閑話 ~願うのは君の声~
眠り姫の目覚めを待ちわびる
王子ってがらじゃない若者と獣。
額同士を軽く小突くようにして合わせる。
その閉じられたままの目蓋が開かれる事を期待して。
リュームのその唇が生きている喜びをつむぎ出すのを待っている。
「・・・・・・。」
頭を撫でる。
頬を撫でる。
唇の輪郭をなぞる。
くすぐるように。
無理のないように、少しだけ抱き上げてみる。
寝台から軽く浮く身体はやはり華奢で、改めて常日頃の食事量を咎めたくなる。
何の抵抗も無い身体は、白い咽喉をこちらに差し出すようにのけ反っている。
痛々しいほど白いのは、何も肌の色のせいだけではない。
リュームの首筋に巻かれた包帯にそっと唇を押し当てた。
これで意識があればその首筋に詫びるのだが、謝罪の思いも言葉も今のリュームには届くまい。
深く沈みこんだままの意識は浮上しないまま、二日目の夜を迎えている。
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気がつけば眠り込んでしまっていたらしい。
頬を微かに撫ぜた風に目を覚ますと、部屋の灯りは消えており暗かった。
そんな中に浮かび上がる毛並の、白い獣がいた。
レドとかいうこの獣もリュームを想っているらしく、昨晩も俺の意識が途切れる頃に訪れていた。
昨晩は花を咥えてきたらしく、リュームの枕元に綺麗に白い花が飾られていた。
今日は何を持ってきたのかと目を凝らせば、それは黒い――?
獣はずるずると引き摺るように運んできた黒い塊を、そっとリュームの手元に置く。
それから寝台に前脚を掛けると、リュームを覗き込んだ。
そっと窺うように目をこらせば、獣は鼻先でリュームの頬を突いたり、舌先で舐めたりしているようだ。
””リューム、リューム、起きて。起っきして。いつまで眠っているの?””
もうイジワルな事言わないし、しないから。
イジワルなこという奴がいたら、やっつけるから。
だから起きて。
””ねぇ、これ。上着もリゼライに直してもらったから””
確かにリュームは今、何もかもを拒絶するために眠っているのかもしれない。
ふとそんな考えがよぎったが、ふり払うべく頭を振る。
「レド」
””!?””
声を掛けると獣の身体は面白いくらいに跳ね上がった。
一応は人の気配に賢しいはずなのに、まるきりリュームに夢中で俺の存在などは家具にも等しかったのだろう。
レドはそのまま部屋を飛び出していった。
大きな身体なのに物音一つ、立てなかった。
「・・・・・・。」
椅子に腰掛けたまま眠り込んでしまったため、軋む身体を少し伸ばした。
やはり寝台に置かれた物は、俺の上着だった。
リュームの言う、俺に相応しい縫い取りが施されている筈のものだ。
表面は見たところ、これといって何の装飾も見られない。
だとしたら裏地に施されているのだろうか。
どのような?
どのように?
期待が膨らむ。
かつてリュームが必死で縫い取っていた、華やかな花畑ばかりが浮かぶ。
暗にあれは俺にやりたくないと全身で訴えていた。
おかしかった。
大方ミゼル用かニーナにやろうという心積もりだったのだろう。
「リューム、早く目を覚ませ」
上着を裏返したい気持を押さえ込み、リュームに掛けてやった。
お久しぶりの小話です。
満足です。