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第五十九話 神殿に集った光と闇

深まって行く友情と――。

 

 闇ふり払い給え 我らが光


「あんた。歌っている時はまるで別人ね。神がかり的だわ」


「どちらもリュームでございますよ」

「差がありすぎる」


 お褒めに預かり光栄です。

 神殿の中のホールの一つで、リュームは祭典で歌う曲の練習をしています。

 さすが聖域です。

 この清らの空気はいつもよりも呼吸がしやすく、歌声も遠くに伸びる気がします。


(あの方にもこの歌声よ、届け――。)


 そんな祈りも織り交ぜて締めくくる我が調べなのです。

 かしこまったお辞儀付きで、一曲歌い終えました。

 あらたまった空気はそこまでで、リゼライさんにえへへぇと笑いかけます。


「 本 当 に 差 が あ り す ぎ る 」


「ご丁寧にありがとうございます」

「褒めてるけど、褒めてないから」

「リゼライさんは素直でいて、素直じゃないですね~?」


 リゼライさんの上目使いの眼差しを、真っ向から受けるリュームです。


 パンッ パンッ パンッと重みのある拍手が響きました。


「やあ、リューム嬢お久しぶり。相変らずお見事だね。神殿全体に響く、響く!」


 いつのまにかリューム達のやり取りを覗いていたのでしょうか?

 気軽な口調で手を叩きながら、明るい茶色の髪の彼が進み入ってきました。

 親しみやすい笑みを浮べた彼は、もしかしたら生身で会うのは初めてかもしれませんが。


「クレイズ!」

「おー、リューム嬢。久しぶりー。元気そうで何よりだね」


 大またで近付き、あっという間に距離を縮めた彼が見下ろしてきます。


「なあに?とっくに知り合いなの」

「はい」

「なー?」


 にこにこにこにこ、お互い笑み交わしているとリゼライさんから、いい加減にしなさいよと小突かれました。


「さて。リューム嬢。晴れの日に相応しい楽器の名手陣を紹介しよう!」


「ありがとうございます。それはそうとして、また嫌な感じの笑いですね、クレイズ」


 少しばかり警戒してしまいました。

 何か企んでいるというよりも、これから面白いものが見られそうだと楽しんでいるようでしたから。


「ははは。気のせいだよ」

「女の勘をみくびらないで下さい」

「ははは。何、俺すごい信用無いのな?」


 思わず及び腰で警戒しつつ、クレイズの持ち上げられた唇の端を窺いました。


 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「クレイズっ、アンタは勝手に先に行くんじゃないわよ!」


 もうっと怒りながら巫女装束の長い裾を持ち上げて、急ぎ付いてきたらしい女性の声に耳を疑いました。


 ええ!?


 クレイズがにんまりと笑います。

 彼とよく似た明るい茶髪に、怒ってはいながらも親しみやすい顔立ちの彼女は間違いありません。

 リューム、一瞬驚きのあまり何もかもが止まってしまいました。

 次の瞬間に上げられた声で我に返りましたけど。


「……っ、リューム様ぁぁあ!!」

「ニーナっ!?」


 駆け寄ってきたニーナが、抱きついてきてくれました。

 頭を何度も撫でてくれ、リュームの存在を確認しきったのか、今度は両手をしっかりと握られます。


「リューム様!」

「ニーナ!」

「リューム様。このニーナも微々力ながらお役に立ちたくて、来てしまいました」

「ニーナが居てくれるのなら心強いです」


 お手紙でのやり取りは欠かしませんでしたが、こうやって実際ニーナの声を聞けて感激のあまり涙ぐんでしまいました。

 その後に付き従うように続いた大きな人影に、こっそりと視線を上げました。

 目が合うと身体の大きな彼は、頭を下げてご挨拶くださいます。

 重みのある栗色の髪に深い灰色の瞳の、物静かな雰囲気の彼はニーナの旦那様なのです。


「このニーナ、政略結婚しておいて良かったとこの時ほど思ったことはありません!」


 どう答えたらいいか困りました。

 ニーナがどのような運びでここまでやって来てくれたのか、今の言葉で大体解りました。

 後ろで控えているニーナの旦那様の視線が痛いです。


「お久しぶりでございます、リューム様。この度の祭典の際、フィドルの奏者を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願い致します、シグレル様」

「は。どうか妻同様、呼びお捨て下さいませ。リューム様……妻が主従も弁えず不躾な態度を取ることをお許し下さい」


 やんわりと。しかし、きっぱりとたしなめられたニーナはうな垂れながら、ゆっくりと手を放そうとしました。

 リュームはそれを引き止めて、いったんぎゅっと両手を包み込んでから放さずに繋ぎました。

 にっこりと笑いかけると、しょんぼりとしてしまったニーナの表情がいくらか和らぎます。


「ではシグレル、さん。ニーナもよろしくお願い致します。ニーナもフィドルを演奏できたのですか? リューム、知りませんでした」

 ニーナは困ったように首を横に振りました。

「姉さんに楽の才は期待しないほうが良いよ、リューム嬢」

「クレイズ。アンタにだって無いでしょう」


 ニーナがからかうクレイズに言い返してから、口調を改めてリュームに向き合ってくれました。


「このニーナ恐れ多くも巫女様方とご一緒に、手鈴(しゅりん)担当その一でございます。ですが気持の上ではリューム様の歌を盛り上げるべく最善を尽くします!」


「ええ。歌いたいです。この命のある限り、響くものがあるはずです」


 それが例え闇に吸い込まれ行くものであろうとも、闇であっても闇である前に戻れますようにと祈りを込めて歌い上げましょうぞ。


「そうね。練り上げましょう。新たな力と知恵を練りこめた歌詞をこしらえ上げましょう」

「得意そうだね、シャグランスの」

「アンタもね、フォルテンシアの。それが血筋によるものなのかはわからない。でも、先々の先祖たちから受け継いだものであるとしたら、今度は見誤らずに用いるまで」

「同感だ」


 クレイズが拳を突き出しました。

 リゼライさんも組んだ腕を解いてそれに答えます。

 おや。

 皆さん、意外に下町っこ揃いのようですね。


 リュームも嬉しく思いながら、クレイズに拳を突き出しました。お~!


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 拳を合わせた途端、クレイズが身を屈めて囁き掛けてきました。


 ――リゼライの家は『聖句』を紡ぎだした名家なのさ。


 あ。聖句って言うのはね、獣たちを骨抜きにして己の配下においちゃう呪文だよ。


 リゼライさんなら聖句を用いなくても、獣様を骨抜きにしてますよ。


 違いない。


「そこ!何っ、聞こえてるわよ!」


 二人揃って首をすくめました。こっそりと笑み交わします。


 怒られちゃいましたね。

 怒られたねー。


 そんな目配せを送り合います。


「闇に在っても 放たれる光 そこに集う 闇ふり払う光」


「何よ、リューム嬢?」

「是非この一文も付け加えて下さいませ」

「承知したわ」


 リューム心から微笑みながら、視界が霞みました。


「皆様、ご協力に感謝いたします」


 胸に両手を当てました。

 そうでもしないとこの胸が張り裂けそうでしたから。

 そのまま身体を折ります。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・


 突然寒気を感じました。

 何でしょう?この不穏な空気は?

 そう思い振り返ってみました。


 ギルムード様を先頭に、後ろに二人の巫女のお嬢さまに付き従われて入ってくる人物が目に入ります。


 リュームの全てが止まりました。

 鮮やかに飛び込んできたのは、かのお方のお姿だったのです。

 この胸がお側にと切望する、ただお一人のお方なのです。


 眩い金の髪がホールに差し込む光を浴びて、ますます輝かしいものになっております。

 常緑の瞳から放たれる鋭い光は、まっすぐにリュームを射抜いております。


 幻覚でしょうか。


 いえ。幻にしては威圧感がありすぎますでしょう。


「ご領主様」


 そう先に礼をとったのはニーナでした。

 続いてシグレルさんも、軽く会釈をされました。


 やはり生身の彼のようです。

 それにしてもこの身を包む寒気を、何と説明すればよいのでしょうか?


「こちらのヴィンセイル殿にも闇なるものが迫り着ておりますからな。こちらの聖域で身を守られるのが得策でしょう。そういうわけです」


 呆けるリュームに言って聞かせてくれるように、ギルムード様がご説明くださいました。

 ああ、そうでしたとリュームは納得しました。

 ご領主様はきっと闇をまとう部分もおありだから、それをリュームは感知して寒気を覚えたのかもしれません。

 ええ。きっとそうでしょう。

 ご領主様の目を通して、闇はリュームを見ているかもしれません。


「お久しぶりでございます、ご領主様」


 声が引っくり返りそうになりながら、何とか挨拶をします。


「……久しぶりだな、リューム」


 じっと見つめられます。


 ご領主様です! ご領主様です! ご領主様なのです!

 このまま、ずっと会わないままで終わるかもしれないとすら思っていたのです。

 リューム、何だか恥ずかしくて俯いてしまいました。

 巫女の衣装を掴んだり、放したりしてしまいます。


 本当は駆け出してもっとお側に寄りたいのですが、人目もありますしね。

 そこは弁えて大人しくしております。


(良かった。最後の戦いに臨む前にこうしてお会いできて)


 しくじればリュームの命は危ぶまれるでしょうから、彼に会うことも無く逝かねばならない事態に陥る事でしょう。

 しかし。

 闇がふり払われたらふり払われたらで、彼のリュームに対する執着もふり払われるかもしれないのです。


 この呪いこそが、リュームとご領主様を繋いでくれた絆でもあります。

 その絆が絶たれる事をも意味するのは、頭では理解しております。

 苦しいくらいに縋りつきたいと願う、この身勝手な思いに身も心も囚われそうになります。

 それは執着というものでしょう。


 だって。

 この呪いがある限り、幾度生まれ変わろうとも彼の側に在れるのです。

 その絆無くしては寄り添う事すら許されなくなるかもしれないのです。

 例え繰り返し繰り返し、添い遂げる事が出来ないとしても。

 その度に身籠ったまま、生まれることの無い命と共に闇に還る事になったとしても。


 それはそれでいいとすら思ってしまうのは、リューム、間違っておりますでしょうか?


 本当はこう言い出してしまいたい自分にも……気が付いています、デス。


『ご領主様。やっぱり闇なんてふり払わずともいいではありませんか?』


 後三年の命が何だって言うのでしょうか?


 その後もまた必ず出会えるとわかっているのなら、リュームは安心して微笑みながら目蓋を閉じる事でしょうよ。


 ――いけない。


 これこそが闇の囁きに他なりません。

 彼の魂をずっとシュ・リューカのものにしてしまいたい。

 呪われたまま、彼女もまた死の間際にそう強く願ってしまいました。

 それがまた新たな闇を生み出したのです。

 繰り返されるたびに幾重にも絡め上げられたであろう、連なる鎖を外さねばならないのです。


 闇はふり払われたくなどないのです。

 闇もまた人恋しくて、その光に縋るのです。

 ふり払われてなるものか、と。


 ぼんやりと彼を見るとでもなく見ていると、己の闇に囚われてしまいそうになります。

 その泥濘(むかるみ)にはまり込みたい等という願望すら闇のなせる業ですか?


「さて。ご領主殿も姉上と打ち合わせがあるからな」


 無言のまま軽く挨拶をしただけで、一向に動きを見せないご領主様にみんな注目しております。

 その状況を見かねたのかギルムード様が軽く咳払いをすると、場を取り繕って下さいました。


「では、祭典時の主要実行係り同士、友情を深めつつ抜かりなく進めてくれ。リゼライ、クレイズ、シグレル。後で報告書まとめて来い! では、リューム嬢にシグレルの奥方。ひとまず失礼致しますよ」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・


 何でしょうかね。


 ものすごく、不機嫌じゃありませんか? 彼。


 今に始まった事じゃありませんが、ここにきてまた何だって言うのでしょうか?


 ギルムード様と巫女様方に誘われて、ご領主様はひとまず退出されて行きました。


 しかも一礼し面を上げる際、リュームの事思いっきり睨みましたよ。


 ど、どう思われますか、皆様! あの態度っ!


 とは思うもののそんな事、怖くって聞けやしません。


 皆、無言で彼の背が見えなくなるまで見守りました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・


「リューム嬢、アレがあんたの婚約者? なんて言うか、アレね。」


 ため息と共に沈黙を破ったのはリゼライさんです。


「ええ……。アレなんです」


 皆まで仰らないで下さいませ。

 リュームのそんな内心を汲んで下さったのか、リゼライさん一同皆さま再び無言です。


 物をはっきり言うリゼライさんが、流石に言い淀んで下さいますのがかえって、いたたまれません。


「わたしの」「俺の」「私の」


「「「 事を睨んでいきやがった。」」」


 リゼライさんとクレイズとシグレルさんの声が綺麗に被りました。


 えええええ!?


 申しわけございません、申しわけございません!!


 リューム、平謝りです!



『呪いに感謝を寄せてみる』


――仮タイトルでした。


途中で 『深まっていく友情と嫉妬。駄目じゃん』 に なりましたけど。


メンバー初顔合わせといったところです。

本当はもっといますが、この辺にしておきます。


問題児いますね、一人。


それでも団結して闇を祓わないとね、貴方たち。


気分は体育祭準備中です。


衣装合わせやら、係り決めやら、意見も足並みも揃わないわ、買出し班戻ってこないわ、てんやわんやの祭典準備です。


次は嫉妬に狂ってるお人のお話です~。





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