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最終話 闇ふり払われてから 始まる調べ

しゃらららららん!

 

 しゃん! しゃん・ん! しゃりら・ん!


 しゃ・しゃん! しゃん! しゃ・しゃん!


 雷鳴を振り切るかのように、また場を鎮めるかのように鈴の音が響き渡りました。

 はっとして振り返れば、ニーナとミゼル様です。

 明らかに怯えながらも唇を引き結んで、鈴を鳴らしてくれたのです。

 それは決死の覚悟と見て取れました。


 闇の意識がうごめいて、そちらにも注意を向けたのが解ります。

 まるで手を伸ばすかのように、闇の塊りがゆらりゆらりと向い始めましたから。


(いけません、二人とも!)


 そう慌てたリュームの思いと一緒だったのでしょう、シグレルさんがいち早く二人の前に飛び出してきました。

 背に庇うようにしながら、弦をかき鳴らし始めます。


 そんなシグレルさんと頷きあって、幾度も重ねた練習の時のようにお互いの出方を合わせました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 闇に差し込め日の光


 女神様の加護を得て


 長きに渡る闇の想い


 日の光に暴かれて行け


 闇ふり払い給え

 我らが光


 そして迎える

 数多の光

 祝福されし

 我らが光 


 闇ふり払いし

 数多の光

 闇ふり払り給え

 彼方の光


 闇ふり払え


 我が歌声


 生れ落ちた時に 上げた


 あの産声のように


 闇をふり払い 給え


 光放つ その息吹き


 闇に在って


 闇に在るものこそが


 解き放つ


 その魂の調べ


 闇にある想いも


 闇にある願いも


 全てを光に変えて


 闇ふり払いし


 その光の刃


 生きてこそ


 放たれる


 光の道末


 そこに導くべく


 放たれる光


 闇ふり払いし


 我が魂の調べ


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 エキ。

 アンタがエキでいられるようにと歌っていますよ。

 届いておりますでしょうか?

 そんな祈りを込めて歌い上げました。


 対峙する闇の塊りの中から、かっと光が二つ放たれました。

 緑の(まなこ)がこちらを見据えております。

「エキ、エキ。リュームの歌は届きましたか?」

 ゆっくりと歌に誘われるかのようにして、闇の中から獣が一頭抜け出してきました。

 大きな大きな……リュームなど頭から丸呑みされてしまいそうなほど、大きな獣でした。

 でも、そうであっても、あの馴染んだ黒猫のエキに違いありません。

 闇をたなびかせながら、リュームの前に立ちはだかりました。

 唸るダグレスとレドに心配ないわと手で制して、待ち侘びた子を両手広げて迎え入れます。

「エキ。もっと歌って差し上げますから、いらしてください」


 エキが一歩踏み出してきました。

 その前脚の鍵爪ですら闇色です。


 エキが咆哮を上げると、雷鳴も一緒に轟きました。


 闇の中から、苦しげな訴えが流れ込んできます。


 シュ・リューカが言ったんだ! 


 ずっと闇にいようって。ずぅっと、ずぅっと一緒に!


 だからボクら(・・・)は闇にいたのに、今更裏切る気?


 許さないよ、許さない、ユルサナイ、ユルセナイィ!!!


 シュ・リューカと一心同体であったお腹の子は、シュ・リューカの想いをそのまま受け入れたのです。

 そうしてそれは闇に孕まれたままの子になったのです。

 加えて闇の人格化とありました。


 その呪われた者の心許す形を成して、近付くようになったと。

 シュ・リューカは願ったのかもしれません。

 生まれることの出来なかった子に、例え闇からであっても日の目を見せてあげたいと、そう願ったのかもしれません。


 その事を見越したのでしょうか。

 わかりませんが、ギルメリアは呪われた者に祝福が行くようにとも配慮したのです。

 それが良かったのか、悪かったのか何て。

 今更、誰に問い掛けても仕方がない事と思っても、胸が突き刺されたかのように痛みを覚えます。


「エキ。ええ。許してくれなくったっていいわ。でも、闇からはもう出ましょうね。今度は光の中でずぅっと一緒に過ごしましょうよ? ねぇ!」


 しゃん しゃん しゃん しゃん しゃ しゃららん


 リゼライさんが鈴を慎重に操りながら、場を鎮めてくれています。

 エキが再び闇の声に耳を貸さぬように、リュームの声にのみ耳を傾けてくれるようにと。

 シグレルさんの弾く弦の音も同じ意図を持って、空気をかき鳴らしてくれています。


 鎮まれ 鎮まれ 鎮まれ 闇に沈む意識 鎮まり給え


「さあ、いらっしゃい。闇を抜け出して。ずっと歌ってあげるから」


 寄り添ってあげるから。


 急ぎ、腰帯の金の紐を手に取ります。


『これはあんたを光の中に繋ぎとめてくれる命綱よ』


 リゼライさんの言葉を思い起こしながら解き、エキの首元へと掛けました。

 いつかの昔、シュ・リューカの胎内で結び合っていたであろう魂です。


 ご領主様も一緒にその端を持って下さいました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 シュ・リューカ、お願いです。

 闇にまどろむのはもう終わりにしてください。

 目覚めてください。


 あなたの大切な方が、子が、待っているのです。


 今だ呼びかけても応答の無い、闇を望んだ者へと心の中で叫びました。

 胸が張り裂けそうです。


 闇の発動者、ギルメリア。

 闇の受動者、シュ・リューカ。

 そこに絡められたのが、二人の子。


 このみっつが大きな核となってしまったのが、シェンテラン家の呪いの正体です。


 他の闇は大小さまざま。

 それは嫉妬であったり、怒りであったり、悪意であったり。

 そういったものが強い力に引き摺られて絡まりあい、出来上がったのが『呪いなる闇』です。

 そこに寄せられたのはそんなものだけではないのも、また確かなはずです!

 優しい気持ちや、人を思う気持ちや、美しさを感ずる心もあったはずです。

 闇は闇だけで在り得るものではないのです。

 光もまた、同じく。


 ふ―――ふ―――っと闇色の瘴気を吐き出しながら、苦しむエキの瞳を覗きこみました。


 その瞳にリュームはちゃんと映っているのでしょうか?


 暴れるのを抑え付けてくれているのが解ります。


 リ ュ ー ム 、ク ル シ イ ヨ 。 こ こ は サ ビ シ イ ヨ 。


 流れ込んでくる闇に飲まれてしまった子の想いに、叫びだしてしまいそうでした。

 ご領主様も同じように感じて下さっているのでしょう。

 痛ましそうに獣を見つめ、抱き締める腕に力がこもっています。


 想いに囚われ固まった闇を少しづつ解し、愛しい魂の救済に当たりましょう!


 それが出来るのは、リュームとシュ・リューカのはずです!



 シ ュ ・ リ ュ ー カ  … … お 母 さ ま 。 ど こ ?



 その呼び声に、リュームの鼓動が一際大きく脈打ちました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 呼ぶ声が聞こえる。

 かすかに よわく でも たしかに。

 耳にする事も無かったあの子のものだってわかるの―――。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


「リューム?」


 ご領主様にいぶかしむ様に名を呼ばれても、リュームは微笑みました。

 ゆったりと満ち足りた微笑を浮べている事でしょう。

 心から満ち足りたものを感じながら、闇の子に両手を広げてその獣のような耳元に唇を寄せます。


「リューム?」


 今度は答えませんでした。

 ええ。リュームですけれども、ジ・リュームではございませんから――――。


「シュ・リューカ」


 そう迷い無く呼ぶ彼もまたご領主様であっても、ヴィンセイル様ではないでしょう。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 泣かないで 愛しい子


 泣かないで


 あなたの側にいるから


 さみしくないわ


 あなたが闇に包まれないように


 私が側にいて 守ると誓った


 私の愛しい子


 私と愛しい方との間に授かった


 私の宝


 愛しい子


 ずっと 側にいるから


 すっと 歌っているわ


 ずっと 愛しているわ


 ずっと ずっと ずっと



 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 ・。 



 ・+ ・。



 ・*。


 。・ + ・。



 それは迷い泣く子へ寄せる調べでありました。

 静かに静かに耳元に囁きこむように歌われる調べは、寂しさに泣き叫ぶ子の心を鎮めて行きます。

 身に孕んだ愛しい子のためにと歌われる響きです。

 それはジ・リュームだけでは到底、伝えきれないものが含まれているように感じます。

 母親が我が子に向ける、無条件の愛という強い強い絆を。


 二人で抱えた闇の獣は、徐々に瞳を伏せ、まどろみに誘われて行きました。

 闇色の輪郭もそれと同じように光に溶けて行きます。


 彼へと手を伸ばしました。

 それとほぼ同時に彼の方も手を伸ばしてくれていました。


 先に手を伸ばし、引いてくれたのはどちらであったのか。


 不思議な感覚でありました。

 身体が浮き上がったように感じたのです。

 あたたかさに包まれながら、何と身の軽やかな事かと思ったのも一瞬です。


 瞬き、瞳を開けた次の瞬間に飛び込んできた光景は、眩い光に包まれたシュ・リューカとギルメリアでした。

 まるでリュームからはシュ・リューカが、彼からはギルメリアが抜け出したかのようではありませんか。

 二人とも向かい合い、手を取り合っています。

 そしてその二人の間に光の珠が浮かんでおります。

 二人はそれを愛しそうに抱えるようにしました。


(闇が、光に。エキが光に還ったのですね)


 闇雲は晴れ、そこから天の光が差し込みます。

 天に向って掛かる橋のように見えました。

 それはギルメリアとシュ・リューカの足元へと、伸びて来ております。


 込み上げてくる愛しさをそのままに、二人は慈しむように光の珠を抱えて微笑み合っていました。


(ああ、二人も還るのですね)


 言葉も無いまま、微笑みかけられました。

 リュームも精一杯、微笑み返したつもりでしたが、涙が溢れて来るので上手く行きませんでした。

 視界がぼやけ始めます。


 暖かな風が吹き抜けて行きます。

 二人とも細かな光のかけらとなって風に攫われ、一緒に空に舞い上がって行きました。


 天から差し掛かる光は、女神様が両手を広げて下さっているかのように温かなものでした。

 闇にあった者達も皆、女神様に誘われてその光の(ふところ)へと還って行ったのでしょう。



 花びらが舞い落ちて、光と共に降り注ぎます。

 この街の至る所に植えられたフィローの花が、風に吹かれてここまで舞い落ちる様に目を細めました。


 きっと闇の影響を受けていくらか早く、その花を散らせることとなったのかもしれません。

 それを思うと申し訳ない気がしました。

 ですが攫う風が揺らす梢の葉は、まるで気にするなとでも言ってくれているかのように眩しく風にそよいでいます。


 夢のようです。


 いいえ、闇に包まれながら見る夢は終わりを告げたのです。


 虚空に響いた歌声もまた生きた証。


 これから先は生きる喜びを歌い上げましょう。


 このお方と共に。


 大切な方々と共に。


 これから出会うであろう皆様と共に。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


「リューム」


 彼が掠れた声でリュームを呼びます。


「ヴィンセイル様」


 何故かひとしずく涙が頬を伝いました。

 リューム、笑っているはずなのですが、涙がぽろぽろと零れて止まりません。


 この光景を一生忘れないでしょう。

 魂にまで刻み付いたことでしょう。


 彼もまた心の底から安堵しているのがわかりました。

 伝わってくる温かいもの。

 それはこの手のひらを介してだけのものではない事は、もはや疑いようもありません。


 腰を引き寄せられ、思い切り抱き締められます。

 リューム自身も両腕を伸ばして、彼の首元に抱きつきました。

 二人の間に挟まれる形となったザクロ様。

 その下に脈打つ、お互いの鼓動が重なり合います。


 生きております!


 生きる歓びをこうして歌い上げるかのように、力強く!


 拍手と歓声が、今日集まって下さった方々から沸き起こります。


「さあて! このまま婚礼の宴と行くか?」


 そんなギルムード様の、からかうような声が聞こえました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 答えるよりも前にリューム、この大観衆の前で口付けられておりましたよ!





お付き合い ありがとうございました!



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