10 悪役令嬢(シャルロッテ)視点
ようやく悪役令嬢の登場です。
実は十作品投稿していますが、悪役令嬢が出て来るのはこれで二作目。しかも本格的(本人的には)なのは初めてです。もし、迫力がなかったらすみません!
私の名はシャルロッテ=リリースリー。二十歳。公爵家の一人娘よ。
そしてお母様のエリザベートは元王女。つまり私はこの国で、祖母である王太后陛下、義理の伯母にあたる王妃様、そして母に次ぐ高貴な身分の女性ってわけ。
同じ公爵家でも、婚約破棄を三回もされた惨めなローゼス女公爵とは雲泥の差だわ。誰も彼も私に言い寄り跪いてくる。当然だわ。
お父様は私を溺愛してくださっていて、お願い事は何でも叶えて下さろうとしてくれる。ただし、お母様が横やりを入れてくるので、全部が全部思い通りというわけにはいかないけれど。お母様ったら、きっと娘である私に嫉妬していらっしゃるのだわ。
お母様は確かに元王女様でお美しいけれど、王太后様譲りの一般的な金髪碧眼。それに比べて私はお父様と同じ金銀メッシュヘアという、王家の血筋を顕著に示しているわ。残念ながら瞳の色は金色ではなくてアイスブルーだけれど。
本来なら私こそが王家にいるべきなのよ。ただ残念な事に私に釣り合う年頃の男性王族がいなかった。それに一人娘だから、婿をとって公爵家をつがなければならない。だから仕方なく従兄弟でヘルツ侯爵家の四男のヘルマンと婚約している。
もっとも、私の王家とつながる血筋が重要なわけで、子種は誰でも構わない。貴族のものでさえあれば。故に私は婚約者に縛られる事なく、自由に恋愛を楽しんでいるわ。
婚約者のヘルマンも頭脳明晰と評判で、さすがに自分の立場を把握しているらしく、余計な事は一切口にしない。公の場でのエスコートとファーストダンスをきちんとしてくれた後は、すぐに私を解放してくれる。
貴方もご自由にどうぞと言ってあげたけど、彼は私をお父様同様溺愛してくれているから、他の女には一切見向きもしない。子供さえ作らなければ、彼も自由にしてくれて構わないのだけれど、真面目過ぎるわね。ま、どうでもいいけれど。
明日、我がリリースリー公爵家では夜会が開かれる。私はそれが今から楽しみで楽しみで仕方がない。何故かって? それはあの負け犬ローゼス女公爵をご招待しているから。
うちのリリースリー家とローゼス家は二大公爵家と呼ばれているが、実質はうちがトップだろう。あちらは王族との血縁関係が薄いし、不運続きで縁起が悪い家だ。
前公爵には子供が出来ず、まだ三十代半ばだというのに、旅先で病死した。そしてその姉も成人になったばかりで病気になり、療養先で亡くなったという。姉弟とも才色兼備で名高かったらしいので、佳人薄命を地でいってしまったと、世間は嘆いたらしい。
そしてそのローゼス公爵家の跡を継いだのは件の女公爵のシェリーメイで、前公爵が養女にした遠縁の娘だ。一族から批判が続出したらしいが、後継問題は生前に国王のお墨付きを貰っていたらしく、前公爵夫人は周りの者達に有無を言わせなかった。
当初は前夫人が義娘を自分の傀儡にする為に後継に選んだのだと世間は思った。ところがどうやらそれは違ったらしい。三度も婚約破棄され、女としての魅力には欠けているが、経営の才はあるらしく、彼女が当主になってから、ローゼス家の領地はどんどん繁栄しているようだ。
お父様は最初の頃は、所詮小娘と未亡人のお遊びだと馬鹿にして相手にもしていなかった。ところが次第にあちらこちらからローゼス家の好調な業績が耳に入ってきて、当然この事を快く思っていない。
色々と邪魔をしてみたらしいが、何故か上手くいっていないらしい。どうも、我が家の影響力が及ばない相手と取引きをしているためらしい。
お父様がシェリーメイを気に入らないようだったから、私がお父様に代わって、彼女に嫌がらせをしてやったわ。
彼女とパーティーが一緒になった時、彼女の目を盗んで彼女の婚約者に色目を使ったら、コロッと私に靡いたわ。特に彼女の二番目の婚約者は本当に簡単に落ちたわね。ちょっと深いキスをしたら、もう、いちころだった。そして体の関係になったら、もう私の虜になったわ。
驚いた事に、私が初めてだったみたいなの。彼に同情したわ。そして彼女の事を心の中で笑ったわ。傷もののくせに結婚までキスしか許さないなんて馬鹿なの?
品行方正、絵に描いたような堅物と呼ばれていたヴィルヘルム=コッフルが私に夢中になったところで、私は彼にこう言ってやったわ。
「ヴィルヘルムさん、もう会うのはやめましょう。婚約者のいる方と隠れてお付き合いするのは辛いわ」
って、悲しげに俯いて。
すると、ヴィルヘルムは酷く焦って、私と別れたくない。私と結婚したいと言った。正直、なんて図々しい男なんだろうと思ったけど、そんな事は一切顔に出さないで涙を浮かべて、切なそうに下から彼を見上げたわ。
「そんな事を言われても、無理でしょう? 貴方と結婚するなんて。貴方にはあんな素敵な婚約者がいらっしゃるのに」
「素敵? あんな女が? 確かに美しいかもしれないが、ただの人形だ。面白くも可愛くもない。君とは雲泥の差だよ。君は彼女とは違って僕を心から愛してくれるし、僕を満たしてくれる。君といると僕は幸せになれるよ。だから、君と一緒にいたい」
ヴィルヘルムにこう言われた時、さすがに私も引いたわ。なんなのこの男。結局自分がかわいいだけじゃないの。
シェリーメイに嫌がらせをしようと思って仕掛けたのだけれど、なんか、反対に彼女の為になってしまうような気がして、ちょっと複雑な気持ちになった。しかし今更止めるわけにもいかないし、彼女のプライドや世間体を傷付けられる事は事実だわ。私はそう決心した。
結局ヴィルヘルムはシェリーメイに婚約解消を求め、あっさりと承諾されて、意気揚々と私にプロポーズしてきたわ。本当に図々しい。
だからその場でお断りした。この私が伯爵家のしがない王城勤めの役人なんかと結婚するわけがないでしょう?と。
あの男は暫く呆けて、その場に立ちすくんでいたので、私はさっさとその場を離れた。
学生時代の成績はとても良かったらしいけど、地頭力は大した事ないのでしょう。状況を飲み込むのにかなり時間がかかったみたいで、再び私の元に突撃してきたのは翌日になってからの事。まあ、門番にけして取りつがないで追い払うように命じておいたので会う事は無かったけれど。
あの男はロミオ化して酷く煩わしかった。最終的には彼の上司に迷惑行為をされているので、しっかり管理して欲しい旨を伝えて、どうにか収まった。
これで私も一つ勉強になったわ。簡単に堕ちるような男に限って、別れる時はかえって面倒になるってことを。お母様には叱られたけれど、当時はまだ十六だったんですもの、失敗くらいするわよね。次はもっと上手くやれると思った。
そしてその通りだった。
私の二十歳の誕生日パーティーにシェリーメイを招待したけれど、返事はなかなか返ってはこなかった。その事に私は酷く腹を立てた。この私が招待状を送れば、大概の家はすぐに招待された事に対する礼と共に参加の返信が届く。それなのに。
「婚約者を奪った相手の誕生日パーティーに、好き好んで参加する女性がいると思っているの? しかも、相手は今飛ぶ鳥を落とす勢いのローゼス女公爵様が?」
お母様が呆れるように、少し侮蔑を含んだ言葉を投げかけてきた。しかし、私は何故元王女であるお母様がこの家をまるでローゼス家より低いかのように話されるのか、全く理解出来なかった。
とりあえず夜会の開催日の十日前になって、ようやくシェリーメイから婚約者と共に参加するという返信があった。私はこの時、絶対にその三番目の婚約者も落として見せると心に決めたのだった。
そしてその夜会当日、私はシェリーメイを見て腸が煮えくり返った。恐らく他の招待客は気付いてはいなかっただろうが、私は彼女の着ていたドレスが、以前他所の夜会で着ていた物の着回しである事が分かったからだ。
彼女がそれ程おしゃれに関心を持っていない事に、私は何となく気付いていた。しかし、彼女はいつも彼女にぴったりの、彼女によく似合う衣装を身に着けていた。
最初はさすがに経営が潤っているだけの事はあるわ、と思っていたけれど、そのうちそのドレスの多くが、リフォームされた物だという事に気が付いた。その素晴らしい技術に感嘆し、どこの洋裁店なのか調べさせた。
結局その店は見つからなかったが、それも当然だった。彼女が知人達に、お気に入りのデザイナーがいて、そのうち店を開くだろうという話をしていたと聞いたからだ。そのデザイナーの名は『カタリー=ブライト』というらしい。
あの女より先に、そのデザイナーを自分のお抱えにしなければと探させているが、まだ見つかってはいない。
しかしそれはともかく、私の誕生日の夜会にリフォームドレスで参加するとは。しかも、いつもより完全に手を抜いているのが分かるドレスを着てくるなんて。私を馬鹿にするにもほどがある。
見てらっしゃい。あの女からまた婚約者を奪ってやるわ。さすがに三人の男から婚約破棄されたら、もうまともな男とは結婚できないでしょう。
そして、私はシェリーメイからまたしても婚約者を奪うことに成功したのだった。
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