火龍
「来い、アーファ」
開幕と同時に、火山は使い魔を呼び出した。
彼に従うのは、真っ赤な蜥蜴。
火の息を吐く使い魔を、火山は身に纏う。
憑依。
使い魔と一体になることで、魔法と身体能力を強化する形態。
火山の容姿は人間から逸脱し、蜥蜴と混ざる。
全身が赤い鱗に覆われ、手足が凶悪な得物へと変貌した。
「アイル」
一方で、俺はアイルを刃化させる。
「くあー!」
一鳴きしたアイルは頭上から飛翔し、ぐるりと一周すると手元で刃と化す。
使い魔を得物とし、魔法を刃に乗せて扱う戦法。
アイルは白銀の刀身を伴う一振りの刀となって、この手の中に収まった。
「行くぞっ!」
火の息を吐き、赤熱を纏い、火山は駆ける。
姿勢を低くして走るその姿は、四足歩行と見まごうほど。
こちらも負けずと刃化したアイルを伴い、地面を蹴った。
一歩、足を進めるごとに空気が熱くなる。
火事場に自ら跳び込んでいるかのような気分になりながら、間合いに踏み込んだ。
「――」
接触と共に、俺たちは攻撃に移った。
白銀が弧を描き、赤熱が直線を描く。
両者は一瞬のうちに打ち合い、互いを弾き合う。
「くっ」
衝撃で腕が痺れる。
骨まで響く。
まだ魔法に慣れていない分、こちらが不利か。
得物の差。
リーチの優位は、ないものと考えたほうがいい。
刹那のうちに思考を組み立て、次の一手に繋げる。
弾かれた刀身を翻し、出来うる最速の動きで二の太刀を振るう。
だが、それは火山も同じこと。
刃と拳は再会を果たし、またしても同じ結末をたどる。
そして、幾度となく繰り返す。
音が断続的に響いていく。
間を置かずに次々と、剣撃と殴打の応酬を繰り広げた。
「――な、なぁ、桐生って」
「うん、あんなに戦えたんだ」
「火山に食らいついてるぞ」
そう、俺は食らいついているだけだ。
圧倒してはいないし、拮抗してもいない。
歴然とある魔法使いとしての経験値の差が、追いつくことを許さない。
「――くっ」
一歩、後ずさる。
後退する。
決して、火山を懐へ潜り込ませないために。
「そんなものか、ドラゴンってのは!」
攻めが、苛烈なものとなる。
「舐めんなよ、蜥蜴っ!」
刀身に灼熱を纏う。
龍の息吹を刃に重ね、織り交ぜた。
「――っ」
燃え盛る灼熱の一閃が、火の粉を散らして馳せる。
流石の火山もこれを危険と判断したのか、即座に飛び退いた。
灼熱の刃は、虚空を焦がして空振りに終わる。
だが、その事実はこれが有効打である証明に他ならない。
「くそがっ!」
飛び退き様に、火山は火球を投げる。
この身に迫りくる、いくつもの火球。
昨日までなら避けるしかなかったが、今の俺は違う。
灼熱の刃をもって迎え打ち、そのすべてを斬り裂いてみせた。
そして、すかさず距離を詰めにいく。
「――這え!」
それを受けて、火山は次ぎの一手を打つ。
地面に両手をつき、地中から焔の触手を這い上がらせた。
四方を囲むようにそれらは出現し、俺の進路を妨害する。
「チッ」
それを無視して距離を詰められるほど甘くない。
しようなく立ち止まり、焔の鞭を相手する。
幸い、灼熱の刃ならたやすく断ち切れる。
次々に返り討ちとし、鞭の本数を減らしていく。
そうして最後の一本を斬り裂いた、その直後。
「――」
尋常ならざる熱気を感じ、反射的にそちらを見た。
その正体は視界を埋め尽くすほどの巨大な火球。
昨日、火山が見せたものより遥かに大きな火球が迫りくる。
「上等!」
刀身に纏う灼熱を盛らせ、巨大火球に向けて薙ぐ。
灼熱は火球を喰らい、刀身は魔法を斬り払う。
一振りで真っ二つに引き裂いて、その余波をもって焔を散らす。
「――そこだ!」
しかし、その瞬間を突かれる。
「向こう側から――」
火球の裏に隠れていた火山に、接近を許してしまう。
すでに刀を振り抜いたあと。
至近距離から放たれる拳に、刀ではもう対処のしようがない。
握り締められた赤熱は振り抜かれ、破壊を伴う一撃が俺を襲う。
そして、ひどく鈍い音が鳴った。
「――なっ!?」
それは身に纏う鎧が壊れる音。
俺が掌に帯びていた魔殻が、崩れ落ちた音。
寸前で、火山の一撃を受け止めた。
両手を使って、しっかりと。
「お前っ――な――ドラ――」
なら、ドラゴンはどこへ。
それが火山に生じた疑問だろう。
だから、その答えをくれてやる。
「突き上げろ、アイル!」
「くあー!」
アイルは俺たちの足下にいる。
刃化を解き、滑り込ませていた。
下方からなら、火山は無防備だからだ。
「しまっ――」
後悔しても、もう遅い。
アイルは火炎を食み、炎弾として撃ち放つ。
正真正銘、本物の龍の息吹。
その炎弾は火山を突き上げ、魔殻にひびを走らせた。
「まだだっ!」
浮き上がった身体へ、右の拳で突き上げる。
魔力を込めた一撃は重く、魔殻の欠片が散る。
「もう一発っ!」
更に浮き上がったところへ、魔力を込めた蹴りを放つ。
左足を軸に這い上がるように右足が馳せ、魔殻を完全に打ち砕いた。
「かはっ――」
下方からの突き上げは三段階となり、火山は宙を舞う。
そして、次が最後となる。
「アイル!」
「くあー!」
アイルを再び刃化させ、白銀の刀を握る。
刀身が帯びるは龍の息吹。
燃え盛る灼熱は、周囲を無差別に焼き焦がす。
「行こう、一緒に」
これより振るう一撃は、天まで昇る龍の化身。
息吹を超えた、火龍。
昇り、至り、獲物を喰らう灼熱の奔流だ。
「駆け上がれっ!」
全身全霊をもって放つ、火龍の一撃。
灼熱の奔流は天まで昇り、その過程にある火山を呑む。
もはや、抗う術などない。
魔殻は燃え尽き、その身を焦がした。
「そこまで」
夜咲先生が、終了の合図を告げる。
それと同時に、火山は地面に叩き付けられた。
「ぐ……くそっ」
灼熱も衝撃も、憑依のお陰で軽傷に終わっている。
だが、流石にもう維持は叶わない。
火山の身体から、蜥蜴が分離した。
「大丈夫か?」
勝敗はついた。
アイルの刃化を解いて、火山に手を伸ばす。
それを見た火山は、けれどその手を弾いた。
「勘違い――するなよ」
自力で立ち上がる。
俺を見る目は、ひどく鋭い。
「俺はお前に、負けたんじゃ……ない」
視線が俺からアイルに向かう。
「お前が勝てたのは、全部ドラゴンのお陰だっ! たまたまドラゴンを引き当てられたからなんだっ!」
俺だけでは敵わなかった。
そう言いたいらしい。
「――そうかもな」
「なに?」
実際、勝てたのはアイルがいたからだ。
俺個人の経験は浅く、火山には遠く及ばない。
事実、憑依の上乗せが合ったとはいえ。
クロスレンジでの打ち合いに、俺は競り勝てていない。
その差を埋めてくれたのは、他ならぬアイルだ。
アイルがドラゴンではなかったら、負けていたかも知れない。
「だからこそ――」
強く思う。
「俺はアイルに似合う魔法使いになる」
今はまだ無理かも知れない。
けれど、いつかかならず、並び立って遜色ない魔法使いになる。
今日のこの一戦は、その足がかりだ。
「……くそがっ」
そう吐き捨てて、火山はこの場を離れる。
足取りが危ういが、すぐに取り巻きの二人に支えられていた。
あれはあれで、人望があるらしい。
「行こうか、アイル」
「くあー!」
相変わらず、頭の上が好きみたいだ。
王冠のようにアイルを被り、邪魔にならないように端へと向かう。
けれど、その進行方向には先回りした生徒たちが待ち受けていた。
「すげーじゃん、桐生!」
「正直、見直したぞ!」
「もう落ちこぼれなんて呼べないな!」
わっと、生徒たちが押し寄せてくる。
俺たちの勝利を祝ってくれるのは嬉しい限りだけれど。
「ストップ」
待ったを掛けさせてもらう。
「みんな、ありがとう。でも、アイルが驚くからさ」
「くふー!」
アイルは威嚇するように、鼻息を荒くしていた。
すっかり敵と認識してしまったらしい。
「ちょっとずつ人に慣らせるから。悪いな」
「――まぁ、しようがないよね」
「俺たちにも憶えがあるしな。そういうの」
「人に慣れたら、触らせてくれよな」
「俺、予約な」
「あっ、私もー」
事情をわかってもらえたようだ。
立ち去っていく生徒たちを見て、ほっとする。
「ねぇ、私もダメ?」
そうしていると、悪戯っぽい笑みを浮かべて乃々がやってくる。
「いいに決まってるだろ。な? アイル」
「くあー!」
アイルも乃々には気を許している。
俺の次ぎに見た人間だからだろうか?
鳴いたアイルは俺から乃々の頭へと移動した。
「おっと、へへー」
にっと、乃々は笑う。
「あ、そうだ。おめでとう、翼」
「あぁ、ありがと。乃々」
記念すべき第一歩を刻めた。
この調子で毎日が記念日になればいいのに。
そんなことを思ってしまうほど、俺は浮かれていた。
でも、これくらいは許されるだろう。
今まで散々、沈んできたんだ。
すこしくらい、浮かれさせてほしい。
それに浮かれて、浮いて、空まで飛べるようになれば。
きっと、アイルに似合う魔法使いになれるから。