第三十五話 番外編 一人で祝う誕生日 中編
『おおぃ。』 ↑
長すぎてこのザマです。 ど・どうぞ!
ヘンリエッタはいつも謝るのです。
(ごめんなさいね、あの子は素直に振舞えないものだから)
リュームはいつも答えます。
「いいえ!お気になさらないで下さいませ、ヘンリエッタ」
そもそも『素直に振舞う』とはどのような事をさすのでしょうか?
そう、疑問を感じて考え込んでしまうのが常です。
いつもヘンリエッタはゆったりと微笑んで、ただただ優しく見守ってくださるのですが今日は少し違いました。
リュームが一人でいる時や、一人でいなければならない時。
気が付けば側に居てくれる、優しいヘンリエッタ。
いつからでしょうか?
リュームの秘密のお友達なのです。
どうやらリューム以外にヘンリエッタが見えていないようなのです。
それに、ヘンリエッタも誰かが来るとどこかに行ってしまうのです。
(あのね。好きなものは好き。キライなものはキライ。そう、自分の気持ちに正直に従える事よ)
そう、にこにこ、にこにこしながら教えて下さいました。
胸がひとつ、大きく脈打ちました。
耳元でどくんと大きく音が聞こえたくらいに。
そ、そうですか。
キライなものはキライとはっきり、表せることなのですね。
俯くしかありません。
だって、あの方はお優しい。
おかー様のことを疎ましく、またその娘であるリュームも同じく疎ましく感じてらっしゃるのに。
リュームの事など、キライを上回る大っキライなのにガマンしてらっしゃるのがわかりますから。
あの方が素直に振舞えないのは、基本お優しいからだと思うのです。
本来ならば、リュームのような恥となる存在が同じ館にいるなんて耐えられないと思います。
ヘンリエッタがことさら柔らかく微笑みました。
(リューム。良い事を教えてあげるから、お顔を上げてちょうだいね?)
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気が付けば足を速めて、父の執務室に向っていた。
リュームを抱えて。
しんと静まり返った回廊に響く足音はひどく重くまた、そうでありながらも急いていた。
口元を押さえながら咳を堪えているのだろう。リュームは一言も発さなかった。
それでも、けほ・けほと呼吸に合わせて咳き込んでいる。
俺の足音に蹴散らされるようなか細い主張に、ようやく我に返った。
「リューム。発作を起こしそうか?」
「へ、ぃきです。その・・・冷たい空気をすいこむと、出てしまうだけです」
立ち止まりその身体を抱え直す。
慌てたわりに頭は冷静だったと言っていいのか、ただの条件反射なのか。
少女をくるむための上掛けを引っ掴んで来た自分を、褒めたいような貶したいような。
そんな複雑な気分のまま、リュームの顔を覗き込んだ。
「無理をさせるが少し付き合え。確かめたい」
「はぃ、だいじょぶです」
頷いた拍子にさらりと流れた髪をすくって、耳に掛けてやる。
くすぐったいのか、リュームは薄っすらと微笑んだ。
「ちゃんとくるまっていろ。具合が酷くなったらすぐに言え。いいな?」
「はい。わかりました」
そう頷いた少女の頬を撫でてから、目的の件の部屋へと向う。
執務室は静まり返っており、人気がなかった。
当然ながら火も熾されておらず、冷気が満ちている。
吐く息が白い。あまり長居するわけには行かない。
目的の壁際に近寄ると、手にしていた燭台のほむらを蝋燭へと分けた。
いったんリュームを下ろすと、朱子織の掛け布を引く。
その途端に現れるのは、金の髪に緑の瞳の女性を描いた絵画だ。
少しほこりをかぶっていたせいか、リュームがくしゃみをした。そのまま咳き込む。
掃除は毎日されているはずだが、流石にこれには触れぬようにと言い渡している。
父もしばらくこの絵を見ていないという事なのだろうか。
俺自身も一体どれくらいぶりに見たのか、記憶にすらない。
「この御方が?」
「ヘンリエッタ・シェンテランの二十歳の頃の肖像画だ」
「きれい」
リュームはため息を付くと、瞳を輝かせて賞賛の眼差しを注ぐ。
「どうなんだ?」
「え?」
「オマエの言うヘンリエッタは彼女の姿だったのか?」
「あの、ですね。とても良く似てらっしゃるのですが、リュームのお友達のヘンリエッタ・・・様はもっと幼いです。リュームよりも、少しお姉さんくらいで。この絵の中のひとは、大人のひとです。良く似ているのですが違うと思います」
「そうか。では母の名を誰から聞いた?」
「ヘンリエッタがそう名乗ったのです。館の誰からもお聞きしてはいません」
「どういう事だ?」
「やはりヘンリエッタは妖精に違いありません。だって。リューム以外の人には見えていないのですもの」
「それは、オマエが・・・」
寂しさのあまり作り出した幻想なのではないか。
館の噂話を耳にしてそれをどこかで覚えていたから、それを元に幻想を練り上げたのではないか。
そう思ったがあえて言葉を飲み込んだ。
おおかた、ミゼルード辺りも混ざっているのだろう。
「リュームが?」
「どうせ都合のいい夢でも見ていたのだろう。熱に浮かされて」
「そんなこと、ないとおもいます」
「証拠は?」
「だって、ヘンリエッタ、若さまが三歳のお誕生日にもこうやってお祝いしたんだって、それに指輪も――!」
珍しくムキになったリュームは声を張り上げた後、慌てて口をつぐんだ。
言わなくてもいい事を言ってしまった。
その表情にはありありとそのように書かれている。
「リューム?オマエは何を知っている」
「えぇと・・・ヘンリエッタ、さまは妖精だってことです」
「やはり俺の母親の亡霊か?」
「妖精、です」
嫌に確信を込められて頷かれた。
「ばかばかしい。そんなものはおとぎ話の中だけだ」
必死で言い募るリュームを一瞥すると、悔しそうに唇をわななかせている。
これ以上つつくと泣き出す。
その潤みだした瞳を見下ろしながら、そう判断が付くのに止められないのは何故なのだろう。
その時だった。
コトン、と小さく何かが音を立てたのは。
静まり返った部屋にそれは嫌に響いて、存在感を訴えてきた。
リュームにも聞こえていたのだろう。
互いに視線を合わせる。それを先に逸らしたのはリュームだった。
ヘ ン リ エ ッ タ
闇に向って瞳を見開き、その唇が音も無いまま形作るのを俺は見逃さなかった。
振り返り、リュームの視線がさ迷う方向に真向かう。
それでも、この目に映るのは闇に支配された室内の風景だけだった。
ただひとつ、ヘンリエッタの肖像画の下に置かれた飾り棚にそれはあった。
ほの淡くちいさな光を放つそれに、吸い込まれるように手を伸ばしながら近付く。
それよりも素早く駆け寄ったリュームに先を越されてしまう。
「リューム、見せろ!」
「・・・だめ、です」
リュームは弱々しく首を横に振りながら、手にした物を後ろ手にして背に庇った。
「ならば説明しろ!それが何故ここにあるんだ!」
「これがリュームの物だからです」
一歩、二歩と近付いただけで距離はあっという間に縮まる。
リュームの表情に焦りと恐怖が見て取れた。その途端、この胸を突き上げるのは愉悦。
まるで子猫を壁際に追い詰めて、隅に追いやってやったかのような優越感を何とする?
大人気ないのは百も承知の上で止められない。
逃げ出せないように両腕を壁に着く。
そうやって閉じ込めてからわざと、もったいぶるかのように膝を折ってゆっくりと視線を合わせた。
リュームがこれ以上、下がりようの無い壁に身を押し付ける。
それでもなお、庇い続けるソレが何なのか。
何故、ここに今現れたのか。
そうだ。間違いなく何者かがソレを置いて行ったとしか思えない現象だった。
一体何の仕業なのかと好奇心があるのもまた確かだった。
「それは何だ?この館にあるものでオマエのものなど何一つとしてないクセに」
「そ、それは、あの、その、その通りでございますね」
「見せてみろ」
あの時と同じ言葉を吐く自分を、どこか嫌に冷静に眺めている。
きっと少女は差し出す。
逆らいようが無いからだ。
逆らうな、と言い聞かされているに違いない少女を試すかのように見据えた。
リュームは意を決したかのように、あの、と口を開く。
わななかせながらどうにか言葉を紡ごうとする唇に知らず、見入っていた。
「あの。お見せしますからその、お願いですから乱暴に扱ったりはしないって約束して下さいますか?」
「何だ。生意気だな。この館の物を俺がどう扱おうと勝手だろう?」
あのあからさまに財産目当ての女の娘の言う事など、聞く気にもなれない。
そんな侮蔑を込めた眼差しをぶつける。
そうすることで歪む、少女の表情は見ものだと思えてならない。
傷つけば良い。もっと、深く。
少女に出会ってから込み上げてくる、この説明の付かない苛立ちは何なのだろう。
その正体は解らないが、憎しみに近い気がした。
闇一色の想いに囚われて行くこの感覚が、全ての判断力を俺から奪い続けている自覚があった。
「・・・・・・。」
無言のままリュームは恐るおそるといった風で、手のひらを差し出した。
そこにあるのは紛れも無くあの指輪。
シザール・タラヴァイエが、かつてオルレイアに贈った金の輝きだった。
これもまた同じように窓から放ってやったらどうなるだろう?
少女は飛び出す。きっと人目を盗んで見つかるまで探し続けるだろう。
たとえ外は雪が積もっていようとも、何としても見つけ出そうとするのだろう。
そうして俺は今度こそ動かない小さな身体を抱き上げるのだろうか?
ぞっとした。
その思考もそうだがその可能性にもだ。
脅威は去ったがいつ何時そのような状態に陥ってもおかしくないほど脆弱な肢体。
煩わしいほど配慮の必要な造りは面倒な事この上ない。
まったく、ただ飯ぐらいのくせに手間がかかって仕方が無い。
そう前回意識を取り戻したリュームを見舞ったときに過ぎ去った恐怖感から解放され、訪れた安堵と共に
己が吐き出した言葉だ。
もうしわけありません。
リューム、もっと雨に打たれれば良かったですね。
俺の言葉を真に受け、少女は俯いた。
その瞬間、どうしようもないほど体中の血が沸いた。
振り上げそうになる手をどうにか抑え付ける事で、リュームを殴らずに済んだくらいだ。
いくらなんでもおかしすぎる。
ミゼルードにどれだけ生意気な口を叩かれても気にならない俺が、この取るに足らないちっぽけな少女には抑えが利かない。
いくら俺が身勝手でも、女子供に手を上げたりなどは断じてする気はない。
ましてやリュームは女であり子供である。
そのどちらにも当てはまる、本来ならば真っ先に庇うべき相手に何故なのか?
耳元で囁かれるようなこの黒い誘惑にも似た、暴力への誘いは何なのだろう。
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じっとこちらの様子を窺う視線に、飛ばしていた俺の意識が戻る。
改めてその指輪を見据えた。
(なぜ、この指輪がここにあるのだ?)
見せろと命じておきながら、それを手に取るのにはためらいがあった。
それは俺の自室にあったはずの物だからだ。
正直、この不可解な現象に薄気味悪さを感じている。
沈黙の中、リュームはそれをつまむとそっと俺に差し出して見せた。
それから、壁につけたままの俺の左手に遠慮がちに触れる。
「あの、これ。若様に」
「俺に?」
「お誕生日のお祝いです」
怯えながら、リュームは小さく微笑んだ。
室内は冷え切り、お互いの吐き出す息が白い。
かじかみ始めた指先にうっすらと、少女の持つ熱が伝わる。
『一部でもいいから完結させな。』
おわらない~と嘆くアッシに、身内からの一言でした。
ほ ん と う に ひ と こ と だ よ 。
中編って・・・一人ツッコミます。
それでは後編に続きます。