表情で俺を見上げたのだった。


読んで下さってありがとうございます。

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