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第四十二話 ジャスリート家でも食い違う唇


うん、生温いと表現するに相応しい感じです。


どうぞ!  ↓

 

 ゆっくりと額同士をこすり合わされるように密着されては、はっきりいって意識も飛びそうになっております。

 近いです。近すぎです!!


 リュームが愛しい。


 ふいにダグレスが真似た口調が蘇りました。


 わー!わー!!わ――ぁあ!!ですよ。

 何も今思い出さなくってもいいでしょうよ、リュームよ!

 羞恥で頬が火照った上に、やはり湧き上がってくる恐怖も重なっては、なす術もありません。


 正直、リューム油断いたしました。ええ。

「お久しぶりです。」とか「お元気でしたか。」など等の当たり障りの無い挨拶から会話を進めるべし!と、寝室を出る前にこっそり練習したのは無駄だったようです。

 この方を見くびっていたとまでは行きませんが、こういうお方だったのを忘れておりました。

 今、思い出しました。遅い!


(ミゼル様が側にいらっしゃるから、大丈夫だと思ったのに。まさか、まさか、こんな事になるなんてっ!)


「嫌ぁっ!」

 悲鳴を慌てて飲み込みます。

 その意図に気が付いたらしいご領主様は、にやりと笑われました。


「いいのか?ミゼルが目を醒ましても」


 そこです、それ。注目すべきはそこですよ!


 イイ訳がありましょうか!?


 言葉も無いままに、全力で頭を振ります。


 青ざめるリュームを眺めながら、ご領主様と来たら!もう!

 ダグレスに負けず劣らずの意地の悪ーい、でも最高にご機嫌そうな笑顔です。

 いえ。ダグレスも真っ青です、その底意地の悪ーい笑い方。


 いくらミゼル様が隣室でお休みだろうと、普通、こういう事をしますかね!?

 厳密に言えば、扉一枚隔てただけですよ?ひぃぃ!お(たわむ)れを!

 言葉も紡げず、ただただ、ご領主様を凝視します。途端に唇の端を持ち上げないで下さいませ。

 それでいて目はちっとも笑っていない所がコワイんですってば。

 まったくもぉー!相変らず憎ったらしい笑みですね。くらくらします。


 (卑怯者――!!)


 本当は全力で叫びとうございます。


 何せ、ミゼル様は十四歳でらっしゃいますよ!まだ!


 そんないたいけなお嬢さまに、こんな・こんな・・・!


 か ろ う じ て


 今のところ、頬ですが。

 挨拶で済みそうもない口付けの現場を目の当たりにするってどうなのでしょう?

 軽くトラウマ事項入りに間違いありません!

 しかも。この方、下手したらミゼル様の前だろうと何だろうと、お構いなしでやってのけそうな気がします。

 そこら辺は気のせいであって下さいまし、お願いします!


「リューム」


 怖い。


 ただ名前を呼ばれただけなのに、身体の芯から震え上がってしまいました。


 彼の声はリュームに対する苛立ちが込められているかのようで、たいそう低く響きます。


 容赦の無い鋭い眼差しは、リュームという獲物に向けられているのです。

 獲物がただのカラス一羽であっても情け容赦というものを知らない眼差しに、彼こそが獣様ではないでしょうか。

 今、緑の(まなこ)の獣が捕らえる獲物はリュームというカラスのみに向けられているのです。

 ご領主様の眼力に常々晒されてきたリュームでございますが、耐久性は何ら鍛えられておりません。

 よってさっさと試合放棄。要は目を閉じてしまったって事です。あ――。


 そんな事をしたら敵の思うがままにされちゃうって、頭では解ってるのですけどね。

 ぅぐ、っと明らかにリューム呼吸ごと飲まれた模様。変な声が出ましたよ。

 きつく目蓋を閉じてしまったのが運の尽き。

 でも彼もきっと一瞬、笑いをふき出してしまったまま・・・そのまま・・・リュームに押し付けた気がします。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・


 唇を。


 口付け。


 ――口付けられてます。


 何度目でしょうか?


 脳裏によぎるのは息苦しい思い出の数々。


 暗がりで、(とばり)の影で、目覚めてすぐと、嫌いと言い放ったらすぐさま。


 ああ。それに、意識を手放していた時も。それこそ、いったい幾度口移しで水を与えられたのでしょうか?


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・


(ひゃ、ぁあ!)


 色気も何もあったものじゃございませんが、現実では上げられない悲鳴を心の中で上げるなら、このようになります。


(ひゃぁあああ!そんな、そんな、そんなぁああああ!!)


 嫌ですね~・・・。

 この間(飛び出す直前)の時より、やたらにいつも通りの思考を保てる自分にびっくりですよ。

 要は彼の次の動きがある程度予測できるから、そうそう慌てずに済んでいるといいましょうか。

(あ、やだ・・・ヤだっ、か・噛まないで下さいっ!ひぃぃ~~~)

 慣れてません!えええ!断じて慣れるものですか!


 押し付けられる熱は苦しいし、胸が軋みます。


「・・・ぅん!」


 そもそも悲鳴やら抗議の声は上げられませんな状況ですし。

 涙が(にじ)みます。

 その上、少しばかり暴れてみようかなーと目論見ましても、腰周りはがっちりと固定されてますんでございますよ。

 どうしましょうか。

 どうしょうもないですけど。

 相変らず、本当に勝手です。

 その身勝手さに身を委ねてしまっている自分にも呆れますけれど。


 滲んで目尻に溜まった涙が溢れ、頬を伝います。

 勢いゆるやかな雫はゆっくりと頬の線を伝い落ち、これまた受け止めきれない唾液と混ざってしまって、只今リュームの顔はたいっへんな事になっていると思われます!

 もはや恥ずかしいとか、そんなカワイイ程度じゃ済まない気がします。


(ご領主様、嫌です)


 そんな言葉に出来ないもどかしさで、彼の胸をこぶしで打ちます。

 押して、突っぱねようとしたのですがそれすらも、ただ角度が変わって余計に彼の舌を深く受け入れねばならない結果になっただけでして。

「ん・・・っ!?」

 今度は背中だけではなく、後ろ頭まで押さえつけられてまたしても身動き取れません。


 なので。せめてと言うか。何というか。自分でも説明は付きませんが。

 されるがまま、ただ受けていただけの口づけに応えてみました。

 まぁ、せいぜい何とか押し返すくらいという可愛いものでしたけど。

 抗議の意味も込めてですが、今ひとつ力の入れ所が解りませんね。


 逃げられもせず、ただ好きに蹂躙させていたわけですが。

 そこで立ち止まって受けて立った気分です。


 それがとんだ間違いだったと気が付いたって、時すでに遅しでして。

 余計に!それが余計に奥深く導いてしまう結果に、半泣きどころか本泣きです。

 要は返り討ちにあってしまっている、絶望的な気分。


 自分の経験の無さがまた自分よりも遥か強者に歯向かうという、無鉄砲な行いに走った結果がコレですか。

 敵は恐らく経験を積みまくった、百戦錬磨に違いありませんよ。


(って!――誰と?リューム以外とに決まってるじゃありませんかね?)


 だから!そこで何でまた涙の勢い増しますか、リュームよっ!?


「ぅぅ・・・うえっくっ」


 思わず嗚咽が漏れるくらいに。


 今度は両肩を掴まれて、微かに驚きを浮べた瞳に覗き込まれます。

 両頬を挟みこまれました。

「リュ、おまえは。やっと応える気になったかと思えば!」

 何だってそこで派手に泣き出す、大人しくしていれば俺だってやりようがあったというのにと、ぶつくさぶつくさ言い聞かせるために解放となったようです。

 何だかよく解りませんが、彼の意表をついた模様。

 や・・・やれば出来るではないですか、リュームよっ!涙目で自画自賛。

「!?」

 放されたほんの一瞬だけですが。

 リューム、と彼の唇が形作るのを確かに見ました。

 そのまま再び唇が寄せられます。

「も、充分でございましょう?」

 充分、リュームをいたぶりましたでしょう?

 ええぃっとばかりに彼の顎を目がけて、手で突っぱねました。

「まだ足りるか」

「嫌がらせ、反対でございますっ」


 そんな攻防戦が続いた後、痺れを切らしたらしいご領主様に抱きこまれてしまいました。

 頭のてっぺんや目蓋に、口付けの雨あられ付きで。


「リューム・・・何を嫌がっているのだ?」


 はぃ!?

 この状況で何を仰いますか、この方!相変らず過ぎでしょう。

 反省の色はまぁったく見られないって、どれだけ残念なお人何でしょうか。

 リュームが何ゆえを思って、シェンテラン家を飛び出したのかなんて考えてもくれなかったのでしょうか?

 それとも思いつきもしないとか。

 ありえますね。泣けてきました。

「いや・・・いやっ!」

「オマエが悪い」

「!?」

 やっぱり?そう来ました?


 何ゆえでしょうかねっ!?

 言葉にはしませんでしたが、驚きのあまり彼を見つめました。

「オマエが俺を誘い、惑わせるからだ。リュームのくせに」

「身に覚ぇ、が、ござぃませ・・・ん」

 上がった呼吸を気取られぬようにと平静を装いながらのお返事は、たいそう骨が折れます。

 しかも何ですか、この鼻にかかった寝起きみたいな声は!自分でも寒気がするではないですか。

 ええぃ!ご領主様め・・・また難癖を付けて、リュームに嫌がらせですか?

 それならば、絡む視線を挑戦と受けて立てばよいのでしょうか。

 この方はリュームが歯向かうのを面白がっているふしがありますからね。

 その上でこてんぱんにリュームをあしらうのがお好みのようですから、本当に悔しいったらありゃしませんよ。


 唇を噛み締めてみましたところ、ひり付きました。

 その微かなくせにいやに主張する痛みのせいで、逸らすまいと挑んだ眼差しが早速ぶれます。

(あれ?何で痛いのでしょうか、って!噛み付かれましたものね!当然ですよね、そりゃあ、ねぇええ!?)

 まさに噛み付かれたと表現するに相応しい行い。

 その感触冷めやらぬ唇をどうしたものかと泣き出しそうです。

 何のこれしき、と今度は唇を引き結びました。


 ぐいっと唇を拭います。

 余計にひりひりしてすぐ後悔しましたけれども、そこは気合で面には出しません。

 指先は震えてままなりませんが精一杯、彼の胸を突っぱねて顔を背けました。

「いや、です。ご領主様、いやです。嫌ったら、いやですっ!」

 いーやー!!と全身を使っての離れてクダサイの意思表示に、難なく両手を封じられてしまいました。


「来い、リューム」

 もちろん返事を待たずに引っ張られました。

 ほんの距離にして三、四歩よろけます。


「鏡を見てみろ」


「!?」


 ご領主様に背後から囁きこまれながら、否応無しに鏡に映る己を見せられました。


「リューム。これでもまだオマエは俺だけを責めるのか?」

「な、何を?」

 仰いますやら。

 そんな抗議の言葉を紡ぐ暇さえ与えてもらえません。

 がっちりと胸の下に腕を回された上、顎を鏡に向うようにと固定されたとあっては、嫌でも己が状況が目に入ります。

 上気した頬に潤んだ瞳。

 それに何より紅く腫れた口元。

 いつの間に外されたやら結び目の、はだけた胸元に覗く傷痕すら赤味を帯びているような。


『鏡を見るという事は自分自身と真向かうこと』


 だから貴女に鏡を拭いてもらっていたのよ、というルゼ様のお言葉がよみがえりました。

 そのおかげで少しだけ前向きに、鏡を見る事が出来るようになってきたっていうのに。

 この方はまた、何て事をしでかして下さるんでしょうかね?

 そんなルゼ様のお心使いやリュームの努力を、さらりと無に帰すような行いをやってのけますね。


「真に用心したいというのなら、衣服から表情から何から改めて俺の前に立て。もしくは最初からどこかに身を潜めていろ」

「いや・・・ぁ、」

 耳元で囁かれたと同時に、今度は項に唇が押し当てられました。

 逃れようと前に伸ばした両腕は、むなしく空気をかきました。

 顎を掴んでいた彼の手に今度は、リュームの胸の上から肩を抱き込む形でがっちりと固定されてしまいました!


 彼の唇が肩から耳元へと、ゆっくりと這うように移動する様を鏡越しで見守ります。


「リューム。いい加減に覚悟を決めろ」


 何の覚悟でございましょうか。


 改めて訊く勇気は、只今のリュームにはございません。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・


 ・・・・・・かちゃり、と音がして寝室の扉が開きました。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・


 どきっとした後、ほっとしたリュームの耳元でご領主様ときたら、ちっと鋭く舌打ちされましたけどね。


「ミゼル様?」

 目を覚まされたのでしょうか?

 心底慌てて寝室の方を振り返りましたが、その隙間から身を滑り込ませてきたのはレドでした。

 口にはご領主様の上着を咥えて、引き摺っております。


「まぁ、レド。レドが上着を持っていてくれたのですか?」


 ””・・・・・・。””


「レド。それはご領主様のものなのです。お返しいただけますか?」


 ご領主様に拘束されたまま、何とか身体を捩ります。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・


 ””レドは!””


 リ ュ ー ム な ん か 大 嫌 い だ ! 


 唸るなり、レドは上着を地団駄と両前脚で踏みつけました。

「レ・・・っ!?」


 何を、と問いかける間もなく、レドは上着の袖口をくわえ、牙を食い込ませて引っぱりました。


 びっ、と耳障りな音がします。

 なおもレドは力を弛めず、顎を引き続けます。


「レ・・・レドっ?」

 呆然としながら、目の前の白い獣の名を呼ぶのが精一杯でした。

「レド、それはご領主様の物なのです。レドがリュームの事、嫌いなのは解りましたから、それは返して下さい」


 ””リューム何て、真っ黒の毛並で見っともないくせに!図々しくジャスリート家に居座って!生意気だから、こうしてやる””


 レドが上着を前脚で押さえつけたまま、顎で片袖を思い切り引きちぎりました。





『 そ ん な ワ ケ あ る か 。』


レドに「預かってくれていたのですか?」と問うたリュームに、すかさず心の中でつっこんだのは領主だけではないと思います。


レド、いい感じでお邪魔虫。


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