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第六十四話 この美しき国に捧げる祝福の歌


春の日差しに 女神様の祝福を 感じます。

 

 祝福の歌。


 祝福の歌を高らかに朗らかに歌い上げましょう、小鳥たちのごとく。


 生きている歓びを歌い上げるのです。


 歌う前は必ず、そのような想いが胸いっぱいを支配します。


 人々の熱気と期待に満ちた視線すら熱く感じます。

 今回、リュームが今まで経験した事の無い程の人様の前です。

 見渡す限り、人でいっぱいの広場を少し高い舞台から見下ろしております。


 やはり胸が高鳴ります。


 緊張もありマスが、それだけではないものも同時にわきあがって来ます。

 それをリュームは歓迎いたします。

 それはこの身も心も鼓舞させてくれるものだからです。

 静かに高まって行く闘志に身を任せるのが、実は結構好きであったりします。

 気分は決闘に臨む騎士ですよ、リューム。


 な ん ち ゃ っ て 。


 我ながら、どうにかなりませんかねぇ?

 この緊張感の薄さは。


 巫女王様のバルコニーに向ってまずは一礼し、次いでルゼ様がお忍びで紛れ込んでいるらしい皆様に向って頭を下げました。

 拍手が沸き起こります。

 ゆっくりと頭を上げながら、両手を広げて抱えるようにいたしました。

 ―――皆様を。皆様の温かい想いを、全て。

 それを胸に抱えるように一歩下がります。

 今度は片腕だけを広げて、舞台上に待機していらっしゃる楽師と巫女様方を紹介するようにしたのです。

 舞台に腰下ろしていた楽師の皆様が立ち上がって、観衆に向って頭を下げられました。

 それを見届けた頃に、手鈴を持った巫女様たちも一礼しました。


 かすかに鈴の音がしました。

 まるで鈴も一緒に挨拶しているかのように思えて、リュームは笑み零れてしまいます。

 耳に届く微かな振動ですら喜ばしく感じます。

 どんなささやかな歓びであっても見逃しますまい―――で、ございますともよ。

 どんな事でも拾い上げて生きてる歓びを噛み締めましょうぞ。

 そんな決心が湧く晴れの日。 前日には無かった想いです。あれ?

 ついに今日という日を迎えたのだな、とぼんやりと実感中でございますよ。じわじわと。ええ。

 舞台の上に上がってやっとこさ。

 そんなものでしょうか。

 人間、土壇場であってこそ付けざるを得ない覚悟に乾杯ですよねっ! 

 そんな思考を晒した事を口走ろうものなら、大目玉を食らうこと間違いありません。

 ですから黙っておりますともぅ。


 リュームも改めて今日の日に協力してくださる皆様に頭を下げました。

 深く、ゆっくりと、丁寧に頭を下げる途中で、ご領主様が舞台向こうの奉納の剣舞の舞台に立たれたのを確認いたしました。

 彼もまた同じように深く頭を下げたようです。再び拍手が起こり、静かに引いて行きました。

 広場に満ちる熱気と静寂。

 静かな期待に応えるようにゆっくり面を上げると、ご領主様とも同じ感覚であったようです。

 二人、一瞬確かに見つめあいました。

 そしてどちらからともなく、頷きあいました。


 せっかくですからね。思い切り良く、景気良く行きますとも―――!!


 お~~~! と心の中で拳を振り上げます。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 しゃららららららん!


 それを見計らってくれたかのように、鈴の音が響き渡りました。

 緊張した面持ちの、ニーナです。

 それを合図にフィドルの弦がひとつ、爪弾かれました。

 相変らず余裕の表情の、シグレルさんです。


 鈴はしゃん、しゃん、さりり、さりりりぃ、とたいそう素敵に空気を震わせて何かを目覚めさせて行きます。

 それに続くようにフィドルの音も加わって広がって行きます。


 細やかな振動で空気を震わせる鈴も、爪弾かれた弦が空気を震わせるのも、リュームが歌声を発するのも全て同じ作用なのです。


 震える、ふるふると震えて行く、大きく広がって行く。

 大気を震わせて行く。

 伝わって行け、この決意。


 それはまるでゆっくりと静かな湖面に、波紋をどんどん広げて行くかのように感じます。


 リュームはひとつ、ふたつと大きく息を吸い込みます。

 みっつと数えたところで大きく両手を広げました。


 ――― 始めるとしましょうか。


 準備はいいですか、リュームよ?


 ばくばくと煩い心臓を宥めながら、一人でこくこくと頷きます。


 い・い・いいい、行きますよ、リューム! いざ、本番へ!


 ぜっ、ぜっ、と肩が震える程の過呼吸を整えつつ頷きました。


(それにしてもこの期に及んで手がかかりますね、リューム。まあ、リュームはリュームでしかないって事なのでしょう)


 そんな想いに囚われている場合じゃないので、頭をひとつ勢い良く振ります。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 この国の美しさと恵まれたものに感謝を表すことすなわち、女神様への祝福の歌で始めます。

 次いではお力添えを、この場で闇を鎮める歌を歌う事への許しを得る歌を歌います。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 渡り鳥は 飛び立った


 一羽も残らず


 後に残るは ただ 羽根のひとひらだけ


 名残はその ひとひらだけ


 それも やがては 風に舞う


 渡り鳥が 飛び立ったよ


 それは春の女神の訪れの証


 この地で 冬を越した鳥たちを 見送ったなら


 春の風を迎え入れよう


 この胸に


 野辺にすみれの花が咲くよ


 それは 春の訪れの証


 女神が 地の果ての国から舞い戻り


 大地に降り立った証


 さあ 春の女神の祝福が始まる


 この女神に愛されし 美しき国


 何もかもを目蓋の裏に焼き付けて人の子は眠る


 何もかもを心に焼き付けて人の子は眠りに付く


 その安心に抱かれて 夢に見る美しき国


 目覚めれば また この美しき国


 終わりの無い 夢のさいはて


 女神の祝福に満ち溢れたこの国


 春には すみれの咲き誇る野辺


 雪解けの水流るる 小川


 あたたかく降り注ぐは 春の光


 春の光が 導く この国の美しさへと


 人の子は 目覚めるたび 感謝を捧げる


 この美しき国に


 この恵まれた大地に


 この美しき国に


 おしみなく


 祝福授ける 大いなるものに


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 風が心地よくも強く吹き抜けて行きます。

 それは、リュームの髪をさらうほどでありました。

 街路に散り落ちていたと思われる、フィローの花びらも舞い上がり、そして再び落ちて行くさまは幻想的の一言です。


 やはり最初ににらんだとおり、ここは心地の良い風が吹き抜けて行きますね。

 思わずニンマリしてしまいます。


 どうやらリュームの想いこめた歌声は、女神様に届いたようですね。 

 何とかお力添えして下さるような、許可をいただけたものと信じます。


 嬉しくなって、舞い散る花と一緒になってくるぅりとその場を一回りしてみました。

 一回転し終わり、衣の裾が落ち着く頃には「祭典の歌姫」なる者にちゃんと戻りましたよ?


(とりあえず、第一関門は突破です!)


 リゼライさんの指令どおり『女神様を褒め称えて感謝を捧げ、その祝福を賜りご助力願うこと』をやり遂げたようですよ。


 都合良くそう思うことにして一つ頷けば、観衆を挟んで向こうのご領主様ともばっちり目が合いました。


 残念ながら彼の剣舞を堪能することは出来ませんでしたが、彼もまた無事にやり遂げたのは伝わってきます。


 彼がリュームを見つめたまま、剣を勢い良く振り上げ天に向けました。

 振り上げたそれを、流れるような動きで振り下ろせば観客の皆様から拍手と歓声が上がります。


 ――――うっ……か、格好良すぎです!


(何やら向こうの舞台の方が可愛らしい声援と、着飾ったお嬢さまたちの観客が多く見えますよー。ちぇ)


 そんな場合じゃありませんてっば、リューム!


 頭を振りました。気持ちを切り替えます。


 何とか掴みは良かったようです。


 観衆の皆様の表情も晴れやかで、惜しみない拍手に迎えられています。


 女神様のお心も掴めてます様に! 等と意地汚くも願ってしまうリュームであります。


 同じく手鈴担当として舞台に上がって下さっているリゼライさんとも目が合いました。


 リゼライさんは舞い落ちてきた花を一つまみしながら、満足そうに笑い掛けて下さっています。


 しゃん! しゃん! しゃりらぁん!


 『よ し ! 次 々 行 け !』


 彼女の震わす鈴の音に、そのような指令が込められているように感じます。


 『承 知 い た し ま し た !』


 そのような気持ちを込めて頷いて答えます。


 ええ、ええ。勢いにのせてこのまま、次々行きますよ。


 行かねばなりませんですよ、リューム!


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 しゃん! しゃん! しゃんん!!


 続いて勢い良く鈴を振り上げるように鳴らしたのは、ミゼル様です。


 唇を引き結び、必死のご様子もまた可愛らしいです!


『リューム、あんた! 最後まで気を抜かずに、しっかりやりなさいよ!』


 そう励まされた気がしました。


『ありがとうございます』


 そう感謝を心の中で述べながら、ひとつ頷きました。


 ではっ、次々、行きます!


 シグレルさんが少し曲調を変えました。


 皆様の拍手が止み、期待に満ちた視線が集まります。


 少し伏し目がちにします。


 リュームの足元に、はらりと花びらが落ちてきました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 この美しき国に 闇をもたらした者がいる


 どうかその者の罪を償わせて


 浄化を願う


 彼の者の名は ギルメリア


 かつてこの国に生きた者


 闇に願って


 闇を従え


 闇に在ろうとした


 だがそれは 過ちと気付いた


 気付いた時はすでに 闇の彼方


 闇に飲まれた 彼の者の想い


 それすらも 闇の中


 闇の中 願うは光の道しるべ


 ひとすじの光


 光満ちた世界


 光の救済を願う者に


 女神の慈悲を


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 ねぇ、エキ? エキや。


 聞いてくれているかしら。


 次はエキの、エキ達のために歌いますよ。


 大空に向って両手を広げて差し伸べます。

 手のひらを上に向け、糸を手繰るかのように指を動かせば、手首の飾りがしゃらしゃらと鳴り響きます。

 この動きはまるでおいで、おいでとしているかのようです。


 おいで おいで おいで 闇から出ておいで。


 そうしたらその首の下を今やっているみたいにして、思うさまくすぐってあげられますからね。


 そんな呼びかけに応えるかのように、青空に闇が集まり始めました。


 それは間違いなく、シェンテラン家の方角から。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 リュームは迷い無く、そちらに向って両手を広げ差し伸べました。




『よし。褒めちぎれ』


 そんなリゼライさん指導のもと、リュームは歌詞をこさえましたよ~★


 後書きは、リュームとリゼライ打ち合わせ風景です。

 スピン・オフにするまでもないので、ここで。


「歌うは訴え。歌うは祈り。祈りは願い。そして感謝」


「リゼライさん!! なんですかそれすてきすぎですりゅーむの想いを言葉にしてくださっていますわーーーーー!!!」


「落ち着いてくれる頼むから。」


 そう呆れられながら、額を押し戻されました。


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