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第四十話 ジャスリート家の招待客

来ましたよ、勝負のお茶会。


選手入場です。

 

 

 本日のお茶会はごくごく限られた内々の物とお伺いしていたのですが。

 やはり公爵様の仰る「内々」という物は、規模が違いますね。

 

 次々と訪れる招待客の皆様方にご挨拶をしながら、そのように感心してしまいます。

 

 ディーナ様とミゼル様とリュームは、お館の中庭に面したお部屋に控えてのお出迎え係を命じられたのです。

 中庭へと面した窓と出入り口は大きく開け放たれ、ここからでも庭で咲き競うお花が見えます。

 風も陽射しのぬくもりを乗せて吹き込み、カーテンやリュームたちの頬を優しく撫でて行きます。

 それが温かく誘ってくれているかのようで、思わず目を細めてしまいます。

 お天気も風もお花も何もかもが心地よく、正にお茶会には最高の良き日です。

 お客様方も嬉しそう。誘われるように中庭に設けられた席を目指します。

 

「ようこそお越し下さいました。ザカリア様」

「お招きに預かり光栄でございますよ」

 

 優しそうなおじい様です。リュームもにこにこしてしまいます。

(ルゼ様の昔からのご友人よ。元は神殿の護衛団長でいらしたとか)

 ディーナ様がこそりと教えて下さいました。

 

「これはこれは。また目にも鮮やかなお花さんたちのお出迎えだ。今日の皆さんの衣装の見立てはルゼだろうね。女の子を着飾るのが趣味のルゼらしい。素晴らしく似合っておりますよ、お嬢さん方」

 

 にこりと力強く微笑まれました。

 ルゼ様のお見立て。その通りです。リュームはこくこくと頷きます。

 

 ディーナ様はその紅い髪を惹き立てるようにと、鮮やかな新緑のお召し物です。

 ミゼル様はその金の髪に負けぬようにと、軽やかなレースがたくさんあしらわれた薄紫色のお召し物を。

 リュームはですね。

 純白のレース覗く裾のドレスの上に、金糸で細かく縁取りされた深みのある赤いドレスを重ねております。

 それを金糸で編まれた腰帯を巻きつけて、豪華な装いをさせて頂いております。

 何でも胸元のザクロ様に負けないようにするには、装いにもそれなりの気合が必要だそうでして。

 気合。そこら辺は同感でゴザイマス。

 半端じゃないこの存在感は打ち消すのは並大抵ではないでしょう。

 リューム、いつもは試合放棄です。

 要は襟首の高い服で隠してしまうか、ボレロやショールを羽織っております。

 

 しかし今日はザクロ様にも助けてもらいなさいな、とルゼ様から言われたのです。

 リューム嬢の魅力をもっと惹き立ててくれるようにね、と。

 そんな訳でして。リューム、胸元がやや解放されたドレスです。

 

 ええと。何やら一番凝った造りのような気がするのですが、よろしいのでしょうか?

 

 そんな気後れは口にする事すら、眼差しひとつでやり込められてしまいましたけどね。

 

 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*

 

「リューム嬢!」

 一通りの挨拶を交し合うとすぐさま名を呼ばれました。

 この方もまた背が高くてらっしゃるので見上げます。

 その満面の笑みのままじっと見下ろされて、何とも気恥ずかしくなってきます。

 少しくせのある柔らかそうな髪に、水色の瞳が何とも親しげなこの方はリハルド・メルシュア様です。

「リ・・・ド様?」

 不躾にも愛称でお呼びしてしまいました。

 はっとしたようにリハルド様がすみませんと呟くと、すっと右手を差し出されます。 

「ああ、ご無沙汰しております。ジ・リューム嬢。お加減が優れないとお聞きして心配しておりました。何でも宴の後に倒れられたとかで」

 言葉だけでなく、その口調までもが温かみがあります。

 何もかもどこか安心してしまうような、柔らかな物腰にリュームは緊張が少しほぐれます。

 いたって自然に差し出された手に、手を預けておりました。

 いたずらっぽく微笑むと、リハルド様はその笑みの形のままの唇をリュームの指先に寄せました。形だけ。

「ありがとうございます。もう、大丈夫です。お恥ずかしい」

「いいえ!そんな!だいぶお疲れだったのでしょう。今日もどうぞあまり無理をなさらずに、お疲れになったらすぐこのリハルドにお申し付けください」

「ありがとうございます、リ、ハル、ド様」

 もうリュームはどもったりしないのですから、落ち着いて。

 ジャスリート家に守られているおかげで、闇が舌にまで絡みつくことは無いのですから。

 それに、誰もリュームの事を蔑んだりしないのですから、いつまでもビクビクしていては闇に負けてしまいます!

 落ち着け・落ち着け・落ち着け。

 そう繰り返しながら、落ち着いて発音しました。ゆっくりと慎重に。

 そうしたらちゃんとリハルド様のお名前をお呼び出来ました。

 そこで安心してしまい思わずほにゃっと、気の抜けた笑みがこぼれてしまいました。

「やはり、リハル・ド様はお優しいのですね。お気遣い、感謝いたします」

「リューム嬢には敵いませんよ。申し訳ないのですが席まで案内していただけると助かります」

「はい?」

 席はお好きな場所でいいはずなのですが、そうお答えするのも何だかはばかられます。

 では一番お日様が当たって、お庭が見渡せる席へとご案内するまでです。

「で、では、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 リハルド様がまたよりいっそう深く微笑まれました。

 

 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*

 

「リューム嬢、お元気そうで良かった」

「あの・・・お花をたくさんありがとうございました。お礼が遅れてしまって申し訳ございません」

 

 あのシェンテラン家の廊下でダグレスと連れ立って見た、たくさんの花々はリド様が贈って下さったもの。

 その事を知ったのは、実はつい最近なのでした。

 どうりで見たことの無い種類のお花が多いと思いました。

 しかし表立ってお礼をするために動く事も出来ずにいたので、改めてお礼を伝える事ができてほっとしました。

 何せ、こっそり(配達係り獣サマによる)ニーナとやり取りしている手紙で知った事ですから。

 

「いえ。こちらも押し付けがましくて申し訳なかった」

「そんな事ありません。あの綺麗なお花は全部、リハルド様のお庭のお花でしたか?」

「ええ。我が家の庭のものですよ。どうですか、我が家に見にいらっしゃいませんか?ご招待したい。是非」

「ありがとうございます」

「きっと。お待ちしていますよ、リューム嬢」

 

 そんな他愛の無い会話運びすら、洗練されたリハルド様に感心してしまいます。

 

 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*

 

 リハルド様をお庭へとご案内し終えると、すぐに戻りました。

 その僅かの間に何があったのでしょうか?

 ミゼル様が盛大にしかめっ面でらっしゃるのです。

 リュームを睨むかのように見上げて唇を引き結んで、重々しいため息を吐き出されました。

 一方のディーナ様は、相変らずゆったりと余裕の笑みのままですが。

 

「どうされたのですか、ミゼル様!?」

「どうしたもこうしたもないわよ!う、うちのお父様とお母様が言っていた事があまりに真実で・・・」

 

 ヴィンセイルが一番不利じゃないのよぉー!!

 

 そう叫ぶとミゼル様はリュームに抱きつきました。

「わぁ・・・っ!真実とは何のことでしょう?」

「ヴィンセイルが選ばれる確率があまりに低すぎるって事よ!」

 

 ミゼル様・・・しっかり?

 そのお背なをさすさすと擦ります。

 

「そうですか。ご領主様ならきっと大丈夫ですよ?」

 

 きっと、公爵様に気に入られると思います。

 だって既にもう彼を「すごい」とルゼ様は褒めていらしたもの!

 そう嬉々としてお伝えすると、ますますミゼル様の嘆きは深くなりました。

 慰めるどころか、逆効果!?な・・・ナゼですか!?

「リュームはやっぱり、リュームでしか無いのだわ!!ばか――っ!ヴィンセイルはね、ヴィンセイルはね、公爵様だけに選ばれるんじゃ意味が無いのよ。そこの所を説明されずとも自ずと理解できてよ・・・って理解できたらリュームじゃない気もするけど」

「ええと。どうしたものですか、ミゼル様?」

 

 リュームはただおろおろするばかりでした。

 

 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*

 

 一瞬だけさざめきが押し寄せたように思いました。

 それと同時に感じたのは突き刺すかのような視線です。

 

 惹かれたようにそちらに顔を向けました。

 

 ああ、やっぱり――。

 

 目に飛び込んできたのは彼、でした。

 ご領主様。

 ヴィンセイル・シェンテラン様。

 リュームの。

 リュームの・・・何でしたでしょうか?

 

 相変らず金の御髪が眩しくて。

 深い緑の瞳が鋭いです。

 そして何ともいえない威圧感が、周りの空気を圧しておりますよ。

 

 早速、怯まずにはおれませなんだ。

 

 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:

 

 身に覚えのあるというよりも、体に刷り込まれた覚えあるそれに体が痺れたように思います。

 思えば七年もの間その視線に怯え、少しでも晒されぬようにと過敏に反応してきたのですから。

 

 とん、とミゼル様に軽く背を押された気がします。ほんの軽く。

 指先で促がすほど微かであったように思いますが、その微力だけで足元がよろめいてしまいました。

 何ともはや。

 

「本日はお招きに預かり光栄でございます」

 

 左手を胸に当てて礼を取る彼を、まずは迎えたのはディーナ様です。

「ようこそお越し下さいました。リューム嬢のお義兄様?はじめてお目にかかります。ディーナです。お噂はかねがねお伺いしております。ご活躍だそうですわね、ご領主殿?」

 淀みなくご挨拶されてそのまま、優雅に右手を差し伸べられました。

 

 ご領主様はそれを受けて少し屈み、その指先に形だけ唇を寄せられます。

 

 リュームときたら、流れの良いと表現するに相応しい所作を前に言葉が出てきません!

 流石です。

 ディーナ様はこのご領主様を目の前にして、何一つ怯むところを見せません。

 それもそのはず。いつもルゼ様やフィルガ様とお話されている時なども、何の気負いも感じませんしね。

 不思議の獣さま達に好かれるというディーナ様にかかったら、ご領主様も同じ獣さまのうちの一名さまに数え上げられてしまうのかも知れません。

 落ち着いた心と洗練された物腰で(きた)る獣サマを迎え撃つ。

 これ程までに優雅で儚げである貴婦人なのに、何故かしらそのような力強さを覚えてしまうリュームです。

 

「ディーナ嬢のお噂も伺っております」

「まあ。どのような?」

「色々と」

「あら。そうですの」

 何でしょうか。

 ディーナ様の影に隠れるようにですが、お二人に挟まれていると何やら見えない火花が散っているような気がしますが!?

 

「ジ・リューム・・・嬢」

 

 静かに名を呼ばれました。

 誰に?ってご領主様に!

 低過ぎも高過ぎもせず、しかし、ずしんと重みを持って響くお声です。

 ただ唇は戦慄(わなな)くばかりで「はい」と言う簡単な言葉すら出てきてくれません。

 申しわけありませんが、こくこくと必死で首を縦に振り続けるばかりです。

 

 ディーナ様の見せてくれた作法を思い出し、おずおずと右手を差し出しました。

 (ご領主様、です。本物です)

 そ、と手を取られて、やっと彼の存在を認識できたような気がします。

 

 一体、どれくらいぶりにお会いしたのでしょうか。

 そんなに長い間でも無かったはずです。かと言って短くもなったですが。

 おかしいですね。前はひと月もふた月も会わないなんて、当たり前でしたのに。

 

 ただ呆然とその彼が跪くのを見守りました。

 

 そのまま唇が寄せられます。

 

 思わず、一歩引いてしまいそうになりましたが、それはなりませんでした。

 ディーナ様です。彼女の手のひらがリュームの背を押し留めてくれておりました。

 肩越しに送った視線の片隅で確認します。ディーナ様は優しく微笑んで下さいました。

 だいじょうぶよ。

 そう慰められた気がしました。

 

 ディーナ様の方に気を取られていたリュームですが、そのふいに加わえられた指先の力に意識を呼び戻されます。

 

 かと思うと手全体をやわらかく包み込まれて、甲にご領主様の唇を押し当てられておりました。

 ただ寄せるという儀礼的なものではなくて。

 そこから伝わる熱が這い上がって全身を駆け巡ります。

 くるしい、です。

 行き場をどこに求めたらいいのか解らないのです。

 解放される事ない熱で内側からじわじわと(あぶ)られてしまうかのよう。

 顔が火照ってしまいます。

 

「ぃや・・・っ!」

 

 その事に怯え、口から飛び出したのはこんな言葉でありまして。

 弾かれたように彼の面が上げられました。

 じっと見つめ上げられて、視線が絡み合います。

 自分でもそのような拒絶の声が出た事に驚きました。そんな風になんて思ってもいないのに!

 今度こそ、彼と向き合おうって覚悟を決めて臨んだのに。

 いざ彼を目の前にするとこのザマです。

 おまけにリューム、じんわりと瞳が潤みだしている始末でございます。

 何とはなしに彼をまた突放してしまったように思えて、涙を見せぬために顔を背けました。

 

 そろりと視線を戻すと、彼は押し黙ったままです。

 何だかお辛そうです。そんな彼を前にして、ますます苦しくなってしまいます。

 何といいましょうか。

 彼の側を離れた事に対して、申し訳ないと思う気持ちはきっと罪悪感だと思うのです。

 後悔はしておりません。

 あのままでは何一つ解決しないまま、もっとこの方のお側に居られなくなっていた事でしょうし。

 

 滅多にお目にかかる事の無い、ご領主様の頭のてっぺんから目を離せない割りに、身体は逃れようと身を捩ります。

 

 ・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*

 

 しかし手は取られたままでした。指先をくいっと引っぱられます。

 当然よろけてしまいました。

 あ、と思う間もなく、素早く立ち上がったご領主様に受け止められておりました。

 そのまま肩を抱き寄せられてしまいます。それも一瞬の事。

 くるりと視界が半回転。気が付けばディーナ様とミゼル様とに向き合う格好でした。

 背中全体でご領主様の存在を感じます。

 その上しかも、彼の右腕に腰を抱きかかえられている始末ですよ。

 

義妹(コレ)がたいそう世話になっているようで、改めて礼を言います。ディーナ嬢。公爵殿とフィルガ殿にも同じく礼をお伝えしたい。お二人はまだ控えていらっしゃるのか?」

 

「まあ、ご丁寧にありがとうございます。当然の事ですわ。リューム様がいらしてくれて本当に良かった。皆、リューム嬢には癒されていますのよ。二人も、ええ。もうすぐいらっしゃると思いますからお待ちになって」

 ディーナ様は右手を中庭の方へとさし伸ばされます。

「案外遅かったのね。ヴィンセイル様」

「何故オマエがここに居るんだ、ミゼルード?」

「あら。わたくし今日は公爵様のお手伝いに呼ばれましたの!」

 

 ディーナ様!この状況を軽く受け流しすぎです!ミゼル様も!

 

 リュームは言葉を発することも、身動ぎすることもできないままでいます。

 固まっていると、背後から声が掛かります。

 

「礼ならば他でもない、我にも言ってもらおうか?若領主」

 

 あああー・・・。この偉っそうーな言い方は間違いありません。

 彼です。普段は一角の持ち主の獣サマ。

 ご領主様はリュームを抱えたまま、振り返りました。

 

「貴殿は?」

 

 ご領主様の口調から推測するに、恐らくは「貴殿」ではなく「キサマは」と尋ねたかったに違いありません。

 それくらい不機嫌な、切りつけるかのような声音であります。

 腕を組んで立ちはだかり、気持ち顎を上げてダグレスは何とも嫌な感じで口角を釣り上げました。

 

 ふふん、とその人を小ばかにしきった流し目は、即刻改めた方がいいですよ?ダグレス。

 

「リューム、来い。ルゼが呼んでいる」

「はい」

 

 こっくりと頷きますが、ご領主様の腕は緩む気配すらありません。

 この格好では見えませんが、確実にご領主様の眼差しも不穏なものに変わったご様子。

 リュームを抱えた腕にも力がこもりまして、ございます。

 

 ええと、ですね?

 

 このような場合どうしたらいいものでしょうか?

 

 そっと彼の腕に両手を置いて、見上げてみます。

 

 

 

『第三十八話の予告編のかいせつ?』


頭文字R組 = リューム リハルド そして 領主。


頭文字D組 = ディーナ ダグレス。


ああぉう~~また、本戦までたどり着けず選手入場までとなりました!

しかし、ヴィンセイル。

彼がどう出るかお待ちください~。

リハルドもがんばります。


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