閑話 ~かつての身代り~
かつての己の身代りに、八つ当たりのザカリア様です。
リューム嬢は守られる様に退室していった。
「リューム!俺は聞いていない!何故こちらを見ない!?」
誰だって想い人の非難の声に、動揺しないわけがなかろう。
か細い背中が微かに身じろいだが、彼女は振り向かなかった。
決意の現われだと思った。
振り返ったら最後、彼女はまた彼を甘やかしてしまうだろうから、それでいいと思う。
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ルゼはもはや何も言わず、さり気なくカップをワゴンに移動させていた。
苦笑しつつ、それは避けられない展開を予想しての事とうかがえ知れる。
事前の打ち合わせでルゼが零していたのだ。
あの若者は相当気性が激しいわよ。
それに好戦的。
ただ普段はそれを上回る理性でもってして、己を律してるわね。
任命式の時の彼をザカリア、貴方にも見せたかったくらい。
儀式にかこつけて、本気で私にかかって来たわよ。
煽った私も悪いからアレだけど、おもしろかったわ。
彼、リューム嬢が絡むと本性丸出しの、破壊的な行動に出るから気を引締めて掛かりましょう。
ふふ、とお互い目元のシワを更に深くしながら、笑いあった。
確かに面白い。
普段は澄ました顔でいっぱしの領主ぶっている若造が取り乱す様は、己の苦い思い出も蘇って興味深くもある。
リューム嬢から返答を得られなかった彼は、その背を傷ついた瞳で縋っていた。
扉が閉められる。
迷い無く締め出すように閉めたのは、ダグレスだった。
行ってしまった。
振り向きもせず。
次の瞬間こちらに向けられた緑の瞳は、怒りと憎悪を織り交ぜて鋭くこちらを睨んでいた。
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予想通り、この若者は腰から短剣を抜いていた。
ただし鞘付きのままだ。
なるほど。それくらいの理性はまだ残っているらしい。
だったら老体に刃を向けるのを堪えるくらいの理性もあれば、もっと褒めてやるのだが残念だ。
もっとも、これはただの八つ当たりだろうが。
(だったらこちらも、そうさせてもらう事にしようか。なあ?若造だったザカリアの身代りに)
こちらも素早く杖でそれを受けた。
振り下ろされるよりも早く構えていた己を、まだまだ捨てたものではないとほくそ笑んだ。
にやりと笑ってやると、いくらか若者の瞳に焦りが見えた。
そうそう。
ご自分が若いからといって、老人を見くびると痛い目を見るものなのですよ。
太刀筋は悪くない。
身のこなしも。
だが遠慮なくこの老骨に食って掛かってきた割に、幾らかの気遣いが見え隠れしていた。
合格だ。
まあ、そこにつけ込ませてもらうとする。
彼とてそうであってくれと願っているはずだから。
ロウニア家。
たかだか地方の一領主がたてつくにはあまりに大きな隔たりがあることだろう。
彼とてそこは頭の隅に留め置いての上での、この愚挙に違いない。
ならばそれを汲み取るまでの話だ。
ルゼがさっさと扉の少し外に避難したのを見計らって、彼の剣を押し返してやった。
短剣はあっけなく床を滑った。
抜かりなくルゼがそれを拾い上げる。
何と言う連携のよさかと嬉しくなる。
そのまま、杖の先で彼の鳩尾を一突きした。
素早く後ろに回りこみ、ふら付いた身体を後ろに倒れるのを許さない。
首筋に杖を当て込み、締め上げる。
呻く彼が意識を手放す事の無いよう、加減しながら拘束する。
これから先は長引くとこちらが不利だ。
何せ体力が違う。
そろそろこの茶番も終わらせねばなるまい。
いつまでも駄々っ子に構ってやれるほどこちらも暇ではない。
体力で敵わないならば、次に攻め入るべきは精神の方と相場が決まっている。
そう例えば罪悪感やら、大事な存在を脅かすような事柄を突くに限る。
「誰もあなたを責めず罪に問わなくても、貴方はご自分の犯した大罪に気が付かねばなりません」
いや。
本当のところは気が付き、己を責めている事だろう。
だからこそ、だからこそ・・・だ。
誰も彼を止められ無かったのではないかと推測する。
――かつての私と同じように。
身分や自分が男性という立場は時として、何と身勝手な己を作り出すのだろう。
他人の存在自体を貶めるような言葉を平気で口にする。
しかもそれは己よりも格段に弱い存在、本来ならば守るべき存在に向かう事が多い気がする。
それはとんでもない思い上がりに他ならず、けして本心でなかったにしろどれだけ相手に傷を負わせるか。
『ご、ごめ、ご・・・っなさぃ』
いくら年月を経ようとも忘れられない、心底怯えきったあの眼差しと嗚咽。
その傷は後々、己をも抉るのだ。
かつての、若かった私のように。
「私はかつて妻を・・・少女をみっともないカラス娘と罵り、嘲りました」
締め上げながらその耳元に独白を呟けば、若者の抵抗が止んだ。
「妻は真に受けて髪を切り捨て、ベールを深く被り人目を避けるようになりました。あんなに綺麗な髪を・・・・・・。私は心の中だけではなく実際に言葉にして彼女を誉めそやすべきだった。私はとんでもない間違いを犯したのです」
その結果当然ながら少女は長く打ち解けず、求婚すらもなかなか受け取ってもらえずの日々。
「まあ、貴方は運がいい方だと思いますよ?リューム嬢に感謝する事だ」
眩しく笑う少女の明るい気質に、人並み以上の強さを思った。
何も妻が弱かったというわけではない。
普通、年頃の娘が容姿を非難され蔑まれたら『ああなって』当然だというだけの話だ。
妻は人並み以上に相手の心の機微に敏く、不安定な心の持ち主であった私に消耗させられたのだ。
本当にひどい話だ。
頼むから若造だったザカリアを誰でもいいから止めてくれ、と仕方のない事をいまだに本気で願う。
なぜ、若者はその事に気がつかないのだろう。
自身に溢れる若さという根拠の無い自信がそうさせるのだろうか?
どうして年を重ねて初めてやっと気がつくのだろう。
男というのは本当に成長が遅い。
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そもそも老骨とはいえ、かつて何度も臨戦に及んだ身である。
いくら彼が力が強かろうが、実戦経験が明らかに乏しいようだ。
勝負は最初から見えている。
それに忘れてはいけない。
私は三人のやんちゃどもの反抗期に付き合ってきた父親なのだ。
「ああ、ルゼ。地下牢の鍵をお持ちかな?」
ルゼが心得たように鍵を投げて寄こした。
一言も発さない青年を引き摺るようにして、地下を目指した。
『ああなって 当然』
どうなったのかは既に書き上がってます。
スピンオフ予告。
す~DE~に~10話分書き溜まってますよ。
(だから 何だ。)
領主の言い分としては「本当はザカリアのじじぃの拘束なぞ、ふり払えたが大人しく従ったまでだ。」らしいですよ。
一応、自分から進んで入ったんだって気持らしい。
そっち書けや私とも思いましたが、彼のプライドのために今は書かないでおきます。
ただの強がりと正当化の羅列になりそうですからね~。
それでは! お次は 本編です。