第五十五話 ジャスリート家の地下牢での逢瀬
色々と限界に挑戦しています。
リュームが。
領主もか。
次に目蓋を持ち上げる時には、驚きのあまり目を見開くご領主様のお顔が飛び込んできて、おかしかったです。
「リューム・・・おまえ、何をやった?」
「リューム、これでも術者の端くれとしてこの程度でしたら何とか出来ます。まあ~修行中なのであまり大きなことは出来ませんが」
二人を隔てていたはずの鉄の格子も何もありません。
リューム、ご領主様と一緒に牢獄の中でございます。
はいー。初めて入りましたよ、牢屋!
ご領主様と一緒に囚われの身の上を体感中。
もう、少しだけ彼のお側に。
正直、無茶をやらかしたのは否めません。
視界が霞みます。
がんばろうとリュームは久々に祈りました。
(気力!おいでませ、気力!!頼みの綱の気力っ)
リュームも意気揚々と先程のご領主様に負けないくらい、両腕を広げました。
ささ!抱っこどうぞ!
ぎゅむ~とな。あんまり苦しいとエキばりに突っぱねちゃいますけど、どうぞ?
そんなリュームをまじまじと見下ろすだけで、ご領主様は何故か一歩下がります。
「ご領主様、いかがされましたか?」
「その格好は巫女装束だろう。そんなオマエを汚せるか」
「確かに汚れの目立ちやすい真っ白い衣装ですが」
「そういう意味では無くてだな」
リュームが小首を傾げると、ご領主様は深々と息を吐いて前髪をかき上げられました。
その手のひらの下のお顔は、何だかばつが悪そうとでもいいましょうか。
瞳を瞬かせながらリューム、自分の着ている衣装の裾を眺めました。
巫女入りする娘の正装とやらは飾りこそ無いものの、生地の重ね合わせや縫いのつまみが駆使された上等の物です。
これもまた、ルゼ様がご用意して下さったものです。
リュームの戦いに赴くための鎧と同じものよと、にこやかに言い渡されました。
「ご領主様。リュームを汚すって何ですか?どうやって?具体的にはどうなってしまうのですか、リューム?」
慎重に一歩近付きながら、彼を見上げました。
再び、目を見張られます。
「そうです。リュームときたら何一つ、わからないんだって理解しました。ジャスリート家でディーナ様とルゼ様とお話してみて、自分がどうやら何一つ教えられずにこの歳を迎えたらしいという事だけは理解できましたが」
すは、とひとつ呼吸を吸い込みました。
続けます。
「食べられる、ってどういうことなのか。汚されるって?このザクロ様を外すには、彼のものになると言われましたが・・・ご領主様のものになるとは?尋ねてもお二人はヴィンセイル殿に訊きなさいと仰るばかりでしたの。だから、リューム。そのひとつ、ひとつ全部をご領主様から教えて欲しいんですの。他の方ではどうやら駄目みたいって事も解ります、それは・・・怖いこと?」
もう一度、おずおずと彼に両手を差し伸べてみました。
ご領主様は一瞬苦しそうに眉根を寄せられました。
その様子にリュームはためらいがちに上げた腕を、もはや彼に向けるのもはばかられて下ろします。
かと思うと勢い良く引かれ、彼の腕の中に納まっていました。
やっと望んだとおりにぎゅうっと包まれて、幸せだと思いました。
彼に思うぞんぶん、身をすり寄せます。
「俺も同じだ。あの変質者と」
「へ?変質者ですか」
「ギルメリア・シェンテランと」
「ええ!?」
今その方の腕の中にいるリュームって一体。
「やはり俺こそが、牢に入るのが相応しいのかもしれん。だから入ったのに、このバカめ。のこのこ狼の巣窟に自分から入るとは何事だ」
そんな叱責も何やら甘く痺れるような響きを持つのは、ここが地下牢だからでしょうかね――?
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こんな事はご領主様にお聞きしてはならなかった気がしますが、もう遅いようです。
取り返しがつきません。
そもそも誰もリュームに教えてくれなかったと言う事は、まぁ。
こういうことなのでしょう。
おか~~~さま~~~!!
何となく、母を責めたい気分です。
こういうことを教えて下さるのはやはり、おか~さまが適任というか、それ以外ありえませんでしょう。
あうううう~~~~。
当の本人に何てこと訊いたんですかね?
リューム、それならば教えてやるというご領主様に・・・ええ。
唇を塞がれ、服を肌蹴られ、身体をまさぐられって限界です!!!
彼の膝の上に横抱きにされた格好です。
耳元には絶えず彼の囁き声が、甘噛みとともに繰り返されております。
オマエに触れ
肌を味わい
泣き声を堪能し
俺を感じさせる事だ――。
そう教えられながら、言われた通りに実行されちゃってます・・・・・・!
「ご領主様、ご領主様、リュームは限界でございます。胸が苦しいし、恥ずかしすぎて熱が上がってしまいましたよ」
「俺だってそうだ。言っておくが限界どころの話では済まない。オマエが煽るから悪いのだろう。最後まで責任を取れ。取ってから神殿に上がれ」
「いや・・・たぶん、そうなったら巫女の資格を失うと思います」
ちっと鋭く舌打ちされました。
「何の責め苦だ、これは」
苛立ちを含ませたままの唇が、リュームを嬲ります。
大きな手のひらが、リュームの胸を思うまま弄びます。
太腿まで裾がまくれ上げられ、忍び込む指先に息を飲みます。
「あん!あ・・・っ、やぅ」
視界が大きくぶれました。
もはや、意識を保ちここに居るのも難しくなってきたようです。
時間切れです。
「リューム?」
「ご領主様。リューム。時間切れです~~」
ぐったりと、身体を彼に預けました。
受け止めてくれたはずの彼の指先が空を切ります。
抱えているはずのリュームの身体が透け始めた事に、彼も気が付いたようです。
今更何に驚くものかといった調子で、顎をしゃくられました。
「種明しをいたしましょう、ご領主様。このリュームは精神体でございまして、実体ではございませんの。本体は眠っております。シェンテラン家で倒れたあの日のように、精神体だけでうろついてるだけなのです。それを最近実体化する事に成功いたしました!」
フィルガ様のご指導と修行の成果です!えへん!
「術者といえどもまだまだまだ、端くれでして。ちなみに。この技を使った後は二三日は寝込みます!」
「未熟者のクセに無茶をするな!早く戻れ!!」
実 体 で な い お ま え は た だ の 幻 に 過 ぎ な い 。
そう苦しげに呟きながら、頬を撫でられました。
その手にかろうじて実体化できている、左手を重ねます。
「ですけどご領主様。この身は自由なのですよ。病んだ身の重さも辛さも息苦しさに制限される事も無く、煩わされることの無い自由な」
「何が自由だ。それは・・・」
死んでいるのと変わらない。
彼が苦しそうに呟きました。
途端に胸が締め付けられた気がいたしました。
実体ではないのに。
「ご領主様。もうそろそろここから出られて下さい。ダグレスに伝えてありますから」
「いや。オマエが完全に神殿内部に入るまで居るとしよう。そうでなければ、我ながら何をしでかすか・・・わからんからな」
「ご心配には及びません。リュームの本体は既に神殿の一室にあります」
「何?」
「嘘を言いました。本当はあの打ち合わせの五日後ではなく、三日後には神殿に上がりました。ですから、もう既に」
念には念を入れて、陸路ではなくダグレスのお背なに乗せていただいて行ったのです。
「それでいい。どうせ公爵とロウニアの老骨の策だろう。リュームの知恵だけでは俺に太刀打ちはならんだろうからな」
「言いますねぇ―。同じことをお二人に言われましたよ。良かったですね、ご領主様。一目置かれているようですよ」
視界が霞みます。
意識を保っているのも難しくなってきました。
そのまま、彼に寄りかかるようにして目蓋を閉じました。
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次に目蓋を開けると目に入ってきたのは地下牢ではなく、白を基調としたお部屋でした。
天井にまで不思議な紋様が施された、呪いに狙われた者のための一室です。
リューム本体に戻ってから我ながら恥ずかしさのあまり、寝台の上もんどりうって手足をバタつかせて大騒ぎしましたよ。
(ぎゃーぎゃ―ああああ!ぎゃああですよ!)
クッションを抱えて右に左にごろん、ごろんと転がり、しまいには寝台から転がり落ちました。
痛い。痛いけど、それどころじゃないのでたいして気にもなりません。
そのまま、床に転がっても同じようにのた打ち回りました。
(ぎゃーぎゃーーぎゃぁぁぁああああーですよ!!)
きゃー何て可愛いものじゃ、済みませんよ。
何せギルメリアとシュ・リューカを覗き見ていたリュームですからね。
本当は、改めてご領主様に尋ねるまでも無かったのです。
リュ、リューム!
生まれて初めてゆ・ゆゆゆ・誘惑とやらを行ったに違いありません。
誘惑。
誘って、惑わす事。
いいいい・いけない、いけない事をシテクダサイって、自分から誘う事ですよね!?
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案の定、発熱したのは何も慣れぬ術を使ったせいだけでは無さそうです。
『地下牢でエロい。』
なんちゅう仮タイトルか。
そのままですね。
地下という秘密めいたシュチュエーションで、巫女装束って。
リューム、頑張った模様です。