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第五十一話 シェンテラン家のかつての婚姻


その魂までをも縛る事が出来たならば――?

 


 もう見たくはありませんが、助けを求めて泣くシュ・リューカには寄り添ってあげたいです。

 せめて。

 触れる事も、助けを呼ぶことも出来ない身でありますが。


 さりとて

 目の前でかつての自分が犯される様を見守らねばならないって、なかなか勇気が必要です。


 直視できていませんが、何とかこの場に踏み止まってはおります。

 あまり近付くとシュ・リューカの想いに引きずられてしまう事でしょう。

 そうなったら、もはや正気を保てる自信がリュームにはありませんでした。


 ギルメリア。

 もう、お願いですから止めて下さい。

 シュ・リューカが壊れてしまいます――!!


 そう強く強く祈りながらも、目蓋を固く閉じて耳も両手で塞ぎます。


(や め て)


 やめて やめて やめて やめて

 たすけて たすけて たすけて たすけて

 こわい こわい こわい こわい


 どうしたって流れ込んでくる悲痛な叫びと、そこに愉悦を覚えている意識がありました。


 ギルメリア、です。


 彼は嘲笑っていました。


 笑って・・・いるのです。


 シュ・リューカの身体も精神をも思う様に蹂躙(じゅうりん)できて、彼は満足していました。


 それがシュ・リューカをますます絶望へと叩き落します。


 助けてと伸ばした腕を払うようにするのが視界の端で見えました。


 ――シュ・リューカ。もっと泣け。


 シュ・リューカの意識が途切れました。


 シュ・リューカは最後にその言葉を耳にしたでしょうか?

 出来ればもう彼女の耳には届いていない事を祈ります。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・


 かしゃ・ら・らん・・・と軽やかな音が耳元を再び滑りました。


 シュ・リューカが目を覚ますと、再び首元には馴染みのない重みがありました。

 柘榴石の首飾りです。


(外したいのだろう?)


「・・・・・・。」


 確かにこれは外れたはずなのに、何故?

 ああ、そうか、あれは夢だったのだ。

 きっと、悪い夢だったのだ。

 そうに違いない。

 そうでなければ、あんな――あんなに怖いこと。

 お優しいあの方がするわけがないもの。


 シュ・リューカはのろのろと寝台から身を起こそうと身じろぎした途端、あっと小さく悲鳴を上げました。

「あ・・・!?」

 身体の奥深い所で感じる痛みに、恐れおののいたのです。

 思わず自分の身体を見下ろして、目に留まる紅い痕に身を震わせました。

 夢などではなかったと痕が現実を訴えてきます。


 どうして?

 ならばどうしてコレは外れないのだろう?


 ――どうして どうして どうして !?


 シュ・リューカは青白い顔色のまま、必死で留め具を探ります。

 震える指先のせいか、いたずらに首飾りの細かな装飾を揺らします。

 その度に振るえ奏でられる軽やかな音色に、ギルメリアの声が蘇りシュ・リューカを苛みました。


 俺 の も の に な れ ば 外 れ る


 ――では再びあの方のものとやらにならねば、これを外すのも許されないという事・・・・・・?


「嫌・・・ぁっ!」


 シュ・リューカは、ただはらはらと涙をこぼし続けております。

 あの辱めが、一夜で済むものではないと気が付いたからでしょう。


 ああ、どうしましょうか。

 落ち着いてください、シュ・リューカ。

 リュームがお側に付いておりますよ。


 必死に呼びかけてみますが、シュ・リューカの心は動揺していて同調なりませんでした。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・


(ああ!いい所に来て下さいました、ギルメリア!)


 ギルメリアが(おとな)う頃には、シュ・リューカは首筋に小刀を当てておりました。

 未だ薄く肌が透けるような下着姿のままで、です。

「何をしている!?」

 刃物は首飾りの方に当てられている事に気が付いて、ギルメリアはいくらか表情を和らげました。

 シュ・リューカは怯えてしまい、瞳を閉じたため気がつきませんでしたが。

 それでも慌てて刃物を取上げると、シュ・リューカの指先が大きくささくれて血が滲んでいました。


 そうです。


 彼女は今までずっと、ザクロ様を外そうと必死だったのです。

 ずっと、ずっと、ずっと・・・気が狂ったようになりながら、泣きながら。

 そのうち何でこんなに外そうとしているのか、解らなくなってしまってもずっと。


 ギルメリア!

 どうしてくれるんですか!!

 シュ・リューカが壊れたらっ!


 (責任を取ってください!!)


 ギルメリアは素早く刃物を取上げると、シュ・リューカを抱きかかえました。


「何を泣いていた?」


 思いのほか優しい口調でギルメリアが尋ねます。

 指先や涙に濡れた頬に唇を寄せるようにしながら。


「こ、っこれ、はずれないっ・・・じぶ、じぶんで」

「そうだ。自分では外せない。言っただろう?そのように(まじな)いを施したと」

「ぅ・・・っえ」

「そうだ」

「はずれない・・・じぶんでは、はずせない」

「そのザクロ石は、シェンテラン家の女主人となる者の胸に居座る。そう術をかけた」

「女、しゅじん?」

「すなわち、シェンテラン家の主の妻だ。シュ・リューカは俺の妻とする」


 再び涙を溢れさせたシュ・リューカに、ギルメリアが口付けました。


(確かに責任を取って下さいよ、とは思いましたがっ。そうきましたか、ギルメリア!しかも求婚すらなしでシュ・リューカの意思も問わず、決定事項ですか――!!)


 どうせ聞こえちゃいないのでしょうが、叫びました。ええ。盛大に突っ込みたい部分ですから。


 ――この方の花嫁になるの?私が?


 シュ・リューカは驚きが隠せなかったようです。

 そりゃそうでしょう。

 リュームもその気持ちがよっく解ります。


 ギルメリアは降参したんですよ。多分。ええ、恐らくは!


 それからも滞る事無く時が流れて行きました。


 シュ・リューカが戸惑いながらも、婚礼衣装を身にまとう所も見ました。

 皆に祝福されて、晴れてシュ・リューカ・シェンテランとなったのです。

 ギルメリアに手を引かれて、彼の部屋に誘われる所も見ました。


 朝が来るたびに柘榴石がシュ・リューカの胸元を飾り、夜を迎えるたびに柘榴石が外されます。


 その儀式を幾度か繰り返すうち、やがてシュ・リューカのお腹が柔らかな弧を描いて行きました。


 ギルメリアが愛しそうにおずおずと、そこに手を当てます。

 シュ・リューカの手も重なり、二人が微笑み合うのも見ましたよ。


 シュ・リューカのギルメリアの目を通して、世界が回っていく様を見守りましたとも。


 シュ・リューカの命が尽きるまでを、ずっとずっとずっと!!


 世界のあまりの美しさに泣けてきます!


 泣き叫びたい程です!!


 シュ・リューカは死にました。

 お腹にいた赤ちゃんもろとも、その命は燃え尽きてしまいました。


 世界はこんなにも光に満ちていて、祝福されているというのに!


 あんまりです。

 あんまりです。

 あんまりです、ギルメリア!


 こうなると解っていて何故シュ・リューカを妻に迎えたのですか!?


 最期に見たのはギルメリアの哀しみに満ちた瞳です。

 最期に聞いたのは彼の許してくれ、という懇願です。


 ――いいえ。許してなんて差し上げませんわ・・・・・・。


 シュ・リューカときたら、そう思いながら目蓋を閉じたのでした。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・


 再びリュームの意識は闇の中に戻ります。


 ああ、そうですか。

 ギルメリアときたら肉体と精神だけでは飽き足らず、その魂までをも縛りたかったのですか。

 婚姻は彼にとっては施した呪術の一環でしかなかったと、そう申されるのですか!?

 魂を結ぶ因縁、すなわち魂因だと!


 リュームは先程から惜しみなく、情報を下さるであろう方を睨みつけました。


 闇の中。


 ただひたすらに闇の支配する空間です。


 どんなに目を凝らしても、そこにあるのは闇一色のみです。


 今まで見せられた光景は嫌になるほど『ご領主様とリューム』の出来事に似通っていました。

 うんざりするほど似ていると、認めるしかありません。

 このままだと。

 このまま、闇がふり払われないままだと、リュームはまたシュ・リューカと同じ事をしでかすのでしょう。


 なんて事を繰り返してるんでしょうかね~?

 ねぇ、エキや。どこ?


 足元に気配だけで擦り寄るかわいいこを抱き上げます。

 闇の中からその輪郭だけをすくい上げるかのようにする事で、形を与えられるのならばどんなにいいでしょうか。

 ぎゅうと抱っこしてあげました。

 ずっとこうしてあげたかったのに、叶わなかった憐れな魂の代わりにです。


 エキは、もしや。

 エキは、シュ・リューカの。

 シュ・リューカとギルメリアの。

 ねぇ?


 問い掛けに返事はありませんでした。

 ただ柔らかな感触が、押し当てられたようではありました。


 時を置いて。

 時を隔てて。


 それでいて魂に刻み込まれた闇と、そればかりではない何かにしがみつきます。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・


 もういい加減、こんな闇は終わりにしたらいいだろう。


 しんみりと響き渡る声無き声に頷きながらも、リュームの口は全く反対の事を紡ぎ出しました。


「だってその呪いのある限り、幾度生まれ変わってもご領主様にお会いできるのでしょう?その闇がふり払われたら、その絆は断ち切られてしまうのでしたら嫌です」


 闇に包まれながらも、全ては暴かれてしまうようです。

 そうですか。

 これがシュ・リューカの、そしてリュームの本心ですか。

 これは執着以外の何ものでもないでしょう。

 妄執とやらがこれでしょう。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・


 己の身の破滅よりも魂の絆の心配か。


 破滅を望む憐れな魂め。


 オマエがそうである限り、ギルメリアの魂は影を帯びて行く。


 人の子の分際で人の魂を使う事などしでかした罪は深い。

 深く刻まれて行く罪の意識はもはや取り返しのつかない所にまで追い込まれているのに?

 刻まれた分入る亀裂に闇が染み込むのに?

 これ以上追い詰めて魂を転生の輪から外す気でいるのか?

 だとしたらたいした術者だよ、おまえは!


 恐れ入る。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・


 リュームは身震いしました。


 その身勝手さが幾世代にもかけて、彼の魂を貶めていったのは間違いなく彼女のそんな身勝手極まりない想いです。


 これはギルメリアだけではなく、シュ・リューカの犯した罪でもあります。


 ああ、もういい加減に終わりにしましょう。

 こんな事はもう繰り返したくなどありません。

 今度こそ闇をふり払って、彼とはこれまでとは違った約束をしましょう。

 こんな歪んだ絆に取り縋るリュームは、どれほどの罪を犯し続けたのでしょうか。


 情けなくて涙が止まりません。


 ひとしきり泣いた後、にゃーんと可愛らしい声が聞こえました。


 【覚悟は決まった?】


 いつのまに、リュームの腕をすり抜けてしまったのでしょうか?

 姿は見えませんがエキのようです。

 はいと頷きました。


「闇を、ふり払うのではなく光に導き変えてゆきましょう」


 必ずや!


 やー!と闇の中で、大きく拳を振り上げてみました。


 【大きく出たね】


「この髪も瞳も闇を見据え、闇にくるまれてもまた抜け出す証ですから!」


 幾度も闇に晒されてその度に抜け出してきた証。

 それに目蓋を閉じるたびに、焦がれ続けたあの方のお姿を目に焼き付けた証でもありマスゆえ。

 それにきっとリューム自身も、ギルメリアの血を受け継いでいるのでしょう。

 遥か昔から受け継いだ一滴に含まれる、祝福も呪いもすべて。


 シュ・リューカときましたら永遠の闇に彼を閉じ込める事が出来て、さぞや満足だったと思います。

 あのあと彼は、彼女のことを一生抱き続けて生きねばなりませんでした。

 それは闇を抱えて生きていくのと何ら代わりがありません。


 シュ・リューカは彼の子を宿したまま、立ち去りました。


 その時点ではもはや、ギルメリアには償いようが無かったのです。

 どんなに許しを乞おうが、答えは返らないのですから。

 彼を闇に置き去りにして、シュ・リューカときたら何て事をしでかしてくれたのでしょうかと思います。


 リュームこそ闇にいるのが相応しい気がします。


 ですがそんな事も言っていられません!


 目覚めましょう。


 いざ、闇ふり払う調べを奏でるために!


 今度こそ光の気配のする方へと、視線を定めます。

 


『闇から目覚めてみれば』


またしても次回に繰越となった(仮)タイトルは却下です。


前回 後書きで 『小話』 落ち着いたらUPします~。

などとほざきましたが、ありえない事になりました。

ええ。また。


『小話は別にしてUPしてはいかがでしょうか?』

『スピン・オフとして発表しては?』


というコメント頂けること間違いなし!!


なんですよ。

どうしたらいいですか。(←聞くな。)


はい。大人しくしています!


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