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第六十五話 闇ふり払い給え 我が調べ



 


 空に向って両手を広げます。


 闇をこちらへと誘うために。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 その闇を望んだ者がいる


 その者の名は シュ・リューカ


 我が身を成り立たせる 血の一滴


 我が存在を成り立たせる 魂の一欠けら


 闇を受け止め


 闇を孕んだまま


 闇に落ちた


 いまだ光ささない闇にまどろむ者


 いまだ闇を望む魂を救い上げて


 私が今ここに在る事がその証


 闇に在るものが 光にあろうとした


 願いの現われが この我が身を成り立たせている


 それが 闇を望んだ者のけじめ


 闇を望み 闇を起こし 闇に身を任せた者の


 償いの終焉をどうか


 光の彼方へと 静かな眠りを


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 たかだかリュームごときの歌でどこまで為しえる事ができるのか何て、ですね。


 今更、そんな事考えたって仕方が無いのです。


 エキは言ってくれましたよ。


 ボクがリュームのエキであるために、歌ってねと。

 確かに約束しましたよ。


 何のための今日の日であるのか、自身に今一度問い掛けなさいですよ、リューム!


 術句なるものを編み出し、練り上げ、形にするのを手伝ってくださったリゼライさん。

 声が遠くまで響くようにと術を場にもリュームにも施してくださった巫女王様。

 神殿の皆々様に今日ここへと集まってくださった皆様方。


 どれほど感謝しても感謝し切れません。


 フィルガ様から闇の正体を、本質を知らせれた時の衝撃ときたら!


『どうやらこの国にかつて蔓延していた疫病を、術の土台のひとつとして使ったようです』


 疫病。


 身体を熱し、呼吸を狭めるような咳が続き、口蓋(こうがい)に麻痺を起こさせて舌足らずと成り果てる。


 まるでリュームの病弱であった頃そのままではないですか。


 記録書によると、ギルメリアとシュ・リューカが呪いを始めた頃から、流行り病は鎮まりを見せたそうです。


 やってくれますね、ギルメリア!


 どれだけ貴方様の想いは深く闇に食い込んでいたのでしょう。

 ある意味それだけ、シュ・リューカに執着していたと取れますよ。


 そして……やりますね、シュ・リューカ!


 よくは理解していなかったかもしれませんが、そんな恐ろしげなるものを一身に引き受けようなどと、よくぞ決心したものです。


 この地を治める領主の彼に、かつて一族の流させた血の罪をあがなう為にその身を差し出したのですね。


 そして結果として闇に道連れにしてしまった存在の核が、一人歩きしていったのです。

 それは優しさであったのか。

 それとも惨酷さを増しただけなのか。

 リュームの胸一つでは計る事は難しいです。


 に ゃ―――――― ぁ お ぅ 


 かすかに響く鳴き声に、気を引締めました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 青空はどんどん闇が占めて行っています。

 広場に集まった皆様の視線も空へと向けられて行きます。

 どよめきの声上がる中、リュームの胸は痛みを感じました。

 せっかくの祭典です。

 それを台無しにする気など無くても、そうしてしまう罪深さからでしょう。

 それでも。

 それでも立ち止まる訳には行かないのです。


 よりいっそう声を張り上げるしかありません。


 同じく舞台に上がっている皆様の不安も背後に感じます。


 それすらも鎮まるよう祈りながら、歌います。


 それでも意思こめられて響く楽の音と鈴に集中します。

 今ここで人々の不安に同調する訳には行きません。行かないのです!

 むしろ強く心を持ち、皆様方を安心させられるくらいでなければ駄目だと、リゼライさんから叱咤されたリュームです。


 風がどんどん強くなって行きます。


 時おりは、目を開けても要られぬほどの突風となって吹き付けてきます。


 髪もベールも大きく後ろになびく頃には、上空を大きな闇の塊りが占めていました。


 今、風はぴたりと止んでおります。


 リュームは両手を天に向って広げたまま、見据え続けております。


 ふいに、ぽつりと頬に雫が当たりました。


 それをまるで涙の一滴のよう、と思った瞬間、勢い良く大粒の雨が降り出しました。


 容赦なく降り注ぐ雨の中、人々の困惑する声が聞こえます。

 そんな中であっても凛とした力強い声がいくつか、何故かリュームの耳にはしっかりと届いていました。


『リゼライ! ギルムード! それぞれ皆、怯まず油断無く構えなさい!』


『おいでなすったか! 覚悟はいいか、ヴィンセイル殿。敵は天候までをも操る大物だぞ』

『楽師群は後方待機! 弦を雨に濡らされては思うよう振舞えない』

『巫女様方は俺が護衛するから~姉さん達、安心してよ。ちょっと濡れるけど~』

『護衛団長! 避難場所に神殿を解放し、観客が混乱しないよう誘導しろ』

『力のある者は歌姫の援護に当たれ!』


 ええ、そうです! 何の! これくらいで負けませんよ!


 降りしきる雨が衣装にしみ込み、身体に張り付き体温を奪います。

 髪から滴る雫が視界を遮ります。

 それが何だって言うのでしょうか! 

 リューム、このどしゃぶりに負けてなるものかと声を張り上げました。

 例えこの雨音にかき消されようと、皆様のお耳に届かなくなっても歌うのは止めませんよ。


 闇ふり払い給え

 我らが光


 そして迎える

 数多の光

 祝福されし

 我らが光 


 闇ふり払い給え この調べ 


 闇にある者に 捧げる調べ


 闇をふり払い 光へと還る し…ら、べ


 しかし闇の狙い通りと言いましょうか。

 リューム、声が掠れて来ています!

 どうしましょうか。

 やるしかありません。

 それ以外の選択肢などありません―――。


 泣き叫ぶような天に向って、雨音に負けるものかと声を張り上げるしかありません。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 (え?)


 闇 ふ り 払 い 給 え 我 ら が 光   


 リュームの気のせいではありません。

 だんだん、その音量も大きくなっていきます。



 そ し て 迎 え る  数 多 の 光 !


 祝 福 さ れ し    我 ら が 光 !


 闇 ふ り 払 い 給 え  我 ら が 光 !!


(皆様方!)


 この国の方々、今日この祭典に訪れてきて下さった見知らぬ方々が、声を張り上げて下さっているのです。


 一緒に。

 雨宿りのために駆け出したりもせずに!


 もはや頬を伝うのが雨なのか涙なのかわかりません。

 盛大に濡れているのは間違いありませんから、濡らしておきましょう。

 リュームは皆様と一緒になって歌いました。

 何と心強いのでしょう!

 雨に打たれて冷えた体とは対照的に、胸の辺りが温かくなって行きました。

 リューム、やりますよ! やり遂げられますよ、絶対!

 嬉しくなって微笑みながら、皆様と共に歌います。



 闇ふり払いたまえ 我らが光

 そして迎える 数多の光

 祝福されし  我らが光


 闇 ふ り 払 い 給 え  我 ら が 光 !



 その部分を繰り返すうちに、激しい雨は止みました。


 ですが空いっぱいに広がる闇雲からは、雷光の筋がいくつも見えています。

 それが不気味に地の底から唸るように音を鳴り響かせて、威嚇しているようです。


 雨がやみ、人々の歌声もゆっくりと止みました。

 しかし祈る気持ちは続いているようです。

 皆様、両手を組んで祈りの形にしたまま、天を見据えています。


 闇は一瞬怯んだように感じましたが、徐々に大きな獣の形を取り始めました。

 エキ。

 疫病。


 そんなものにこれ以上、成り果てさせたままでなるものですか!


 決意を込めて両手を差し伸べたリュームの前に、ご領主様が飛び出してきました。

 剣を構え、リュームを背に庇い闇を睨んでいます。

 濡れた前髪が視界を遮るのを邪魔をそうに払い、闇に向って剣を振り上げました。。


「ご領主様! いけません! 闇に剣は通用しません!」

「うるさい! そんなワケにいくか」


 雷鳴が轟きました。

 それは一際大きく、彼の背後で稲光が天から地上へと下りました。

 地鳴りがするほど大きな落雷です。

 広場からそう遠くない場所の樹が、炎を上げながら倒れて行くのが見えます。

 突風が吹き付けました。

 嫌な、まとわり付く闇そのものが動いたかのような風に嬲られ、身体が硬直します。

 再び闇雲の間から、光がほとばしりました。


「ご領主様!」

「リューム!」


 リュームに、彼に、雷が一直線に下ります。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 『例えどんな事があっても歌うのを止めては駄目よ? 歌う気持ちを無くしたらあんたの負けだからね』


 ええ、ええ。承知いたしました。必ずや、必ずや最後まで歌いきると誓います。


 リュームはそう誓って舞台に上がったのです。


 それでも一瞬、呼吸が止まりました。


 なす術もない――――!


 不覚にも迫り来る恐怖に、何も出来ずに立ち尽くしてしまいました。

 ただ振り下ろされた刃の切っ先が、ご領主様に及ばないようにしたくて、彼に抱きつきました。

 ですが結果として、彼に頭から抱え込まれて庇われる格好になっただけであります。


 そんな雷の刃を遮るように、白い影が飛び出してきました。


 白い獣は上空に留まったまま、雷光を全身で受け止めると、牙でなぎ払うように顎を振り上げました。


 レドです!


 ”” 我は雷を操る獣。 闇ごときに好きなようにさせない! ””


 全身で雷光をまといながら、そう闇に向って吠えました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・


「ヴィンセイル殿! これを持てっ!」


 ルゼ様から賜った剣の鞘を、ギルムード様はこちらへと放りました。

 息せき切って駆けつけてくれたらしく、声が裏返っています。

「何を!?」

 不可解そうに眉をひそめたご領主様に、ギルムード様はもどかしそうに怒鳴ります。

 大声を上げながら、舞台に駆け上がってきました。


「いいから! 剣をさっさと鞘に納めろ、その鞘は雷よけになる! 闇は攻撃するな、できるのはリューム嬢だけだ。そうですよね、大呪術者殿!?」


 大呪術者? ギルメリアおじい様の事でしょうか?


 ザクロ様からぴりりとした刺激を感じました。


「そ、そうですよ、ご領主様! 攻撃すれば、攻撃されるのです! 剣をお納め下さいませ。闇に負の感情を向けてはなりません」

「何を言う! やらねばやられるのが道理だろう!」

「いいえ! いいえ! いいえ! なりません! シェンテラン家の剣を納める時を見定めるのは、このシェンテランの鞘の役割りを担うリュームのはずです!」


 勢いに任せて必死で説き伏せると、彼は交互に闇とリュームを見比べてから、ちっと舌打ちしました。

 忌々しそうにでしたが、何とか剣を鞘に納めて下さいましたよ。


「ご領主様、大丈夫ですから。剣は闇を鎮めるためにお使いくださいませ! そのために特訓を重ねて頂きました。そうです、剣舞は女神様のご加護を得られるように働くのです。そして、闇に在る者の心を鎮めるための方円を描きます」


「リューム……。」

「おそらくこれは大呪術者ギルメリアおじい様から情報と思われますよ! リューム、今、知りましたもの!」


 知らないはずの知識は、ザクロ様から流れ込んでくるかのように感じました。


(ギルメリアおじい様、もう少しです、多分! 一緒に戦って下さいませ)


 こくこくと頷きながら、彼にすがっていた腕を弛めました。

 ご領主様は改めて剣舞を始める時のように、鞘に納まったままの剣で構えました。

 孔雀の羽根模様の中心を、闇に向って見せ付けるようにしながら、空を切り円を描くように回されます。


 レドが上空から滑るように駆け降り、威嚇しながらリュームたちの前に立ちました。


「よくやったぞ、レド! 元・俺様の聖句の徒!」


 ”” ギルムード、うるさいから黙ってて! ””


 少し遅れて、闇の中から飛び出すように黒い獣さまも降り立ちました。

 まとわり付いてこようとする闇に、一角を向けふり払ってくれたのはダグレスです。


 ”” 我は闇に属する獣。どのような闇であろうとも、我の意向に従え。この娘を保護する! ””


 虚空の闇に向ってダグレスが吠えました。


「おお! 同じく俺様の元・聖句の徒!」


 ”” ギルムードは煩いから黙っていろ! ””


「何だと――! 冷たすぎるぞ、おまえらっ! リゼライ、後方の守りを強化しろ」


 そんなギルムード様のぼやきと指示も、雷鳴にかき消され気味です。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・


 しゃん! しゃん・ん! しゃりら・ん!


 リゼライさんの奏でる鈴の音が、答えるように響き渡りました。



『祭典時にどしゃぶり。』


あともう少し、お付き合い下さい。

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