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第五十七話 神殿で繰広げられる酒盛り


酒の肴はもちろん……ですよね。


だらだらと続行中の夜更し中継です。

 


 酒盛り酒盛り。

 夜が更けて行きます。


 リゼライさんとリュームは床の敷き布に直に座り込んで、例のシェンテランの文献を覗き込んでいます。

 リゼライさんは読めない、文字が頭に入ってこないから、リュームが読む係りをやってと言われましたよ。

 まず、分厚い表紙をめくるとこう宣言されていました。


 ――シェンテランの縁の者以外の解読はならずや。


 その一文から既に、ギルメリアの口調が蘇ってしまうリュームです。ゲンナリきますね。


(ギルメリアのいばりんぼ♪ギルメリアは偏屈じいさんになったのでしょう~♪)


 何となく、心の中で歌いながらはやし立ててしまいます。

 リューム、ギルメリアが何となく怖くないといいましょうか。

 むしろ、親しみこめてお呼びしたい。

 リュームの偏屈おじいさま。

 そして今は生まれ変わりご領主様の、残してきた魂の一部分という認識です。

 ギルメリアがリュームのこの調子を、どうやら苦手としているようだと気がついております。

 ですからリゼライさんに無礼な口の利き方をした時、リュームが怒りましたらあっさり引きましたものね。

 いつの世も、どんな方でもお孫さんはかわいいってものでしょうか。

 思い切り、付け上がらせていただく所存ですよ!


 ――好きにしろ。


 そのような幻聴は今更ながら、ザクロ様から聞こえてくる気のするリュームです。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。::*:・。・


 どんどんと読み進みます。

 ムツカシイ専門用語にも何故かしら引っかからずに行けてますよ。


「そうね。これが読めるのね。やはり血筋は確かなようだわ」


「ええ。ギルメリアは後妻を迎えたとありますから、血が絶えた事は無かったようです。その子供のうちの一人、跡継ぎがタラヴァイエの娘を迎えたとありマス」

「わずか二代目、三代目にして変質が免れない状況じゃないの! しかも自分の孫にまで闇が迫るという展開に、その呪術者殿はどうでたのかしら?」


「祝福を強化したようです。一度解き放った闇はもう、止まらず呪いを遂行しようとあらゆる手立てを用い始めた。呪いの人格化、とあります」

「なにそれ」


 最後まで説明せずとも、リゼライさんは察してくれているようです。

 表情も口調も、痛ましそうにひそめられましたから。


「呪いを受ける者にとって好ましい姿をとって近付くらしいです。人とは限らず、犬だったり猫だったり」


 エキ。


 でも、あんたリュームに言いましたよね?


 シェンテランの怨嗟から守ってあげたのにって、言ってくれましたよね?


「何か心当たりがあるようね?」

「ありますが、狙われた覚えがありません。むしろシェンテランの怨嗟から守ってくれたように思います」

「何の事か詳しく聞かせなさいよ」

「はい」


 リューム、エキとの契約の話を打ち明けました。

 その間も押し黙ったまま、杯を重ねるリゼライさんでしたが、話し終わるとまた言われてしまいました。


「呆れる!!」

「ダグレスにも同じ事を言われましたよ」

「何でここでアイツが出てくるのよ!関係ないでしょう」

「それが無いとも言いきれないのですよ~。リューム、一応ダグレスの力をこの身に潜ませてるんです。ある意味、契約を交わした間柄となっておりますよ。期限はリュームの寿命が尽きるまで、です!」


 なっ、とリゼライさんが杯から唇を放して、止まってしまいました。


「あんた! それ、ここでは私以外に言わないのよ!?」

「何故でしょう?」

「神獣レベルの獣と契約してるなんて知れたら、あんた一生ここから出してもらえなくなるわよ。いいの、それでも?」

「まあ! そうなるのですか。リューム、ちっとも考えが及びませんでした。気をつけますね。リゼライさんは何でもよくご存知ですねぇ! これからも色々よろしくご指導くださいませ」


 リゼライさんに重々しくため息を吐かれます。

 前髪をかき上げて、そのまま突っ伏されてしまいました。


「あんた」

「はい?」


「自分がかわいいと知っているでしょう」


 据わり切った眼差しに捕らえられ、指を突きつけられました。


「えぇ!?」

「イイトシした良家の娘が自分を自分の名前で呼ぶな! 男ウケは良くとも女ウケは最悪だから直せ!」

「はいっ、申しわけありません! ご不快にさせてしまいましたか、リュ、わたくし、物知らずで申しわけありません!」

「いや。やっぱり、あんたはそのままでいなさいよ。別に女に受けなくともいいでしょ。少なくとも私は気にならないし。でも、公の場だけは気をつけたら?」

「そうでしょうか?」

「鬱陶しい女の嫉妬なんてほっといて、あんたはそのまんまでいりゃいいのよ。実際、かわいいんだし。許せるわ」


 お許しを頂いてしまいました!


 リューム、このようにはっきり言って下さるリゼライさんに、いたく感心しております。

 もちろん、他の皆様がそうではないという事を責めている訳ではありません。

 ニーナもディーナ様もいつだって親身になって言葉を掛けてくれましたもの。

 リゼライさんの場合、ちょっとやり方は違うようですが、同じようにリュームの事を気使ってくれているのが伝わってきます。


 これは、これを相談できるのは、リゼライさんをおいて他にいらっしゃらない!


「リゼライさん」

「何よ。改まって」


 リゼライさんが面倒臭そうに、ちらと流し目を下さいました。

 わぁ、痺れます!


「リューム、リゼライさんを見込んでその、ご相談が、」

「うっわ。勘弁してよ。私が請け負ったのは術に関する項目だけなんだから」

「そうは仰られますが~先程~リューム宛ての手紙の事をお尋ねになってきたじゃありませんか? 興味はございませんか? リュームのこの挙動不審の訳に」

「無いわね。」


 即答で会話終了の流れですが、リュームは何のと拾い上げます。


「まま、そう仰らずに! さ・さ・さ!」


 リューム、すかさずリゼライさんにお酒をお()ぎしました。


 思い切って、自分に注がれた杯も一口二口呷ってみました。

 案の定、げっほ、ごっほとむせました。

 何やってるのよ、とリゼライさんが背をさすってくれます。

 すみません、しばらくお待ち下さいという代わりに、片手を上げて応えました。


 ・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。・


 実は手紙ですが、ごにょごにょ~な内容だけで成り立っておりましてリュームは困惑しております。

 明らかにこの内容に関して返事を待っているような言葉で締めくくられているのですが、どうお答えしたものかと悩んでおります。


「そう。私に相談するのが、まず間違っていると思うわ」


 一応まだ未通だし。

 そう声を潜めて呟かれました。


「み、つー?」

「説明させるな。ディーナ辺りにでも訊いた方が早いわよ」

「ですが今! 目の前に居るのはリゼライさんです。リゼライさんに訊いた方が早いと思われますが!」

「一口二口舐めただけで気を大きくするな。誰だ、飲ませた奴は」


「リゼライさんですー」

「そうだった」


 うな垂れた頭を持ち上げるかのように、リゼライさんが額から髪をかき上げます。


「ところで。そこの戸口で覗いている不届き者。出てきたらどう?」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・


 そっと扉の向こうの闇から、見知った影が歩み出てきました。

 自慢の一角を振り振り、頭を左右に揺らしながら紅い眼でこちらを見る獣サマ。


「ダグレス!」


 ””ふん。リュームを尋ねてみたらオマエがいただけの話だ””


「そう。じゃ、退散する。またねリューム嬢」

「お、お待ちください! リゼライさん!」


 憎まれ口にあっさり立ち上がったリゼライさんの腕に縋りました。


「ダグレスが! ダグレスはリュームにかこつけているだけですから。本当に御用があるのはリゼライさんの方になのです」


 ””い・要らぬ世話を焼くな、リューム!””


「――だ、そうだから、行くわ。もう寝る」


 お~待~ち~を~!


 そんなリゼライさんに縋りながら、話題を変えてみました。


「ダグレス、お久しぶりですね。何か御用でありましょうか?」


 ””ヴィンセイルがオマエからの返事を心待ちにしているから、様子を見に来たまでだ。どうだ書けたか?””


「そうですか。彼、無事に牢屋から出てらっしゃいますでしょうか?」


 縋りついたリゼライさんから「牢屋ぁ?」と怪訝そうに呟かれました。

 ええ。牢屋なんですよ、とそんな意を込めて頷きながらダグレスを見つめました。


 ””とっくにな。仕事で雑念を忙殺しておるようだが、そうそう上手く行くまいよ。己の感情は無視できるものではないしな。だから返事をさっさと書いてやれ””


「そう出来るものならばとっくにそうしておりますとも!」


 リューム、くっと唇を噛み締めてしまいます。

 頬が火照ります。


「なによ」


 ””なんだ””


「お二人の知恵をお貸し下さいませ~」


 人様からの手紙を人に見せるものでは無いのは、重々承知の上でゴザイマス。


 ですから数行だけを見せました。


「いいの? 見ても」

「少しだけ、お願いします。リューム、とてもじゃありませんが恥ずかしくて説明できません」


 リューム、上の数行だけが見えるように下の方を折った手紙を差し出しました。

 リゼライさんの金髪とダグレスの闇色の毛並が同時に近付きます。


 ””リュームへ。おまえの存在が傍らにないのを不思議に思う。あの日おまえのまろやかさに触れ……何をする!””


 あろう事か、ご領主様の口調でダグレスは口に出して読み始めましたよ!


 リュームは慌てて手紙をひったくりました。


 それと同時に、ゴンッと良い音がしたのです。

 リゼライさんが、ダグレスにげんこつをくれたのです。

 ダグレスの頭は相当何か詰まっている音ですね。


「アンタ、どっかのおっさんみたいな真似するんじゃないわよ! しかも声マネまでして悪ふざけが過ぎるわ!」


 ””ふん””


 リューム嬢に謝りなさいよとリゼライさんに怒られて、ダグレスは押し黙ってしまいました。

 そんなダグレスに構うことなく、リゼライさんは深く頷きながらリュームに向き合ってくれます。

 うっわぁ、ダグレス。こんな不器用な獣サマ、初めて見ましたよ。

 リュームはからかわれた恥ずかしさも忘れて、ぽかんとしてしまいます。


「うん。わかった。こんな調子で延々と書いてあるってワケね」

「はい」

「私なんかよりお嬢さんの方がずっと経験豊富じゃない。私に聞くよりも自分に聞いたらどう?」

「新しい助言をありがとうございます」


 全く、彼ときたら!

 リュームが修行に臨む立場だというのに、ことごとく邪魔をする気なのでしょうか?

 そう、問い詰めてやりましょうか。面と向ってではなくて手紙なので強気です。

 多分あとで、思い知らせてやるとかいう返信が想像できるので止めておきます。


「彼はリュームの邪魔をしたいのでしょうか? ふと、そんな気持に襲われる手紙です。こんなにもイケナイ事が並べ立てられた文章に、色んな意味で心が乱れます」

「いいんじゃないのかしら」

「はい?」

「アンタはこの神殿に操を誓った巫女として、一生仕えるワケじゃないでしょ? むしろ彼としてみたら、不安なんじゃないのかしら」

「不安ですか? ご領主様が?」


 いつだって自信満々、不安も憂いも垣間見せもしやしませんよの彼に、その言葉はひどく似つかわしくありませんでした。


「普通はそうでしょう。アンタ、思い切りズレているし。一人で勝手に暴走して自己完結した挙句、一生神殿で巫女として世間とは関わり合いになりませんとか言い出しそうな勢いだもの」

「な、何ゆえ、そのようなご判断をなされるのですか、リゼライ師匠(センセイ)


 顔ですか!? 顔にそう書いてあるのですか。

 己のあけすけな、取り繕うという事を知らない顔に両手を当てました。

 それかリゼライさんは昔話に出てきた、人の心を読むという魔女の末裔(まつえい)さまでしょうか。


「誰がセンセイだ。仕事柄、ちょっと話せば解るわよ。アンタみたいに自分にどこか引け目を感じてる子は、自己完結して己を隅に追いやりがちだもの」

「似たようなお言葉をルゼ様からも賜りましてゴザイマス」

「それはこの手紙を送りつけた主による影響も大きいと見るけど、どうよ?」

「どうもこうも……っ!」


 くっとリュームは思わず唇を噛み締めて、俯きました。


 何ともはやと表現するしかない七年間の間柄は、またしても呆れると罵られること間違いありません。


「まあ勝手にやってなさいよ。アホらしい。充分上手くやってるんじゃないの? あんた達、二人の事は二人にしか解るものですか」

 しっしっと追い払うかのような仕草で手をひらつかせながら、リゼライさんは残り僅かな杯を呷りました。

「リゼライさん」

「それにそのアンタのご先祖の書だって、私には恋文にしか思えない」

「恋文、ですか?」

「独り言のようであって、愛しい者に宛てた呟きだわ。愛しいものにしか読めないようにしてあるのがその証拠よ。ただ彼なりの表現が呪術の成り行きと展開であるだけで、最終的には愛しい者の幸せを願っている」


 何という新しい物の見方でしょうか。

 リュームは感激してしまいました。


 やはり何もかもにおいて師匠とお呼びしたいです!


 ””珍しいな。お前の口から呪術に関すること以外が聞けるとは思わなんだ””


 ダグレスが、からかうような口調で言います。

 あ~あ、よせばいいのにダグレスったら。

 もうちょっと黙っておけば良いのに、ダグレスったら。

 リゼライさんは静かに一瞥(いちべつ)くれただけで、すぐにそっぽを向きました。


『来たれ、デュリナーダ』


 リゼライさんがため息と共に、リュームには聞き取れない何かを呟いたと同時に場の空気がうねりました。

 隙間風が入り込んだかのような感覚に目を見張れば、そこにあったのはこれまた綺麗な綺麗な獣様です。

 すんなりとした長い毛並は白に近い銀色に輝いており、見事な光沢です。

 まるで月光をまとっているかのように素敵です。

 首筋はすんなりと長めで、瞳は黒く切れ長であります。


 静かに現れた獣様は一礼するかのように瞳を伏せると、長い首を下げました。

 リュームもつられて下げます。


 何て品のある獣様なのでしょうか!

 リュームはぽかんと見惚れてしまいました。


 ダグレスは不満そうな唸り声を牙の間から響かせます。

 デュリナーダと呼ばれた獣様もそんなダグレスに一瞥くれると、すぐさまリゼライさんを背に庇うように立ちはだかりました。


 ””ふん。新しいオマエの聖句の徒か。何にせよ、我には劣るがな””


「デュリナーダ。悪いんだけど今夜は付いていて欲しいの。変なちょっかい掛けられるのには、もうウンザリしてるから。じゃあね、リューム嬢。おやすみ」

「おやすみなさいませ」


 リゼライさんは、デュリナーダの首に両手を絡ませながらお部屋に戻って行かれました。

 そこには、ダグレスが付け込む隙はありません。


「ダグレスー、もう少しだけお待ちいただけますか? リューム、ご領主様にお返事書いちゃいますから」


 戸口の方を見てうな垂れるお背なに声を掛けました。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。::*:・。・


『リュームもご領主様に早くお会いしたいです』


 と最後はそうしたためました。


「出来ましたよ、ダグレス」


 ””思ったよりも早かったな””


 窓際で闇を見つめていたダグレスが、ゆっくりと身を起こしました。


「はい。ではお願いします、配達係さま! ですが今夜はもう遅いですし明日にでも、お渡しして下さい。ですからダグレス、今夜は一緒に寝てあげましょうか?」


 ダグレスがその場で、忙しなく足踏みを始めました。


 ””オマエは! オマエは! オマエは!””


 ドカドカ、ドカドカっと彼の蹄が床を打ちます。

 間違いなく、ご近所迷惑です。


 何ですか何ですか、もぉう~!?


 ””我が獣とはいえ、人型にもなれるのをよもや忘れたとか言い出すまいな!? これだから鳥頭は腹立たしいのだ! 我を何だと思っているのだ。そこらの愛玩動物か何かという認識しかないのか!””


「え? 違うのですか?」


 またしてもリューム、体当りされて身体が吹っ飛びました。







「女同士の語らいの時が羨ましい、どこかの獣サマ」


仮タイトルです。

前書きの……部分には、がぁるずとーく(人の恋バナ。)とでも脳内でお入れください。


女同士、出会ったばかりでも気があっている様子です。


リゼライは性格がキッツいので、リュームやディーナくらいボケてないと衝突は免れません。

それはそれで良しとしつつ、女のコ同士の会話に脈絡もまとまりもないもんだと、常々感じています。


そのくせ妙に深いから、なかなか気が抜けません。


領主の書いた手紙はあまりにも桃色オーラ過ぎ、恋ばなってか生々しい事になっている模様ですよ。わぁ~お。


では、また!


あんまり間、空けない様にがんばります。


お付き合いありがとうございます!


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