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第四十五話 シェンテラン家の狩猟小屋で立てた誓い


おかしいな。


また、『ここまで!』にたどり着けませんでした。


 いかがでしょうか!?


 大当たりではないですか!?


 そんな期待に満ちた眼差し半分、そうだと言い切られる事への恐怖半分で怖々見上げます。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


 ここはシェンテラン家の狩猟小屋です。

 人里離れた森の奥深くにございます。

 すぐ側には湖が広がり、この森の豊かな緑をそのままに映しております。

 たいそう神秘的な静けさです。

 それでいて、深い森に満ちる静寂は何かしら力強いものです。


 静けさに耳を澄ませば、かすかに届くのは小鳥達のさえずりです。

 それ以外はご領主様とリュームの息使いのみです。


 久しぶりの流れですね。

 そうは言いましても、そう遠くは無い覚えがありますけどね。

 リュームいい加減、勢い良く上げた右手がだるくなってきました。

 ご領主様の出方を窺いつつ、刺激しないようにそろそろと下ろしてゆきます。


 このまま会話終了になっても不思議ではない沈黙が続いております。


「もう――何を言われても驚くものか。それがリュームと話す度に思う事だ」


(リューム一応、生死に関わる判決を待つくらいの勇気を持って、お待ちしていたのですけど?)


 何だか質問とはかけ離れたお答えではないですか。

 何でしょうかと、思わず椅子から立ち上がります。


「はいぃ!?」

「とはいうものの、驚きを覚えずにオマエと会話を進めるのは難しいようだ」

「さようでございますか」


 ふ、とどこか自虐的な笑い方は、この上なく嫌な予感をひしめき出させるってものです。

 さて。

 そうなると、次に来る展開に備えるのが賢いかと思われます。

 リュームさっさと、両手で己の耳を塞ぐために構えました。


(これは。この流れは経験上)


 どっか――ん!とね、大声出されちゃいます予感がひしひし。

 雷ひとつ、落ちますよ。

 落雷注意ですよ。


「もう、許しはしない!何もかもだ!!」


 ご領主様に、ドンッと拳をテーブルに打ちつけながら怒鳴られました。

 テーブルが床から跳ね上がりましたよ。

 同じようにリュームの身体も。


 (ほうら、やっぱり!うううぅ。怒鳴られました。もう、すぐ怒鳴っておっかないんだから)


「許さない、ですか。リュームの事を」


「違う。オマエに近付く者全てだ。人であろうと獣であろうと許さない。俺はもう限界だ。リュームが泣こうが喚こうが構わない」

「ごりょ、ご領主さま?一体、どうされたのですか?」

 恐怖のあまり一歩引きかけましたが、遅かったようです。

 がっしりと両肩を掴まれました。向き合うほかは無いようです。


 このリューム、怒りも露わなご領主様と向き合う心臓は持っておりませんのをお忘れなく。

 そんな訴えすら咽喉に張り付いて出てきません。

 代わりに心臓が飛び出しそうです、ご領主様。


 ひくっとリュームがしゃくり上げたのに気がついてくれたようです。

 慌てたように優しく頭を撫でられました。

「悪かった。怯えるな」

「は、はぃ・・・っく」

 無理ですとは思いましたが、言えませんでした。

 言ったらまた怒鳴られそうでしたから、何とか涙を堪えます。

「だから、悪かった」

「泣こうが喚こうがお構いにならないと、さきほど?」

「言葉のあやだ。許せ」

「はい?どうされたのですか?」

 こんな出方の彼は珍しすぎて、やはり調子が狂いますね。


 ともあれ、良かったです。九死に一生はもう充分堪能しておりますから。


 ・。:*:・。・:*・。・:*:・。・:*・・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。


 リュームが落ち着くのを待ってから、ご領主様はやたら厳かに切り出されました。


「一歩外に出しただけでこの騒ぎだ。リューム、オマエには自覚してもらわねばならない」

「自覚ですか?何のでございましょう?」


「オマエは人目を惹く美しさと魅力を兼ね備えた娘だと言う事をだ。全く!何故、言われないと解らない?」

「はぃ!?えええええええ!カラスっ、カラス娘ですよ」

「そんな言葉を真に受けるな。アホウ」

「受けますとも!」


「じゃあこちらの方を真に受けろ。リューム、おまえは俗に言う美少女だ」

「びっ、美少女!?それは、ミゼル様のようなお嬢様を言うのです!」

「少女というには大人の色気が加わりつつあるか。じゃあ美女で納得しろ」

「美女!?そ・そ・そ・それこそ、違いますよ、ギュルミナ様のような方を言うのです!」

「リューム」

「だって黒一色の、カラスですよ?」


 ご領主様が壊れました!

 壊れましたよ!?早く直ってくださいまし!!


「解らなくても認めろ。オマエは少し着飾り、紅を差して表に出てみろ。そこが公の場ならばすぐさま男達に囲まれる事だろう。もしそれが市井であったならばその身の無事すら保障できない。路地裏にすぐさま連れ込まれるだろうな。容姿だけならまだしも、その魅惑の調べで歌い、あまつさえその声でさえずられてみろ!並みの男だったら到底太刀打ち出来るか!しかも、いつまで経っても失われない、その無垢な心は何なのだ!?そんな女をどうやって義妹として見ろというのだ!俺の理性も焼き切れるに決まっているだろう。しかも何だ!?そのけしからん胸の開き具合に加え、身体の線を強調したその衣装は!?それで誘っているつもりなど無いなどと、どの口がそれを言う?」


 一息です。


 リュームの両肩をがっちり掴んだまま、語尾も荒く言い聞かされましても何とお答えしていいものやらです。

 リューム、言われた言葉を反芻しつつ噛み締めつつ、理解しようと努めて言葉を失ってしまいました。

 それもせん無い事だと思うのです。


 (はぃ?ご領主様、今までの評価とまるでまるで真逆ですが、えええええええ!?)


 ご領主様の肺活量も素晴らしいですが、なんの。

 リュームも以外に負けちゃおりません。

 歌うのは何気に呼吸が長く続かねばならないもので、鍛えられておりますよ?


「ご領主様、リュームはその、そうなのですか?今まで言い聞かされた事と違いすぎて、理解できません。リュームにとってご領主様のお言葉は絶対のものであり、絶大な影響力でございます。それは今も変わりません。今さらそのように言い聞かされて何故解らないのだと言われましても、途惑ってしまいます。だったら今までの七年間は何とすればいいのでしょうか?」


 絶大な影響力を持つ事に薄々勘付いてはおりましたが、言葉にする事でより一層はっきり致しました。


 ルゼ様が折に触れて『ヴィンセイル殿の評価に下ってはならないのよ』と、言い聞かせてくれたのも頷けます。

 ジャスリート家の皆様がリュームに何を諭そうとして下さっているのか。

 それに気がついてはいましたが、リュームはどこか上の空でありました。

 自分の事なのに、まるっきり他人事くらいにしか捉えておりませんでした。

 それだけリュームの耳ときたら、ご領主様の言葉以外に影響されないと言う事ではあります。

 ですが、それはとんでもない話なのです。


(ああ。リュームよ、この方に太刀打ちできますか?)


 あまりにタチが悪すぎます。

 苦しく感じながら瞳を伏せました。


(やはりこの方はリュームの一番好きで、一番この世で嫌いな方)


「悪かった」

 リュームが重苦しく黙り込むと、遠慮がちに抱き寄せられました。

「無様だがもうなりふり構うか。リューム、おまえの全てを俺によこせ。どうかこのヴィンセイル・シェンテランの妻になれ」

 胸の鼓動がひとつ、抉るように大きく響きました。

 ちょうど宝石の柘榴さまの真下でです。

 まるでザクロ様にほくそ笑まれたかのような気がします。ええ。

 微笑むなんて可愛らしいものじゃなしに。


「ご領主様?し、しっかり?」


 気を確かに持ってくださいまし!

 こんなに弱気な彼は初めてです。


 それでいて何気に命令口調なのは変わりません。残念。


「返事を。今すぐ。でなければ俺は何をしでかすかわからん」

 その返答次第でリュームの身はどうにかなってしまいそうですが、ご領主様?

 それよりもひとつ、確かめておかねばならない事がありますでしょう。

 答えを無言で待ち侘び、じれったそうにこちらを窺う瞳を見上げます。

「あの、その。だから、その。ええと、ひとつだけ教えて下さいませんか?」

「何だ?」

「ご領主様はその、あの、リュームの事お嫌いではないのですか?」


「リューム」


 彼は今まで見た中でもそれはそれは最大に憐れなものを見る目で、リュームを見ておりますよ。

 切れ長の瞳が見開かれた事で、幾らかまあるく見えました。

 闇夜を見据えるエキのように、瞳孔が開いたようなまんまる。

 その瞳を覗き込むように見上げます。

 以外にまつげが長いですと、今さらながら発見。


 ご領主様はしばらく信じられないものを見るような、真に奇妙なものを眺めるかのようにしげしげとリュームを見下ろすばかりです。


 やがて盛大なため息が一つ、リュームの額をくすぐりました。

 かと思えば、次の瞬間には湿り気帯びたぬくもりが一つ、額の一点に集中しております。


「 そ こ か ら な の か 」


 ご領主様は額に唇を押し当てたまま、そう呟かれました。

 そこ?ドコからでしょうかね?

 とりあえず、そこはリュームのおでこです。

 再びため息と共に抱きこまれました。

 耳を掠めるのは重苦しいため息ばかりでは、こちらも切のうございます。

 やがて脱力したかのように、ずるずると彼はリュームの身体に縋りつつ、膝を折って行きました。

 リュームの両肩に置いた手も同じく、そのまま腕を辿るようにして手首を掴まれます頃には、彼のつむじを見下ろしておりましたよ。

 やや!

 そう言えば初めて見ましたよ。彼の頭のてっぺんなんて!

 ちょっと触ってみたいリュームですが、両手の自由はありません。


 やがてゆっくりと、ご領主様はご自分の左手をご自身の胸に当てられました。

 右手はリュームの左手を取ったままです。


「この胸の愛を捧げるただ唯一の女性が貴女様です。ジ・リューム・・・シェンテラン嬢」


 厳かな宣告の後、彼の唇が指先に押し当てられました。


「しょ、しょ、正気ですか!?」

 思いっきり動揺し、恐れおののくあまり後ろにのけ反ります。

「人がしごく真面目に愛の告白をしているのになんだ!!」

「だって!だって、ご領主様が悪いのです」


 一番最初にそのお言葉を下さいましですよ!


「リューム」


 リュームときたら。

 彼を見下ろしたまま盛大に涙の雨を降らせておりました。

 奇跡としか思えない出来事に驚きのあまり溢れた涙は、彼へと降り注いでしまいます。

 いけないと顔をそむけようとしたのですが、やんわりと手を引かれる事で拒否されました。

 そのまま、腰を折り恐るおそる彼の頭を包み込みます。


 呼吸を整えながら、こういった場合の返礼の作法とやらを必死で頭の中でさらいました。

 まさか、自分がこのような作法を実践するとは思わなかったものですから!

 一応淑女のたしなみとして教えられましたが、かなりうろ覚えです。


「誰よりもお慕いしております、ご領主様。この胸の愛を捧げましょう」


「・・・と」


「え?」


「ヴィンセイルと」


 耳元で囁かれます。


「ヴィンセイル様を、お慕いしております」

「様はいらない。呼び捨てで構わない」


 同じく、耳元で囁きこまれます。


「ヴィンセイル」

「リューム」


「決まりだな」

「何の事でしょう?」

「そのためにオマエを攫って来た」


 あ。やっぱり犯行は計画的だった模様です。


 ・。:*:・。・:*・。・:*:・。・:*・・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。


「このまま駆け落ちとしゃれ込むか」


 あまりに素っ気無くぽそりと呟かれたため、よく聞こえませんでした。


「が・・・がけ?オチ?」

「何故、崖を落ちねばならん。そうなれば心中だろう。冗談じゃない」

「心中?」

「か け お ち」


 何でしょうか?初めて耳にする言葉です。


「結婚を反対された男女がその土地を離れて行方をくらませることだ」

「く・・・くま・せらる?くら、せまる?」

 嫌な響きでございますね、それ。

「くらませる」

 嫌な予感もしてきますね、その言い方。貴方様が口にしたとたん特に。

 読めました。

 駆け落ちとやらに及んだ男女のオチはどうなるのでございましょうか。

「そうですか。そんな言葉もあるのですか。さすがリューム、世間知らずの教養なし!勉強になりました」

 それではっ!っとその腕をすり抜けようにもどうしいようもない。


「オマエはまさか公爵家に戻るとか言いだす気なのか?」

「は・・・んんっ」


 はい、もちろんでございますよ。


 そう答える前に唇を塞がれてしまいました。

 口封じ。


 何ていいいましょうか、今までの口付けともまた違いまして。

 必死でこの熱を繋ぎ止めておきたいと願いが込められているような。

 強引ですが、包み込まれるような安心感がありました。

 彼もまた不安なのかもしれませんね。


 リュームもまた、そうであるように。


 彼の熱を奪われたらリュームはきっと凍えてしまうに違いありません。


「んっ、ぁ、って・・・皆さ・・・しん、ぱ・・・んっやぁ、ま・・て」

「待てるか」


 彼の狂おしい息づかいの合間に、どうにか訴えます。

 が、すげなく却下です。


 いやいやと、頭をふります。


 だって皆さん心配していると思うのです。

 挨拶すらなくいきなり立ち去る気なんてございませんよ。


 ・。:*:・。・:*・。・:*:・。・:*・・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。


 ちぃっ、舌打ちと共に唇が自由になりました。


「何故だ?たった今俺に永遠の愛を誓ったその舌の根が乾かぬうちに、何を言い出すのだ」

「た、たひ、たふぃかに」


 口唇のシビレが酷くて、言葉がうまく出てきません。


 確かに乾いちゃおりませんね。

 それどころか、かなり、湿っておりま・・・すよねって!?


(うわあああああああん!慣れてませんが、けっして、慣れてませんが!)


 リュームは今、何をしておりましたか!?

 言葉にすら変換できません。頭の中であってすら煮えて、沸騰しております。

 しばらくお待ち下さい。

 ぜっぜと荒い呼吸を繰り返します。


 それに大分脚色されてはおりませんか?

 え、えいえん?永遠の愛って、ええ!?


「え、永遠でございますか!?永遠を誓われたのですか!?」

「改めて問う。また、そこからなのか」

「そ・そ・それは、永遠を誓うのはご婚礼のお式の際ばかりと思うておりましたから」

「だったらこのまま神殿に乗り込むか」

「ええと?それはなりません。戻りましょう、ご領主様」

「まったくオマエは強情と言うか、何というか。何故、俺に身を預けきれない?」


「預けきれる訳がありましょうか。――あと、余命三年ばかりの身で」


 ご領主様が息を飲んだのが解りました。





『嫉妬に狂う領主』


焦がれすぎ 壊れた模様 ヴィンセイル (字あまり。)


そして動揺しつつも何気に冷静なのは女だよなー。


リュームさん。


天然なのはブリだのうなぎだけで充分なんだよ!


そんなツッコミを入れずには、物語は進められません。


次回、かなり正念場かと思われます。(ワタシが。)



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