第六話 シェンテラン家の夜の秘密
実の所、はりきった時点であらかた体力は使い果たしている事を、いまだ学習していないリューム。
一歩進んで二歩下がっているって、そろそろ気が付けない?
この次――。行き倒れていても、己の部屋に戻してもらえると思うな。
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ぜぇはぁとまたしても息切れを起こしておりますが、その場にへたり込んだり意識を手放したりなんてしませんよ?
館の離れと本館をつなぐ渡り廊下からは、中庭を突っ切る造りにございます。
その石造りの手すりに、身を預けきっちゃってますけどね。・・・・・・たぶん、大丈夫。
「うっふっふっふふ〜」
””リューム何?気でもふれた?さっきから気持ち・わるーいっ!””
「――何を仰いますやら猫さん!リュームは笑いが込み上げてきて止まらないのですよ。いや、愉快愉快!爽快な気分でございますよっ、いいですねぇ!――最高っ、最高ですね健康っ」
””うん。でもまだ館内・四周目にして動悸及び息切れに加え、眩暈まで起こしてる人間の台詞にしちゃ気味が悪いね””
「〜〜〜な、何とでもどうぞでございますよっ」
””もう休んだら?””
「いいえ!まだまだです!」
確かに発作を起こす事は無いとしても、少し呼吸が上がってしまって苦しいのは否めません。こればっかりは猫さん曰く
””リュームの体力の問題だから””だそうで。当然ですね。だったらさっさと契約内容に『体力増強』も盛り込めって?
――ちちち!それはいけません、感心できません。出来る事はなるべく自分で。でなければ真に健康を手に入れたことにはなりませんからね!
今まで体力付けようにもそれすらままなりませんでしたが、こうやって『契約』の力を最小限かりつつ体力を付けて行けばですね・・・・・・!
きっと、契約なんぞに頼らなくても人並みの体力を身につけた、理想のリュームになっている魂胆ですともよ!
さぁさぁ!この軟弱な身体を鍛えるために、あともう十六周行きますよっ!
何がリュームをここまで駆り立てるかと言いますと、やはり根底にあるのは『打倒!ご領主サマ』なんです。
「・・・・・・・・・・?」
あれ?打倒って、倒す気満々?――倒してどうする!いつのまにか目標が何か変っている気がしますが、まぁ・いいか!つい最近まで「この方のお荷物になってばかりいて申し訳ない」等と、しおらしい気持ちはもはや何処でしょうか!
探す気もありませんケドね。やっぱり心と身体は密接なのです。弱ってりゃ、弱ってる事しか考えつかないのです。きっと。
「うんっ・・・・・・・!」
考えがまとまったので思わず、ぱんっと己の手のひら同士を打ち合わせました。
””りゅーむ?””
猫さんが何かまだ言いたそうでしたが、リュームときたら構わず自分の世界に突入中。
なので、目の端で猫さんの存在を確認しつつも回想は止まりません――。
今更ですが。思えばあんなにご領主さまと話したの、初ですよ!しかも、喧嘩にまで発展しちゃって。すごい進歩です。そして今は退化してますが(逃げ回ってるので)
何て収穫の多さかと実感しております。きっと、ものすごぉーく・・・話が合わない人だろうとは予想はしていましたが。
それを遥かに上回る、合わなさでしたから!きっとあちらも同じことを感じてらっしゃる事でしょう。
ええ。ええぇ!!確信しておりますとも。こうやって一人でも力一杯、頷きを繰り返してしまうほどに。
(きっと初めて会った時から、そこら辺を見越していたんだろうなぁ)
ですから、ど・しょっぱなからの宣言にもリューム納得。ものすごく頷けます。
(――このまま、やられっ放しでいるものかぁ〜〜〜!・・・・・・でも、ちょっと苦しいや・・・・・・休みたい・・・カモ)
いやいやいやいや!そんな甘ったれた事をぬかしていては、いついつまでも大荷物人生のままです。
ちらりと浮かんだその考えを振り切るべく、ぶんぶんと頭を振ります。勢い良く!
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””――リューム・・・・・・って””
にゃ――あ・あぁぁ―――。 猫さんが、ひときわ長く鳴きました。
しかも、最後の方はあくびに成り代わりましたからね。こんにゃろ。
ええ。ええ!左様でございますともっ!
その場に眼を回してへたり込んだリュームを見つめるその緑の瞳に、やはりあのお方が重なってしまうのでした。
(仰りたい事はよっくわかりますから・・・・・・・!)
「皆まで言わないで下さい」
そう答えることもままならず、リュームはかろうじて右手をそろそろと持ち上げるばかりなのでした――。
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「――じゃあねぇ――・・・・・・っと・・・・・・『エキ』!!」
””なんで””
「何となく。ぴったりだと思ったの」
””なんとなくぅ?””
「イヤ?気に入らない?」
””ううん。ぴったりだと思ったから、驚いただけぇ――””
「ぴったり?――どうして?」
””何となく。””
呼吸も落ち着いた所で、猫さんの名前を考えていました。かねてから、お名前を聞こうと思ったはいたのですが。
尋ねてみたらあっさり””無いよ。””――との事でしたので、命名をば買って出た次第です。
「ねぇ・ねぇ。――シンラはどう思う?」
((・・・・・・それでよいと思う。本質を実によく捉え、表した名だと。猫、嬢様に感謝しろ))
””え?なにその強制!何様だよ、シンラのくせに〜””
「も〜・・・ケンカしないでくださぁい」
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ただ今リュームと猫さんはくたびれたので、馬小屋の隣にある納屋で一休み中なのです。
リュームお気に入りの秘密の場所は、一人になりたい時に等ぴったりの隠れ場所。
はじめはリュームがシンラがどうしているか気になったので、様子を見に行きたいと提案したのです。
””いいんじゃない?シンラも気にしてたし””
「そうですか。――・・・ん?も?」
””そう。あれからご領主に連れ攫われちゃったから、彼も心配していたよ””
「おこっていませんか?リュームのせいで、辛い目に遭ってませんか?シンラ」
””・・・・・・・自分の目と耳で確かめてごらんよ””
そんなワケで訪れてみたのですが。吠え立てられたら怖いナァと思いつつ、猫さんの案内でシンラに会いに来たのです。
そろそろと納屋の引き戸を開けて、様子を窺えば彼は・・・・・・起きていました。
前脚をお行儀良く重ね置き、後ろ足は投げ出す格好で、こちらをじっと見つめ返してくれます。
その凛々しい姿には感動すら覚えます。同時に首に掛けられた鎖に、罪悪感も覚えました。
他の猟犬の皆さんとは離されて、一線を画しているシンラ。
彼はその温和な性格と賢さを買われ護衛として、館内の行き来の自由を許されていたほどの身分だったのに――。
「シンラ・・・・・・ごめんね。だいじょうぶ?」
痛む胸を抑えながら戸口から覗き込むようにして、彼に声を掛けました。
シンラの深い灰色の毛並の先を月明かりが照らしています。それがよりいっそう、彼の受け継いだであろう、野生の血筋が誇る美しさを際立たせています。
その琥珀色のキレイな瞳が、キラキラと光って少し怖いくらい。
流石、狼の血を引くだけあります。月はきっとシンラの味方なのでしょう。そんな気さえします。
「ごめんなさい。リュームのせいで」
((――別に。嬢様が謝るいわれなど無い))
「・・・・・・・!?」
シンラが!シンラが返事をしてくれました!
驚きのあまり言葉が出てきませんでした。口をぱくぱくさせながら、猫さんに視線ですがりました。
””シンラの意志が、わかるようになっていて驚いた?もちろん、ボクのおかげに決まってるでしょ?””と、またもや呆れたように言われました。・・・・・・ですよね〜。
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そんなワケでシンラとお話する事が出来て、いくらか心の晴れた次第です。
『シンラ・・・ごめんね』
((いや。嬢様が謝る事ではないわ。若造めが嬢ちゃんへの振る舞いがなっておらぬから、注意したまで。))
――だ、そうで・・・・・・。
そのまましばらく、シンラの傍らでくつろいでいました。
ここは乾いた干草が積み上げられており、いつもお日様とホコリの混じった香ばしい良い香りで満たされた場所!
リュームお気に入りの場所です。こっそり布地を持ち込んで、うまい具合に敷き詰めてここで寝転がるといい感じですよ。
試行錯誤の結果、敷き用の布は厚手がいいです。薄いと干草がちくちくと刺さって、やや不快でしたと経験済み。
かねてからこっそり持ち込んである布地を引っ張り出してきて、シンラの隣に引きました。
そうやって皆で猫さんの名前を考えたり、おしゃべりしたりして。
ほんの少し呼吸が整うまでの間の休憩のはずが、すっかり忘れてしまいました。
「寝心地はいかがですか、エキ?」
うっふっふっふ〜と得意満面で尋ねました。
””――リューム。君には呆れる””
「んん?聞き捨てなりませんね。何でですか?」
””館内をその状態で四周と半分したあげく、こうやって敷き布という物体までを引きずり出してきた君を――””
エキがじっと緑の瞳を輝かせながら、リュームを覗き込んで言いました。
””――何という精神力かと驚かずにはいられない。そしてボクに名まで与えて。君はやはりタラヴァイエ家生粋の縁の者””
「は・い?」
何のことでございましょう?
””でもそろそろ、流石の精神力でも限界だと思うから。――戻るよ、リューム””
「ええ――!大丈夫ですよ。それにまだ後、目標まで十六周残っているんですよ!」
まだもうちょっとこうしていたくて、エキに訴えましたが。
””あっそ。ボクは別にいいけど――?ご領主サマが君の身体にもうすぐ触れちゃってもいいなら別にぃ〜?””
「戻りますともよ!!」
触れる?もうすぐ!?リュームにっ!?
言われた言葉に驚き、思わず勢い良く振り返ってみました。背後に人影でもあろうものなら確実に驚きのあまり、絶叫していたでしょう。
――が、誰もおりません。静かに耳を澄ましてみましたが、シンラの静かな息使いが聞こえるだけです。
((・・・・・・嬢様。本当にそろそろ戻られた方がよい))
戻ります、戻ります!駄々こねたりして申しわけありませんでした!――シンラの気遣うような言葉に、無言でこくこくと頷きました。
も、もしかして、すぐ近くまであの方がいらっしゃっているかもしれない。そう考えると嫌でも緊張感が高まります。
こんな時間に部屋にいないとなるとまた挙動不審と、咎められるのもまた必至でしょうし。
あわわわわ・・・・・・!戻らないと戻らないと!!
「では皆さん、おやすみなさいっ!りゅ、りゅーむは全力疾走で戻りますので、これでっ・・・・・・!」
――失礼致します。
――・・・・・・。
――・・・。
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そう、挨拶しながら慌てて立ち上がりました・・・・・・はず、でしたよねぇ?
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「―――・・・・・・んん?」
寒い・・・・・・。身を包む肌寒さに違和感を覚えました。何せ突然、寒さを感じたものですから。
「おい」
それと、どこかしら覚えのある何かが頬を掠めています。何だったかな――?どこでだったかな・・・・・・?
「――おい、こら。リューム。起きろ、こんな所で眠っているんじゃない」
「ん・・・・・・?」
「それとも、また行き倒れているのか」
「ん、・・・な、に・・・・・・?」
眠い。眠たくてたまらない。瞼を持ち上げようにも、億劫で。誰かが呼んでいる、ようなのに意識が保てない――?
身体が沈んでいくみたいに、重たくて意識ごと飲まれて行くようです。
重すぎて、意識ですらも一緒に飲み込まれて行くのを止められません。
はぁ、という深く何やら重苦しいため息が、耳を掠めましたがどうすることもできませんでした。
誰が、とか。誰の、とか。そういった疑問も一切合財全てひっくるめて、一緒に沈んでいくようです。
頬に触れていた冷たい節くれだった何か。それが今度は前髪をかき上げて、額に当てられました。
その冷たい感触と重みに、ますます意識は押さえ込まれて行くようです。
「・・・・・・行き倒れている方か」
(ああ、そうか。これは――手だ。・・・・・・男の人の、おおきな、手のひらだ・・・・・・?)
誰の、という浮かんだ疑問符に、なぜか疑いようも無く。こう、結論付けていました。
「――・・・おと―、さ・・・・・・、」
ま、と言い終わる頃には、これまた身に覚えのある浮遊感を心地よく感じながら、身を任せ切ったら最後。
後はもう何も感じられないまま、闇に漂っていたようです――。
そうして迎えた朝の光は、出し惜しみと言うものがありません。そして遠慮も。容赦なくリュームの寝台にまで、日の光は射し込んできます。
(眩し・・・・・・おはようございます)
今日も何て素晴らしい朝でしょう――っと、眩しさに眼を眇めながら身を起こします。
そのまましばらく寝台に起き上がったまま、ぼけーっとしていました。
(はて?何か変だぞ?昨日は確か――?猫さん・・・エキと、確か・夜の体力づくりに張り切って出向いた覚えがあるのですが?)
うぅ――っむ、っといくら唸ってみても、どうやって部屋に戻ってきたのかが記憶にありません。
ふと、テーブルの上に置かれた一枚の紙に気が付きました。昨晩までは見かけませんでしたから、何でしょうかと近付いてみて。
・・・・・・リューム、驚愕のあまり指先が震えました。そのまま、持ち上げた紙がひらりと指先をすり抜けて行きます。
(こ、これは、間違いなくっ・・・・・・!)
その殴り書き具合からも容易に推し量れるであろう不機嫌さが物語る、その筆跡の主は一人しか思い当たりませんとも。
『この次――。館内で行き倒れていても、己の巣に戻って休めると思うな。ジ・リューム・タラヴァイエ = カラス娘!』
ななななな何でこんな手紙がっ!いつの間にリュームのもとにっ!そして相変らず意味不明なんですけど?
何が仰りたいのか全く持って、ぜぇんぜん!―― わ か り ま せ ん 〜 ! !
リュ−ムときたらその場に固まってしまって、いつまでも遠巻きに落ちた紙を見下ろすばかりなのでした――。
はい、お疲れ様でした〜!
いきなり本編に関係ない裏話を、ひとつ。
↓
あのバカに手紙を書いて置いてきた。
本当は勢いに任せて二枚目まで書いたのだが、部屋を出る直前に忌々しくなって――やはり止めた。
戻って二枚目をひったくると、自室に持ち帰った。
今こうして、読み返してみると改めて己の判断が正しかったと確信している。
『ちゃんと薬を飲んでいるのか。』
『もっとアレコレ食う努力をしろ。』
『夜中に出歩くな。』
『もっと服は厚手のものにしろ。』
『――もっと己と言うものをわきまえて行動しろ。』
・・・・・・などなど。延々と書いた小言は直接あの娘に言うか、彼女付きの侍女に告げる事にした。
しばらく無言で己の殴り書きを眺めた後、その手紙を勢いつけて丸めてくずかごに放る。
全く持ってどうかしていた――。
その一言に尽きる。
・。・★・。★・。・★・。・
””はい、リューム。これ、預かってきたよ!””
「なぁに?誰から――・・・・・・!」
エキがくわえてきた、ぐしゃぐしゃに丸められていた紙。
広げ見て――。
そこにまた見覚えある筆跡に、リュームはただその場に凍りついたのでした。
にゃ――っはっはっはっはっは・・・・・・・。
「なっ、ちょ、これっ、何っ!!エキ――待って〜説明してっ!!」