第五十六話 神殿に一緒にあがった者
闇ふりワールド、一口メモ。
リューム 「100・ロートで小さめのパンが一個くらい買えます!」
―― だ、そうです。
覗き込む金の瞳に金の髪。
豪華な色彩の美女様です。
そんな豪華な色彩まとう美女が、寝込むリュームの額に手のひらを押し当てて下さいます。
リュームはにんまりとしてしまいます。
(いいでしょう~?羨ましいでしょう、ダグレス?)
ここにはいない獣様に、心の中で誇らしげに語りかけます。
「もう、弱っちぃわねぇ!大丈夫なの、お嬢さん」
「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
寝台から半身を起こすと思いがけず、魅惑的な胸元が眼前にありました。
リュームを覗き込むその前屈みの体勢は危険です。
間違っても獣様と殿方にはやっちゃあいけません。
「まあ、慣れない神殿での生活に参る気持も解らなくはないけれど・・・って、どうしたの?」
「参りました!」
「あっそ」
「そういう事にしておいて下さいませ」
「かえって気になるから言いなさいよ」
言える訳がありましょうか。
リュームは口を噤みました。
そんなリュームをどう思ったのかわかりませんが、深々とため息をつかれてしまいます。
「これ」
はい、と勢いよく差し出されたそれと、彼女の顔を見比べました。
「何でございましょうか?」
「手紙よ。見ればわかると思うけど」
ああん!つれないところも素敵なリゼライさんです。
そうです。
お噂はかねがねの、リゼライさんですよ!
「ええと~?もしや、黒いお手紙配達係様経由でしたか?」
「そうよ」
そんなリュームの問い掛けに、いっそう表情を歪めながらリゼライさんは言い捨てました。
ダグレスはまた素直になれず、リゼライさんに軽口を叩きすぎて鬱陶しがられたに100・ロートです。
後でからかってやるとしましょうと目論みながら、そしらぬ顔で手紙の封を切りました。
見慣れた文字に安堵を覚えながら読み進む・・・事など不可能な内容に、思わず手紙をたたみ隠しました。
「・・・・・・どうかしたのかと訊くのも愚問のようだけど、どうかした?」
突っ伏したリュームに憐れむような声が降ってきました。
「いやあ。何と言いましょうか。真昼間から読みたくない内容であった次第です!」
「そう」
リゼライさんのこういう淡々とした冷静なところ、とても魅力的です。
リューム、ご領主様からの手紙の内容は伏せておきました。
「とにかくお嬢さんはもう少し頭冷やしておいた方がいいわ。寝てなさい」
「そうですね。色んな意味で」
「そのようね。何その顔色。真っ赤なんだけど?」
「そうですか。リゼライさんの魅惑のお胸元が、あまりに近すぎるせいもあると思います」
両頬に手を当てて火照りを確認しながら軽口を叩くと、頭をはたきつけられました。
ぺしぃっ! と良い音がしましたよ。
リュームのお頭の詰まり具合が良くわかる様な、軽い音でありました。
そのまま額に手を当て込まれて、いいから大人しくしていなさいと叱られてしまいました。
何だかんだと面倒見の良いリゼライさんです。
リュームはそのまま再び横になり、目を閉じました。
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初めて神殿に上がった日の事です。
厳かな雰囲気に気おされ、がちがちに緊張しているリュームの目の前に現れたのがリゼライさんとギルムード様でした。
正直なところその時、リュームの視線はリゼライさんに釘付けでありまして。
その後ろで面白そうに笑う、背の高い男の方には全然注目しておりませんでした。
ただ髪の毛くるんとしてふんわりだなとか、お髭がお義父様みたいだなくらいにしか捉えておりませなんだ。
おぼろげに神殿の護衛の騎士様なのだろうと、その服装から見当つけたくらいです。
それよりも美女、美女様です!
小さなお顔に大きく意思の強そうな瞳。
すっと通った鼻梁と引締められた口元という完璧な配置です。
すごく整った凛とした印象に、ドキドキしてしまいましたよ。
流れる金の髪をサークレットで押さえて後ろに流し、彼女は小首を傾げて見せました。
途端にサークレットの紅い宝石が眉間で揺れました。
(おそろい、かもです!)
リュームのザクロ様と同じ石かもしれません。
そう考えて一人で胸を高鳴らせてしまいました。
おそらく、ただぽかんと目の前の美女様に目を奪われていたであろうリュームを、これまた金色に近い瞳が見つめていました。
美人に見つめられて思わず身を固くしたリュームです。
何せ、ギュルミナ様のことを思い出してしまったものですから。
「初めまして、ジ・リューム嬢。ジャスリート家からようこそ。貴女を歓迎いたします。私は神殿の護衛団長を勤めるギルムード・ロウニアでございます。叔父からも貴女の事は窺っております」
少し視線を下げてしまったリュームに、大きくてハッキリしたお声がご挨拶下さったのです。
慌てて目線を上げると、その背の高い男の方は前に進み出てリュームに礼を取って下さっていました。
真っ黒い丈夫そうな衣装はきっと神殿の騎士様の制服なのでしょう。
ギルムード様はあくまでもにこやかなのにも関わらず、そこはかとなく緊張感が漂わせておられました。
その後に続き、ギルムード様の一歩控えめの後ろで、美女様からも頭を下げられました。
「お目にかかれて光栄です、リューム嬢。巫女を勤めるリゼライ・シャグランスと申します。この度の件、私もお力になるよう全力を尽くしますので、よろしくお願いします」
そこでやっとこさ我に返り、弾かれたように頭を下げたのは言うまでもありません。
「はっ初めまして!ジ・リューム・タラヴァイエと申します。こちらこそ、よろしくお願いします!」
ディーナ様といい、この方といい何と言う美人さんなんでしょうか!
いえ、美人なだけではなく可愛いのです。可愛いだけではなく、お美しいのです!
「ああ、そんなに畏まらずともよろしいのですよリューム嬢?貴女の事情はお聞きしておりますから、安心してこのギルムードの部下のリゼライを頼ってください。必ずや災いを遠ざけてみせましょう。な!リゼっ!?」
「人任せですか、ギル様。だったらもうお戻り下さって結構ですから」
「リ~ゼ~、つれない事言うなよ?俺だってこの美少女の助けになりたいんだぞ!」
「ですからここはワタクシに任せて、速やかに任務にお戻りください」
肩を抱き込むようにされたリゼライさんは、心底嫌そうな顔をしてその手を振りほどきました。
そんな二人の気安いやり取りに、リュームはどう反応していいか解りません。
「そんなワケで任せたぞ、リゼ!じゃあ、俺は姉上のところに報告に行って来る。では、リューム嬢。いつでも御用の際は何なりとお申し付け下さい」
気楽な口調に驚きながらも、リュームは頷きながら出て行く彼を見送りました。
二人きりになってしまいましたよ。緊張します。
「・・・・・・タラヴァイエ?」
たっぷりと間を置いてから、リゼライ様が怪訝そうなお顔をなさいました。
「間違いました!申しわけありません。シェンテランでした」
「なぜ、間違うのかよく解らないけど。私が驚いたのはタラヴァイエの家名を名乗ったからよ?紹介状にはジャスリート家の新しい養女となったとあるし、どれなの?」
「はい、そうでございましたか。正真正銘タラヴァイエのジ・リュームですが、一応シェンテラン家の養女なのです」
リュームは今までの経緯をかいつまんで話しながら、持参したシェンテラン家の記録書を差し出しました。
一緒に文字を覗き込みます。
「これは高度な呪術が施してあるようだわね。血筋の者以外が読めないようになってるから、私には解読不能よ」
確かに読むというよりも、まるで頭の中に流れ込んでくるかのように言葉が入ってきます。
リュームは書から手を放して、リゼライさんに向き合いました。
「聞いてくださいますか、リゼライ様」
「リゼライでいいわ。様は要らない」
「はい。ではリュームの事もそうして下さいませ」
「そうはいかない。いいから続けて」
「はい。この両家の始めた闇の物語をお聞き下さいませ。そしてどうかお力をお貸し下さい」
リュームは頭を下げると、改めて今までの事を順を追って説明しました。
「呆れる!」
あらかた話し終わると、じっと耳を傾けていてくれたリゼライさんが口を開きました。
「さようでございますか」
「そうよ。最初は些細な亀裂でもそこに闇が入り込めば、それは亀裂などでは済まなくなる。ましてやこの呪いを始めた術者ときたら!願ったんだもの。大きな闇を動かそうと、その闇を使って呪いを完成させている。人の子の分際で闇を操れる等と思い上がりもいいところだわ」
「なかなか救いようのない事になっておりますね。今までもそう感じておりましたが、専門家の方に言われると嫌でも思い知ります・・・小娘が知った口を利くな」
あ・れ!?
リュームですよね?
このような口ぶりが信じられませんが、心当たりはあります。
「たかだか――それだけの力量しか持ち合せていない小娘に、何がわかると言う?」
声はリュームです。
ですがその口調はまったく違います。
あまりの違和感に寒気を覚えたほどです。
「私が小娘であろうとも、術者の端くれとしてわかる事がある。踏み込んではならない領域を侵した者の末路がこのザマだと」
「何?」
声は静かでこそありましたが、そこに深い怒りがくすぶっておりました。
自分の馴染み深い声だけに、余計に響いて感じました。
全身を悪寒が駆け抜けまして、意識が遠のきますが簡単に手放す訳には行きません。
せめて口を、目を閉じようとしましたが思うように行きません!
「これはこれは。初めてお目にかかる呪術者殿?俺の部下が無礼を働いた事、このギルムードが代わってお詫び致しますゆえお許し願えませんかな?何せ、ほら。この者はまだまだ若輩者だから世間知らずで、血の気が盛んなのですよ。貴方様だってかつては覚えがありましょうや。ここはひとつ年輩の者の余裕として引いてはくれませんか。コイツには後でよっく言い聞かせますから」
焦りでどうにかなってしまいそうなリュームに、先程追い出されたはずのギルムード様が頭を下げて下さいました。
いつの間にか、リゼライさんの横に立っていたのです。しかも笑顔で。
それがまた何とも余裕の表情でして、リュームは感心してしまいました。
ギルムード様は、この緊迫した空気をものともせず優雅に敬礼されたのです。
恐らくこうなる事を予想されていたのでしょうか。
きっとリゼライさんが心配で、影で見守っていらしたに違いありません。
「ふん。そこの娘、命が惜しくないと見える」
「まま。ここはひとつ穏便に頼みます」
ギルムード様はあくまで丁寧な物腰で接して下さっています。
リュームは顎をそびやかして、見下すようにする誰かさんに怒りを覚えました。
「リゼ~誰彼構わずケンカ売るなっていっつも言ってるだろ?んん、こら?全く危ないったらない。わかった、わかったから!睨むな!」
「・・・・・・。」
リゼライさんは無言ですが、何とも言えない迫力でもってしてリュームを、頭を叩くギルムード様とを交互に睨み続けていました。
(いい加減に引けば良いものを!もうっ、ギルメリアのバカっ!!)
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ギルメリアですね。お久しぶりでございます。
この方達を馬鹿にするような言動はお控え下さいませ!
きっかけはどうあれ、シェンテランとタラヴァイエの始めた諍いを、収めるお手伝いをして下さる方々ですよ?
ギルメリアが優秀だというのは、リュームもよっく存じておりますとも!
で~す~が~ぁ、もはやこの世に存在していないギルメリアが、この世の諍いを収めるのに何が出来るって仰るのですか?
リゼライさんに本当の事を言われたからって何ですか!大人気ない!
ねぇ。ひい・ひい・ひい・ひい・ひい・ひい・・・おじい様?
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リュームはむっかりしながら、心の中でそう呼び掛けたのです。
途端に彼の存在が僅かですが動揺したようです。
すぐさま口を閉じて大人しくなりましたから。
――ひいの数が多すぎるわ、バカめ。
そのような憎まれ口が聞こえたような気がしました。
一体いくつなら正解なのでしょうか!?
ひとつやふたつ多くたって、どうって事ないでしょうよと思いました。
「す・す・すみません!もう、ご無礼をっ、申しわけありません~!!」
主導権を取り返したリュームは勢い良く、頭を下げて謝りましたよ。
初日からそんな調子で、先が思いやられるったらありゃしませんでした。
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その後。精神だけでご領主様を訪ねるという無茶をやらかしてから、二日が経過しておりました。
熱もいい加減下がり、平常に戻りました。
もう起き上がっても良い様ね。
確かにリゼライさんは夕刻ごろ、そう仰って下さいました。
ええ。
「飲まない?一応ちゃんと薬草酒だわ」
「いえ、その・・・飲めないのですが」
一応、病み上がりなのですがとも言い出しにくいのは何故でしょう。
戸口に立つリゼライさんの手にグラスが二つ、見えるからでしょうか。
確かに嫌というほど寝ていたので、なかなか寝付けそうにもありませんが。
「そう。じゃあ付き合って」
「同じことではないでしょうか」
「つべこべ言うな」
は! 喜んでお供させていただきます!
そんな調子でリュームは寝台から飛び起きたのでした。
酒盛り酒盛り。夜更し夜更し。
何かちょっと楽しいですね。
シェンテラン家であったならば、絶対許してくれませんもの。
わくわくとお酒に口を付けてみましたが、思い切りむせました。
やはりこの脆弱な身は、受け付けてはくれないようです。
せっかくの美人のお酌なのに、残念です。
ちぴちぴと舌先で突くようにしながら、次々杯を重ねるリゼライさんに賞賛の眼差しを送りました。
「お嬢さんは気兼ねなく神殿にいるといいと思うわ。とんでもない後ろ盾がふたつ・・・いや、みっつか。も付いてしかも何だこの寄付金という額付きでしょ。しかも意外に才能あるみたいだし、神殿側としたら歓迎する以外ないでしょ」
「三つ?」
「ジャスリート家、ロウニア家、シェンテラン家。ここまで権力者に好かれるなんて、何をやったのお嬢さん?」
「哀れまれただけです」
「それだけで公爵が動くものですか」
「桁外れの呪いのせいではないでしょうか」
「そんなものこの桁外れの寄付金とお嬢さんの才気で充分おつりがくる」
何とも力強いお言葉です。
リュームもリゼライさんに惚れてしまいそうです。
リュームがお酒をちびちび舐めながら、そっと窺うとリゼライさんからじっと見られておりました。
「ど、どうされましたか?」
「うん。ああ、もう!悔しいなと思ってさ」
「悔しい?」
「視得ないんだもの。お嬢さんの後ろに守護としてついてる存在が。生前は相当の術者だったというのはわかるけど、それ以上は視えないの。術者として腕がなるわ。依頼は全うするのが主義だから安心してちょうだい」
視たら視たであのザマだし、とリゼライさんは悔しそうに呟きます。
「視るな、おまえごときに視られて堪るかということなのよね」
「すみません。ひい・ひい・ひい・ひい・ひいおじい様が、偏屈の極みで申しわけございません」
どうやら多すぎるらしいので、ひいを前よりひとつ削ってみました。
「そう。見当は付いてるのね。だったら話が早いわ。貴女のご先祖でいいのかしら?タラヴァイエの?ん?いや、違うか。この呪いを始めたのはシェンテラン家だったものね」
「ええ。その通りでございます。この偏屈ぶりはシェンテランの血のなせる業です」
「貴女、その家とは何の血の繋がりも無い養女じゃなかったの?」
「ところがかつて両家の間に婚姻が結ばれた様でございまして。遥か遠く彼方ではありましょうが、この身を成り立たせる血の一滴でもあるようでございます」
「複雑ね。要らないくらい、解決の糸口が絡まっているじゃないの」
そういう割には淡々と、何でも無さそうにリゼライさんは言いました。
ふぅんと呟くとまたお酒を注ぎます。
何杯目でしょうか。
「ところで。ダグレスの奴がほのめかしてたけど、手紙のせいで熱があがったんじゃないのかって言ってたわ。別に他人の事情を覗き見る趣味はないから言わなくてもいいけど」
リューム、またしても思いっきりむせました。
脈絡も無く話題転換し過ぎですよ、リゼライさんっ!
ええ。
ご領主様のお手紙はとてもじゃありませんが人様にお知らせできるような内容ではございません!
『噂の二人。』
出すまいか、出さまいか。
悩みましたがやはり出しゃばりました、この二人。
リュームはディーナと離れて不安でしたが、同じ年頃の娘さんによくして貰えて
いくらか安心しています。
前途多難なのに。ええ。