閑話 ~離れていても一番の味方~
お久しぶりのニーナです。
領主 → ニーナ → ニーナの所の勤め人
目線の順でお送りします~
「ニーナ。おまえの方は大丈夫なのか?ここ最近、家に帰っていないと聞くが」
ニーナは嫁いだ(といっても婿取り)にも関わらず、通いの侍女である。
月に一度まとめて休みを取り、夫の待つ実家へと帰る。
ニーナの夫も多忙なため、そうそう家には帰れないらしいからそれに合わせてはいるようだ。
それだけでもよく許可が下りたものだと呆れて尋ねると、本人はいたって淡々と
「それが婚姻を承諾する条件の一つでしたので、飲んでいただきました」と笑顔で答えた女である。
しかし流石にそれすら蔑ろにするのもいかがなものか。
一応家庭に入っているにも関わらず、こうもこちらに関わり切っていて大丈夫なのかと尋ねた。
「それどころじゃございません」
「いいのか」
「緊急事態ですから。ご心配いただかなくとも離縁されたり等は・・・まぁ、まだ無いと思いますから」
「まだ?」
「ええ。夫の家は私の家の名がまだまだ必要でしょうし、こうやって私がご領主家の侍女として仕えているっていうのもある意味夫の助けになってますからね。文句はないでしょう」
「・・・・・・。」
そうか。と肯定するのもはばかられる位、赤裸々に事情を説明された。
あからさまに嫌そうに、しぶしぶ政略結婚しました(事後報告か!)と告げたニーナらしいと言えばらしい。
「それでもお気遣いありがとうございます」
ニーナは頭を軽く下げた。
しかしそれもすぐさま勢い良く上げられ、何やら熱のこもった眼差しと対峙する形になった。
「もし真にこのニーナを気遣って下さるのならば、このお茶会とやら是非!全力でお臨み下さい。そして、早い所決着をつけてですねーこのニーナを安心させて下さいませ!」
リューム様をお迎えに上がる、またとない機会でございますから。
「言われずとも」
ニーナとも付き合いは長い方だ。
その度にコイツは女にしておくのは惜しい気がする、と時折り思わせてくれる。
あっさり運命やら仕事やら何やらを受け入れて、飄々と何でもこなす様が実に凛々しいといえなくもない。
まぁ男だったらまず間違いなく恋敵だろうから、こう容易く口を利かないと思うが。
「さてー。これとこれとこれを御召しになってはいかがでしょうか?」
熱心に薦められた服に黙って袖を通した。
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リューム様とのやり取りから察するに、もう如何ともしがたい事実が明らかになった。
色々と。
そりゃーもー色々と!
もうもうもうもう!リューム様ったら可愛すぎ。
今まで嫌われて(いると思い込んでいて)辛かった事も。
素っ気無い態度に(当然)傷付いた事も。
それでも彼なりに(強引極まりないとしても)歩み寄ろうとしてくれた事も。
何もかもひっくるめて戸惑いが隠せないが、彼を慕うリューム様のお気持ちが伝わって来る手紙にワタクシめは覚悟を決めたのだ!
こんなにも・どこもかしこも・なっちゃいない若造にくれてやるのも惜しい気がしてならないワタクシめこと、ただの侍女のニーナだがそこはそれ。
他のもっと馬の骨とも知れない野郎にくれて、おいそれと目の届かない所にお嫁に行かれるのもまた癪である。
その辺を譲歩した結果が、ご領主様を応援してやろうではないかとなったのである。
まぁ・・・できる事はせいぜい限られておりますけども。
精一杯その背中を思いっきり良く後押ししてくれようというのが、長年少女をお世話させていただいたワタクシなりの答えだ。
少女の、いや。もう立派な貴婦人だから、彼女と呼ぼう。
彼女の幸せを心から願う。想う人と添い遂げて欲しいと願う。
自分は政略結婚しておいて、どの口がそれを言うかと我ながら呆れる。
あまりに格好の付かないワタクシだが、オトナにはオトナの事情というものがあるのだ。
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『俺は主に忠誠を誓っている』
『だからこそ君とは話が合うと思う』
『君の好きにして構わない。俺も君に無理強いはしない』
『正直、君の家の名とそのシェンテラン家との縁は抗い難いほど魅力的なんだ』
『どうだろうか。婚姻という名の共犯者にならないか?』
なんだそりゃ。
今は夫の、かつての見合い相手の言葉を反芻する。
甘ったるさ皆無である。
こうまでもあからさまに「都合が良いから。」という理由で求婚されるとは夢にも思いませなんだ。
その薄らぼんやりとも表現できる男の顔を見てつくづく思った。
『人は見かけによらない。』
そう。夫は正にその典型的な例とも言えた人物だったのだ。
感情よりも何が有利に働くかを基準に物事を進める神殿仕えの選良人材。要は出世頭。
名はシグレル・アランサード。歳は(当時)二十九歳。婿入りも承諾する、いやむしろ希望との事。
それがワタクシめに与えられた彼に対する全ての情報だった。
その率直な物言いに、呆れたが感心してしまったのも確かだった。
要は「俺は主が最優先なのでよろしく。」といった所だろう。
望むところである。
こちらもご主人様一筋なのでよろしくしたい!とお答えしたら、さくさくと婚約の手はずが整えられてしまったというワケだ。
気が付けば人妻である。
それからもう二年経つ。
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「何故俺の味方をするのだ」
「あら嫌だ。最初っからお味方ですのに」
なんて、白々しい忠義心は浮きに浮く。ははは。ばればれか。では、正直に!はい!
「そりゃあワタクシめはリューム様のお味方ですから?」
「なんだと?」
「知りたいですか?」
手際よく持ち歩いている手紙を胸元から抜き取り、ひらつせた。
もちろん、彼女の切ない気持ちが書かれた物だ。
ある意味当人に宛てた物ではないにしても、恋文だと言って良いと思われる切なる内容盛りだくさんだ。
しかしご領主様はふいと視線を外すと、首を横に振った。
「いや。いい。それはニーナ宛のものだ。俺に宛てたものではない」
「ご自分のは二枚きりでしたものねー?」
何気に自慢して刺激してみる。ワタクシめは通算二十三枚にも及ぶ。
ご領主様は負けず嫌いでいらっしゃる。
だから当然張り合ってくるだろうな、と踏んでの挑発であったのに対応は以外にも大人しかった。
「俺だって二枚しかアレに書いていないから当然だ」
以外に。以外に俺様も捨てたモノでは無さそうだった。
ひったくられる位は覚悟して、こちとら模写まで済まして用意したっていうのに残念である。
彼もようやっとオトナになってくれたようだ。例えそれがやせ我慢だとしても良い傾向だと思う。
なので少しは良い気分にさせて差し上げてもよろしかろうと判断した。付け上がらせない程度に。
「ええとーこれは独り言なんですけど。リューム様ずいぶん寂しくてらっしゃるようなんです。会いたい、でも会うのがコワイ方に会いたくて毎日」
「毎日?」
「ふぅ。このニーナに会えないよりも堪えていらっしゃるなんてねぇ。切のうございます」
「ニーナ」
にんまり。
心の中でも実際もそのように形容するに相応しい笑みを浮べたと思う。
「確かな事はリューム様に直接お確かめ下さいませ。ああ。ですが?ニーナが思うに何やらお二人の思われていることは全くもってご一緒かと思われますが?」
その後、彼は速やかに身支度を整えてジャスリート家に向ったのは言うまでもない。
リューム様。
彼、格好良く仕立ててみました。
黒地のおズボンに、深みのある濃紺の上着を羽織っていただいて、あなた様のお側立つとそりゃあ映える様にね。
あ、そうそう。
彼、上着はいらないとかぬかしてましたよ。
期待しちゃってるようですよ!脈、ありありデス!
そんな風にして心の中で、リューム様に語りかけるのがここの所の日課である。
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「だんな様。奥方様は今月は帰られないのですか?」
無言であった。
「だんな様。意地張ってないで一言『帰ってきて欲しい』って仰ればすむ事ですよ?」
「契約したから」
「さようでございますか」
何てことはない。
婚姻の際に交わされたという契約を健気に守っているのだ。このお方は。
どちらも可哀相に。
奥方様も「政略結婚だし、どうせ夫は家柄目当てだし!必要以上に妻の務めを果たすまでも無いか!」
ってきっと勘違いされておられると思う。
あの奥方様なら充分ありえる。
「差し出がましいようですが。早い所手を打たないとずっと仮面夫婦のままですよ?」
「契約したから」
イラッと来た。慰めるのは止めにしようと、入れかけのお茶を下げた。
「いいから早く書状をお書きになって下さい!」
紙とインクとペンを差し出す。
「僕も奥方様にお会いして元気を分けてもらいたいですから。それではいけませんか?」
「そうか。フリーデルがそう言うのなら、仕方が無いな」
そこでやっと理由を見つけて書き出す我が主のつむじを見下ろしながら、思わずはたきつけたいのを必死で堪えた。
こんな調子も早、二年である。
『またですよ』
関係ないっちゃ関係ない話ですが、ニーナさんは人妻です。
しかもこちらも相当捻じ曲がっちゃっているご様子。
ニーナとそのだんなさんの話も・・・。
きりが無いのでこぼれ話で。