第三十八話 ジャスリート家で受け取った手紙
黒い郵便配達係りが面白がっています。
見えない所でも暗躍中。
上がった塔でたっぷりと風に吹かれて涙も乾く頃、リュームを迎えに来てくれたのはレドでした。
””さっさとしろ””
「?」
すごく不機嫌そうにレドはその背へと向って、顎をしゃくり上げました。
ふさふさの尻尾も左右に振られ、イライラしているのが見て取れます。
””部屋に送り届けてやる。だから、さっさとレドにつかまれ。ディーナのお願いだから聞いてやるのだからな?ありがたく思え、黒髪!””
それだけ一気に告げると、後は嫌そうにそっぽを向いてしまいました。
正直その申し出はすごくありがたかったです。
ですがそれは、触られるのをあんなに嫌がっていたレドに、無理強いする形になってしまいますよね?
レドはディーナ様の事が大好きだから仕方なく、そう申し出てくれているのです。
カラス色など見たくも無い!
レドはそう言っていましたからね。
今はリュームもその気分です。
カラス色・・・闇色を見るのはやはり、あまりいい気がしない方もいるものでしょうしね。
(ダグレスやエキには申しわけありませんが。)
先程、ご領主様を見送りながら改めてそう感じてしまいましたもの。
レドの光に祝福されたかのような、微かに金の混じる純白の毛並に触れられるまたとない機会です。
ですがあの闇を見た直後という事もあってか、今なお闇にまとわり付かれている身が触れるのはどうも気が引けました。
「ありがとうござます。お気遣いに感謝いたします。ですが、嫌がっているレドに触れるのもどうかと思いますし。ですから、レドはどうぞお戻りくださいませ」
リュームはすぐさま涙を拭うと立ち上がって、首と両手を振って見せました。
「あの。自分で歩いて戻りますから、大丈夫です。気を使わせてしまって申しわけありませんでした」
そう頭を下げるリュームにレドはただ四肢を突っ張らせて、ぐぅと小さく唸ります。
レドに背を向けて、そのまま歩き始めます。
これからどうしましょう。
何から手をつけましょうか。
早く手を打たないと、闇はどこに手を伸ばすのか、わからないのですよね。
ああ、どうしよう。
混乱と言いようのない寂しさとで思考がまとまりません。
ただでさえ普段から、まとまらないのに。
そうです。ゆっくりと歩きながら考えましょう。
お部屋に付く頃にはいくらか、気持ちも落ち着いている事を願いながら。慎重に階段を下りました。
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リュームへとあてがわれたお部屋に戻ると、そこにはどこかで見たことのある物が。
(もしかしなくても、これは)
恐るおそる寝台の上に置かれた上着に近付きました。
黒くて上等そうな、この大きな上着はですね。
そ、と指先を這わせます。
やはり間違いありません。この優雅な手触りは、ご領主様の任命式の前に放り投げられた物です。
話の流れでリュームがコレに男性にも相応しいような刺繍を施して、ご領主様にお祝いとするとなったものです。
本来ならば任命式までに間に合わせるのが筋というものだったのでしょうが、とてもじゃありませんが間に合わなかったのです。
そのままリュームはといえば倒れてしまったのですから、何ともはや。お話になりませんね。
「なぜ、コレがここに?」
思わず尋ねるように呟いてしまいました。
ですが、上着が答えてくれるわけもありません。
いくら素晴らしいお部屋とはいえ、まだ馴染みのない調度品に囲まれていて微妙に緊張してしまう中にこの上着。
妙に懐かしく、そして安堵してしまいます。
「ごりょうしゅさま」
呼びかけてしまいます。
やはり上着は答えてはくれません。
そっと持ち上げてみました。あれから幾日経ったのでしょうか?
この上着を放り投げられてから、おおよそひと月は経ったはずです。
始めの頃はご領主様の言動に腹を立てて、この上着を乱暴に扱ったりもしました。
ものすごく変な風に刺繍してやろうか、などと目論んだりもしました。
俺もオマエとは話すことなど無い。
と、手紙をもらった時などはこの上着に向って、本人にはとてもじゃないですが伝えられない文句を言ったりもしました。
どれもこれも全部、ひと月の間の出来事だったハズですが。
「ごりょ、しゅ、さま・・・っ・っく」
こうやって上着を抱きしめながら涙ぐんでしまう何て。
誰が予想したでしょうか?
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ひとしきり泣いた後、コツン・コツンと扉を叩く乾いた音がしました。
特徴のあるこの叩き方はダグレスです。
リュームはのろのろと立ち上がると、扉を開けてダグレスを誘いました。
「どうぞ、っく、です、ダグレス」
少し、しゃくりあげてしまいました。
ダグレスはただ静かに、紅い眼を横目にしてリュームを見ただけで何も言いません。
もっとも、そのお口には何かくわえていたせいもあるかと思いますが。
そのままツカツカと真っ直ぐに進むと、器用にくわえていた何かをテーブルの上に置きました。
そしてくるりと綺麗に一回転して、リュームと向き合います。
””ルゼが、あの若造から預かった手紙だ””
「なななななんでしょうか!?」
ぽかんとしてしまったリュームは、たっぷりと間をあけた後、そのような言葉を吐きつつ一歩下がってしまいました。
思わず、おもいっ切り身構えてしまいます。
手紙。
そのような形には良い思い出が無いもので、つい。
””さあな。何かしら書いてあるようだぞ””
「なんでしょうかねっ、何が書いてあるのでしょうかね?」
””さっさと開けてみればいい話だろう””
「こ・・・怖くて開けられそうもありません!ひー!」
””つべこべ言わずにさっさと読んでやったらどうだ。別段、嫌な感情を込めた気配はしない。むしろ、その対極にあるといって言い””
「よ、読んだのですか?ダグレスっ、な、何て書いてありましたかっ!?」
””誰がオマエ宛の書簡を勝手に読むか、阿呆!””
「では、なぜ?嫌な感じがしないと言うのですか」
””気配でわかる。何にせよ、気持ちというものは物にであれ文字にであれ込められて、託されるものなのだ。オマエにはわからずとも我にはわかる””
「そ、そうですか。さすが獣さまですね、ダグレス」
恐るおそる。そんなダグレスの言葉を励みにして、手紙に手を伸ばします。
軽く丸められて、綺麗にリボンで巻かれた紙を開きます。
少し癖がついて丸まってしまうのすら、もどかしく思いながら読みました。
いざ、一枚目――。
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『リュームへ。
ちゃんと食事は取れているか。
薬は飲まずとも身体は大丈夫なのか。
公爵家に迷惑をかけぬように、なるたけ大人しくしていろ。
何か入用なものがあれば届けるから遠慮なく伝えろ。』
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何ですかね。これ。どっかで読んだ事ある気がします。ええ。
””何だ?何が書いてあったのだ””
「お小言の羅列が主文です」
リュームは読み上げて差し上げました。
どことなく、あの偉そうでぶっきらぼうな口調を真似て。
そうする事で間違いなくこれは、シェンテラン家で館内行き倒れをやらかした直後に書かれたモノと何ら変わらないと確信しました。
ダグレスが愉快だ、と言いながら軽く首を縦に振りました。
何が愉快なものですか!
リュームは内心むっかりしながら、ため息を付きました。
牙を少しだけ覗かせるように、ダグレスの口角が持ち上がります。
””まだ、続きがあるようだが?””
「え。あ、本当です。二枚目がありましたね」
投げやりに、二枚目を取ります。
多分、似たようなお小言だろうと思いながら目を通しました。
そこに飛び込んできた一言に、息が詰まるのは何故でしょう?
『皆、オマエの帰りを待っている。』
ただ、その一行のための二枚目に思わず指に力が入りました。
紙の端がくしゃり、と音を立てて引きつれます。
(みんな。ニーナ、バルハートさん、シンラ、エキ。それにはご領主様も含まれるのでしょうか?)
そんなリュームの不安を即座に感じ取ったらしいダグレスの、紅い眼がきらめきます。
””我が感じたままを言葉にして表してやろうか?””
「感じたままですか?」
”” リ ュ ー ム が 愛 し い ””
全ての身動きを止め、ただその言葉だけに意識を奪われてしまうリュームに、ダグレスが追い打ちをかけるように続けます。
””リュームが恋しい。早く帰ってきて欲しい””
それこそダグレスはご領主様さながらの口調でありました。
全くもってこの獣サマの作りはどうなってらっしゃるんでしょうかね!?
リュームを話が通じないと面倒だからと、獣さまの言葉がわかる『獣耳』にしてくれたのはダグレスです。
その申し出を受けた事を、軽く後悔してしまうではないですか!
ダグレスときたら明らかにからかって、面白がっているように思います。
悔しいですがリューム、ダグレスが大喜びするような反応を止められません。
要は大いに照れて顔は真っ赤で、動揺もあらわにただ口をぱくぱくさせてしまうばかりって事です。
「そんな、だって、そんな事ちっとも解るように書いてありませんし。それに、それにっ!そのぉ・・・あの方がそんなお優しい口調でリュームに話すわけがないじゃないですか!」
””そんなに照れなくとも良いと思うが””
言いながらもダグレスはゴキゲンです。
悔しい。やたら悔しいので、後でリゼライさんとやらについてもっと知ってやろうと決心したくらいです。
「ダグレスがからかうからです!ひどいですっ!いつか、いつか覚えていて下さいねですよっ」
””何だそれは。ただの負け犬の遠吠えではないか。いいから、さっさと返事を書け。あの若造を待たしているのだから急がんか””
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『ご領主様へ。
お体はもう大丈夫でございますでしょうか?
わたくしはちゃんと食べています。
お薬は飲んでいません。
でも、平気です。
お気遣い感謝いたします。
これといって特に欲しいものはありません。
それと
シェンテラン家には まだ 帰れません。』
そこまで書き連ねてから筆が止まりました。
ぱたたっ、と思いがけず水滴が文字を滲ませてしまいました。
(あれ?)
不思議に思って顔を上げても、ダグレスの紅い瞳が覗き込んでいるだけでした。
ぱちぱちと意識して瞬きを繰り返すと、また新たな雫が頬を伝います。
(ああ。リュームでしたか。まだ出ますか、涙よ?)
涙を流れるに任せたままで、リュームは頭を軽く振りました。
「書き直します。ダグレス、もう少しお待ちいただけますか」
””いいや、待たない。書き直さずとも良いから早くしろ””
「では。このリボンでまた結んでお渡ししても失礼ではないでしょうかね?」
””構わん””
はい、と頷くとリュームはなるたけ綺麗に結びました。
そのリボンの端にそっと唇を押し当てます。
それから両手でうやうやしく捧げるようにして、ダグレスに差し出しました。
「お待たせしました、ダグレス。では、よろしくお願いします」
””くっ””
うっわ。また、ヤな感じですね~ダグレス。
””あの若造もオマエと同じような事をしておったわ””
「!!」
まだ、からかい足りませんかっ!!ダグレスっ!!
””いいからさっさとその上着に相応しい、縫い取り物とやらを施してやれ。期限は七日以内だぞ。それがオマエの仕事らしいからな。励めよ!でわな””
そう笑いを含んだ語尾を、手紙をくわえたくらいでは押さえ切れないらしいダグレスは、さっさと背を向けると行ってしまいました。
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七日以内ですか?
何かちょっと嫌な予感というか。胸騒ぎがしますね、その七日後とやら。
そしてよくよく見れば傍らには、これまたご丁寧にリュームのお裁縫箱がありましたよ。
『縫い取り物か?』
『あ、はい?』
会 話 終 了 。
そんな、あの時のやり取りがよみがえります。
縫い取り物。
刺繍の事をそう呼ぶのはリュームの中でお一人様しか心当たりがありませんのですよ。
縫い取り物っていう言い方に、嫌に引っ掛かりを覚えるリュームでございます。
今回もちょっとばかり、しょうもないカップルがいちゃついていて黒い郵便係は『やってらんねー。』とぶつくさ言いつつ楽しんでいます。
おかしい。また、仮タイトルから離れた内容になりました。
次回、予告(というネタバレ。)
「来ましたよ。勝負のお茶会」―― 頭文字 R 組 の心境。
「(お)茶会というより(お)見合いでわ」―― 頭文字 D 組 の心境。
「あー楽しみだ事」 ―― 主催者の心境。
何のこっちゃのお遊び、お付き合いありがとうございました!