第四十七話 シェンテラン家の狩猟小屋での決意
リューム、落ち込みつつもやや復活?
「お褒めに預かり光栄でゴザイマス。このまま知らぬフリを決め込もうかとも思いましたが、そこに予想外のご領主様のご・ご・きゅ、きゅ、求婚がっ」
そんな他人行儀に一線を引いた口調も、そこまででした。
優しく包み込まれるように抱きしめられて、背を撫でられます。
(エキが撫でられているときはきっとこんな気持ち)
安心に身を任せて目蓋を伏せました。
「何故知らぬふりを決め込む必要があるのだ?」
少しいじけたような声音に、こんなに緊張した時だというのに笑いがこみ上げてきました。
「真実を明かす必用などございませんでしたでしょう?リュームがどうなろうと、それはこの家の養女になった時に既に決まっていたのですから。どうなろうとも恨み言を申し上げる気などありませんでしたから、ご領主様」
「俺がオマエにその愛を乞うて、跪くとは予想していなかったのか?」
「夢にも思いませんでした。これっぽっちも!ええ」
「自信満々に言い切るな」
「ご領主様の一連の行動は全てこの身を不憫に思った上での、お計らいかと思うのが自然ではありませんか?」
腕の中、彼の表情を確かめようと顔を上げました。
「リューム」
「お答えにならないままでらっしゃいますが、それは肯定と受け取ってよろしいでしょうか?」
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ご領主様がリュームを呪ったお方です、と。
しかもお義父様も最初から承知の上でいらした、と。
シェンテラン家の者が受ける災厄から身を守るために、タラヴァイエの血筋が必用であったからこその、おかー様との婚姻であったとリュームは踏んでおります。
いえ、あの、そのような『術としての呪い』なるものだという表現の仕方は、ジャスリート家に来てから学んだ言葉ですが。
それとなく『何かがこの身体を蝕んでいっている』感覚だけはありました。
お義父様はリュームを憐れに思って同情から大切にして下さったのです。
一番大切なヴィンセイル様に災厄という闇が向かぬようにと、差し出した養女の身が長持ちするようにとお義父様は細心の注意を払っておられたのですね・・・?
ご領主様はそんな養女に懐かれたくなど無かったのでしょう。
ご領主様は、タラヴァイエの娘に心を移さぬようにされていたのではないでしょうか。
自惚れかも知れませんが、リュームがその立場ならそうするでしょう。
それこそ、間違っても義兄などと呼ばれたくなどないでしょう。
だからこそ、おかー様の事を心底嫌悪されていたのではと思います。
母親が己の安泰のために、実の娘の身を差し出したのですからね。
それでいて、彼自身リュームを呪わねばならなかったのですから、嫌悪感は募る一方だったと思います。
きっと幾度と無く、ご自身の事を責められた事でしょう。
リュームだって生きるために、ウサギや鹿や鳥のお肉をいただいて来ました。
生きるために、その命に犠牲になってもらったのです。
それと比べてはならないのでしょうが、リュームは等しく同じ事だと思うのです。
生きるために犠牲を選ぶ。
生きている限りそれは止められないでしょう。
それがご領主様にとっては、リュームであっただけだと思うのです。
だからといってもう『仕方が無い』等と物分りのいいフリをして、諦める気はないのですよ?
ご領主様がいけないんです。
リュームに永遠の愛を誓うなどと仰るから!
どうして下さるのでしょうか。
リューム、こんなにも生きる事に欲張りになってしまったではないですか。
それこそ、もう取り返しが付かないくらいに!
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「リュームは別に問い質し責めたいのではありません。ただ、はっきりとその出所を掴まねば対峙のしようが無いのです」
「対峙とはオマエは何を言い出すのだ?俺と対決するつもりか」
「いいえ。いえ、はい」
「どちらだ」
「ご領主様の、持つ闇と対峙しようという気構えです」
静けさの中、互いの言葉だけがすべてかのように響きます。
この静まり返った空気は覚えがあります。
ぴんと張り詰めた空気を震わせることも無く、不気味なほど圧する気配で忍び寄ってくるのです。
それはさり気なくも確実に近付いてきております。
そう・・・夜の帳が下りるがごとく自然にです。
(今じわじわと、闇が忍び寄って来ていますね。ジャスリート家の結界から外れたリュームの気配を手繰りながら)
恐らくきっと、まもなく追い付かれてしまう事でしょう。
そうなる前にきちんとお話ししたいのです、ご領主様。
リュームがまた、耳障りな舌足らずに戻る前に。
ですが急かしたりはしません。
ただ、静に見つめ上げて彼の心を探ります。
彼の出方を息をひそめて待ちました。
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バァァン!という物音と共に突風が扉を乱暴に開け放ち、小屋に風がなだれ込んで来ました。
その小さな竜巻は闇色と純白が垣間見えます。
かと、思ったらそれはすぐさま勢いを失いました。
その風が凪いだ途端、姿を現したのはジャスリート家の守護獣たちの仮の姿です。
「ダグレス!それに、レド!」
「離れんか誘拐犯」
「リューム、無事?」
紅い眼が真っ直ぐにご領主様を射抜きます。
琥珀の瞳は気遣うようにリュームへと注がれます。
ぐ、と彼の腕の力が強まりました。
「まったく!公爵の目の前で拉致とは何事だ」
「迎えに来た、リューム。帰ろう」
え?え?とただ驚いてご領主様とダグレスとレドを順々に見比べました。
「領主はこの後たっぷり説教が待っている」
腕を組んだダグレスがダン!と片足で床を打ちました。
獣様の姿の時のままの、彼がいらだった時にやる仕草です。
「リューム!来い」
睨まれましたが首を横に振りました。
ご領主様にしがみ付きます。
「リューム、駄目。言う事きいて。もうじき闇が来るから、危ない」
ふわ、と身体が浮いたように感じたのも一瞬でした。
軽々とレドに掴みあげられて、ご領主様の腕から引き剥がされておりました。
「ご、ごりょ、や!レド、放して」
「駄目」
「ご領主様!」
両手を差し伸ばして、彼に助けを求めます。
しかし彼は悲しそうに見つめたまま、拳を握り締めておりました。
そんな彼に眼差しを向けて縋ります。
「ご領主様・・・ヴィンセイル様」
レドの腕に捕らえられながらも、両手を必死に伸ばしました。
ご領主様も手を伸ばして、一歩進み出られました。
「リュームを返してくれ。どうかその娘を俺の元へ」
「駄目。やれない」
レドは短く言い捨てると、リュームをしまいこむかのようにして下がりました。
代わりに一歩踏み出したのは、ダグレスです。
「おまえはこの娘に何を言い聞かせた?七年もの間」
腕を組んだままの体勢で顎をそびやかします。
「これはまず、この館に来てこう言い出した。――食事は日に一回で充分に事足ります」
「呆れたさ。何故と問うたら、自分は何もせず、だた飯食いの厄介者だから、食事は最低限でいいのだと。
他にも衣装を用意してみたらうろたえ出した。おまえに請求をやってやるから気にするなと、伝えてやった。そうしたら泣き出した。おまえが頑張るのはリュームのためだと告げたら、気に病んで熱を出しおった」
ダグレス!ダグレス、も・もう、そのくらいで!
いたたまれなくなって、今度はダグレスに向けて両手を振りました。
「領主。これはおまえが追い詰めた。もういいだろう?解放してやれ。そして、これは我らが愛しむ事にしよう。残りの、僅かばかりの間・・・もう、コレには構うな。真にコレを思うのならば」
ご領主様は、もう何も仰いませんでした。
ダグレスは続けます。
「我こそが全ての闇を従える獣であると以後知りおけ、若領主。我に従わぬ闇を生み出しおったその責任は重く、我に対する挑戦状でもあるわ!」
「俺が生み出したというのか?」
「そうだ。リュームを屋敷深くに閉じ込めるようなマネをしおってからに。それさえなければ遅かれ早かれ、術の気配に長けたものの目に留まっていたはずだ。そうすればもっと早くに手が打てたのだ。ここまで深く闇が複雑に絡み合う前に、いくらかな。こうも惑わしも無くあからさまに悪意を振りまく術を、神殿が放置するわけが無い。それを!」
「この娘の気配は存在からしてもはや『異質』なのだ。おそらくもうそれは周知の事となったはずだ。ルゼがその目的で茶会を開いたからな。その中には神殿の術者も数名おったしな。どちらにしろ、ザカリアが動くだろう」
「ザカリア様がですか?何故でしょう、ダグレス?」
「オマエを闇になどくれてやりたくないからだろう。それより自分の息子の花嫁にしたいと、はっきり言っておったではないか」
「ダ、ダグレスっ」
聞かれていたようです。
それをわざわざご領主様に言い聞かせるようなマネはご勘弁願いますよ!
「闇など見据える必要は無いと」
噛んで含めるように繰り返されました。
そうですか。
見透かされておりましたか。
今、ようやっと腑に落ちました。
ザカリア様が何を憂いながら、リュームにご進言下さった理由がわかった様な気がします。
リュームが木漏れ日にあっても心は闇に向けていたのを、ザカリア様をはじめ皆様には容易く知れていたようですね。
無自覚ながらも、誰の言葉も耳に入らず、誰の存在もこの視界には留まらずのリュームの態度から丸解りなのでしょう。
リュームが誰を選んでいるのか、何て。
それが闇を見据える事になると知った上での選択と言い切ったら、ザカリア様はどんなお顔をされるでしょうか?
「これは我が少しばかり力を加えたからな。我の一部をこの娘に貸してやったのだ。返却はこの娘の寿命が尽きるまでとするから、まあ、くれてやったも同然だがな。なぁ、リューム?」
こっくりと頷きます。
ご領主様の寝台の下に転がっていた一角のカケラを手に取った途端、それは霧散いたしました。
冷たい感触が指先に残ったままでしたから、辺りをきょろきょろ見回しましたがどこにも見当たらず、ふと視線を下ろせば右足の中指が真っ黒に染まっておりました。
リュームはそそっかしいから、きっとどこかにぶつけたのでしょう。
その拍子に血豆になったのだろう、くらいにしか思いませんでした。
ところが、その後現れたダグレスとお話出来るではありませんか!
それがダグレスの角のカケラによる作用だと、後から得意げな獣様から説明された次第です。
「はい、そうです。ダグレス?」
ダグレスは言いながらリュームの手を引き、左肩を抱き寄せます。
レドが面白く無さそうに鼻を鳴らしました。
「言うなればこれは我が術者となるように仕向けた仕上げ。それを貴様は好きにした。許されると思うのか?我の許可無く」
くっくっくと短く忍び笑いを漏らしながら、ダグレスは底意地のわるーい笑みをご領主様へと向けています。
「闇を従える闇の獣。ダグレス。我の意に反する闇がこの世にあるとすればそれは人の子の覗き見た深遠の彼方。この我を差し置くとはやるな、シェンテランの術者よ。何をやったのだかな、タラヴァイエよ?どれほど深い恨みを買ったやら」
「申しわけございません」
いくら謝っても仕方の無いことだとは思いましたが、そうせずにはいられませんでした。
「オマエを責めているワケではない事くらい、言われずとも理解しろ。オマエの中に受け継がれてきたであろう血に潜む何かに問いかけているのだ。我の記憶が確かなら幾度かは、両家の血を一身に受け継いだ者があったはず」
両家の血を一身に受け継ぐ者!?
その言葉に驚いた、ご領主様とリュームは互いに顔を見合わせました。
(え?今、なんと仰いましたか?ダグレス、それは本当ですか?ご、ご領主様!)
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そうだ。両家の間に結ばれた婚姻だ。
ある者はシェンテラン家の者として、またある者はタラヴァイエ家の者としてその生涯を終えている。
それを繰り返すうちに呪いの変質を招いたのだろうな。
タラヴァイエに下されたはずの呪いも、狙いが定まらなくなったのだ。当然だ。
生粋のタラヴァイエ家縁の者は婚姻を結んだ時点で存在しなくなったと言える。
婚姻は家同士の因縁すらも結びつけるからな。
シェンテランは皮肉にも己自身をも呪いに掛けたのだ。
正に他人に吐いた呪詛が己に還る典型的な例といえよう。
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「我が見立てた限りではオマエと」
リュームの頭をくしゃりと撫ぜてから、ダグレスはご領主様を指差しました。
「そこの若領主が始めたことだ」
「何の事ですか、ダグレス?」
「この呪いの連鎖を始めた最初の『シェンテラン家の若術者』とその犠牲に喜んで首を縦に振った『タラヴァイエ家のアホウ』がオマエだったという事だ」
「リューム?と、ご領主様がですか?」
「そうだ。覚えは無いだろうがその魂に刻まれた記憶を読み取るのならそうなるな」
「え?だって。リュームたちが存在するよりも前の出来事ですよね?」
それは一体何を意味するのでしょうか?
リュームは口に出したら決意が固まるタイプらしく、自分自身の言葉をよくよく己に言い聞かせているようです。
その闇と対峙する。
さて、ヴィンセイルは以外にまだ覚悟が決まっていないようです。
形勢逆転。
話が進みにくいので、頼むからがんばって領主!
そんな次回になりそうです。
やはり女は強いと思います。