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孵化


 ことの始まりは、数十年前のこと。

 この世界は、異世界と繋がりを持った。

 その影響からか、これまでの人類史においてあり得ないことが多発する。

 どこからともなく大量に現れる魔物という天敵。

 特定の条件を満たせば誰にでも扱える魔法という未知。

 これまで培ってきた常識はその悉くが打ち破られて世界は一変する。

 理由も原因も判然としないまま時代は過ぎ去り。

 非日常は日常となり、絵空事は現実と化した。

 魔物たちに反旗を翻した人類は現在、生活圏の奪還を目的として魔物と戦っている。

 魔法学園の設立とともに、今まで多くの魔法使いが魔物と死闘を繰り広げた。

 そこへ通う俺もまた、そうなるだろうと思っていた。

 けれど、現実はうまく行かないことばかりだ。


「――おい、見て見ろよ。グラウンドの隅っこ。落ちこぼれが刀なんて振り回してるぜ」

「ホントだ。あんなことしたって無駄なのに」

「剣から魔法は出てこないぞー」


 まだ肌寒さが残る五月ごろ。

 乾いた風に乗って、そんな嘲笑が聞こえてくる。

 もはや聞き慣れた言葉となってしまったことに溜息を吐きつつ、剣先を下げた。


「なにか用か?」


 そう問いかけながら、三人組へと視線を合わせる。


「応援しに来たんだよ。頑張って無駄な努力をしてるからさ」

「そいつは、どうも。用が済んだなら帰ってくれ」


 適当に返事をして、刀を振り上げる。

 けれど、それを振り下ろすまえに妨害が入った。

 目の前すれすれを、焔の魔法が横切っていく。


「……なんのつもりだ?」

「魔法が使えないお前に、手本を見せてやろうと思ってさ」

「ありがた迷惑だ。壁に向かって一人でやってろ」

「まぁ、そう言うなよ」


 三人組は各々の魔法を見せる。

 焔、水、風。

 その傍らには、それらの属性を宿した使い魔がいる。


「ありがたく思えよっ、落ちこぼれ!」


 一斉に放たれる三属性。

 それが掃射されると同時に、俺は横方向へと跳んだ。

 その甲斐あって、無傷で回避は成功する。

 今の今まで立っていた地点は、三種の魔法で穿たれた。


「あぁ、もう」


 悪態をつきつつ、直ぐさま攻めに転じる。

 地面を強く蹴って加速し、一息に三人組へと肉薄した。


「――なっ!?」


 三人組のリーダー格は焔を使う、この生徒だ。

 だから、彼を狙って刀を容赦なく振り下ろした。


「ひぃ!?」


 情けない声を出して、彼は咄嗟に腕を差し出すように盾にする。

 一見して無謀な防御だが、相手は曲がりなりにも魔法使いだ。

 甲高い金属音を鳴らして、一刀は阻まれてしまう。

 彼が無識に纏う魔力の鎧、魔殻によって。


「な、なんだよ。べつにビビることじゃ」

「あぁ、そうだな」


 刀という凶器に気圧されただけで、普通の武器じゃ魔法使いには届かない。

 そんなことはわかっている。

 だが、ほんのすこしだけビビってくれればそれでよかった。


「――ぐえっ!?」


 油断した彼の鳩尾みぞおちへと蹴りを放つ。

 靴底は魔殻によって阻まれるが、衝撃までは殺せない。

 身体中に拡散した衝撃は彼をそのまま吹き飛ばした。


火山ひやまっ!?」


 取り巻きの二人は、吹き飛ばされた火山を見て駆け寄った。


「く、くそぉ……」


 彼らに支えられ、なんとか立ち上がった火山は、俺を睨み付けていた。


「魔法が使えないくせにっ」

「たしかに魔法が使えないけど。使わなくてもお前くらいは倒せるみたいだな?」

「お前っ!」


 火山は取り巻きを振り払い、掌に魔力を集中させる。

 そうして出来上がるのは、大きな火球だ。

 それはもはや遊びや、からかいで出す威力ではなくなっていた。


「お、おい、火山。それはいくらなんでも」

「やり過ぎだって、火山っ」

「うるせぇ!」


 頭に血が上ってやがる。


「魔法も使えない落ちこぼれが、この俺を馬鹿にしやがってっ」

「止めとけ。そんな馬鹿デカいのに当たるわけないだろ」

「――ぶっ殺してやるっ!」


 そして、火球は放たれた。

 灼熱の焔の塊が、空気を焦がしながら迫りくる。

 それに合わせてもう一度、俺は回避行動を取ろうとした。

 けれど、その必要は直前でなくなる。


「コラー!」


 火球は、俺にいたる過程で掻き消えたからだ。

 文字通り、引っ掻かれて消えた。

 俺たちの間に割って入った、魔法使いの手によって。


「なにやってんの、あんたたち」


 頭部に生える獣耳と、腰から伸びる尻尾。

 その使い魔を憑依させた形態は、とても見慣れたものだった。


「今の、どう見ても遊びの範疇を超えてたよね」

「……うるせぇよ」

「人に向けてあんな威力の魔法を撃つなんて魔法使い失格だよ」

「うるせぇって言ってんだよっ!」


 引っ込みが付かず、あとに引けない。

 そんな心理が働いてか、火山は再び火球を造る。

 だが。


「――なに?」


 それは無謀というものだった。


「私と、やろうっての?」


 にわかに殺気立ち、周囲の空気が張り詰める。

 火球の熱など遥かに上回る、冷たい怖気が三人組を襲う。

 憑依させた使い魔の底知れぬ魔力が、この場のすべてを支配した。


「――チッ。行くぞ、お前ら。やってらんねー」


 火山は火球を掻き消した。

 冷たさに当てられて、冷静さを取り戻したみたいだ。


「あ、あぁ」

「ま、待てよ。火山っ」


 三人組は去って行く。

 とりあえず、この場は収まったみたいだ。


「助かったよ、乃々《のの》」

「まったく。つばさは昔っからトラブルメーカーなんだから」


 振り返った乃々は、使い魔の憑依を解く。

 人体から分離した使い魔は、元の姿である姿へと戻る。

 美しい毛並みを持つ、気高き銀狼へと。


「今日もここで修業してたの?」


 そう聞きつつ、乃々はしゃがみ込んで銀狼を撫でる。


「そんな大仰なもんじゃないけど、まぁな」


 その様子を眺めつつ、刀を鞘に納刀した。


「でも、次からは場所を変えないとな」


 また奴らが来たら迷惑だ。

 どこか別の良いところを探さないと。


「……なにか変わったことはないの? 翼の卵」


 俺に与えられた、使い魔の卵。


「なーんにもだ。うんともすんとも言わない」


 俺も銀狼に近づいて、その下顎を撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めてくれるあたり、嫌ではなさそうだ。


「こんな風に、俺も自分の使い魔を撫でたいもんだけどな」


 それが叶わないのが現状だ。


「あの約束、忘れないでよね」

「ん? あぁ、卵が孵ったら一番に見せるって奴か」


 卵を与えられた時に、互いにそう約束をしたんだっけ。

 乃々の銀狼が孵った時、その約束を乃々は果たしてくれた。

 今度は俺の番なんだが、肝心の卵が未だに孵らない。


「まぁ、その時が来たらな。来るかどうかも怪しくなってきたけど」

「大丈夫だよ。もしかしたら今日、孵るかもよ?」

「だと良いけどな」


 理由のない明るい希望に胸を躍らせていたのは今は昔だ。

 いまはもう希望的観測もままならない。

 視線は足下を向いたまま釘付けだ。

 きっとこの釘は、使い魔が卵から孵るまで抜けないだろう。


「よし、帰るか」

「あ、じゃあ私も」


 銀狼の美しい毛並みを十分に堪能したので帰路についた。

 道中、乃々と他愛のない話をしていたが、その内容はほとんど覚えていない。

 ここ数日、頭の中は卵のことでいっぱいだった。

 無意識に考え込み、いつの間にか時間が過ぎている。

 いつ家に帰り、いつ学生服から着替え、いつ夕飯を食べ、いつ風呂に入り、いつ歯磨きをしたのかも記憶にない。


「――あれ? もうこんな時間か」


 ふと気がつけば、卵のまえにいる。

 時計はもうすぐ一日が終わりそうな時刻を指していた。


「今日もダメか」


 机上に突っ伏し、卵を眺める。


「いったい、いつになったら出てくるんだ?」


 問いかけても、返事はこない。


「もう名前だって決めてあるのによー」


 周りの友人たちは中学二年の頃には全員、孵化していた。

 俺だけが一年以上も取り残されている。

 あの時のまま、時間が止まったままだ。

 気持ちがずんずん沈んでいく。

 このまま眠ってしまおうかと思う程度には、暗い気持ちになっていた。

 けれど。


「――ん?」


 こつん、こつん。

 そんな音が、聞こえた気がした。

 突っ伏した状態から、ゆっくりと姿勢を正す。

 そうして改めて卵を見た。


「――」


 パキッ、と乾いた音が鳴る。

 それは卵殻がひび割れた音だった。

 突然のことで理解が追いつかない。

 けれど、そんな事情などお構いなしに異変は続いていく。

、殻を叩く音がする。

 何度も何度も、力強く叩く音がする。

 ひび割れた卵殻は、とうとうその身を崩して役目を終えた。

 そして自らの生誕を祝うかのように、使い魔は高らかに産声を上げる。


「くあー!」


 宝石の如き紺碧の瞳。

 雄々しき一対の双角。

 穢れなき純白の鱗を纏う小さな身体。

 それは幼き翼を目一杯に広げ、まだ見ぬ空に思いを馳せる。

 その脈動は生命の息吹を、たしかに感じさせた。


「ドラ……ゴン」


 使い魔として孵ったのは、稀少幻想種であるドラゴンだった。

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