1 執事(アマンド)視点
一章毎に、主人公と彼女の周りの人物達の視点から物語が語られる形式の予定です。
最初の章は主人公ではなく、物語の鍵を握る執事の話から始めたいと思います。最後の章まで読んで頂けるよう、頑張って書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。
「君の事が好きだよ。世界中で君が一番好きだよ。一生僕には君だけだ」
私のご主人様の婚約者であるオットー=ラウヘェン様が、私のご主人様の耳元でこう囁いているところを偶然聞いてしまった私は、これは終わった!と思いました。
「一番好き」「一生」「君だけ」この三つのフレーズは、私のご主人様にとっては禁句でございます。
前回もこの三つのフレーズを吐かれた後間もなくして、ご主人様は前婚約者でいらしたヴィルヘルム=コッフル様と二度目の婚約を解消致しました。
私は、このローゼス公爵家の執事、アマンド=ドーテと申します。
私は六年前にこのお屋敷のご主人様に拾われたのですが、私がここでお世話になる前にも、ご主人様は最初の婚約を解消されております。
ただこの時は前回とは違って、相手から一方的に破棄されたそうで、ご主人様はそれはそれは傷ついたそうです。
そして前回も最初の時と同様に表向きは婚約破棄をされた事にはなっておりますが、実際のところは、ご主人様の方が破棄されるように仕向けたものでした。
何故そのような不名誉な選択をされるのかお尋ねすると、あちらから言い出してもらえれば、後腐れが無くていいからとおっしゃいました。
まあ、まだ自分を好きなのだろうと後でロミオ化される場合もありますが、自分の方から振っておいて再婚約なんて事は、貴族社会ではあり得ない事ですからね。こちらは公爵家ですし。
それに向こうに落ち度があったとしても、こちらから解消したとなると、いくらか慰謝料を払わなければならないという、おかしな慣習があるので、それをしなくて済むとおっしゃいました。
普通、婚約破棄をされると女性の方が不利益を被るので、お金を支払ってでもこちらから破棄したのだと体裁を守りたいと思う方が多いものでしょう。しかし、ご主人様はおっしゃいましたよ。
「最初の婚約破棄ですでに私の評判は落ちる所まで落ちているのだから、今更、何を気にする必要があるのかしら? そんな『泥棒に追い銭』みたいな事をするなんて馬鹿らしいわ。
くだらない世間体や無駄なプライド、不必要な人間関係を捨てる事が出来て、カール=ベイクスには感謝しているくらいよ」
そのカールとは最初の婚約者で、現在は暴行及び放火の罪で投獄されており、恐らくは一生塀の中からは出てこられないだろうという話です。
そして因みに、ロミオ化したカールに暴行されたのは私のご主人様ですが、家を焼かれたのは、その浮気相手だったそうです。ご主人様の怪我はかすり傷だったし、放火された家も一部ですんだという事ですからなによりでございます。
まあ、こういう経緯がございますので、今回の婚約者の方との三回目の婚約破棄も、相手の方からされる事になるのでしょう。
それがいつになるのかは、ある方次第ですので、当方にはわかりかねますが、その後処理の為の準備は粛々と進めてまいりましょう。
婚約者のオットー様がお帰りになった後、ローゼス公爵家の女当主であられるシェリーメイ様が私にこうお尋ねになられました。
「リリースリー公爵の夜会の招待状の返事はもう出してしまったかしら?」
「いいえ、まだでございます。ご主人様のご予定がまだはっきりとされておりませんでしたので」
「そう。それはちょうど良かったわ。オットー様と出席しますとお返事をしておいて下さいな」
「承知いたしました。それで、ドレスはどうなさいますか? 新調されるにはお時間がありません。貸衣装になさいますか?」
「前回の着回しでいいわ。まあ、そのまんまというのも相手方に失礼でしょうから、多少手直しをしましょうか。カタリーにお願いしておいてくれるかしら。彼女のリメイク術の腕は天下一品だから」
そうおっしゃると、シェリーメイ様は執務室へ入って行かれました。
本当に私の主は決断力と行動力が半端なく早いです。早速目的に向かって動き始めました。私も遅れをとらないようにしなければなりませんね。
衣装部屋へ向かうと、侍女のカタリーが忙しそうに衣替えをしていました。厚手の冬物をしまい、春物の衣類と入れ替えをしていたのです。
「カタリーさん、ちょっといいですか?」
「何か用ですか、アマンドさん」
私より三つ年上、二十歳のカタリーは六年前、私の少し後にシェリーメイ様が連れ来られた人で、厳しい修行期間をほとんど一緒に過ごした、まあ、いわゆる戦友です。
小柄ですがスタイルが抜群で、お仕着せ姿ですが、それでもとても素敵でおしゃれに見えます。白いボンネット帽子からストレートな黒い髪が、肩の下あたりまで伸びています。
こちらを振り返ったその顔はまるで人形のようにかわいらしいです。
「再来週のリリースリー公爵家の夜会にシェリーメイ様が出席される事になりました。それで、前回お召しになったドレスをリメイクして欲しいそうです」
私が要件を伝えますと、彼女は少し思案をした後で、こう質問してきました。
「シェリーメイ様はお一人でお出かけに? それとも婚約者様とご一緒ですか?」
「婚約者様とです」
私がこう答えただけで優秀な彼女はすぐにピンときたらしく、片方の口の端を少し上げて薄笑いを浮かべました。
「禁句を言ってしまわれたのですね? 今回はいくつですか?」
「三つ、全てです」
「あ〜。それは完全にアウトですね。それでは今回はそこそこコースでよいのですね?」
カタリーは可愛らしい顔に少し皮肉げな笑顔を浮かべ一応確認をしてきました。
「はい。それでよろしくお願いします」
カタリーは大変器用で、細かな手作業を得意としていますが、その中でも洋裁の腕は格別です。わざわざ外のデザイナーに発注しなくても、彼女が作ったドレスの方が、ご主人様にぴったりの素晴らしいドレスに仕上がるでしょう。
しかし、普通使いのドレスならともかく、社交場のドレスは戦闘服。『実際の出来よりブランド名が大切です』
と、カタリーの方がいつもその依頼を固辞しています。
とはいえ、リメイクならば話は違います。最初から戦闘する気がないのなら、つまらないデザインのブランドのドレスを、自分の発想で自由に直し、大切な自分の主を思い切り美しく着飾れるのはそれはそれは楽しいので、彼女は喜んで依頼を受けています。
ただし、自由とはいえ、そこは主の意思をなによりも尊重しなければなりませんが。
リメイクするにあたり、カタリーは三つのコースを準備しています。
一つ目は完璧コース。誰が見てもリメイクだとわからない程、元の形がわからなくなるまでリメイクするのです。
二つ目はほどほどコース。その名の通り、分かる人にはリメイクだと分かってしまうが、大概には分からないそうです。
そして三つ目が先ほど注文したそこそこコース。名前の通りそこそこ、手抜きだそうです。
まぁ、彼女がやる仕事ですから、手抜きといえどもそれなりに仕上げるのでしょうが、主催者側に精一杯努力をしましたと思わせてはいけないそうです。こんなお呼ばれの席など、私は本気じゃないのよ、と口に出さなくともアピールするための服にしなければならないのだそうです。
私からすると仕上がったどのドレスを見ても、皆どれも素晴らしく、初めて見るドレスばかりのように見えるのですが。まだまだファッションの方は修行が必要そうですね。
読んで下さってありがとうございます。