二人の始まり
スピンオフ~
花を買う。
それが暗に何を意味するのかを知らない男はいないだろう。
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神殿前の広場。
―――― そこに件の少女がいるという。
「おい、そこの花売り」
「はい?女神様にお花とお菓子がご入用ですか?」
少女は神殿前の広場にいた。
か細い背に声を掛けると、嬉しそうに声を上げる。
正直何が嬉しいのやらと冷めた感情が沸く。
長く編んだ黒髪を揺らしながら振り返って見上げてきた。
その瞳も夜空を映している。
微笑みながら腕に抱えた籠の中の花と菓子を差し出してきた。
「お花は今朝摘んだばかりです。スミレの紫の花束とシロツメクサの白い花束と……。」
「紫で」
延々と説明されても花のことなど分からないので、即答する。
「はい。女神様の祝福がありますように」
にこにこしながら小さな花束を差し出された。
小さな指先が手袋越しにも伝わって、何故だか急に腹が立った。
「いくらだ」
代金を受け取るよりも早くに商品を渡すとは何事か。
踏み倒されたらどうする気だ。
このふわふわした生き物をなじってやりたくなった。
「200・ロートになります」
「何?」
ますます腹が立った。
安すぎて、金入れを取り出すのも億劫になる。
「はい? 200・ロートです?」
少女は2、ひゃくですと言いながら、おずおずと窺うように指を折って見せた。
「では菓子をつけたらいくらになる?」
「はい。400・ロートです」
お菓子はアメと、焼き菓子と、とこれまた説明されても分からないから遮った。
「その籠の中味全部でいくらになる」
「ええと~少しお待ち下さい」
お花が七束で、お菓子が十一つだから。
うんうんと唸りつつ、首を傾げながら計算しだした少女を見下ろす。
細くとがった顎に、血色のあまり良いとは言えない肌色。
お世辞にもあまり発育が良いとは言えない身体つき。
折れそうに細い腕に、籠の持ち手が食い込んでいる。
「3600、ロ」
答えを待たずに籠ごと奪い、代わりに金入れを押し付けた。
「全部もらおう。つりは要らない」
「待って下さい、多いですよ、おつりを!」
そんな風に必死で縋ってくる声も、人ごみに紛れるうちに聞こえなくなった。
圧倒的に歩幅が違うから、振り切ったのだろう。
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次の日も行って花と菓子を買った。
その次の日も。
またその次の日も。
五日目に訪れた時、少女は籠ごと身を引いていた。
「何だ?」
何の文句があるというのか。
そう思った。
少女は言う。
「お買い上げ、いつもありがとうございます」
「ああ」
面倒に感じたので適当に答え、手を振った。
これ以上の質問はしてくれるな、という願いも込めて。
しかし少女は律儀にも頭を下げ、丁寧に切り出した。
「おにいさんは、お花やお菓子がそんなにいつも、たくさん必用なのですか?」
「ああ」
どうしても必要かと問われれば否だが、不必要かと問われるとそうでもなかったりもする。
何せ館に人は多く、差し入れだと言えばすぐさま消費される。
だが毎日差し入れをしても妙なものだし、昨日などは孤児院に寄付してきた。
子供らは目を輝かせていたから、必用であったのだろう。
嘘は言っていない。
「そうですか。どなたかのお見舞いですか?」
「おまえには関係ないだろう」
「そうですね。ですが~」
少女は「毎日3600・ロートで五日で、ええと、18000・ロートで、十日もすると36000・ロート!? うわああぁ」等とぶつぶつ呟いている。
「お菓子はどうにもなりませんが、おにいさんの欲しいお花ならどうにか出来ると思います」
「は!?」
広場の喧騒が一瞬遠のいた気がした。
見下ろす少女は神妙に頷いて見せた。
唇を引き結び、両手を胸の前で固く結んで。
俺の欲しい花、だと?
その一言でここまで動揺する自分に驚くしかなかった。
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「おにいさん、リュームと一緒に来てくださいますか? 少し歩きますが、大丈夫ですか?」
「いいだろう」
神殿に背を向け、広場を抜ける。
広場の入り口に待たせていた馬を引き取った。
途端に少女の表情が輝いた。
「お馬!」
「来い」
返事も待たず、軽い身体を放り上げるように乗せ、自分も跨った。
「高いです! わぁ、リューム、お馬に乗せてもらうの初めてです!」
「そうか。で、どこに向えばいいのだ?」
「あっちの方です」
少女の指差す方へと、進路を向けた。
「リューム……と言ったな。年はいくつだ?」
「十一歳です。もうじき、十二歳になります。おにいさんは?」
「十八」
「そうですか~。では、リュームより、七つも上なのですね」
花を売る娘たちから、花を買う。
街で花や菓子を売る、貧しい娘たちそのものを買う。
貧しさから身売りする娘がいるとは聞き及んでいた。
そんな折、父から「タラヴァイエの娘も花売りをしている」等と聞かされたのだ。
純粋に花を売る者もいるだろうかが、表向きはそうでない者もいる。
そのせいで、花売りはそのような不埒な目で見られるのだ。
どうせ貧しい娘、小銭を握らせてやればそれでいい。
金を握らせ、後腐れなく遊ぶ男の仲間入りをする気は無い。
少女をそのような目で見た覚えも無い。
だが実際、目立つ黒髪を目印に少女を見つけてみて、妙な感覚に陥った。
嫌に大人びた、美しさのある少女だったからだ。
男の嗜虐心を煽るような色気を湛えた風情が、まさかという疑念を抱かせる。
まさか。齢十一歳にしてそのように男を手引きするのか?
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しばらく進む。
街路を外れ、人の気配が薄くなってきた。
街中とはいっても木立が見え始めた。
木立を抜けると、見通しの良い野原が広がっていた。
確かにそこには小さな花がたくさん咲いていた。
少女の籠の中と同じものが。
少女が首を捻って、得意げに俺を見上げて言った。
「着きました! ここですよ。ここなら、お花がたくさんたくさん、取り放題なのです!」
内緒ですよ、し~と言いながら、少女は至極真剣な表情で人差し指を立てて唇に当てた。
「おにいさん?」
早く降りて、一緒に花を摘もうというのだろう。
身を乗り出した身体を片手で抱えたまま、俺は動かずにいて、原っぱを見下ろしていた。
別に花など必要ないのだ。
そもそもこんな事を客に教えてしまっては、もう商売にならなくなるだろう。
食うにも困っていると聞いている。
おまえには儲けようという気は無いのか。
そうやって無邪気に振舞った挙句、痛い目をみても構わないのか!
見下ろした少女のスカートの裾が擦り切れているのが目に入って、また無性にむしゃくしゃした。
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「お、おにいさん!?」
野原に降り立つ事も無く、馬の方向を変えた。
まったくもって腹が立つ。
きっと頭が悪いに違いない。
これは俺の花なのだ。
他の誰にも触れさせない。
抱え上げた少女をそのまま馬に乗せて屋敷に戻った。
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勢いにのせて、シェンテラン家の聖堂に抱えて連れて来た。
『このヴィンセイル・シェンテランがジ・リューム・タラヴァイエを――――。』
そう呟いた言葉は『古語』と呼ばれる類のものだ。
だから、少女には理解できない。
「おにいさん、どうかしたの? ここはどこ? お城? おうちに帰して……。」
「兄ではない。二度と兄とは呼ぶな。間違っても。ここは俺の家だ。そしてオマエの家でもある」
そう一息に告げて、少女を抱えて父の元へと向った。
『義兄妹になる手前。』
兄さん、色々と妄想爆発気味。
そいでもってそれは誘拐だから。
ちょっぴり、期待したでしょ……。
ヴィンセイルの内心の動揺が表に出ないが、現れた言い訳の羅列です。
ものすごい勢いで語られた気分の作者です。