黒刃
迫りくる黒の刃。
迎え打つのは灼熱を帯びた刀身。
タイミングを合わせ、灼熱を振るう。
一閃は黒刃を捕らえ、振り抜けた。
しかし。
「――難しいな」
授業開始からすでにかなり時間が経つ。
繰り出された黒刃は数知れず。
すべて斬ること叶わず、霧散させてしまう。
出力のほどは、事前に教えてもらっていたのに。
「……」
灼熱の――魔法の威力が高すぎた。
事前に設定した出力を越えてしまっている。
なぜ、そうなった?
原因を求めて、思考は巡る。
「――力みか」
理由は恐らく、刀を振るう際に生じた余分な力だ。
成功させなければという焦り。
失敗したくないという思い。
眼前に迫る魔法の圧力。
それらが無意識的に身体を強張らせ、設定値以上の出力を出してしまった。
なら、今度はそれに注意してみよう。
「次ぎ、お願いします」
「よし来た」
再び、剣が振るわれ、黒の刃が飛ぶ。
それに合わせて、一刀を振るう。
灼熱の刀身は、黒刃を斬りつける。
「――っ」
だが、それも半ばまで。
振り抜くと同時に、霧散してしまった。
「ほー、早くもコツを掴んできたな。桐生」
「まだまだです」
入りは良かった。
だが、そのあとがお粗末だ。
斬れたことに満足して、そこで止まってしまった。
思考を放棄して、癖で刀を振るってしまった。
それではダメだ。
もっと慎重に、もっと細部まで、神経を張り巡らせないと。
「もう一度、お願いします」
「ふふん。いい感じだ」
夜咲先生はなぜかいい顔をして、黒刃を放つ。
それを前にして、息を呑む。
そして、言い聞かせる。
刀はその鋒まで、この右手の延長であると。
「――」
全神経を集中し、刀を振るう。
入りは素早く薄く的確に。
過程は角度の維持に徹底し。
出は黒刃そのものの勢いを利用して振り抜く。
灼熱の一刀は、黒刃を二つに分かつ。
霧散はしない。
形あるまま、斬ってみせた。
「やったっ!」
黒刃は消滅した。
出力の調整は、完全になった。
「はっ、ははっ。きっつー」
集中が途切れ、遅れてどっと疲労感が押し寄せる。
これまで蓄積した負荷が、堰を切ったみたいだ。
こうなってしまうと、しばらくは満足に刀を振るえないな。
けれど、不思議と嫌じゃない。
達成感とは、それほど甘美なものだった。
「驚いた。まさかこんなに早く――今日一日で成功させるなんてな」
手を叩きながら、夜咲先生そう言った。
「私の見込みじゃもうちょっと掛かる予定だったんだが、良い意味で裏切られたよ」
「なかなか、やるもんでしょ? 俺も」
こんなに疲れていたら、格好もつかないけれど。
「あぁ、やるもんだ」
そう言って、夜咲先生はすこし乱暴に俺の頭を撫でた。
「桐生の良いところは、失敗の原因に目を向けられることだ」
「はい?」
「自分の嫌なところとか、至らないところってのは、目を背けたくなるものだ。それを見つめて修正できるところが、桐生の長所だ」
夜咲先生は、随分と大袈裟に俺のことを褒めてくれた。
自分でも誇張が過ぎるとは思うけれど。
「先生は流石ですね」
「ん?」
「生徒をやる気にさせるのがうまい」
「はっはー、そうだろう、そうだろう」
大袈裟でも、誇張でも、褒められるのは嬉しい。
それだけで、もっと頑張ろうという気持ちになれる。
「なら、今の感覚を忘れないうちに身体に叩き込むぞ」
「えぇ? ちょっとくらい休憩を」
「やる気になったんだ。気張れるだろ? 桐生」
自分の失言を恨んだ。
「あぁ、そうそう。予定よりも早く成功したから、明日から難易度を上げるぞ」
「難易度を上げるって……具体的にはなにを?」
「なに、やることは同じだ。ただ数が増える」
数が増える。
黒刃が増える。
それだけでかなり難易度があがる。
集中して一つを斬るのがやっとなのに。
「それは……楽しそうですね」
明日はもっと気合いを入れて頑張らないと。
そう思いながら、俺は必死に黒刃を斬った感触を身体に叩き込んだ。
それから月日が経ち、演習まで残り三日となったころ。
難易度は、初日とは比べものにならないものになっていた。
「――ふー」
息を吐く。
この身に迫るのは、いくつもの黒刃。
それも多方向から緩急を付けて一斉にである。
大小は様々で、それぞれの出力が異なってもいた。
これまでの特別授業で最も難易度が高い。
すこし前までの俺なら、とても反応が追いつかなかった。
けれど、今は違う。
「――」
出力を調整し、初めの黒刃を両断。
即座に反転して次を見据え、魔法に修正を加えて対処。
続く三撃目、四撃目にも同様の修正をして断ち斬っていく。
そうして、最後に来るのは特大の黒刃。
見た目に気圧されることなく冷静に出力し、最後まで捌き切る。
黒刃はいずれも霧散することなく、断ち斬れた。
「よしっ!」
納得のいく結果が出て、思わず拳を握り締める。
ここ数日間の努力の結晶が、目に見える形で結果となった。
自分自身の成長を肌で実感することが出来た。
達成感が心のそこから沸いてくる。
「仕上がったみたいだな。私の予想を三日も上回るとは大した奴だよ」
「いやいや、先生の教え方がよかったからですよ」
「ほー、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
夜咲先生は、にっと笑う。
「今のが正確に捌けるなら、演習に参加しても問題ないはずだ」
「じゃあ……」
「あぁ、担任教師として演習の参加を許可する」
待ちに待った待望の言葉。
努力は報われ、認められた。
「――やったぞ、アイル!」
喜びのあまり、白銀刀を上へと放り投げる。
宙を舞ったアイルは刃化が解けて、ドラゴンの姿に戻った。
「くあー!」
そこから力強い羽ばたきで急下降し、アイルは俺へと突撃する。
そのじゃれつきを、うまく掴んで振り回すことで勢いを緩やかにする。
何度かぐるりと踊るように回り、受け止めた。
アイルも、とても喜んでいるみたいだ。
「あと三日か。長いような、短いような」
早く演習をしたいという気持ちと、うまく行くだろうかという不安。
その二つが綯い交ぜになって、三日という時間の感覚に困る。
すこし、そわそわしてきた。
「ところで桐生」
「はい?」
そうしていると、夜咲先生に呼ばれる。
「まだ時間が三日あるんだ。ここは一つ、更に上を目指してみないか?」
あの難易度の、更に上。
「……今度はいくつ数を増やすんですか?」
正直、あの難易度でギリギリだ。
合格基準を満たすところで、いまの俺は精一杯。
それ以上となると、かなりキツい。
「はっはー。そんな顔をするな、桐生。これまでとは方向性の違う話さ。今日までやってきたこととは、まったく別のことをするんだよ」
魔法の制御に関することじゃない。
なら、いったいどんなことだろう。
興味はある。
「じゃあ、試しにやってみてもいいですか?」
「よし来た。なら、始めようか」
そうして更に上を目指す特別授業が始まりを告げ、三日の時が過ぎる。
時間は当初の思いとは裏腹に、あっと言う間に過ぎた。
主に授業内容の所為ではあるけど。
とにかく、三日間が過ぎて、演習当日がやってきたのだった。