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第六十一話 神殿勤め人達の計らい


どこまでも気の良い……だけではない、おじ様。


領主、がんばれ~。

 

 着々と準備が整って行きます。

 リューム、一世一代の晴れ舞台に違いありません。

 今から意識が遠のきそうであります。


「それぞれの闇に立ち向かうべく 手を取り合うがよろしい」


 そう、巫女王様は厳かに言って下さいました。


「ああ。そうそう。大事が済むまで禁欲を命じます。言うまでもありませんが、一応ね」

「はい。巫女王様」

 リュームはすぐさま頷きましたが、ご領主様ときたら無言です。

 巫女王様にまで感じ悪いって、どう思いますか?

「……。」

「聞こえているのならちゃんと返事をしなさいよ。この事態の元凶とも言える、ヴ ィ ン セ イ ル 殿 ? 」


 巫女王様は笑顔です。

 ただならぬ笑顔です。

 ご領主様の放つ謎の圧力を捻じ込めるほどの、さらなる圧倒的な力が場を支配します。


 ものすごい迫力ですよ。

 早く、早く、きちんとお返事して下さいまし! ご領主様。

 はらはらとその横顔を見て、巫女王様の方も窺います。

 いつの間にやら、お側に控えていてくれた巫女様方の姿が見当たりません。

(おおぅ。慣れてらっしゃるのかもしれませんね。皆様、避難されたのですか?)

 リュ、リュームも誘って欲しかったです。ええ。

 こんな渦中においていかないで下さいま~せ~。


 虚ろに視線をさ迷わせてみれば、巫女王様の傍らに立つギルムード様が、笑いを堪えたように口元を押さえております。何故。


「っぶっ…っ、ははははははは!!」


「ギルムード! 不謹慎でしょう、全く貴方はいつもそうなんだから!」


 ギルムード様がもう堪えられないといった様子で、盛大に噴出されました。

 え、と? どこに笑えるような所がございましたでしょうかね?

 リュームにはいっかな見えておりませんでしたが。


「ははは! だって傑作ではありませんか、姉上。俺はこんなにも、ある意味、骨のある奴にお目にかかった事が無い! 甥っ子共の反抗期だった時より、もっとふてくされた面をしてからに!」


 一向に改める気配の感じられない気合の入った仏頂面です。

 笑われた事でますます眉間にシワがより出す始末ですよ。

 もはや、深く刻まれてしまって取れないくなっているんじゃないでしょうかね。


「まったく可愛げのない事。ギルムード、躾けなおしてちょうだい」

「御意」


 ぷくくと笑いを手袋に押し当てながら、ギルムード様がすぐさま請け負いました。


「さて、若者よ。これから手合わせ願おうか。先程の手合わせは俺の部下に任せたからな。ただの小手調べに過ぎないものだったと解るぞ。祭典に備えて稽古と洒落込むか。何、俺は優秀な人材育成者でもあるからな。どうすれば人材が良く伸びるか熟知しているから楽しみにしていろ。さて、俺から一本取れたらご褒美に婚約者殿と二人きりで語らう時をもうけてやろう。どうだ? もの凄くやる気が湧くだろう」


 ん? と顎をしゃくるギルムード様を睨んだかと思うと、ご領主様はあっさり頭を下げておりました。


「よろしくお願いします、ギルムード殿」


「まー可愛くないわねぇ」


 ご、ご領主様。何てあからさまなんでしょうか。

 リューム、何となくいたたまれません。


「ははは。俺の方が血気盛んな若者と多く触れ合ってますからな、姉上。それではリューム嬢、日が暮れる頃には結果が出ていると思いますよ。さ、行くとするかっと。その前に、リゼ! 控えているか!」


「はい」


 いつの間にやら後ろには、リゼライさんが控えておりました。


「リゼ。どう思う」

「何をでございましょうか、ギルムード様」

 楽しそうにあごひげをさするギルムード様とは対照的に、リゼライさんの声も表情も冷ややかです。

「この若者、俺から一本取れると思うか?」

「そうですね。リューム嬢のためとあらば、やり遂げるやもしれませんね」


 立ち上がりながら、リゼライさんはゆっくりと視線を持ち上げました。


「オマエも生意気だな。躾が必要か?」

「不要でございましょう」

「ぬけぬけと、よくもまあ」

「――ではギルムード様。このリゼライは貴方様は誰であっても、一本も取らせぬと賭けましょう」

「お? 言うてくれたな。もちろんだ!」

 ギルムード様は嬉しそうに両手を広げて見せました。

「ええ、ギルムード様。貴方様は誰にも負けないと賭けられるのですね。すなわち一本取られた場合はギル様もまた、このリゼライ同様賭けに負けた事になりますよ。それでよろしゅうございますか? 賭けに負けましたら潔く、リューム嬢とご領主殿が語らう時間をお許しになるのですね?」


 お見事です、リゼライさん。

 なるほど、です! ギルムード様はご自身が誰にも負けないと賭けられる。

 リゼライさんもそう賭けるとなると、ギルムード様がご領主様に負けた時点で賭けはお二人揃って負けとなるのです。

 何かリゼライさんにふっかけ様と目論んでいらしたようですが、最初から勝負は見えているようですね。このお二人。


「何だよ。俺は勝っても負けてもあまり良い事が起こらんじゃないか」

「気のせいです」

「いいや。俺にも褒美をよこせ」

「どこに部下に褒美をねだる上司がいますか」

「ここに?」


「では特別に勝とうが負けようが関係なく、格別級のお茶をご用意してお待ちしております。いかがですか?」

「茶かよ! 酒がいい」

「…………。」

「解った。悪かった。お茶()ガマンしてやる。いやいや! 特別茶()良い」


 無言で拳を握り締め始めたリゼライさんに、慌てたようなギルムード様のお姿がありました。

 そのお二人にしか醸し出せないような雰囲気が犯し難くて、思わず見守ってしまうのはリュームだけではないようです。


 ご領主様と目が合いました。


 少し待っていろ。そう言われているような気がしたので頷きました。

 ふと視線を感じると巫女王様とも、目が合いました。

 ふむと、ひとつ頷くと、今度はギルムード様とリゼライさんをじっと見つめていらっしゃいます。


 お二人は白熱していて、周りに気がついていらっしゃらないようです。


「だいたいなぁ、リゼはいつも俺に対して冷たすぎるんだ」

「ですから! そのようなお戯れでからかわれる部下の身にもなって下さい!」

「ねぇ?」


 ふいに巫女王様が誰にとでもなく呼びかけました。

 視線がいっせいに巫女王様に集まります。


「あなた達。いつ結婚するの? いい加減、一緒になっちゃいなさいよ」


 巫女王様は真顔で呟くと、そうお二人に笑いかけられました。


「いたしません!」

「姉上。ははは、お戯れを。コレは俺にしてみたら娘のようなものですよ。さー、ご領主殿。訓練場へ向うとしようか」


 ダグレス。うかうかしてられないようですよ――。


 思わず拳を握り締めます。

 それをご領主様を心配しての事と受け取ったのか、巫女王様が囁いて下さいました。


「大丈夫よ」


 賭けとやらの結末は恐らく、リューム嬢の一人勝ちになるわよと巫女王様が笑って下さいました。


 ええ。リュームもそう確信しております。


 ・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 そして日も傾き始めた頃、稽古という名の勝負を終わらせたらしいお二人が戻られました。

 ギルムード様はかなりご機嫌でいらっしゃいました。

 そんな調子のギルムード様に肩を回されたご領主様は、これまた鬱陶しそうなお顔でございましたとも。


「いやあ、面白かった。疲れたからリゼの茶を飲んでくるとしよう。あいつきっと洒落にならないくらい薬草を煮込んだ、とんでもない代物でもてなしてくれるはずだからな。まずいとか苦いとかそんな人の口では計り知れない、俺だけに煮れてくれる特別茶なんだぞ。 どうだ、羨ましかろう」

「…………。」


 俺は何一つとして面白くなどない。


 彼の表情はそう物語っておりました。

 言葉発さないご領主様の表情が、雄弁に物語るそれにリュームも笑い出してしまいました。

 こんなにもリュームや彼に向き合って下さる、ギルムード様の気使いが嬉しくておかしかったのです。

 良かったです。

 ご領主様ふてくされたお顔をされていますが、どこかいつもの彼より幼く見えます。

 何というか。恐れ多いですがカワイイ、感じです。


「リューム嬢。このお方の憤懣やるかたない想いは、俺との稽古である程度は消化致しましたから。このギルムード、そうそうオイタも出来ないほど気力を奪ってやりましたぞ。しばらくは大丈夫なハズですよ。なぁ婚約者殿? 躾けの行き届いたお利口さんでいられるようなぁ?」


 ふいとご領主様は無言で顔を背けられました。

 またぁ、もう~~! とリュームがどうしたものかと思う間もなく、無理やり頭を押さえつけて頷かせられています!

「お利口さんでいられるよな? 何ならまた訓練場に戻るか? ええ?」

「……俺はそこまで子供ではありません」

 ギルムード様はどうだか! と言ってから、また豪快に笑われました。

「よしよし。では、ゆっくりと語り合うがよろしいでしょう。俺はリゼにでも叱られて、この疲れを癒してくるとします。ではこれにて。ヴィンセイル殿は、また明朝お目にかかることにしましょう」


 よくよく見ればギルムード様の唇の端も切れて、血が滲んでいらっしゃいます。

 痛まれるのでしょう。

 少しだけ唇を歪めながら血を拭われました。

 これから先はリゼライさんの出番でしょう。

 何となくそんな事を思いながら、頭を下げました。


 ・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 ずったぼろぼろと表現するに相応しい出で立ちでありました。

 頬には泥がこびり付いておりますし、せっかくの御髪も毟り合いでもされました? とお尋ねしたくなるくらいの明後日方向に乱れております。

 剣舞の練習などではなく、まるで取っ組み合いのケンカでもされたようではありませんか。

 ありえますね。

 そして、ずたぼろ、という結果ですかね。

 どうにか一本取ったが、ギルムード様の良いようにずたぼろにされました。に……100・ロートといったところでしょう。

 何やらギルムード様からも下町っこに共通する、強かさを感じてしまいます。

 何だかんだ言っても育ちの良いご領主様が敵う訳がありましょうか。

 良くも悪くも正統派を貫こうとする正義感の強さは、ギルムード様にしてみれば付け入る隙と映った事でしょう。


 な、何だか。人だかりが出来ているような。

 主にぼろぼろで砂ぼこりまみれの、この男性二人の様子を窺いに集まっていらっしゃるようです。

 あうう。

 巫女の皆様もお集まりになっていっらしゃってますよ。

 彼の周りに熱のこもった視線が集中してますよ。

 何でしょうか。この胸が狭められるかのような感覚は。

 久しぶりの発作の兆候でしょうかね。

 へふぅ。

 何とはなしにうな垂れてしまいました。

 彼も周りも見たくはありません。


「リューム、行くぞ」

「はぃ?」


 声が引っくり返ってしまいました。

 突然言い出したご領主様に手を引かれ、そのまま人ごみを掻き分けてずんずん進んでいきました。

 振り返るとギルムード様がにこやかに手を振って、見送って下さっているのが見えました。


「ここはどこでしょうか? 中庭でしょうか」

「知らん。恐らくそんなところだろう」


 引き摺られるようにたどり着いたそこは、背の低めの樹が規則正しく植えてあり、まるでそれが壁のようになっていました。

 少し開けた場所にはお花畑というよりも、菜園と表現するのが相応しいような小さな花壇があります。

 神殿ですからね。きっと薬草などの類なのでしょう。


 そんな事をぼんやり考えていると、ぐいと手を引かれてつんのめりました。


「っきゃ」


 小さく悲鳴を上げはしましたが、そのまま転んでしまう事はありませんでした。

 先に腰下ろされていたご領主様に抱き止められていたからです。


 ありがとうございます、とお礼を述べたと同時です。

 彼の金の髪が目の前を過ぎりました。


「ご、ご領主様っ、コレは」


 何と! 彼の頭がリュームのお膝にあるのです。


「疲れた。しばらく休ませろ」


 仰向けでご自身の腕で瞳を覆ったご領主様が、深く息をつきました。


 驚いて途惑いましたが、彼の重みはびくともしません。


「…………。」

「…………。」


 せ、せっかくの語らいの時とやらは、ただ刻々と過ぎて行くようです。

 リューム、気恥ずかしいのと手持ち無沙汰なのとで、気がつけば彼の金の髪を整えるべく撫でさすっておりました。


「……リューム」

「っ! はいっ?」


 どれくらいそうしていたでしょうか。

 もしかして眠られてしまわれたかと思い始めたころ突然、名前を呼ばれたものですから驚きました。


「クレイズがオマエを知っていた。何故だ?」


 はい? クレイズがどうしたというのでしょうか?

 質問の脈絡の無さに、彼が何を言いたいのかつかめません。


「クレイズ? ニーナの弟のですよね?」

「いつの間に親しくなったんだ。ニーナの計らいか」

「ええ~と。ご領主様の任命式の時」


「何だと?」


 しまった――!! リューム、馬鹿ですか。馬鹿ですね。違いありません。

 勢い良く身を起こしたご領主様に両手首を掴まれて、真っ直ぐに見据えられておりました。

 背中は樹に押し当てられる格好です。

 どこにも逃げられません。

 アレ? そういえば~このような事、シェンテラン家でもありましたよね。とほほ。


「ええと~クレイズは命の恩人なのです」

 少々認めるのも癪に障りますが、そこは事実です。

「俺は聞いていない」

「言うておりませんから」


 当然ですと頷きましたら、睨まれましたよ。


「言ってみろ」

「怒らないなら」

「俺が怒るようなマネを二人でしでかしたのか?」


 そういえば~祝福の道を踏んじゃいましたよ。あわわ。

 決まり悪く思いながら言い淀むと、彼の表情が更に凍りました。

 リュームも凍りつきます。


「闇など払わずとも良い。オマエは二度と屋敷から出さない」

「……じゃあ、リュームが自由を満喫できるのは三年後ですか。リュームは別にそれでも構いませんが、切ないですね」


 闇ふり払われないまま迎える、三年後。


 それが意味するところに思い当たったらしい、彼の瞳が見開かれました。


 そう。このまま行けば三年後に、彼のこんな顔を見ることも無くなっているわけです。

 ま。それもいいのかもしれませんけどね。

 彼のしたいようにさせるに限ります。

 まだまだ深い部分ではリュームを、シュ・リューカを憎み足りませんかね? ギルメリアさま。


「そうですか。その後はまた後妻様でも何でもお迎えください」

「断る。後を追う」

「ふざけないでください!」

「本気だ」

「なお悪いです!! おかー様みたいな事して、いいと思ってらっしゃるんですか!!」


 そう。

 おかー様は耐えられなかったのです。



『痴話げんかと~」


仮タイトルの後半は、また次回に持ち越しとなりました。


領主もギルのような上がいれば、もう少し違った人生になったかもしれません。


言っても仕方が無いですが。


そしていじけ気味なので、言うてはならないでしょうな発言をかましております。


ああ~ああ。 知らんぞ~。


そんなワケに行きませんので、次回きっちりオトシマエつけさせます。


(おかしいな~後、片手で足りる更新で終わるはずだったのに)


これから踏ん張りどころなので、リューム・領主・その他大勢達とがんばります!


最後までお付き合いいただけたなら、幸いです~!!


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