第四十八話 シェンテラン家の狩猟小屋での顛末
確かに語られようとしていたのは、闇の始まり。
(後書きに続きます)
期待に満ちた眼差しを、リュームはダグレスに向けました。
「かつて、婚姻が結ばれた事もあったのですか?それは本当ですか、ダグレス!だとしたら、随分前からタラヴァイエ家はシェンテラン家とは親戚だったという事ですね!」
やったぁー!ですよ!?
何がやったぁ!ですかって?
もしかしたらこの身に潜んでいるかもしれない、栄光の血筋にカラスなりに乾杯って感じですけれども・・・あれ?
「「「!?」」」
嬉々として発言したところ、ご領主様と獣様お二方からの注目を一身に浴びてしまいました。
しばし、それぞれの眼差しに晒されて、リュームも流石に黙りました。
落ちた沈黙が思ったよりも長く続いて、痛ましい気がして来ました。
実際視線って突き刺さるんだな、と改めて体感中。痛いです。
「注目すべきはそこではないと思うが。」
ご領主様が腕を組みなおしてから、ため息と共に吐き出すように呟かれます。
「え?だって、何だか嬉しくて!」
「どこに喜びがあるのかが俺には理解できないが、リューム?オマエがダグレスの話を、あまりよく理解出来ていないのだけは解るがな」
そうですか?
嬉しくないですか?
そう、眼差しだけでご領主様に問い掛けました。
(何故かしら視線が・・・リュームを通り越し気味に感じられますが、気のせいでしょうとしておきます。)
「そうだリューム。我の言うた話をよく聞いての発言がそれか?我は今その結んだ婚姻のせいで呪いの変質を招いたと講義してやったばかりなのだぞ、このアホウが!何が嬉しいだ。気楽に聞き流すにも程があるぞ」
別に聞き流したつもりなんてありません。
そう抗議するつもりで口を開き掛けたところを、レドに抱えなおされてしまいました。
その胸元に顔をぎゅーっと押し付ける格好ですから抗議所か、むぐっという変な空気が漏れる音だけです。
「リュームをバカにするな、ダグレス!」
「そうだ。そのまるで空気を読む気の感じられない、アホウぶりを貶していいのは俺だけだ」
さらりと言い切るご領主様にも、レドが吠えます。
「誰でも駄目に決まっているだろう!だからオマエはリュームの何!?何の権利があるわけ?」
リュームを抱えるレドの、腕にますます強く力が入ってしまいます。
視界も遮られておりますから、様子は窺いようもありません。
それでも漂う空気の険悪さだけは、ちゃんと察知しておりますよ。
ここはひとつ回避せねばともがき、レドの腕から何とか顔を出しました。
「確かにダグレスの言う事は難しくて、今ひとつよくは理解できません」
きっぱり言い切ると、ものすごく疲れ切ったような、虚ろな眼差しをダグレスから送られました。
何の!構わず続けます。
「嬉しいですよ。だって、本来ならばシェンテラン家のようなご身分に縁もないタラヴァイエ家が、リューム達が存在するよりも前からご縁があったって事ですもの」
「・・・そうか」
「はい」
ご領主様は答えてくれて、オマケに満足そうに微笑まれました。
つられてリュームも微笑みます。
えへへ、とだらしなく頬が緩むってものですよ。
そんなリュームに、彼ときたら凛々しく笑い掛けてくれます。
リュームと違って笑うお顔すら丹精ときてますかシェンテラン家の血筋よ。
思わず見惚れてしまいます。
(わぁ。リュームに笑みを向けてくれてますよ!夢みたい!夢みたいですよ!)
彼はゆるやかに両手を広げると、言いました。
「リューム、来い」
「はい!」
「ダメ!」
すかさずレドに抱き込まれてしまいました。
こんな時、ちょっとだけレドが嫌いになります。
「レド、お放し下さい」
「ダメ。リュームはレドに抱っこされていて」
「嫌です。レド、申しわけありませんが、リュームを抱っこしていいのはご領主様だけです。ですからお放し下さい」
そう静かに、しかし強く見上げますとレドは黙って腕を解いてくれました。
しかし右手だけは解放なりません。
レドに手を引かれたままです。
「・・・・・・。」
「レド、お気持ちは嬉しく思います。ありがとうございます」
「でもまだ領主の側にはやれないからね」
危ないから、とレドは小さく呟くと心なしか俯きました。
「ええ・・・。レド、解っております」
リュームは哀しく思いながらも、俯かずに面を上げました。
ダグレスを見上げます。
「ご領主様とリュームがこの呪いなる闇を始めたとおっしゃいましたよね、ダグレス?」
「そうだ」
「ならば終わらせるのもご領主様とリュームでと言う事になりますでしょうか?」
「何かを飛び抜かしてはいるものの・・・のリュームに、一言でまとめられると癪に障るものだな」
彼が少しだけ敬意を払ってくれたのが、わかりました。
彼は恐らく「アホウ」のリュームと言いたかった事でしょう。
そこをものすごく小声で留めてくれたらしく、リュームには聞き取れませんでしたから。
その割りにレドが物凄くダグレスを睨んでくれているから、実際には発声されていた模様とは推測します。
別にどうってことはありませんけど。
「ああ。そうですか。当たりなんですね、ダグレス。リューム、冴えてますね」
「どの口がそれを言う」
ダグレスが唇の端を吊り上げながら、大きな手を伸ばしてきました。
「!ダメです、ダグレスっ、リュームの頬を引っ張っていいのはご領主様だけです」
伸びてきた指先をかわし、必死で自由な左手で顔面を庇います。
「何だ。もう上手い具合にまとまったのか。つまらん。もっとぐだぐだと悩むと踏んでいたのに。領主もリュームも思う存分悩めばいいのに。どうりでリュームが先程から嫌に強気だと思った」
残念でしたね、ダグレス!
もう思う存分リュームは『彼を好きなの?どうして?嫌われてるのに?』に関しては、悩みつくしました。
それももう止めにしようとご領主様は思わせてくれました。
だから、もういいのです。
ですから、もうそれとは違う悩みに移行してるんですよ。
せっかくこの方と添い遂げたいと願っているのに、期限付きなんて跳ね除けてやりましょうぞっとな。
「何て事を楽しみにしているのですか。良い性格してますね、ダグレス。リュームだって未だにぐだぐだ悩んでますけど、その悩む時間すら限られた身としましては覚悟を決めただけです。そうしたらぐだぐだぐだぐだしてる間に三年くらいあっという間に経ちそうだったので。それでなくてもあっさり七年も過ぎてますからね」
「ったく!弱気なら弱気で鬱陶しい事この上ないくせに!あまり調子に乗るなよ?」
諌めながらも、ダグレスの口調は張りがありました。
「お褒めいただき光栄でゴザイマスよ!」
リュームも今現在の生きてる輝き総動員でありますようにと祈りながら、その瞳を睨みました。
「キサマ。」
その期待一心に満ちた眼差しを煩わしいとでも言うように、ダグレスはぶんっと片手を振りました。
恐らく獣様の姿であったのならば、あの優美な尻尾を勢い付けて振っていた事でしょう。
まとわり付く小虫を、ふり払うための動きと変わらないと思われます。
「ああ!面倒だ面倒だ!!わずらわしくてたまらんわ!」
ふいにダグレスは視線を外しました。
「これ以上おまえの魂の記憶を読み取るのは、いらぬ闇をも刺激しかねない上に不必要だからやらない。教えてやらない。闇を捧げ持つ者の判断に委ねる」
「ダグレスから言い出したことですよ。何ですか、気になるではないですか!そもそも闇を捧げ持つ者なる存在があるって事ですよね?それはどなたなのでしょう」
リュームは必死で食いつきました。
どうやらダグレスときたら全面的に応援してくれるものかと思っていたのに、そうではないようですから焦りました。
だとしたら何て思わせぶりな獣様でしょう。
やはり、ダグレスはディーナ様のためだけにリュームに協力してくれていたようです。
それといくらかの暇つぶしのために。
彼の持つ時は悠久らしいですからね。ちょっとくらいならいいか、とも思っていてくれたようです。
しかしディーナ様に危険が及ぶかもしれないと、彼自身尻込みし始めたのもまた確かなのです。
「我は退屈と面倒が嫌いだ!だがどちらがよりキライかといったら退屈の方だな」
「さようで」
「だがこの面倒ごとは退屈しのぎになるような気楽さは無いから覗く暇は我には無い。我は嬢様に仕えているのだからな。これ以上の手助けは我が嬢様のためにならないからしない」
「それだけじゃないくせに」
きっぱりと言い放つダグレスに、レドの茶々が入りました。
間髪いれずにダグレスの右手が、レドの頭上目がけて振り下ろされます。
「何をする!ダグレスのばか!」
「馬鹿に馬鹿と言われる筋合いは無い」
レドはリュームの手を放して、両手でダグレスの胸元に掴みかかって行きました。
自由になったと思い自身の手首を撫で摩ります。
そんな風にほっとしたのも、つかの間――。
リューム、またしてもがっちりと力強い腕に拘束されておりました。
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「何のマネだ。ばか領主、ついに血迷ったか」
リュームの首筋には鈍く光る剣が当てられておりました。
リュームの胸がひとつ、痛いくらい跳ね上がります。
後ろからリュームを羽交い絞めにし、紛れもなく剣を当てているそのお方。
心当たりは、ただ一人しかおりませなんだ――。
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リューム、シェンテラン家の『鞘』ですから?
剣を諌めて収めるのがその役割りと、ルゼ様からお言葉をいただいております。
本望です。
ごくりと喉を鳴らしつつ、頷きます。
どうせ命を奪われるのならば、呪いと言う名の闇になんぞではなくて、いっその事。
今ここで、ご領主様の手自らで、奪われるのがいいと思います。
ですが。
ですが、それは彼一人を残して行くと言う事です。
それは!
それだけは何が何でも避けねばなりません。
そ、とその突き当てられた剣に切っ先に手を伸ばしました。
指先でためらいなく指先でなぞりますれば、つ、と滴り落ちる赤いしずく。
痛い、というよりも熱い。そう思いました。
気が遠くなりますが、この痛覚がこれは現実だと教えてくれています。
この方の持つ感情、それが例え殺意であろうとも向けられるのはこのリュームのみ。
そう確信いたしております。
(誰よりも何よりもお慕いしておりますわ、ご領主様)
例えその感情を向けられる度、リュームに闇が寄せられるのだと知った上でもその気持ちの揺らがなさに苦笑するしかないでしょう。
「バカ領主。いいから冷静になれ。今ここで闇に囚われるな。奴らはその心のスキを付いて来るのだぞ!」
「黙れ。リュームは渡さない。誰にも」
「オマエ、本当にリュームの何!?リュームは誰にもやらない!もちろん闇の主のオマエになんて、やれる訳が無い!」
興奮した様子で叫ぶレドの瞳が、鋭い光を放ってこちらを見据えております。
リュームに突きつけられた剣に負けないくらいに、強く明確な光に思わず怯みます。
「領主。オマエは冷静なようでいて、闇に突き動かされている。闇の力の支配を退けろ。普段のおまえならば出来ていたはずだ。その胸に巣食う嫉妬も闇の温床ぞ?」
「何とでも。これ以上の関わりは無益と判断したのだろう、ダグレス?だったらおまえの仕えるディーナ嬢へと戻れば良い。我らに構う暇などないのであろう?」
「じゃあ、何!?リュームが闇に食われるのを黙って見過ごせって言うの!」
言い争う怒鳴り声の中、リューム自身の心音が一番やかましく響きます。
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にゃー―ん。
(この鳴き声は!?)
ね ぇ 、 リ ュ ー ム 。 こ っ ち だ よ !
(エキ?何故ここにエキが?)
エキが・・・エキが呼んでいます。
にゃ―――んと遠くで、でもはっきりとエキの鳴き声が聞こえたように思います。
エキが呼んでいます。
リューム、エキに呼ばれています。
行かなくちゃ、と思います。
エキが呼んでいるから行かなくちゃ。
早くあのコの身体を抱き上げて、撫でさすってあげなくちゃ。
あのコのために、歌をうたって慰めてあげなくちゃ。
(エキが鳴いてる。――泣いている)
そう強く思いました。
エキが呼ぶ。
エキに呼ばれる。
エキの側に行かなくちゃ。
(でも、どこにいるの?エキ?)
目線だけでその姿を探しました。その時です。
しゃっ!と素早く視界を黒い影が横切りました。
ご領主様の足元の影から、素早く飛び出した猫の影にリュームも釣られて、そちらに意識を向けていました。
何の疑問も抱かずに、身体が勝手に動いておりましたとでも申しましょうか。
その瞬間、妙に首筋がひんやりしました。
(え?)
次の瞬間には熱く感じましたが。
ご領主様が信じられないものを見るような目つきで見下ろしてきます。
その唇が戦慄いていて、リュームの名を呼ぼうとしているのがわかりますが、一向に動き出す事はありませんでした。
彼の持ち上げた指先が赤く染まっています。
それこそ、滴るほどにべったりと。
そんな彼の指先が眼前に迫ります。
赤い赤い、鮮やかに赤い鮮血。
(血、でしょうかね?もしかしなくても。でも、誰の?)
などという思考は、それを遮る怒声が答えを教えてくれました。
「リューム、ばか者!!自分から動いて刃物に首筋を差し出す奴がいるか!!」
――はい、ここに。
薄れ行く意識の中、心の中では手を上げて、己のバカさ加減を認めるしかないリュームでありました・・・・・・。
仮タイトルは『どうせならひとおもいに』でした。
闇の始まりに踏み込もうぞ!
狩猟小屋で語られる、その真相。
その『てんまつ』に違いなかったハズなのですが~。あ~。
ここじゃ舞台に相応しくないので、移動となります。
どこへだ?
そんなつっこみの答えも、次回であっさり判明です。
ちょっとばかりリュームが調子に乗ってますね。
両思いに浮かれるリュームさん。
短い天下に同情します。