第五話 シェンテラン家で広がる波紋
リューム、不戦勝にさせてなるものか!と食い下がってますけど。
うん。大人しく、寝込んでおいた方が身のためだよ?
という猫さんからの冷静な突っ込みからスタートです!
時間切れだよ!
残念だったね。
そうでもないかな?
(えええ――!せっかく『お試し期間』設けていただいた身の上で文句垂れるのは本当に何様だよって思うんですけど、ええええええええ!もうちょっとがんばらせていただけたら何とかなっていたとか思いませんか!?)
その契約内容には大変満足いたしましたので、どうか契約続行をこのまま!ゼヒ!とすがる気持ちで叫んでました。
””思わない。思えないよ、リューム・・・そもそも『何とかなっていた』?って何が?あの状況でどういう風に?””
(ご領主様にちょっとはリューム、やるな!――って思わせるとか!)
””呆れた!その前に犯られちゃってるよ。うん””
(や・・・殺られちゃってマスか・・・・・・!)
””――うん。おいしく食べられちゃってオシマイ。ま、それもいいんじゃない?””
(いや・いや・いや・いや!『時間切れ』ありがとうございましたぁ!何がいいものですか!食べられるんですよ!――って、食べる?食べられるんですかぁぁぁ!?)
””うん。――リューム・・・君の精神年齢の低さはよっくわかったから””
―― と り あ え ず 。 一 旦 は お 眠 り よ 。
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意識手放す直前に、これが眼を閉じたままの暗闇で交わした会話。猫さんと。
時間切れで助かったらしいですね〜私。
ただ面子とやらは丸つぶれですけど。「自信があります!」等と言い切っておいて、このザマです。
このザマとは――こうやって、リュームの自室とあてがわれた部屋で、寝台に大人しく横たわっている事を指します。
ただこうやってぼんやりと、痛みと苦しみをやり過ごす。ひたすらに寝台の天蓋を見つめて。
今回痛むのは、いつもと明らかに違う箇所も含まれております――。そのせいなのか嫌に回復が遅い気さえします。
気が付いたら寝台の上。それも何回繰り返した事か。もう、思い出せやしません。
だからでしょうか?目覚めた時は真っ白でした。
空白。
何一つ意識に上らず、ナゼここにとか。
ナゼいつのまに、ナゼ・・・・・・・ああまたいつもの発作か。
その直前まで何をしていたんでしたっけ?
ああ、そうだ。体力を付けようとして、館内を歩き回っていたんだった・・・途中でご領主様に怒られて戻ってきたのだった。
そうだそうだ。
――そう落ち着いて、再びまどろみかけた次第でしたもの。何てオソロシイ。そんな自分の記憶の曖昧さが。
(いや?アレ?待てよ?何か忘れていませんか?)
記憶を追及しようにも鈍く淀んだ思考回路は働かず、ただ胸の奥深くから何かがせり上がってくるのです。
それが何かいつもと違うと訴えかけてくるのです。しかしどうしようもありません。
ただじくじくと痛む身体を宥めようと、忙しく呼吸を繰り返すばかりしか無いのです。
この弱り切った身体のどこに振り絞れる気力がございましょう?
(まずは体力を回復させねば、まずはそれから――。)
そう自身にもっともらしい理由を付けて、とろとろとまどろみに身を任せました。
しかし。遠くで物音と人の声がします。何か言い争っているかのような。しかもそれはだんだん近付いて来ているようです。
――お控え下さい!まだ熱が下がりきってはおりません!意識もまだはっきりとは言い難い容態でございます!
意識は戻ったと報告を受けた。ただ見舞うだけだ。そこを避け。
――どうか!せめてもう一日、ご容赦を。ただでさえ不安定な状態でございます!今、ご領主様のご訪問とあっては!
いいからよけろ。見舞うだけだ。
そんなやり取りの片方のどこか悲痛な叫びに、こちらまで泣きたくなってきます。いったい誰が?
それすらも追及しないまま、まどろみに漂っている身。
意識の遠くで『ああ、誰かがリュームを気遣ってくれているのか』と認識は出来ました。
不思議と少しだけ呼吸が楽になった気がします。心の奥底がふんわり、少しだけ浮上したような心地よさに安心して瞼を閉じました。
「リューム・・・・・・」
振ってくる声音がひそめられたのが伝わってきました。――おそらくは、その眉根も一緒に。
「このバカのこの傷は何だ!」
「お静かに願います、どうか・・・あちらに」
「説明しろ」
「――リューム様が・・・ご自身で」
「理由は」
「それを私に尋ねますか?」
「・・・・・・。」
「――何にせよ、目を離した私どもの不手際でした。申しわけございません。御いたわしい事です」
「この・・・・・・バカが!」
「ご領主様っ、どうかお静かに。今はささいな物音ですら傷に障るはずです」
「――知るか!」
痛い。痛いイタイイタイ・・・・・・!
(・・・ぃ・・・ぁ・・・!っぃた・・・ぃ)
確かに、ささいな物音ですらこうも障るとは!
「・・・っ、ふぇっ・・・・・・いた」
苦しくて。無理やり意識が浮上せねばならない程の、無視できない痛み。せっかく眠りで封じ込めていたのに――。
無意識に頭を振り、その些細な振動に新たな傷みを覚えました。うっすらと瞼を持ち上げると、ぼやけてはいましたが
ニーナが心配そうに覗き込んでいます。
そして恐ろしく険しい顔で見下ろしている、ご領主様とも目が合いました。
ビクつき身を捩ったために起こった痛みに、意識はすっかり覚醒です。
「ああ――リューム様。だいじょうぶでございますか?せっかくお薬が効いてお休みでしたのに・・・申しわけございません」
ぐずぐずと痛みでぐずりだした子供をあやすような優しい声音と、気遣うように髪をすくい上げてくれる指先に慰められました。またそのまま心地よく瞼を閉じます。
しばらくひんやりした手が額と瞼を覆っていてくれたお蔭で、何の気がかりも無くまた眠りに引き戻されて行きます。
――その波間に漂うほんの僅かに。
ああ、もう。せっかくやっと寝付いたばかりだと言いますのに。何が見舞うだけですか、まったくもう!
というニーナの、打って変わって責め立てる様な声を聞いたのでした。
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『絶対に逆らってはならないのよ?リューム、わかった?――絶対に』
常々母から聞かされてきた言葉に、黙って首を縦に振り続けて7年。繰り返される呪文のお蔭か、この生意気な性分は抑えられていたようです。
しかしその呪文を唱えてくれる方も、もうおりません。記憶の中から浮かび上がってくる声音も、既に効力を失いつつあるようです。
リューム・・・おかー様の事は今も変らず愛しておりますが、どうしても好きにはなれませんでした。それは呪文と。そう表して間違いの無い、恐ろしい呪いです。建前はリュームのためを思ってと言う。
悔しかったし、哀しかった。それではリュームは、ただの愛玩動物と同じではありませんか。
ただ言う事に大人しく従って、ただその寵愛だけを焦がれるのならば!それがこの世を生き抜く女の知恵として母から聞かされましたが、リュームは納得しておりませなんだ。
同じ立ち位置に立って、同じ高さで物が見れねば何の意味がございましょう?
別に見下し返してやりたいわけではございませんが。
・・・・・・まるっきり衣食住頼りっきりの私めがそのような事を申し上げるには、いささか説得力などに欠けるのもまた確かでございますれば――どうしたものでございましょうかねぇ?
っというわけで、はじめ・・・せめて人並みの体力作りへと戻るあたり。
それしか芸の無いりゅーむでございますともよ、ええ。――ちぇっ。
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そんなこんなで真夜中です。もう昼間は一歩も部屋の外に出ない事に決めました。だってご領主様に会いたくないんですもの。どの面下げて会えますかでしょ?また喧嘩はゴメンですし。
はは。いい夜です。誰もおりません。誰も――。
しん、と静まり返ったこの離れへと続く石造りの回廊。
その冷たさがより一層、夜の静けさを反映しているかのように感じます。春とは言えまだまだ冷えますからね。
ショールも被って準備は万端、怪しさ満点。見つかったらまた怒られる事間違いなし。
そりゃそうです。病み上がりのくせに――。しかも浅いとは言え、怪我までしてますからね。
思い出したように己の首筋に手を這わせました。左の鎖骨の辺り。ご領主様にガブリといかれた辺り。
(・・・・・・気持ち・・・悪い・・・・・・)
思い出しただけでも虫唾が走ります。あれからいくらか日も立ち、当時ほどの強烈さは無いにしても、この首筋を掻き毟りたい衝動は抑えようがありません。
その内なる衝動に従った結果がコレです。喉元、包帯でぐるぐる巻き。なぜかって?
リューム、気が付いたらナイフでその部分を、削ぎ落としてやろうとしていたのです。
私にしてみたら何てことはない、あの方の名残を消せればそれでよし。薄皮一枚剥げればそれでよし。
気が付いたら部屋にあった果物用ナイフ持って、鏡の前に立っていました。
そんな軽はずみな行動を取った事を、今は反省する事しきり。
別に死ぬつもりなんて無かったのでしたけど場所が場所なだけに、そりゃーもー大騒ぎになりまして。
しかも、思ったよりも出血しましてー・・・・・・。
『刃物は消毒すべし』なんて知識の無いリュームですから、傷口が膿んだ挙句発熱。
もちろん見つからないハズもなく、侍女の皆さんにはめちゃくちゃ泣かれた上、がんがん怒られました。
(もちろん誰かサマとは違ってちゃんと容態が落ち着いてからですよー)
『何て事なさるんですか!』
『ひとつ間違えればこの程度で済まなかったんですよ!わかってらっしゃるんですか!?』
と、怒鳴られた後は号泣されると言う。
『こ、こんなうら若きお嫁入り前のお嬢様が!痕になったらどうされるんですか』
――あ、大丈夫。どこにも嫁の貰い手ないから。
と、答えたらもっと怒られたし泣かれまして疲れました。
(それこそ・・・あんなご領主様に付けられた痕を晒して生きていく方が、わたくしには屈辱です)
そう言ってやれたらどんなにいいか。・・・・・・確実にまたお小言をくらいかねないので、黙って飲み込みましたけどね!
さてさて、気を取り直して。リュームは夜の体力作りに勤しみたいと思います。
何せ一人では怖い館内も、今夜は心強い事に猫さんが一緒なのです。
「ふふふ――。」
思わず笑ってしまいました。何だか楽しくて。闇夜のカラスのリュームに、同じく真っ黒の猫さんの組み合わせなんて最高ではないですか。何かあっても夜闇がこの身をくるんで、紛らわせてくれるでしょうから。
””どうしたの、リューム?””
「だって。楽しいんですもの!こうやって人並みに健康な身体で、猫さんと夜一緒にお散歩できて!」
””それは光栄だね。ボクもだよ””
「ふふふ。ねぇ、猫さん・・・・・・。」
リューム食べられちゃう所だったんだよ。
意識手放す直前に聞いたあの衝撃の一言。
それから『花を売る』という言葉が、なぜあんなにもご領主様のお怒りに触れたのか。
””――俺が買ってやる””と吐き捨てられた言葉。
一昨日やっと身体を起こせるようになったので、ニーナにこっそり尋ねてみました。もちろん、猫さんの事は内緒のまま。
――でも、ご領主様との喧嘩の事は告げました。
『ね、ニーナ。あのね・・・・・・?』
寝台の横の椅子に腰掛けて控えてくれている彼女に、聞いてくれるかと切り出すと、はい何でしょう?と優しく微笑んでくれました。それなのに。
『・・・・・・でね、ごりょ、しゅ様に””俺が買・てやる””て言われ・・・てね。そぇからね、』
寝台に押さえ付けられて、首筋をガブリ――。と、行かれてしまった経緯を話したのですよ。そうしましたらですね・・・・・・。
――泣かれてしまいました。
こりゃ、とんでもない事をご領主様にしでかしたんだな、またお説教されるんだな等とも身構えてしまいましたが。
あわわわわ・・・・・・・ニーナ〜、泣かないで〜と声にならないまま手をバタつかせるばかりでした。
そんなリュームをニーナは『お可哀相に』と言いながら、抱きしめてくれました。
『さぞ、恐ろしかったことでしょう』と涙ぐみながら。
大丈夫、と答えるためにニーナの服の袖を引っ張ったのですが・・・うまく伝わらなかったようです。
『・・・・・・リューム、食べられるところだ・た?』
そうもう一つの疑問を口にした途端、腕に込められる力が強まって一層やり切れなさが募ってしまいました。
ニーナの表情は全く見えませんでしたが、泣いているのだけは伝わってきます。
『ごめなさぃ、にーな』
もう泣かないで。
『――こんな幼くてかよわいお嬢様に・・・何てことを』
リュームはもう十八歳ですよ?と抗議し掛けましたが、止めました。
多分ニーナの中でリュームはまだ、がりがりで痩せっぽっちだった十一歳のままなんだろうなぁと思ったから。
初めて会った七年前から、ずっと。この人もか。そう思ったら何だか嬉しいような、哀しいような。
このままでいてあげたいような。・・・・・・このままでいてはいけないような。
そんな、複雑な気持ちにリュームまで泣けてきました。
だから黙って――。これからは一人で館内を歩き回らないで下さいましね、とか。しばらくは襟元の高いお洋服にしましょうね、とか。ご領主様を挑発するような態度を取ってはいけませんよ、とか。お薬はきちんと飲んでくださいね・・・・・・など等。
ニーナが次々に提案し続ける””言い付け””に、黙ってこくこくと頷き続けていたのでした――。
。・:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・
””どうかした――?リューーム?””
軽やかに先を行く猫さんが、歌うように尋ねながら振り返ります。
いいえ。いいえ――と頭を振りながら、小走りで続きました。
「さ!張り切って館内二十周、行きましょうか!」
””その半分以下にしておいたら?””
拳を勢い良く振り上げたのですが、猫さんからは間髪いれずに言われてしまったのでした。
はい、どうもお疲れ様です。
この子にちゃんと教育係つけてやれ――!
そんなツッコミがきてもおかしくない、十八歳。
年頃の友達もいないし、母親はもういないしでこの先不安ですね。
しかし本能でかなりやばかったのは、しっかり察していて気持ち悪さにすっきりしない様子。
・・・・・・ちゃんと理解できたとき、どうなる事やら。
一応15禁の主人公なのでがんばっていただきたいところです。