第三十四話 番外編 一人で祝う誕生日 前編
『闇ふり払う君の調べ』
連載を始めてから一年経ちました。
いつも訪れてくださる方も、はじめましての方も本当にありがとうございます!
しかしまだまだ、終わりそうもありません。
そして番外編。長すぎて前・後編となりました。おぉう~
おたんじょうび
おめでとう
おめでとう
ありがとう
ありがとう
わたしはうまれたよ
うまれて
これた記念にうたうよ
いちばん
さいしょに
歌ったのは
産声
うたうために
うまれてきたんだよ
うまれてこれたから
うたえるんだよ
おめでとうおめでとう
ありがとうありがとう
ぱちぱちぱち、と小さく拍手を自分自身に贈ってから少女は祈りの形に手を組んだ。
しばらく瞳を閉じ静かに祈りを捧げる。その様子に思わずこちらも息を潜めて見守った。
少女はしゃがみこんだまま、膝の上に用意していたらしい花びらをすくい上げる。
温かい春の日差しの中、咲き誇る花に囲まれて少女は両手を天に向って投げ出す。
ぱっと散って少女へと降り注ぐ。
惜しみない祝福を春の日差しと共に授かった娘。
あの日、庭園の端で見かけた少女はとても満ち足りた笑みを浮べていた。
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そんな彼女を何故か思い浮かべる。
一人きりで生まれてきた喜びを噛み締めていた少女こそ、大勢に祝われるのが相応しい気がした。
堅苦しい挨拶と型にはまった儀礼的な祝いの席。今日の祝いの主役の自分自身あきあきしていた。
ここには花がない。
時期的にも当然といえば当然だ。今外に舞い散るのは雪だ。
見渡してみても何の彩りも見出せないのは何故なのだろう。
少女は公の席への出席は許されてはいない。
それは少女の養い親でもある、現領主の取り決めだった。
例えそれがごくごく身内の、義理とは言え兄という立場の祝いの席であってもだ。
むしろ、祝いの席だからというのもある。
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おめでとう おめでとう
あたんじょうび
おめでとう
ございます
めぐまれた方
息吹き眠る冬の朝
どんな厳しい
寒さの中でも
失われない
常緑を宿した瞳
おひさまの
祝福授かった御髪の
恵まれた方が
お生まれになったよ
おめでとう
少女が小さく口ずさむのが漏れていた。
か細いながらも澄み渡ってよく通る声は、充分に響く。
おめでとう、ございます、だね。
うん、うん。ふふふ、こう?
紅い実をね、ヘ・・・リ・・ッタ?
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ミゼルードがリュームに会わせろと煩く、アレは今体調を崩しているから駄目だと言っても聞かなかった。
あまりにしつこいので逃げる口実も兼ねて、様子を見てきてやると宴を抜け出した。
そうして訪れた部屋の前で立ち止まる。
楽しそうにくすくすと笑いながら、誰かと話しているようでもあった。
それもあって不審に思い、気が付けば扉を開け放っていた。
何の合図も無く勝手に部屋に入る。
驚いたのだろう。突然の来訪者に振り向いた少女の瞳が見開かれる。
久しぶりに顔を合わせた少女の頬を、暖炉の炎が揺らめいて暖めていた。
それはいい。だがその炎の加減もあるのかもしれないが、その頬のあまりの削がれように自然と眉根は寄っていたらしい。
それが少女を怯えさせるのに充分だと知っている。それでも、解けないまま近付いていった。
予想通り少女は身をすくませて固まったままだ。
その表情を凝視する。
依然見かけたときよりも確実にこけてしまっているそれは、明らかに病人のものだった。
それなのにあろう事か少女は窓を開け、雪遊びに興じていたのだ。
その証拠に、窓枠には丸められた雪玉がいくつかあった。
「何をやっている!」
「あ、の。その、ごめなさぃ」
とりあえず、弾かれたように頭を下げられた――気がしてしまう。
もうここまでくると条件反射だろう。
俺を見たら頭を下げろと。
かしこまって振舞うように、母親から口うるさく教育されたとは聞いている。
俺が認めていないのは義妹としての少女の存在よりも、義母と認めていない女による所も大きいのだが。
オルレイア・タラヴァイエ未亡人。
今はシェンテランの姓を名乗る、この家の主の後妻だ。
現当主が認めたのだから表向きは仕方がないと割り切っている。
女の趣味にどうこう口出しする気は無い。好きにすれば良い。俺の知ったことではない。
亜麻色の髪に薄紫の瞳の自分よりも十五歳違いの義母は、母親と言うよりも女という生き物だと思う。
何かにつけて目に付くそれが、俺の中の嫌悪を募らせる。
実の娘に対する態度もそうだ。
『リュームはシザールが甘やかして育てたから世間知らずで、この家にそぐわないのよ。だからヴィンセイル様から認めてもらえないのだわ。私に恥を掻かせないでちょうだい。いいこと?』
だが、それとこれとは話が違う。
確かに始めの頃はそう思ったが、今は違う。
オルレイアは良く言えば無邪気であり、悪く言えば子供っぽい。
その自由な物言いが時に無神経で、周りを傷つけているのにすら気が付いていない。
特にそれは一番気兼ねなく付き合える、実の娘に向っている。
彼女なりに娘を大切に思っている所もないわけではない。
だが結局、自分がどう扱われるかに行き着くらしい。
連れ子が気に入られなければ、オルレイアの立場も危ういとまでは行かなくても揺らぎはするのだ。
その領主夫人の座を狙う者はいないとは言い切れない。
幸い現領主の俺の父親はリュームをいたく気に入っており、大変な可愛がりようだ。
例えそのきっかけが同情によるものだとしても、慕われれば情がわくのが親という存在らしい。
思いがけず年頃の娘を持つ事となった父の心配は、日増しに大きくなっているようなのも認める。
少女が成長するに連れ、心配の種が芽吹き始めたのもまた確かなのだ。
父が催す宴に顔を出させれば、その場で縁談が申し込まれる事も度々だった。
『これはたいそう可憐なお嬢さまでいらっしゃる!ご領主様も鼻が高うございますなぁ。是非、我が息子の花嫁となっていただきたいくらいですよ』
『ははは。そうか!それはいい!良かったな、リューム。彼のご子息はそれは立派な青年だぞ』
『はい。お義父さま。リューム、お嫁さんになるのですか?』
『ああ。いつかは、な。まだ少し早いがな』
冗談めいた軽い口調であったにも関わらず後日、正式な申し込みをという話に父は慌てたようだった。
酒の席での冗談と軽く請け負ってはならないと、リュームにはうかつに返事をしないことと言い含めていた。
まだ幼くともそのような話は珍しいものではない。この家と縁続きになりたいと切に願う者も多いのだ。
それくらいで済めばまだかわいいもので、父も笑っていられたのだが。
世の中にはこちらが理解し難い不埒な者も存在する。
年の差は親子以上でありながら、リュームを望む者が現れたのだ。
しかも妾に、と。
そのような者に限った事ではないが、権力者であるのも始末に終えない。
そのような申し出は、このシェンテラン家を見下しきっているとしか思えない。
義理であるなら手駒として扱えば、この家の利益なるとでも言い出しかねない勢いだった。
例え血の繋がりなど無い娘でも、誰がそのような立場に押しやると思うのか!
父の怒りは激しかった。
表立って反抗できない相手であったから、それはなおさらだった。
父はやんわりと、しかし、きっぱりとその申し出を退けた。
それからも油断は出来ないと思わせる運びになった。
リュームがこっそり抜け出し街に出た途端に攫われ掛けたと、密かに付けていた護衛から報告を受けた時は凍りついた。
攫われ掛けた本人は連れ戻されて、何がなにやらといった様子だった。
何もわかってはいないのが見て取れて、容赦なく怒鳴りつけてしまったほどだ。
このアホウが、自分の立場をまるで理解していないのは何なのだ、シェンテラン家の迷惑になるとは考えも及ばないのかと。
そもそも勝手に抜け出すとは何事か!
父は例の有力者との関連性を疑ったが確たる証拠が無い。
そうかもしれないし、また違った者の疑いもある。
それからだ。父はもうリュームを公の場には出さないと宣言した。
もちろん、密かに護衛付きで黙認していた外出も一切禁止。
リューム自身には特に何の説明もなされなかったが、自分の容姿がどうやら人と違うのがその原因と思い込んだらしい。
それでいい。そう思い込んでくれれば、人目につかぬように振舞うだろうから。
そもそも説明しても、アレに理解できるとは思えなかったというのもある。
少女の容姿は人目を惹くのだ。目立って仕方が無い。
その自覚が無いのは、例の商店街の幼馴染達の努力によるものと推測する。
漆黒の夜闇まとう髪に瞳という、この国でも珍しい少女の容姿は自分とはまるで違う。
並んでみるとその差は歴然。違和感すら覚えるほどだ。
それも手伝ってか、例え義理であっても妹という存在とは思えない。
そもそも妹など居たためしがないのだから、扱いに困る。
ミゼルードではあるまいし。
こちらが何を言っても、ただひたすらに大人しく従おうとするばかりで何が妹かと思う。
これはただの少女だ。タラヴァイエという家の生まれの。
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冷たく身を切らんばかりの風と共に、雪が部屋に入り込む。
もっとも部屋に入った途端、粉雪は暖められた室温にすぐ掻き消える。
「いくら熱があるとはいえ、冷やしてどうするんだ!まったく」
「はい。考えがたりずご迷惑をおかけして、もうしわけございませんでした」
少女が義務的に謝罪の言葉を口にするのがまた癪に障った。
滞りなく、淀みなく。
その言葉だけならば、やたらにするすると口にするようになった少女に何故か腹が立つ。
乱暴な気持ちを宥めようの無いまま、少女の肩を引いて窓から引き剥がした。
「また、痩せたな」
「あ、まだ、とちゅう・・・」
珍しく不満げに呟くリュームの腕を力任せに引く。
「何が途中だ。雪遊びは元気になってからにしろ」
「う、はぃ」
言いながらもリュームの視線が窓枠から離れていない。
その事に気が付かない方がおかしいほど、熱心に見ている。
少女は思っているより強情なタチだ。何であろうと、気の済むまでやろうとするのだ。
やろうと決めた事は必ずと言っていいほど実行に移すので、次は何を言い出すやらとニーナあたりは常に気が抜けないようだ。
館に来て間もなく書置きひとつ残して抜け出したのも記憶に新しい。
それに――。
指輪の件で懲りている。雨に打たれようが何だろうが、探し当てるまであそこに居続けた娘だ。
それでも結局、指輪は見つからなかった。
当然だ。
指輪はあそこには無いのだから。
もちろん、それくらいで諦める少女ではない。
あれからふた月経ち、それらしい場所は雪が積もっている。
それでも何やかやと宥めすかす周囲の想いを汲み取ってか、二度と指輪の事を口にしなくなったらしいとは聞いている。
ただ時折り、ぼんやりとそこを見ているという話も聞いている。
そう耳にするたび、身体の奥深くがざわつくのは何故だろう。
同時にいい気味だとすら思い、愉悦がこみ上げてくるのは何故だろう。
全くもって説明が付かない。
コレは目を離したらまた雪に駆け寄るに違いない。
暖炉にその手をかざさせる為に近づける。
けほ、けほと乾いた咳をしながら、少女は身を捩らせる。
「あぅ、や、いたいっ」
「じっとしていろ」
加減がわからない。自分ではそれほど力を込めたつもりなどなかった。
「ぅ、ぅえ、っく・・・はい、わかりました。もうしわけございません」
腕の中に閉じ込めるように抱えた少女は嗚咽を飲み込むと、また謝罪の言葉を口にした。
その身体が小さく震えている。
とにかく二度と俺の機嫌を損ねるまい、とリュームなりに努力しているつもりなのだろう。
大人しく収まって耐えている。
暖炉へと導いた指先が少しづつ、ぬくもりを取り戻してゆくまでお互い黙ったままでいた。
くべられた薪がはぜる音だけが部屋に響く。
「暖まったな?」
「はい」
「もう冷やすな。横になってちゃんと休め。解ったな?」
「あの、もぅちょっとだけ、」
「いいから言う事を聞け。これは命令だ」
「ご命令ですか」
「・・・そうだ」
「はぃ」
「何だ。不服そうだな。文句でもあるのか?熱があるくせに大人しくしていろ!これ以上寝付いて煩わせるな。わかったか?」
リュームの額に手を押し付けながらきつめに言い渡す。
そうでもしなければ、コイツは大人しくなどしないのだ。
抱え上げてその身体を寝台に寝かしつけてから、宴に戻った。
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「何をしている」
ぎくりとしなった背に声をかけた。
リュームは熱があって眠っていた、とミゼルードに一言告げてからまたすぐ戻ったのだ。
案の定、リュームは起き上がって先程と同じく窓を開け放っている。
見ればそこには雪が円形に作られていた。その上には紅い実と常緑の葉で飾られている。
「え、と。と、途中だったので続きをこしらえていました」
観念したらしい少女が白状した。
「途中?」
「はい」
「何の?」
「お祝い、です」
少女は年が明けて春を迎えれば、十四歳になろうとしている。だがまだ十三歳なのだ。
雪で遊ぶ。
その無邪気さに説明の付かないため息を付いてしまう。
同時にあの時の出来事、リュームをと望まれた時を思い出したせいもある。
幼さを目の当たりにして改めて、あの男の横っ面を殴り飛ばさなかった事が悔やまれるばかりだ。
「だから何を祝おうというのだ?」
「何って・・・だって、今日お誕生日ですよね?若様の」
自分で問い掛けている間、まったく思いもしなかった。
我ながらどうかしている。
「・・・そうだったな」
そういわれてみればそうだった。そう思うくらいで他に何の感情も見出せないまま、虚ろに呟く。
「えっと。だからお祝いをしていました」
「雪でか?」
「ぅ・・・と。その、はい。こやって雪でお祝いのお菓子の形にして、この赤い実で飾るとお祝いです。明日の朝には小鳥が赤い実を食べに来るのです。
それで小鳥が食べてくれた分だけ、お祝いになるのです。お願い叶うそうですよ、何がいいでしょうか?」
冷えたのだろう。血の気の無い青白い顔をしながら、リュームは俺に微笑みかけた。
「――ばかばかしい。そんな事で俺の願いが叶ったら、苦労は無い」
自分でも驚くほどその声はひどく冷たかった。
ワケのわからない苛立ちを感じながら、リュームをまた窓枠から引き戻す。
「はい。も、もうしわけありませんでした。それではせめてリュームが出来る事はありませんか?お祝い」
「ない。寝ていろ」
「・・・はぃ」
「そもそも鳥など寄って来ないだろう?」
「いいえ!大丈夫です、いつも来てくれていますよ」
「もしかして、毎年こうやって祝っていたのか?」
「あ、えっと」
「そうなんだな」
「はい。ですぎたまねをしたことおわびいたします。もうしわけ、あり、ありませでした。も・しませんからおゆるしください」
どうやら先回りして謝る事を学んだらしい少女に苛立ちは募るばかりだ。
「何を――。何を願えと?」
「え?もちろん、わかさまのおねがい・かないますようにって思うのですか」
「何やら馬鹿にされている気がするが?」
「いえ、そんな事ありません!ごめなさ・もうしわけございませでした、その。この辺りのお祝いはこういった方法もあるんだよ、って教えてもらったものですから」
「誰に教わったのだ?ニーナか?」
あの過保護になりつつあるニーナが、わざわざリュームが身体を冷やす事になると解っていて教えるとは思えなかった。
だから尋ねたのだ。
「え、と。ですね・・・ないしょです」
「言え」
俯こうとする頬に手を掛けて上げさせた。逸らすのを許さず、怯えの浮かぶ瞳を覗きこむ。
「ええと、ヘンリエッタからです」
「何!?」
驚きのあまりリュームの腕を強く引いていた。そのせいでますます、大きく見開かれた瞳が潤みだす。
「あの、ですね。ヘンリエッタとおっしゃる、それは綺麗な方からお聞きしました!きっと、この館に住まう妖精さんにちがいありません!ものすごくお綺麗で、金色の髪がツヤツヤのぴかぴかで光ってらしてですね、それで!それで、深い深いみどりの瞳・・・の!?」
金の髪。緑の瞳。
ジ・リューム・タラヴァイエが息を飲むのが解った。
唇が形だけ、瞳のと作ったきりで音を失う。
目を見開く様が、今まで見逃してきた何かに気がついたのだろう。
思い当たるのが遅い。
無邪気なまでに何もかも受け入れてしまう子供の、いいところであり悪いところでもあるように思う。
苛立ちをのせた口調で突放す。
「ヘンリエッタは俺の亡くなった母親だ。もう、十八年も前に」
言いながら、その驚きに固まってしまった身体を抱き上げて部屋を後にしていた。
題して 『ラブコメちっくにファンタジィア!!』
もう べたべったの甘あま・甘ままま~の王道で!
そんな調子でうまれたこの話★
す み ま せ ん 。
嘘です。
『ド・シリアス~救いようがなくない?~』
はずでしたが、なぜでしょう。
こ う な り ま し た 。
しょせん、アッシの書くものですから。ええ。
後編も明日(・・・できるかな。)UPする予定です ← すみません!
おおおぅう!
無理でしたぁ~できるだけ早めにUPしますのでお待ちください。
>>>ヴィンセイル(目線)は、彼があまりしゃべるタイプじゃないせいか進みませぬ!(意味不明な責任転嫁。)