第五十八話 神殿で問われる覚悟の程
闇ふり払えますように リューム!
作者も応援するくらい、君はおぼつかない。
神殿に上がって早七日目の昼下がりを迎えております。
本日の大仕事と呼んでもいいかと思われます。
リュームこれから、巫女王様にご挨拶するのでございます。
こうしてお会いしてご挨拶する事が決定したとリゼライさんから告げられた時から既に緊張しました。
巫女王様。この神殿に集う巫女達を束ねる、最高位に座するお方です。
祭事祭礼の全てを取り仕切り、中央政権とは一線を隔するものの事実上、陛下に次ぐこの国の権力者でもあるのです。
お忙しいお方でらっしゃるのですが、必ず巫女として上がった者達とお話されるそうです。
あまり格式ばったものではないから、そんなに畏まらなくたっていいと言われたって無理です。
畏まり切るべく、言葉使いからご挨拶の仕方から練習しましたとも!
通されるお部屋は巫女王様の私室らしいのです。
確かに公で使用される謁見の間よりは、畏まらずともいいかもしれませんね。
そんな風に自分を慰めてみますが、やはり小刻みに身体が震えます。
リューム、今まであまりお出掛けした事が無かったものですから、知らない場所でしかもこんなに格式高いとなると緊張します。
ギルムード様に付き添われて一歩お部屋に入れば、白い巫女の衣装の女性がにっこりと微笑んで下さいました。
ふっくらとしたお顔立ちに優しい笑みを浮べて、リューム達を手招きして下さいます。
確かに儀式めいた造りのものは一切無く、いたって品の良い女性のお部屋でした。
くつろぎやすそうな腰掛にクッションが置かれ、テーブルにはお花が綺麗に飾られています。
まるで生活は感じられなくて私室と言うよりは、客室のような雰囲気ではあります。
「いらっしゃいな」
鳶色の瞳が細められます。
髪の色もお揃いの鳶色で、少しくせがあるのか後れ毛がくるん巻いて項にかかっています。
全体的にふくよかな女性です。
それが柔らかくもあり、備わった威厳というものが合わさって、優しくも厳しいお母様のような雰囲気です。
「初めてお目にかかります、シェンテラン家より参りました、ジ・リュームと申します」
「あら。あの忌々しいジャスリート家の紅孔雀じゃなかったのかしら? それにしては随分毛色が違うようだけれど」
巫女王様から放たれた言葉が突き刺さります。
それと同時に疑問符も浮かびます。
ジャスリート家の紅孔雀? しかも忌々しいとまで言われる存在を、信じられない気持で思い浮かべました。
(ディーナ様の事でしょうか?)
惑いがそのまま顔色に表れていたのでしょう。
ギルムード様が苦り切った笑みを浮べておられます。
「姉上。お戯れも程ほどになされよ」
「ほほ。もちろん、冗談よ。ようこそ神殿へ。貴女を歓迎いたします。カラスの称号を頂くお嬢さん?」
ち、ちっとも歓迎されている気がいたしません!
「い、い、至りませんで、申しわけございません」
へどもどと言い淀みながら頭を深々と下げました。
「あら? 何故、謝るのかしら。私は貴女を責めたのではなく、褒めたのだけれども伝わらなかったかしら」
「ええ。微塵も伝わっていないようですよ姉上」
「そう。このコもカラスの称号が重荷だったようね。そうでしたか、リューム嬢?」
「はい」
素直に頷きました。
「それならば申し訳ない事を言いました。だけど覚えておいてちょうだい。カラスの称号は、術者として長けている者に対する誉れ名だって事を。確かにそこには軽い嫉妬も込められているわね。もちろん、私も」
そう言いながら巫女王様は優雅に手招きされます。
おいで、おいで。
そう真っ白い蝶々が舞うような仕草に誘われるように、ふらふらと巫女王様の御前に進みました。
そのまま言葉ではなく仕草だけで、椅子に腰掛けるように勧められます。
「さようでございましたか。そんな風に言われた事が無かったものですから、驚きました」
一礼してから腰を下ろし、溜め込んだ呼吸と共に吐き出しながら答えました。
「ザカリアも貴女を褒めませんでしたか?」
「……あっ、その、そういえばそうでした。すみません、今ひとつ実感が湧かなかったものですから、ただ慰めて下さっているのだと思っていました」
「貴女は自分の容姿を引け目に感じてこられたようですね。他者の褒め言葉を上手く受け止められないようだわ」
うっわ。見抜かれていますよ。
ルゼ様といい、リゼライさんといい、巫女王様といい何て言うかそのぉ。鋭いのでしょうか?
それ以前にリューム、誰が見てもそんな引け目感を丸出しの卑屈な雰囲気なのでしょうかね?
それはそれで問題ですね。とほほ。
「久しぶりに黒髪の娘をこの目で見ました。あの娘以来だから、三十年ぶりくらいかしらね?」
「そうですな、姉上。甥っ子達も黒髪だが、少女のカラスはこの国に一握りしかおりませんからね」
ギルムード様も腰を下ろしながら、頷かれます。
「そうなのですか。三十年ぶりですか」
「ええ。そうなの。ザカリアの奥方よ。彼女も類稀なカラス娘だわ。彼女こそがこの座に相応しいとも囁かれていたくらいに優れた術者気質だったのよ。貴女もそうなのでしょう?」
「えっ! 私は何も優れたところはありません」
驚いて大きな声が出てしまいました。
「謙遜してらっしゃるというよりは、本当に特別な事と思ってらっしゃらないようですね。貴女の歌声は女神様からの祝福賜ったものだと報告を受けておりますわよ。それにあのザカリアもルゼ公爵も、ただ事では無いと評価していたわ。あの何もかもに肥えた二人が世辞でそのような評価をしない事を、私は長い付き合いで知っている」
「恐れ入ります」
「ふふ。ところでリューム嬢」
「はい?」
面を上げると真剣な眼差しとぶつかりました。
澄んだ鳶色の輝きは強く、何かを見極めようとしているようです。
その前に晒されてはどんな嘘も真も、すぐさま見抜かれてしまう事でしょう。
「貴女は呪われてこの聖域である神殿に保護されたのだけれども、その呪術を用いた張本人が貴女のお義兄様……婚約者殿だって言うのは本当なのかしら?」
「はい。事実でございます」
「そう。報告及び調査の結果によると、シェンテラン家は代々生け贄を差し出した上で繁栄してきたようね。酷な事をする」
「……仰るとおりでございます」
リューム、何とかそう答えるのが精一杯でした。
「それが事実ならば神殿に属しない者が独断で闇なるものを解き放った事、見捨て置けない。しかるべき処罰の対象となる」
しかるべき処罰。
その言葉に一瞬呼吸が狭まりました。
緊張からではなく恐れから、身体が本格的に震え上がります。
罪を犯したものがどのような処遇を申し渡されるのか何て、想像もつきません。
ただ、栄光の道を歩むべきあの方には相応しくない道なのは確実でしょう。
「義兄を処罰されるのですか?」
「そうね。本来ならば資格も無く人を貶める呪術を用いた事、厳罰に値するわ。むしろ当然の事と罰してやりたくはない?」
「いいえ!」
リュームは勢い良く立ち上がり、不躾ながらも巫女王様を見下ろしました。
いいえ! いいえ! いいえ!
そんな気持を込めて必死で頭を横に振り続けました。
静かな瞳がその様子をじっと見上げてきます。
「ならば、この義妹も同じ罪で問われましょう。これはわたくし自身が望んだ事でもあります」
「あらまあ。そうなの?」
「はい。深い深い部分で」
胸に手を当てます。
誇らしげに笑ったシュ・リューカは今、ここで眠っているはずなのです。
「その覚悟の程を問うつもりで貴女に問い掛けました」
「覚悟の程ですか。既に幾度も問い掛けられ、自分自身にも問いかけ続けております」
正直なところ、その度に揺らぎ立て直し続けている始末です。
浅はかな覚悟を確たるものにするべく、こうやって皆様に問い掛けられ続けているのだと気がついております。
「そのようね。答えはもう出ているようだけれど、どうかしら?」
「はい」
挑戦的な眼差しに見据えられ、リュームは呼吸を整えました。
この神殿の聖なる領域に満ちた清浄なる大気のおかげか、リュームやたらと調子が良うございます。
ご領主様の元へと精神体だけで訪れた後も、たったの二日ばかりで回復いたしましたもの。
それだけ、ここは力が発揮できる場なのだと思いました。
もしくは備わった力を引きずり出し、否が応でも遺憾なく揮えるように仕向けられた場なのかもしれません。
なんて御あつらえ向きの素敵な所なのでしょうか、神殿って!
ゆっくりと席を立つと、頭を下げました。
そのまま胸に手を当て、頭を上げました。
眼差しは、この凛としてお強い巫女王様の問い掛ける瞳に据えます。
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闇ふり払え
我が歌声
生れ落ちた時に
上げた
あの産声のように
闇をふり払い
給え
光放つ
その息吹き
闇に在って
闇に在るものこそが
解き放つ
その魂の調べ
闇にある想いも
闇にある願いも
全てを光に変えて
闇ふり払いし
その光の刃
生きてこそ
放たれる
光の道末
そこに導くべく
放たれる光
闇ふり払いし
我が魂の調べ
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諦めてなるものかと込めて歌い上げました。
何気に巫女王様はからかうようでありましたから。
貴女ごときに闇に立ち向かう覚悟何ておありになるの?
貴女みたいな娘がどうやって闇に立ち向かおうって言うの?
巫女王様のお言葉は、リュームの感じ取った言葉で変換させていただきますれば、そのような意味合いになりました。
ええ! 全くもって仰るとおりでございます。だから、何だと言うのでしょう!
少し反抗心が沸き起こったのもまた確かなのです。
何を仰いますやら。見ていて下さいませよ、と受けて立ったまででございます。
力を振り絞り過ぎたせいか、ぜぇはぁと呼吸が乱れました。
我ながら少々情けなく感じながらも、不敵に笑って見せました。
リューム、強がりは得意中の得意なんですの! それもお披露目です。
対する巫女王様も嫣然と笑われました。
何と妖しくも艶やかでありましょうか。
敗北感に苦しみながらも、思わず見惚れてしまうではないですか。
「聞いた? ギルムード。この子は二度と神殿より他の地を踏ませてはならないわよ」
油断なら無いから、と付け加えられます。
「姉上。リューム嬢が怯えています」
「あら。あながち冗談でもないのよ」
笑えません、巫女王様!
リューム、すっかり恐れをなしてその場から走り去りたくなりました。
何とか一歩下がっただけで済んでますが、それも時間の問題です。
そんなリュームを眼差し一つで、その場に縫い止めるのが巫女王様です。あわわ。
「リューム嬢。貴女には闇ふり払う力があると見込んで、祭典時の祝福の歌姫に抜擢します。そこで貴女はこの国に女神様の祝福を称え、豊穣を願う歌を奉納してちょうだい。その時こそが、この闇を終わらせるまたとない機会となるわ」
「喜んで!」
びしっと姿勢を正して、勢い良く右手を高々と挙手しながら答えておりました。
謹んでお受けいたしますと膝折るのが淑女でしょうが、そこはリュームなんでお許しください。
「問われるたびに」
揺るがなくなるものではないですか? 覚悟って。
実際言葉に出して宣誓せざるを得なくなるからでしょうかね。
巫女王様~ちょいとイジワル~。
気に入った子には特に。
そして結構口が悪い。
中味は結構男前です。