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第五十話 シェンテラン家のかつての養女

・・・この作品は残酷な表現があります。


苦手な方はご注意下さい。


もちろん、十五歳未満の方はご遠慮下さい。


(書いていて自分でも落ち込むのは何故?)




 


 さすが今は昔と言えども、かつてのリュームです。


 やってくれますね!

 何と言う馬鹿なことを馬鹿なことを馬鹿なことを!!!


 今とさほど変わり映えのしないその犠牲気質は直っていませんねー?

 いや。違いますね。

 コレは過去なのですから。

 直ってませんね、と責めを受けるのはリュームのほうでございましょう。

 これからリュームが直さねばならない魂のクセがこれですか。


 時が流れて行きます。


 窓の外は雪。


 シュ・リューカは一人、暖炉の前でぼんやりと窓の方を眺めておりました。

 とはいっても視線はそちらでも、その瞳には何も映りこんではおりませんでしょう。

 心は彼方にあります。


 今日はギルメリアのお誕生日の祝いの日なのだという事を、シュ・リューカの意識が教えてくれます。


 契約が成立してから、大よそ三月(みつき)程が経過しておりました。

 シュ・リューカはだんだんと病に伏せがちになり、気力も落ちて行きました。

 こうやって起き上がっている事すら、ままならなくなりつつあります。

 今日もお部屋で一人大人しく養生を言いつけられたのです。

 それでもシュ・リューカは、いつもよりも明るい装いをしておりました。


 雪地に映える深みのある赤い衣装です。


 嫌に目に焼きつきます。

 何でしょうかねぇ―?

 赤。赤・・・ここぞという時は今も昔も変わらず、赤い衣装をまとっている様な気がします。

 シュ・リューカが用意したのではなく、誰かが見立ててくれた物のようですが、確かに赤が似合います。


 ルゼ様もリュームにと、お茶会に赤い衣装をご用意して下さいました。


 姿や意識は違えども、静かに赤を訴えてくる雰囲気を放つのだそうです。


(そうですか。魂の色合いとやらが赤ですか)


 そうですか――って、どなた情報ですか!?

 という事の連続でして。

 リュームはもうあんまり深く追求しない事にしました。

 誰か見守って下さっている方がそっと、意識の深いところに囁いてくれる情報だと思われます。

 説明のつかない事に驚きながらも折り合いをつけては、目の前の出来事に意識を戻します。


 本来ならばギルメリアの、祝いの席に出席するための正装なのでしょう。

 体調の優れない身ではと辞したものの、せめてそれに相応しい格好で祝おうという彼女の心意気が伝わってきます。


 何も出来ない無力な自分に出来る精一杯。


 本当はこのような正装事態、身体が辛いと悲鳴を上げております。

 確かに。

 コルセットはいくら弛めにしてもらっても苦しいし、衣装だけではなく装飾品の重みすら堪えますよね。

 編み上げられた髪の毛のせいか、こめかみすら引きつりますし。

 シュ・リューカの血の気の薄い顔に、不釣合いなほどの赤い口紅が痛々しいくらいです。


 (どんなに辛いかなんて・・・知る良しも無いのでしょう、ギルメリア!)


 今は広間で人々に囲まれて祝福を受けているであろう、ギルメリアをなじってしまいます。


 シュ・リューカがそんな事をしたって、彼にとっては取るに足りないものでしかないでしょう。

 けれど、それを承知した上で彼女は、女の意地とやらを張ります。


 リュームの存在は揺らめきました。

 その暖炉の炎のように。


 リュームは意識でしかありませんが、窓辺へと手を差し伸べて促がしました。

 シュ・リューカの焦点の定まらない瞳が、瞬きます。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 あのですね―、あのですね―、この窓を開けてみて下さい。

 そうしてこの出窓に雪をすくって、丸めて焼き菓子の形にして下さいな!

 こう!こうやって、まるっとですね!そうです!

 仕上げにそこの花瓶の赤い実を飾りましょう。

 ギルメリアの迎えるお年の数だけ!


 シュ・リューカ。

 そうそう!そうやってお祝いしてあげたらいいですよ。

 小鳥が食べてくれた分だけ、お願い叶うそうですよ。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 リュームが想いだけでそう促がすと、シュ・リューカの指先が雪を丸め始めました。

 その横顔が楽しそうに見えたのでほっとします。


 ややや!リューム、少しばかり過去に干渉できるまでになってますよ!?


 まずいでしょうかね。でも、まぁ、これくらいなら許されるのでしょう。

 できればもう少し早い段階でこう出来れば、シュ・リューカとギルメリアを止める事が出来たでしょうか。


 ――深く胸の奥から浮かび上がってくる何かは、静かに否を告げてきます。


 そうですね。そうでしょうとも。

 万が一にでもシュ・リューカに「頷くな」と促がしても、彼女は聞きはしないでしょうからね。

 リュームだってそうしますもの。

 魂の奥底ではそのように望むからこそ、今も昔と変わらずこのような結果になったのでしょうから。


 シュ・リューカの意識に寄り添うように、彼女の心が少しでも晴れますようにと歌います。


(闇晴れずとも 光はあなたの側に寄りそう 闇は晴れ 光があなたの側に寄りそう )


 そう。闇がふり払われる事がなくとも、光は寄り添うのです。


 ふ、とシュ・リューカが横顔をこちらに向けました。

(え・・・!?)

 一瞬ですが目が合ったように思います。

 ぱちぱちと大きな瞳が瞬きました。

 シュ・リューカが瞳を凝らして、必死で凝らしてこちらを窺っております。


 やがて彼女は肩の力を抜くと、ふとため息を付きました。

 瞳も伏せます。

 まつげ、長いです。そよ風が起こせそうです。

 しかも、そこまでが淡い金色です。

 彼女の指先が差し伸べられ、リュームの胸元をすり抜けました。


「ねぇ・・・。いらっしゃるのでしょう?わたくしの目には映らないし、触れる事も叶わないけれども。不思議ね、少し瞳を閉じると貴女の存在を感じるわ。目で見ようとしても見えない、貴女は妖精ですか?近頃ずっと、わたくしの側で見守って下さっているのね?」


 ――ええと。亡霊でない事を祈ります!そういえば、リューム『本体』の方は大丈夫!?


 答えようがありません。

 ですから歌います。

 声にならない声は、歌声というものにすらならないものでしょうけれども、歌います。


(シュ・リューカ、歌いましょう?)


 。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・*:・。・:*:・。・:*:・。・


 おめでとう おめでとう

 あたんじょうび

 おめでとう

 ございます


 めぐまれた方


 息吹き眠る冬の朝

 どんな厳しい

 寒さの中でも

 失われない

 常緑を宿した瞳


 おひさまの

 祝福授かった御髪の

 恵まれた方が

 お生まれになったよ


 おめでとう


 。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・*:・。・:*:・。・:*:・。・


(あれ?これではご領主様に捧げる歌ですね。まあ、先々ギルメリアはヴィンセル様になるのだから良しとしましょう)


 シュ・リューカも想いに気が付いてくれたのか、一緒に口ずさんでいました。


 うふふと思います。

 シュ・リューカも淡く微笑んでくれています。


 バタンっという音が響き渡り、和やかな雰囲気を一変させました。

 何でしょう!?窓から風でも吹き込みましたかと見やれば、扉は既に開け放たれておりました。


 予告もなくでしたから、驚きました。

 そりゃそうです。

 不機嫌そうに睨みながら入ってきたのは、決してこの部屋に近付こうとしないはずのギルメリアでしたから。


 黒地に金糸でかがった刺繍の上着に、黒い下ばきに編み上げの靴も黒のなめし革のようです。

 緑石をはめ込んだ腰帯を巻き付けているのが唯一の色彩で、全身を黒で統一した出で立ちです。

 それが彼の容姿とも相まって、何とも威圧的な印象を受けます。

 何でしょうか。お祝いに臨むと言うよりも、何かの呪術大会にでも出席するのが相応しい格好ですよ!

 シュ・リューカときたら怯えながらも「ギルメリア様はやはり黒が似合って格好良いなぁ」等と思って、見惚れているから始末に終えません!


 何やら、シュ・リューカの趣味を疑っている場合じゃない気がします。


 彼の真っ黒で艶のある髪は後ろで束ねられております。

 それですらも彼女には眩しく映るようです。

「自分のような軽薄な色合いではなくて、落ち着いていらして素敵だな」じゃ、ありませんよ!

 シュ・リューカっ、それ所じゃありません。

 何だか良くない気配がしますから、逃げた方がいいですよ!絶対。

 そんなリュームの焦りも恋する乙女の前では、吹かずとも飛ぶようです。

 アーレー・・・ですよ!せっかく同調していたのに、あっさりです。

 リュームときたら空気と同じ存在に成り下がりましたね、シュ・リューカよ。

 あわわ、あわわわ、と一人で両者に挟まれながら、それぞれ二人を代わる代わるに見ました。


 漆黒の瞳が責め射るように、シュ・リューカを見据えます。

 それだけではありません。

 その瞳に陰りながらも揺らめくものは、映りこむ暖炉の炎ではない気がします。


「何をしている!何故、窓を開け放しているのだ?冷えるだろう!」


 靴音も荒く窓に近付くと、ギルメリアは荒々しく窓を閉めました。

 窓辺のお祝いには気がつかなかったでしょうかね。

 この慌てぶりと切羽詰った様子から見ると、恐らく目に入っちゃいなさそうですね。

 せっかくですから気がついてあげましょうよ、ギルメリア~!

 ご領主様は気が付いて下さいましたよって、それ所じゃありませんね。


(わああああ!シュ・リューカごめんなさい!リュームときたら暑さ寒さを感じないものですから、配慮が足りませんでしたっ。ギルメリア、叱るのならばリュームをって聞こえませんよ、ね)


 今更ですがこうなってくると、空しい一人芝居を繰広げているのでしかないと思います。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「冷えただろう?」


 気を取り直したかのように、打って変わって穏やかな響きでギルメリアは尋ねました。

 それは甘ったるくまるで媚びるかのようでありながら、小ばかにしているかのようにしか思えません。

 何かしら寒気に似たものを覚えるのは、リュームだけのようです。

 シュ・リューカときたら頬を赤らめながら、いいえと小さく首を横に振りました。


「冷えているではないか」


 言いながら彼の指が首筋を滑りました。

 そう尋ねるギルメリアの指先の方が冷たくて、シュ・リューカは首をすくめました。

「あの、大丈夫です。ありがとうございます。御気使い感謝いたします」

 抱き寄せられて、シュ・リューカは吐息を漏らしました。

「あの、本日はお祝いの席に出られず申しわけありませんでした。ですけれども、その、本日のお祝いのお言葉を述べさせていただきたく、」

「ああ。これをオマエにやろうと思って訪ねた」

 ギルメリアはろくに耳を貸そうともせずに、謝罪と祝辞を述べようとするシュ・リューカを唐突に遮ります。

 そして素早く懐から取り出した首飾りを、彼女の胸元に回してはめました。


「あのっ、これは!?」

 シュ・リューカが驚きのあまり、目を見張ったまま固まってしまいました。

 当然です。それはとても高価な物ですから。

「ああ。我が家に伝わる家宝の柘榴石の首飾りだ。おまえによく似合う」


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 シュ・リューカときたら何にも!何にもわかっちゃいませんでした。

 ギルメリアがどんな目的で部屋を訪れたのか何て、もちろん考えも及びません。

 ただ無邪気に彼の訪れを喜んでいます。

 口先だけでしかない気使いの言葉に、感激すらしています。

 贈られたザクロ様も仲直りのしるし、としか捉えていません。


「こちらに来い。冷えただろう?火に当たれ」

「はい」

 促がされるままに大人しく、彼の腕の中に納まって身を預けきっています。

 彼の上着に両手で縋り、幼子のように見上げています。

 何とも邪気の無い、幼い仕草で応えております。


 それがまたギルメリアの気に障っている事になんて構わずに、無邪気に懐くのです。

 それはまるで狼のねぐらに、自分からうかうかと入り込むウサギのようではないですか。


 シュ・リューカっ馬鹿ですか―――!?


 自分から身を差し出すようなものですよ!


 リュームに言われるなんて、相当ひどいですよ。


 リュームにだっておぼろげながらも、ギルメリアが不埒な想いでいっぱいだって感じますよ!


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「もう休むか?身体が辛いのだろう」

「でも、あの。これはとても高価なものなので寝る時は外して、きちんとしまった方がいいと思うのですが」

 遠慮がちにシュ・リューカが、ザクロ様を外したいと訴えます。

 ギルメリアの口角が持ち上げられました。

「外したいのか?」

「はい?」

「それは自分だけでは外せない」

「まあ!そうなのですか。どうしましょう」

「オマエが俺のものになれば、それは外れる」

「ギルメリア様の、もの?」

「そうだ。もう一度訊く。外したいのか?」

「どうして、外れないのですか?留め具が固いからですか?」

 思うまま素直に疑問を口にしたシュ・リューカに、ギルメリアが苛立ちを潜めながら答えました。

「いいや。その首飾りには呪いがかけてあるからだ」

「まじない?外れなくなる、お呪い・・・誰がかけたのですか?」


(シュ・リューカ、今日はこれをそのまま抱いて寝ます!って言った方がいいですよ!言いなさい、早くっ!!)


 彼が参加していた催し物は、きっと呪術大会でいいと思われます。

 ああああ~シュ・リューカ~!

 食べられ、食べられちゃいますよ!


「もちろん、俺だ」

「ギルメリア様が?」

「そうだ。だから俺でなければ外せない仕掛けになっている。もう一度訊く、シュ・リューカ」


 ――外したいのだろう?


 そう耳朶に直接囁きこまれて、シュ・リューカは首をすくめます。

 それがまるではいと頷いて、了承したかのような形に見えたのでした。


 ギルメリアの浮べる笑みはただ壮絶なまでに小奇麗で、流石にこの時点でシュ・リューカも寒気を覚えたようでした。

 ですがもう、何もかも遅かったようです。ええ。

 抱き上げられるとそのまま寝台に投げ出され、大きな身体に覆いかぶさられてしまいました。


 もうそこから先に、シュ・リューカは言葉を紡ぐ余裕すらありませんでした。

 いいえ。そんな余裕すら与えてもらえないまま、嵐の中に放りこまれたも同然です。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 シュ・リューカの声にならない悲鳴に、目を背けます。


 暖炉の炎が二人の影が重なり揺らめくのを教えてくれます。

 彼女の腰帯が引かれた衣擦れの音や、寝台が軋む音がこの場の空気を張り詰めさせます。

 彼女の艶めいた悲鳴と、ギルメリアの荒々しい息使いが交差します。


 あっ、

 いや、っやぁ

 いたい、いたい、いたい


 ――やがて、かしゃらん、と寝台から滑り落ちたであろうザクロ様が、軽やかな音を立てました。


 あ、ぁ、あ、

 やぁ、

 も、

 外れましたから――!


 許して・・・・・・。


 そう涙ながらに訴えるシュ・リューカが、憐れで仕方がありませんでした。


 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 瞳を閉じ、耳を両手で覆っても、シュ・リューカの悲鳴がリュームを責め苛みます。


 もうこれ以上は見たくも、聞きたくもありません。


 薄闇の中、光の気配のする方へと視線をさ迷わせます。

 

お疲れ様です。


書き終わってこんなに消耗したのは久しぶりです。


じゃあ、こんな展開にするなよ、ワタシ。


そんなツッコミは、さておき。


小話に逃げてやたらと溜まりましたんで、もう一区切りついたらUPします。



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