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第五十三話 ジャスリート家の新しい養女


この中で最強は誰かな、と思っちゃいました。


そして最弱も。

 

 只今、リュームはかなりドキドキしております。


 胸の辺りが静かに、でも確実に何かを訴えてきております。

 嫌でも高まる緊張感に、頭がぐらぐらしてきましたよ。


「リューム。いいことを教えてやろう」

「何ですかダグレス。また感じ悪いですね」


 リュームが落ち着こうと呼吸を繰り返すのを面白そうに見下ろしながら、ダグレスが腕を組み直しました。

 ここ最近、彼はこのように人の姿でいる事が多いようです。

 今日もジャスリート家の護衛風の、かっちりとした出で立ちで腰には剣を佩いております。

 向き合うリュームも正装です。

 首筋を晒すことのない、きっちりと襟の詰まったドレスですとも!

 まだ首には包帯が巻いてありますからね。


 そんなものは襟の下に隠して、ザクロ様をお見せしてます。


 お茶会時程ではありませんが、新緑に合わせたドレスはなかなか気合が入っているのではないでしょうか。

 窮屈なコルセットおかげで、嫌でも姿勢がしゃんとするってものです。


 何せこれからお客様をお迎えするのですから、失礼があってはいけません。

 それなのにダグレスときたら!余裕綽々で緊張感のカケラもありゃしません。

 ちょっと恨めしく思ったので、機嫌の悪そうな声が出てしまいました。


 いつだって自信満々の獣様に遠慮は禁物です。


 リューム、ダグレスに対して取り繕う事はもうとっくに止めています。


「何だ、せっかくヴィンセイルがルゼに叱られた話を聞かせてやろうと思ったのに」


 ああ、残念だ、残念だと呟きながら、わざとらしく背を向けたダグレスに縋りました。

 勢い良すぎたせいか腰掛けていた椅子が、がったんと音を立てたようです。

 なかなか淑女失格です。


「ダグレス!ちょ、ちょっと、お待ち下さい」

「何だ?」


「いつのまにご領主様の事、お名前で呼ぶ仲になってらっしゃるのですか!驚きですよ!リュームの知る限り、ご領主様とお名前で呼び合う方なんてダグレスくらいですよ!」

「何だ!そんなに瞳を輝かせて言うな!気持ちが悪いわっ」


「い、いいえええ!これからもご領主様を、どうぞよろしくお願いします」


 彼、きっと親しいご友人とかいらっしゃらないと思うんですよ。

 お忙しいからというのもあるのですが、何よりそのご気性がそのぅ。

 お友達は大切です!

 例えリュームが全てにしくじって、ご領主様をおいて行かねばならなくなっても、誰かがたくさん側にいてあげて下さいませ!


 ・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・


「何の騒ぎだ」


 コココン!と軽やかに扉を叩く音で、彼がすでに到着していたのがわかりました。

 恐らく、しばらく何事かと、様子を窺っていらしたに違いありません。

 ご領主様は分厚い書物を二冊ほど左腕に抱えながら、戸口に立っておりました。

 ご公務用の落ち着いた茶色の上着を羽織り、彼もいくらか畏まった服装です。

 袖口に金釦があるだけですが、上等で厚手の生地がいっそう彼の姿勢のよさを強調して見せています。


 要は相変らず格好良く見えてます、何を御召しになってもお似合いですと言いたいリュームです。


「来たな。諸悪の根源」


 上手く伝えられずにただ彼を見上げたのと同時に、ダグレスがぶっきらぼうに言い放ちました。


「ダグレス、照れなくてもいいではありませんか。さ、ご領主様をお名前で呼んで差し上げて下さいませ」


 リュームは照れを隠すためにも、ぱん!と手を打ち鳴らして促がしました。

 さあ、さあ、さあ、遠慮はいりませんよ、獣様。

 紅い目を眇めつつ、ダグレスが物凄く唇を歪めました。


「 ヴ ィ ン セ イ ル 」

「何だ」

「このバカをどうにかしろ」


 ご領主様はダグレスには一瞥もくれずに進むと、書物をテーブルに下ろしました。

 同時に息も長々と吐き出されます。

 きっと書物が重かったからでしょう。そう思いたい、ため息です。


「リューム。あまりダグレスを困らせるな。俺と違ってオマエの言動に免疫がない。一体何の騒ぎだったんだ?」

「ダグレスが!ダグレスが、ご領主様をお名前で呼ぶようになっていたから、感動したのです。良かったですね!」


 しばらく無言で頭を撫でられました。

 たっぷりと。

 右に左にと頭をもしゃもしゃにされた後、キレイに撫で付けられました。

 一応、整えてくださったのでしょう。

 その間、ご領主様ときたら何やら虚ろな瞳で見下ろしてきます。


「すまんが、どこが感動に繋がるのか解らない。ダグレス、通訳してくれ」

「我にだって解らぬわ」


「お二人とも、照れてらっしゃるのですね」

「「違う」」


 声が重なります。


「だって、ですね。ダグレスは他人行儀に若領主とか、小ばかにして若造とかしか呼ばなかったんですよ!」

「ああもう黙れカラス娘」

「リュームこそ、俺を名では呼ばぬではないか」

「あ。それはそのぅ。まだ、ちょっと口が、言い慣れていないせいとでも申しますか」


 ・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・


「あらま。確かに。良かったわね、ヴィンセイル殿。ダグレスは何らかと認めない限り殿方は、名前では呼ばないのよ?」


 扉は開け放たれたままであったので、いつのまにか聞かれていたようです。


 ルゼ様の登場で、緊張感が高まりました。

 続いてザカリア様もいらっしゃいます。


 はい、とすかさずご領主様が礼を取られました。

 リュームも同じように倣います。


「これはこれは丁重なご挨拶、この年寄りには恐縮でございますよ」


 ザカリア様はあの日と同じように、優しく微笑み掛けて下さいます。

 リューム、声を掛けられたのと同時に顔を上げてしまっていました。

 お互い笑み交わす事となったのですが、ふと横のご領主様を見やればまだ深く礼を取られたままです。


 しまったぁ!そ、そうでした!形式とはいえ、お許しの言葉を頂くまで礼を取るのが常識でした。

 慌てて頭を下げようとすると、ザカリア様に手で制されます。


「そんなに畏まらずともよろしいのですよ、お二人とも」


 ザカリア様の後ろに付き控えていた、フィルガ様とディーナ様もいらっしゃたのですが立ったままでいらっしゃいます。


(ディーナ様?)


 不思議に思ってちらりと窺うと、察して下さったらしいディーナ様が微笑まれました。


「わたくし達はすぐに退室致しますので、立ったままで失礼させていただきますわね」


 フィルガ様とディーナ様は窓を背にして、優雅な礼をされました。


 ・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・


 さて。

 作戦会議なるものの始まりです。


 議題は闇なるものをふり払う手立てについて、とでも表現すればいいでしょうか。

 こんなにも関係の無い皆さんに迷惑を掛けてしまって、恐縮のあまり泣けてきます。

 今世どころか来世まで二度と金輪際、呪いなんぞ始めるものか、持ち掛けられても頷くものかと心に誓います。


 何でしたらこの場で宣誓でも署名でもします。

 そんなもので何の侘びになるのかと言われても仕方が無いですが、それぐらい居たたまれないのです。


 侍女の皆様がお茶を用意して退室すると、早速だけれども始めるわとルゼ様が口火を切ります。


「まずはリューム嬢ですが、このジャスリート家の養女としてお迎えします」


 きっぱりと宣告されたご領主様は、口に運びかけたカップを下ろしました。


「ご領主殿、よろしいですわね?」

「否とお答えしたらどうなりますか、公爵」

「あら愚問ね。もう一回牢屋にでも入って頭を冷やす?」


(もう一回?そういえばリュームを攫い、あげく怪我までさせた事を物凄く叱られたとは聞いていましたが・・・牢屋!?)


「例え形式上であろうとも、リューム嬢は一度はシェンテランの家から抜ける必要があるのよ。ねぇ、フィルガ?」


「はい。これはタラヴァイエに下された呪いですが、長きに渡る年月と両家の婚姻が原因で、もはや呪いは標的を定められない状態になっているものと思われます。だったらタラヴァイエの血筋は絶えたと錯覚させれば良い。ほんの少しの間の目くらましに過ぎませんが、ジャスリート家と縁を結ぶ事はかなり有効な手段となるでしょう」


「それに何より、リューム嬢がシェンテラン家の養女である限り、義理であっても兄という立場の貴方に嫁がせるには準備というものが必要になるのよ。おわかりかしら?」


「何でしたらこのザカリア・ロウニアの養女という手もありますが、ご領主殿?」


 そうなれば他家には嫁がせぬように仕向けるかもしれませぬなぁ、とザカリア様は付け加えられました。

 あくまでリューム嬢の意思を尊重した上でですよ、と流し目も下さいました。


 ロウニア家。


 現・巫女王様を始めとして、数々の神殿の有力者の出である名家中の名家です。

 正直なところ身分云々もそうですが、実力名声ともにシェンテラン家よりも格段に上でしょう。

 そうなればザカリア様の配分一つでリューム、ご領主様以外の方にお嫁に行かねばならない可能性だってあるのです。

 それほどロウニアの家長というのは権限があるのです。


 もちろんザカリア様はそんな事は致しませんが、ご領主様は必ずごねるだろうからそう言って圧力を加えるのだというのも、事前の作戦会議で決まった事なのです。


 実のところ今日のこの集まりは、ご領主様を抜きにして進めておいた事の報告でしかないのです。


 リュームの隣にはダグレスが、テーブルを挟んで目の前にはご領主様が腰掛けています。

 ご領主様とリュームを挟むようにして、ルゼ様とザカリア様がこの沈黙の中でも構わずお茶を飲まれております。


 せっかく用意されたお茶ですが、リュームはとてもじゃありませんが手を付ける勇気がありません。

 身動きが取れないと表現するのが正しいでしょうか。


 すごい迫力です。


 ルゼ様は今、公爵様というお立場でもってご領主様とお話を進められているに違いありません。

 流石のご領主様も右手にルゼ様、左手にザカリア様ときてはたじろぐってものでしょうか?

 こういうのを手に汗握る展開というのかもしれませんね。

 見守るしかありませんけれど。


 ご領主様は何も仰いません。

 無礼にもお二方を睨みつけ、代わる代わる鋭い視線を投げつけています。

 対するお二方が、全く痛手を感じておられないのは明らかです!

 ち、力の差は歴然です。

 この沈黙に、重苦しい雰囲気に後どれくらい耐えれば良いですか?


 ――かちゃり、とルゼ様がカップを置かれました。


 それを合図と受け止め、リュームはルゼ様の方を窺いました。


「それでは、リューム嬢。貴女はまず第一にその身を守る事を考えましょう」

「はい」

「よろしい。ではこれから五日の後、神殿に巫女としてあがってもらいます。ザカリアが準備を進めてくれていますから、フィルガとディーナに説明してもらってちょうだい」


 リュームはルゼ様との打ち合わせ通りに席を立ち軽く礼をとった後、扉に向います。

 右手をディーナ様が、左手をフィルガ様が取って下さいました。

 勢い良くご領主様が立ち上がったのが目の端に映ります。

 ダグレスも同時に立ち上がり、ご領主様と目線を合わせましたようです。


「リューム!神殿・・・巫女だと!?俺は聞いていないぞ、リューム!何故、俺を見ない!?」


 いつだってリュームはご領主様を一人にするような真似をして、立ち去りますね。

 お許しください。

 だって、永遠に立ち去るよりもいいと思われますもの。

 そうなったらリューム、この身の胸よりも魂までもが痛むでしょうよ。


 心をしっかり持って、彼の言葉に背を向けました。


「頭を冷やせ、ヴィンセイル。冷静になればそれがリュームにとって、一番の策と理解できるはずだ」


「じゃあ、フィルガにディーナ。後は任せましたよ」

「はい、公爵。我らが義妹(いもうと)の事はお任せ下さい」

「行きましょう、リューム嬢」


 リュームは唇を噛み締めながら、必死で頷きました。


 ・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・


 二人に手を引かれながら回廊を進みます。

 その後ろ、背後をダグレスが追いついてきました。


 皆さんに護られ、何て心強いのでしょうか。

 そして、何と寂しいのでしょうか。

 今は振り返るまいと唇を噛み締めながら、前を見据えます。

 かすかに視界がぼやけますが、負けたくはありません。

 意識して呼吸を整えて胸を張り、足を運びます。


「リューム嬢は闇なるものを解放したいと望んでおいででしょう?わたくしもね、同じなの」


 突然、ぽつりとディーナ様が呟かれました。

 消え入ってしまいそうな、晴天の日の一滴の雨のように儚い響きでありました。


「ディーナ様もですか!」

「そうよ。ただし、わたくしにかけられた呪いではないわ。ああ、でも同じ事かも」

「ディーナ様?」


「わたくしはね、リューム嬢。獣たちを神殿から、身勝手な術者から解き放ちたいと思っているのよ」


 全てね、と付け加えたまま、ディーナ様はそれきり黙ってしまわれました。


 ダグレスを見上げても、同じように沈黙だけが降りてきます。


「ディーナ様、そうしたら獣様達はどうなるのですか?」

「帰るべきところに還るのよね、ダグレス。リューム嬢にしがみ付く闇も同じね。きっと還るべき所に還るのよ」


「そうですか。そうですよね」


 還るべきところは一体どんな所なのでしょうか。

 見送らねばならないと解っていても、物寂しく感じるのは何故でしょうか。

 未練など禁物と思っても、自分の一部分が持っていかれてしまうかのような喪失感に途惑います。

 おそらく身の内に秘めた呪いの抵抗なのかもしれませんが、執着してしまうのは変化を恐れるあまりになのでしょうか?


「人間どもが結んだ絆を断ち切っても、獣らから絆を望めばまた話も違ってくるだろうな」


 うな垂れたリュームに、ダグレスが声を掛けてくれました。

 頷きます。

 獣様との絆は例えどうなっても、温かなものであるのならばそれは再び見える事が出来るでしょう。

 そういう希望があると思えるのです。


 ですが闇は?


 闇は光に追いやられたら、どこに向うのでしょうか?


 リュームもご領主様も闇が祓われたら、二人はどうなるのでしょうかね。


 リュームは気が付いておりますよ。

 この胸に溢れる想いが呪いに因る執着のなせる業かもしれないという事に。

 闇がふり払われた後に彼の緑の瞳が映すのは、リュームではなくなるのかもしれないのです。


 胸がずきんずきんと痛みます。


 何を、受けて立つと思い唇を噛み締めましたら、二人から手を強く握られました。


 そんな身勝手な不安と、指先から伝わる優しさが、涙の雫となって零れ落ちて行くのです。


 ――きっとお二人に手を引かれていなければ、その場に崩れ落ちていてもおかしくは無かったでしょう。


「ありがとうございます」


 何の関係も無いはずのルゼ様にフィルガ様にディーナ様、ダグレスにレド、そしてザカリア様までが温かなものを寄せて下さっているのです。


 ですから! 負けてなるものかと前を見据えて、進めるのです。




『ジャスリート家で作戦会議というかお説教』


お説教はとうに済んでます。(リュームが意識不明の間に。)

そこはまた今度~。


領主は牢屋に入れられました。


ダグレスは後々からかう気満々でした。

ちなみにルゼの命令で放り込んだのも、ダグレスです。


フィルガも入った事がありマス。(笑)



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