第三十七話 ジャスリート家でかいま見る闇
『何だかものすごく・お久しぶりな気がします』
気のせいじゃない。
ええ。久しぶりに戻って来れました、本編です。
ねぇ。リューム?もうボクのために歌ってはくれないの?
にゃあ―――ん
はっきりと。
でもどこか遠くに響いて、その鳴き声は吸い込まれて行きます。
あれ?エキ?そのかわいらしいお声はエキですか?どこですか?
――どこですか?
姿を探して呼びかけてみても目の前に広がるのは闇ばかり。
思わず自分の手を前へと差し伸べてみましたが、それですらこの瞳には映りません。
闇。
なんて深い。
闇に深さなどあるのでしょうかと思わず自分で問いかけてしまいました。
真の暗闇。
闇に真も嘘もあるものでしょうか。
しかしここは疑いようもなく闇には違いありません。
次々と湧いてくる表現は一体何なのでしょう?
己すら見えない闇の中、リューム自身を抱きしめてみました。
そうすることで、自分の姿かたちを確かめるという異常事態です。
目を凝らす闇の中、それでも何かがうごめきました。
そのわずかな空気の流れを感じ取り、のがすものかと必死で縋るように追いました。
エキ!
闇に浮かぶ緑の眼に覚えるのは安堵と共に、どうしようもないざわめきでした。
エキじゃ、ないの?
深い深い緑の眼の持ち主は。
リューム。
低く深い声音がどこか懐かしく、この胸が疼きました。
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リューム、サワヤカな朝の陽射しにしばらく呆然としてしまいました。
嘘みたいに晴れ渡った視界に驚いたからです。
何かを掴もうと伸ばしていた腕が、手が、いらないほどに白く朝日に暴かれておりました。
そして一番に目に付くのは己の白いを通り越して、青白いと表現するのに相応しい手であります。
(リューム・・・相変らず血行不良のようですね)
心地よい闇に包まれていたときは、その爪先さえも見えなかったハズなのに。
何を掴もうとしていたのですか、リュームよ?
ぱたりと腕を寝台に落としてから、両手で顔を覆いました。
夢ですか。それにしても何て生々しい。
(おはようございます)
心の中で呟きながら身を起こしますと、頭がくらくらしました。
それをふり払うべく頭を左右に振りますと、ますますくらくらしました。
朝から起き上がれずに、寝台に突っ伏す格好に何やら申し訳なさが募るリュームでゴザイマス。
しかしそれが今しがた見ていたらしい夢を反芻するのにはもってこいの格好だったようでして。
闇に浮かぶ 緑の瞳。
耳に響いた リュームを呼ぶ声。
それだけが 闇にあった全て。
「ぅ・・・ぅえっ、っく!」
何故かしらこの胸が疼きます。ずきずきと。そして時折りぎゅうっと絞られるよな感覚に、恐れをなすリュームです。
何でしょうか、また新たな病の発症ですか?
ジャスリート家に来てから良いはずの体調も、じんわり陰りを見せ始めていますか!ご勘弁を!
朝からじめじめしてどうしますか、リュームよ?
そんな調子で自分を叱咤します。きっとアレです。寝起きだからです!こんなにめそめそしてしまうのわ!
(ご領主様・・・どう過ごされていらっしゃいますか?)
何ですか。朝から!調子狂いますね、もう。
「う、ぇっく、ごりょしゅ・・・ま」
あいたいです。何て言えません。誰にも。
自分で飛び出してきておいて、何てザマでしょうかね。本当に――ザマぁないですよ!!
思わず漏れる嗚咽を寝台に押し付けて、無理やり封じ込めてやりました。
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さて。
リュームはといえばこのジャスリート家にお世話になって早・四日目でございます。
その間にこなしたことといえば・・・新しい服のための採寸と迷子にならないために館内を巡った事と。
あとは、お屋敷の方々にご挨拶をしてまわったり、ルゼ様のご希望で歌ったくらいでしょうか。
要はあまり何もできていません。その割りにあっという間に日にちが経っておりますね。
うううううう。いたたまれません。
何かお手伝いをさせて下さい、草むしりでも何でもと訴えましたところ。
ルゼ様は「そぅねー?」と仰いながらリュームに布キレを下さいました。
何でしょう?
そう小首を傾げましたら、にっこりと笑いかけられました。
「リューム嬢。これで館の鏡を全部きれいにしてちょうだい?ゆっくりでいいからね。この館に鏡はいくつあるのかしら?ええ、ああそう?わからない?ですってよ、リューム嬢。それも数えてみてちょうだいな。もちろん一人では不案内でしょうからダグレスを付けるわ。できる?」
もちろんですとも!!お掃除ですね!よっし、張り切って行きます!
「倒れない程度でがんばってねー?」
そんなお優しいルゼ様のお声に、深く頷くリュームです。
行きますよ、ダグレスっ!
と横を見やると彼は、後ろ足で耳を掻いていました。
あんまり協力的ではないようですね、ダグレス。
「ダグレスよろしくお願いします。まず手始めにそのダグレスの立派な角から、ぴかぴかにして差し上げようと思います!」
””せんでいいわ!小娘っ!!””
「はいはい、仲良くねー?」
そんな調子で部屋から送り出された次第でゴザイマス。
「ダグレス。後は?」
ったくルゼめ、我に小娘のお守りを押し付けおってからに、等とぶつくさぶつくさ言うダグレスを宥めすかしてお屋敷を回ります。
「あのですねーダグレス?リゼライさんって、だぁれ?ダグレスの好・・・」
””黙らんか、小娘ー!!””
そんな調子で。
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「ルゼ様!ディーナ様、このお屋敷では全部で三十八個もの姿見がありました!」
大小あわせて。
そうご報告に上がる頃には、とっくにお昼も過ぎた頃。
お茶の時間を迎えておりました。
ルゼ様はひと段落したから、一緒に休みましょうと席を勧めてくださいました。
横にはディーナ様も既にいらっしゃっております。
「これから毎日お願いしますね」
「はい。ですがいいのでしょうか?皆様のお部屋にお邪魔してしまいますが」
「ええ。もちろんよ」
「はい、わかりました。ですが、鏡だけでいいのでしょうか?他にもお掃除のお手伝いできる事ございますか?」
よくよく考えてみれば不思議なお手伝いです。
「そうねぇ。ねえ、リューム嬢は”縫い取り物も得意”なのですって?」
「縫いとり?ああ、刺繍の事ですか!はい。得意と言っていいのかお恥ずかしい所ですが、リュームの出来る数少ない物のひとつです」
勢い良く頷くと、ルゼ様は何やら堪えたように、控えめに笑って下さいます。
「そう。では後でお願いしたいわ。よろしくて?」
「はい。モチロンでございます!」
お仕事、任せて、いただいた!
嬉しくてこくこくと何度も頭を縦に振りました。
(アレ?縫い取り物、得意?って何でルゼ様がご存知なんでしょう?)
その疑問を口にするよりも早く、ルゼ様がいよいよこらえ切れなくなったらしく吹き出されてしまいました。
「あっはっは!ごめんなさいね、突然に!あぁ、もう!最高だわ、リューム嬢。アナタも本当に楽しませてくれるわね」
「そ、そうですか?それは、あの良かったです?」
きょとんとしてしまいます。ええと?どう反応すればよいかわかりませんね。どうしたら?
思わず隣のディーナ様に視線を送ってしまいます。
「もう一杯いかがかしら?リューム嬢」
「いただきます」
ディーナ様もある意味、ご自分の調子を崩されませんね。優雅です。にこにこと優しく見守って下さっているご様子が嬉しいです。
えへへ、とだらしなく笑ってしまいます。
「ふふ。リューム嬢のお義兄様ね、とても活躍されていらっしゃるそうよ。ねぇ、ルゼ様?」
笑いを収めつつあるルゼ様にもお茶を注ぎながら、ディーナ様が促がされました。
ぅぐっとはしたなくも思わず吹き出しそうになりました。
けほ、っと小さく咳き込むほどに驚きました。リュームのお義兄様ですか。あの方は「義兄」と呼ぶのは許してくれないんですよ、何てまさか言えません。
「そうなのよ。この短期間でこなしてきた業務の早い事!そして正確なこと!もともと仕事ぶりは丁寧だったから別段驚きもしないんですけど、まさかアレだけ難航していた農業用水の確保のための事業案をさっくりまとめて来ちゃったわよー。あれだけぐずっていた地主をまるめこ・・・もとい、納得させるとはね。何やったんでしょうねー?」
「さ、左様でございますか!?」
知らなかったです。初めて耳にする領主としてのお仕事ぶりに、リュームは改めて自分の小ささを見せ付けられた気がしました。
それなのにリュームときたら何のお役にも立てませんと、しょんぼりするしかありません。
「元々確実な仕事っぷりだったのよ?でも、ここの所の活躍っぷりはこちらが舌を巻くわ!外交やら交渉なら身内の贔屓を無しにしたって、ウチのフィルガが一番敏腕だと評価していただけにね。すごいすごい。リューム嬢の存在はすごい」
「な、何故でございますか!?」
心底驚いて身を乗り出し、思わずルゼ様に詰め寄るようになってしまいました。
(今っ、今までリュームが、ものすごい足手まといであったから?いなくなった途端、重荷が取れてご領主様は益々のご活躍っていう運びですか?)
「え。ヴィンセイル殿ががんばるのは、リューム嬢のために決まっているじゃない」
「そ、そんなにがんばらねばならぬほど、リュームのお薬代やらお医者代やらその他もろもろの費用がっ!シェンテラン家の負担になっているのでしょうか!?」
「全然。痛くも痒くもないわよ。それどころか大喜びで財を差し出すでしょうよ。それくらいでアナタの事が守れるのなら、安い出費だわ。ヴィンセイル殿はね、私に認められたいからがんばっているのよ。そうすれば――ねぇ?」
「ルゼ様に認められる」
「そ。そうしたら了承に上がる日取りも考えてやらない事も無い、とお伝え済みよ。さ――て。残りの執務に戻りますか!そろそろいらっしゃる頃だろうし」
「は、はい。ええと、その、いってらっしゃいませ?」
謎めいた笑みを浮べると、ルゼ様は手をひらひらと振りながら行ってしまわれました。
その姿勢のいい後姿が扉の向こうに消えるまで見送ります。
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「リューム嬢」
「は、はい!」
呆けてしまっていたリュームに、ディーナ様がにっこりと微笑み掛けて下さいます。
「今日、わたくしの結界をくぐり抜けた者が居るの。その隙間を縫って。リューム嬢に接触した魔物がいるわ。そしてこれから訪れる方も、また同じく油断なら無いの」
それは闇の属性。
瞳を伏せ気味にして、ディーナ様が呟かれました。艶やかな唇の端が、綺麗に持ち上がりました。
「本当に楽しませてくれる」
「!?」
な、何か、アヤシイまでにお綺麗です!ディーナ様、ステキです!!
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いらしてみて。
そう案内されたのは塔のてっぺんです!
おおおお高い高い!
そ、と石壁に身を隠しながら覗き込み、見下ろします。
「ああやって毎日いらしているのよ」
「毎日、ですか?たいへんですよね」
「ええ。結構、距離があると思うわ」
聞こえるはずも無いのに、二人どうしてか声をひそめてしまいます。
シェンテラン家からジャスリート家まで単身、馬を飛ばしていらっしゃるというその人影に息を飲みました。
遠くてもよく目に入る、金の輝きに思わず目を細めてしまいます。
胸の辺りがまた今朝方と同じように疼き始めました。
いえ。そんな可愛い表現では済みません。
ずきり、ずきり。ずくり、ずくりと重みをもって確実にリュームの胸を抉るかのようです。
痛い。痛いです。
思わずその場にうずくまるようにして、胸を押さえ込みました。
「大丈夫ですか、リューム嬢?」
ディーナ様が落ち着くようにと背を撫でて下さいますが、痛みはいっかな引いてはくれません。
やはり新たな病の到来のようです。何てことでしょうか。
エキとの契約もままならない今、どうやって乗り切ればいいでしょうか。
そっとディーナ様の目配せに促がされ、今一度その姿を窺うために隙間から覗き込みました。
彼はまた馬に乗り、お屋敷の門をくぐった模様であります。
(ご領主様、です)
あの金色の髪と、広い背中は見間違いようがありません。
その背を食い入るように見つめ、追いすがるリュームは一体どうしちゃったのでしょうか?
「帰られるようね。また明日、同じ頃にいらっしゃると思うわよ」
「な、何用で・・・ああ、お仕事のお話でらっしゃいますね」
「え。リューム嬢、正気?」
背を撫ぜてくださる手がぴたりと止みました。
「はぃ?」
「わたくしも大概、鈍いようですが安心しました。リューム嬢、ルゼ様のお話をきちんと聞いていらした?それとも聞いていたけれど、理解できなかったのね?そうね・・・そのようね」
「え。お待ちくださいディーナ様」
自己完結は後生ですから、お許しください!お良しください!
縋るようにしてディーナ様の空色の瞳を覗きこみましたが、小さく笑って誤魔化されてしまいました。
「ねえ、見て。あまり深く見ては危ないけれども、少しだけならわたくしが付いているから大丈夫だと思うから。見てちょうだい」
真剣な眼差しにためらいなく頷き、ディーナ様の指差す方向を見ました。
(なっ!?アレはリュームを探していたモノと同じような)
「闇!?」
「しっ!リューム嬢、気付かれてはならないわ」
ディーナ様が珍しく鋭くたしなめられました。
目を見開いたまま、リュームはただただ頷くしかありません。
無意識の内に己をかき抱きながら、今見たものが間違いであって欲しい。そう祈りました。
アレは。アレは、アレは、アレは!
(リュームがシェンテラン家を後にする時に見たものと同じもの)
それはご領主様の肩や足に、まとわりつくかのように細く微かに・・・でも確かに取り巻いておりました。
””我とて尻込みするわ。面倒で。””
ダグレスがそう評価した、関わりたくない物の代表です。
残念な事にリュームは既に関わりあっているようですけれども。
「リューム嬢が一声発しただけで気が付いたわ。やはり、油断なら無いわね。ダグレス!」
””お呼びでしょうかな、嬢様””
すぐさま、石壁の影からとでもいいましょうか。闇色のダグレスが現れました。
「ええ。あの闇の眼をリューム嬢からそむけて欲しいの」
””承知いたしました””
ダグレスがうやうやしく垂れた頭を、ご領主様の方角の方に向かって振り上げました。
ひゅおん、っとダグレスの一角が空を切ります。
とたんに目には映らない何かが、ダグレスの起こした風によってふり払われました。
リュームへと手を伸ばしていたらしい闇がちりぢりとなって霧散し、一粒一粒が意志を持ってまた彼にまとわりつくべく戻って行くのを眺めていました。
「リューム嬢。もう、見ては駄目」
そ、と後ろから目隠しされてしまいました。
ディーナ様のその細い指先に視界を遮られるまで、リュームはご領主様の立ち去る背中を食い入るように見ていたようです。
「あれは、ご領主様に害なしたりしていませんか?」
そう尋ねるのがやっとなほど、リュームは震えていました。
「今は、まだ、だいじょうぶよ」
ゆっくりと一区切り、一区切りディーナ様が苦しげに答えて下さいました。
今は、まだ。
でも、きっと。
時間の問題かもしれません。
そう先々つむがれるかもしれない言葉を予想して、リュームはその場に泣き崩れました。
あの闇の正体は、得たいが知れませんが確実な事がひとつ、ふたつ。
あれはシェンテラン家を包む闇。
リュームを生け贄と望む闇。
では、リュームがいないとなると闇はどこに向うのでしょうか?
怖くて尋ねられません。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*・:・。・*:*・。・。
闇ふり払い給え
我らが光
そして迎える
数多の光
祝福されし
我らが光
リュームはせめて歌いました。
あの方の後ろにまとわり付く闇が少しでもうすれますよに、と。
そのまま背を石壁におしつけたまま、崩れ落ちました。
泣きじゃくるその視界の端で、優雅にダグレスに手を差し伸ばし立ち去るディーナ様を見送りながら。
『離れていてもBA★カップル候補』
(仮)タイトルです。
この「小説家になろう」様のサイトの書きかけ保存する時に、解りやすい仮タイトルを付けるのですが。
毎回、UPする時、他のと間違ってUPしてしまわないかドッキドキですよ。
どんだけ、書きかけあるんだって話です。
そしてそこはおおばかわーるどぜんかいなのです。
カオスです。
がんばります。がんばってます。
「毎日更新とかしちゃう?」って目論んで、書きかけに泣いてる時点で諦めが付きました。
なるべく早く、続きを!わたし!