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第三十三話 ジャスリート家の朝のひととき

『ちゃんと鏡を見ることからまずは始めましょうか』


小話★10月10日 UP ↓ 後書きにて どうぞ~

 

「リューム嬢。こちらとこちらはどちらがお好みかしら?」

「え、と。どちらもステキですがこちらの方が好きです」

 差し出されたのは薄淡い緑のドレスと、気持ち黄色味かかった白いドレス。

 リュームは迷わず白い方を指差しました。

「まぁ?何故?こちらの方が似合うと思うわ。そうは思わなくて?」

「あの、そちらは胸元が少し開きすぎているような気がしますので。それと、動きにくそうな・・・」

 未だにどうしようもない、この胸のザクロ様を少しでも隠せるような造りが希望なのですが。

 それと。それとそれとそれと!

『その胸に紅い華をくれた方』

 ディーナ様の言葉がよぎり、リュームの顔は火照ります。

 思わず縋るように、なおかつ隠すようにザクロ様を握り締めてしまいました。

 あの方のくれたはな、とやらが何を意味するのかなんて考えただけでも意識が遠くをさ迷います。

 毎日鏡を恐るおそる覗くたび、薄まって行くから大丈夫なはずなのですけれども。

 もしかして、見逃してはいないかと心配でなりません。

 それを晒して皆様の前に立つなどとは、気が気ではありません。

 何度も何度も見下ろしては、消えた事を確認して安堵する。

 しかし、その感触だけは生々しいほどまでにリュームには残っているようなのです。

 それがこの身に刻まれてしまったのかと、未だに薄れ行かない感覚に参ります。

 しかも。一番最初の紅いはなとやらを、小刀でそぎ落としてやろうとしたかつての自分を阿呆と罵りたいと思います!

 ばかばかばか。あほです。知らなかったわけではありませんが、自覚が足りませんでした。

 リュームは真の阿呆です。

 かえってその忌まわしい記憶と共に、この身に刻んでしまったと気が付いても遅いのです。

 

 両手を胸に当てて視線をさ迷わせていると、パ・シャラン、と小気味の良い音がしました。

 ルゼ様が扇をたたまれた音です。はっとして、ルゼ様を見上げました。

「却下。」

「は!?はぃ?」

 

「そんな理由で衣装を選んではイケナイわ。だからその意見は却下します」

「ええええぇ!?」

「はい、リューム嬢の衣装コレに決まりね」

 有無を言わせずそのままお着替えとなります。

 侍女の皆さん方がまた、無駄のない働きっぷりなのです。

 リュームはあれよあれよという間に、これ普段着ではありませんよね?と思い切り尋ねたいドレス姿に途惑うばかりです。

「ご領主殿の大切な方をお預かりしているのよ?もちろん最高のおもてなしをさせていただくわ。遠慮はいらなくてよ、リューム嬢?」

「あの、その。ルゼ様、ありがたいのですが、そのぉ。コレはちょっと派手すぎやしませんか?あまりにもりゅ、わたくしには不釣合いな格好だと思うのですが」

 胸元が少しすーすーして落ち着きません。

 肌触りもさらさらと零れるような滑らかさです。

 それがまた、何ともいえない高級感を漂わせてくれています。

 リュームはちらり、と寝台の方を見ました。

 これ以外にも色とりどりのドレスが置かれています。

 そのほとんどがもう少し、襟首高め設定でお願いしたいのですが?と思わず心の中で唸ってしまったようなドレスなのです。

 しかも。どれもこれも新しく仕立てられた物ばかりときています。

 リュームはこっそりため息を付きます。文句があるわけではございません。

 相変らず分不相応と感じる、いたたまれなさからです。

 

「謙遜が過ぎると嫌味になるわよ、リューム嬢。どちらにしろ、ディーナの服ではアナタとは寸法が違うから入らなかったでしょう?」

「ぅ。は・はい」

 そうなのです。

 あの儚いまでに華奢なディーナ様の差し出された服は、ことごとく惨敗でした。

 水を振舞われたあの日、ディーナ様のドレスをお借りする事になったのですが寸法が、そのぉ・・・。

 合 い ま せ ん で し た 。

 

 ・。・+:*:・。・:*:・。・:+:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:+:・。・:・。・

 

 無理やり袖を通してはみたのですが、きつ過ぎてはち切れそうだったのです。

 コルセットを締め上げても、きつきつのピチピチ。

『あらま。飾り紐やらリボンやらで調節可能な物を用意してみたのにねぇ。やっぱり無理があったわね』

 そう冷静に言われてはもう何も言い返せませんでした。

 何せ何も持たずに飛び出してきたリュームが悪いのですから。

 しかも『やっぱり』とは。ええ。

 ディーナ様を目の前にすると、ええ・そうでございますよね、と強く頷くしかありません。ええ。

 申し訳なさでいっぱいになりながら、このままでいれば乾くのでお構いなくとお伝えしたのですが~・・・。

『どちらにしろこれから先、着替えは必要だと思わなくて?』

 そう真顔で切り返されてしまいました。

 そ、それもそうですね。

 

 その時にすかさず、侍女の方の服装を指差しました。

(アレで!あの侍女のみなさん方みたいな、お仕着せがいいです!)

 途端に手首を掴まれて、椅子に腰掛けるようにと促がされました。

 軽く無視ですか。ええ。ハイ。

 

 ルゼ様は落ち着かれたもので、さくさくさくっと行動が早い早い早い!

 出入りの仕立て屋さんに適当に見繕ってこさせるようにするからと言い残すと、勢い良く行ってしまわれました。

 その背に声をかける間もなく、ただ視線だけで追いすがった次第です。もちろん、置いてきぼりでした。

 むなしく手と視線だけがさ迷いました。

 その後は先に着替えを済ませたディーナ様と一緒に待ちました。

 ――下着姿のままで。

 妖精さんの前でそれはそれは、大層いたたまれないお時間でございましたともよ。拷問に近いです。

 リュームがいつまでもそんな姿でいる事から、全てを察してくださったディーナ様からは何も聞かれませんでしたし、言われませんでした。

 ただ、寒いと悪いからとガウンを羽織って下さったのでした。

 その後は用意された衣服たちとにらめっこ。

 とっかえひっかえ、アレ駄目これ駄目、コレが良いアレが良い・・・。

 そうです。ルゼ様が納得するまで解放なりませんでした――。

 

 。・+:*:・。・:*:・。・:+:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:+:・。・:・。・

 

 リュームはどうやら怠けていたわけではありませんが、あまり動かないので無駄なところにお肉が乗っかっちゃっているのでしょう。

 これはまた緊急で館内二十周などをせねば!こっそり探検も兼ねて。そう思いました。

 モチロン、勝手に他のお部屋に入ったりしませんよ?

 

「あの、はい。ディーナ様は華奢でまるで妖精さんのようですね。何を御召しになっていても様になります」

「そうね。あの子は特別細いのだと思うわ。でもリューム嬢のその、はち切れんばかりの瑞々しさも魅力的だと思うわよ」

 はち切れん・・・!おおぉう、マズイです!リューム、人様から見たらだいぶそんな様子のようです。

「そそそそそ、そんな、滅相もございません!」

 

「そう思うのは何故かしら?アナタを隅に隅にと追いやろうとするその感覚は、いつから身に着いてしまったの?」

 そう哀しそうな瞳で問いかけられてしまいました。

「何故?だって、リューム真っ黒でとてもじゃないが、みっともなくて面には出してやれないとそう言われていますが?」

「そうなの。それはアナタのお義兄様がそう言い聞かせたの?」

「・・・・・・。」

 リュームは無言のまま俯きます。まったくもってそのとおりでゴザイマス。

 後は、お義父様とおかー様もですが、黙ったままでいました。

 下唇を噛み締めます。

「リューム嬢は鏡がお嫌いなの?」

「いいえ。そんな事はありませんが、鏡に映る自分を見るのは苦痛です。だからあまり見たくありません」

 あまり考えた事は無かったのですが、そう言われてみればそうです。

 必用な時はお世話になりますが、そうですね。

 鏡の中の自分にすら、目をあまり合わせていないような気がします。

「リューム嬢。あなたが自分の事を認められない限り、お義兄様は同じ事を繰り返すわ」

「リュームを、認める?」

「そうよ。アナタがそう思い込んでいるのは、お義兄様にもだいぶ非はあると思うわ。けれどね、その評価に下ってはならないのよ!自分の評価は自分で下すの。もし誰かから否定的な評価をされても、あなたが受け入れない限りそれは無効となるものなのよ。ヴィンセイル殿の・・・シェンテラン家の苦肉の策なのでしょうけれど、代償が大きすぎるわ!」

「代償ですか?」

「ええ。あなたのような何に恥じる事もない一人の女性の人生に影を落とし続ける。それは結果としてはあの家の都合良くなるでしょう」

「都合が良い?」

「あなたのその自己評価の低さを利用して自分の都合の良いように、リューム嬢を閉じ込め続けようとするわよ」

 シェンテラン家のお荷物なのだから、なるべく誰の目にも付かないように息を潜めて生きていかねば。

 そう考えてもいましたが、それは違うと?そう仰って下さっているのでしょうか。

 胸が熱くなります。

「でも、それはもう終わりにしなきゃ」

「終わりに・・・?」

 言われた言葉があまりに斬新で。

 リュームは、そんな風に思った事など一度もありませんでしたから驚きます。

 

 受け入れない事。

 受け入れてしまった事。

 受け付けてはならなかった事。

 それはもう終わりにしなければならない事。

 

 あまりの衝撃で呆然としてしまいます。

「あなたがこのジャスリート家に来たという事は、何かしら一歩踏み出したいと願ったからなのでしょうよ。その行動の現われだと思う。改めて歓迎するわ、リューム嬢。まずわその長きに渡る呪縛を解いていきましょうね?」

「呪縛とはその、これもまた呪いなのですか?」

「ええ。そうよ。ただ残念ながらこの呪いはかけた本人でなければ解けない魔法なの。でも、私のような良き魔女のばあ様もいくらか手助けできる、ハズよ?」

 ふふふ~とイタズラっぽく、しかし強く唇の端を持ち上げてルゼ様が微笑まれました。

 

 と、まぁこんな調子も早三日目を迎えてゴザイマスですよ。

 

 ・。・:*:・。・+;:*:・。・・:*::・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 中庭をぼんやりと歩いていると、目立つ闇色に出会いました。

「ダグレス。おはようございます」

 思わず駆け寄って抱きつきました。抱き心地が良いので、ムイシキのまま、ついつい。

 そのまま首筋に顔をうずめます。

 その毛並はお日様の良い香りがしました。

 ダグレスが短くああと答え、鼻を鳴らします。

 ””リューム。その様子だと、朝っぱらからひと仕事済ませたようだな。そのカッコウには慣れておけ””

「何故です?」

 ””オマエはこれから大仕事が待っているからな!””

「おおしごと、デスカ!?」

 そうだ、とダグレスは意味深に短く答えたきり黙りました。

 その紅い瞳を覗きこんでも「さぁなんだとおもう?」と、愉快そうにはぐらかされてしまいます。

 

 ””何だ。浮かぬ顔をしおってからに。朝から辛気臭いのはフィルガだけで充分だ””

「はぃ。その申しわけなくて。身一つで押しかけてしまって、結局は全てルゼ様にお世話になっているのですもの」

 ””ああ。気にせずとも良いだろう””

「そうなのですか?リューム、侍女の皆さんみたいに動きやすいのを着て、働きたいのですが」

 ””無茶を言うな!おまえごときが何ができるか。余計に仕事を増やしてリゼライに・・・!””

「リゼライ、さん?」

 ””元は嬢様つきであった侍女だ。今は他所に行っている。嬢様もアレコレ手出しをしてはリゼの仕事を増やしていたからな。オマエも大人しくしていた方が侍女のためと心得よ。世の中には向き不向きがあるのだ””

「何気に無礼ですね、ダグレス。何をぉ、ですよ。リューム、これでも自分の事は自分で出来るんですからね!これでももと下町っこですから!」

 ””ああそうか。ふーん””

 ダグレスと来たら、後脚で耳を掻きながら答えます。態度悪いですね、もう!

 ””別にそこまで気を使う必要などないのだぞ?請求は領主に全額行くから気に病むことなどないだろう””

 さらりと告げるダグレスに、リュームの動きが思考ごと止まりました。

 は・はぃ!?

「病みますとも!!」

 何ですかそれ。聞いてませんよ。

 

 ・。・:*:・。・+;:*:・。・・:*::・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「おはようございます、リューム嬢。今日も艶やかね」

「おは・おはようございます、ディーナ様。ありがとうございます。ディ、ディーナ様こそ・・・っ!」

 何て可憐な。今日も朝から可愛らしいお姿です。

 真っ白いドレスが細い肢体にまとわりつき、まるで霧の中から現れたかのような儚さに目を奪われてしまいました。

 それとは対照的な紅い髪が日を浴びて、これまた豪華な輝きを放っています。

 おおぅ、まぶしい。まぶしいです!思わず一歩下がりたい衝動に駆られます。

 

 ””フン!””

 勢いの良い鼻息を付かれて、視線を下げました。

 ディーナ様のドレスの裾にまとわり付くかのように、彼の尻尾が揺れています。

 こちらも同じく濃い霧をまとっているかのようです。

「レド、も。おはようございます」

 レドとは、その傍らに寄りそう獣さまのお名前です。

 レドはダグレスとは対照的な毛並の持ち主で、見た目はまるで大きな猫です。

 白くてふんわりの毛並に薄っすらと淡い金の斑点が浮かぶという、これまた触りたくてたまらなくなる様な綺麗な獣様。

 レドもダグレスと同じくディーナ様にお仕えしているそうです。

 まだ一度も撫でさせてもらえていない毛並に今日こそはという下心を忍ばせて、そっと手を伸ばしてみたのですが。

 

 ””ふん。朝からカラス色なんて見たくもない””

 そう勢い良く顔を背けられてしまいました。

 ””何だとレド、貴様!””

 どかどかどか、と足音も荒々しくレドはそのまま去って行きました。

「ごめんなさいね。あのこ、人見知りなの。後でよく叱っておきますから」

「いいえ。そんな、不躾に触れたがるわたくしが悪いのですから気になさらないで下さい」

 

(例え否定的な事を言われても、受け入れない事!でしたよね、ルゼ様)

 

 自分をそう叱咤してみますが、やはりといいましょうか。

 心はそうそう変えられないようですね。

 朝からいけないとは思いつつも、うな垂れてしまいます。

 このままお部屋に引き返して閉じ篭ってしまいたい。そう思わず考えてしまいます。

 

 ””放っておけ。アレもただのガキだからな、リューム。ここであまり気落ちするのは我に対しても無礼と見なすぞ?””

 

 ――しゃんとしろ!

 

 そうダグレスの尻尾に背中を一打ちされて、姿勢を正したリュームでございます。


『鏡をちゃんと見るということは』


自分に向き合うこと、と言われてからは

それもそうだと肝に銘じております。


でも鏡に映る自分を否定してはなりませんよ、リューム。

それに 

他の人から見たらまったく違うように見えているような・・・。

時もあるものです。


さてさて。

また獣さま、一頭追加。レドです。ただのガキです。


(小話は、近いうちに。多分・・・明日あさってには・・・と自分の首を絞める。)


10月10日 UP ↓


『小話★リゼライ・シャグランスのゆううつ・・・って程でもないけどね。』

 

 ””そういうわけなのだ!””

「ふぅん?」

 だから何?そうとでもいいたそうな琥珀色の瞳が眇められただけで、彼女は休みなく手を動かしている。

 棚から資料を選び出したり、器を取り出したりと忙しく立ち働いている。

 彼女はいつもこうやって何かをしているとレドは思う。

 ””ダグレスの事、怒らないのか?リゼライ?””

「怒る?何で私が?あの俺様野郎のケモノサマにどう腹を立てろと言うのかしら。私には関係ないでしょう、レド?」

 ””そうなのか!?””

「だ~か~ら~な~ぜ~そういう結論になるの!あ~もう、忙しいのだからアンタもいちいち来ないで頂戴!それと、アンタ自分の立場解ってるの?誰かに見られたら危ないでしょう」

 ””ぐぅ。だって・・・””

「だって、何?」

 ”””ダグレスの事、叱れるのディーナとリゼライだけ。だけど、ディーナよりもリゼライのほうが効果的””

「いや、レド。あのね、公爵家にいるケモノサマをどう叱れと?というよりもそもそも何だって私がそんな役目に落ち着いているわけ?」

 ””フィルガがそう言っていた。ダグレスが悪い子だったら、リゼライに全部言いつけるけど良いのか?っていつも脅す。そうすると、少しだけダグレスいい子になる””

 

「・・・・・・そぅ。そりゃ、初耳だわ」

 

 ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★

 

「あのね。レド、忙しいから帰って」

 ””嫌だ””

「嫌だじゃない。か・え・れ・!」

 レドの飛び込んできた窓を勢い良く指し示す。

 ””いやだ・いやだ・いやだ!””

 レドは大きな身体を床にごろんと横たえると、そのままごろごろ転がった。

(構え、ってことか。忙しいのにまったくもう・・・ディーナあんたもうちょっと自分の獣の躾をしっかりせぇ!)

「レド。ディーナに言いつけるわよ?」

 ぴたり、とごろんごろんが止んだ。ちょうど、リゼライに背を向ける格好で。

「レドが悪い子で困っています、って言いつけるわよ。しかも神殿内に勝手に侵入してきて、危ないったらないって言うわよ?」

 普段からやんちゃ盛りの弟妹達の面倒も見ているリゼライに掛かっては、駄々っ子はひとたまりもない。

「レド!」

 レドは無言のまま身体をまるめている。てこでも動かない気のようだ。

 駄々っ子のよくやる手だ。正直面倒臭い。弟妹どもで間に合っている。

(こんなに毛深い弟妹は持った覚えはないんだけど?も~甘ったれめ!ディーナは甘やかしすぎ)

 それにいちいち構ってやっては付け上がらせるだけなので、こういった場合は突放すに限る。

「あっそ。じゃあね。私午後の礼拝の準備があるから行くわ」

 そういい残し、さっさと戸口に向う。

 

 ””いやだ””

 そう言いながら素早く立ち上がったレドが、戸口の前に立ちふさがった。

「レド!」

 ””ぐぅ。だって皆、ダグレスの連れてきた黒髪に夢中で、嫌だ!””

(あああああああ~もぅ~幼児かえりかよ!!)

 母親の注目を自分よりも幼い弟妹に取られたと。

 リゼライにだって覚えがある。

 実際、リゼライは一番の年長者で弟とは八つ、妹とは十も年が離れている。

 弟が今のレドのような態度を取った事もあった。しかし。しかしだ。

 たちの悪い事にレドは仮にも力のある獣。

 その気になればリゼライを力任せで押し退ける事だって可能なのだ。

 リゼライがどう対処したものか、と少しだけ考え込んでいるとレドがいじけたように言い放った。

 ””やはり皆、ダグレスやあのリュームのような黒い毛並の方がいいのか?””

 この場合の皆、はアレだ。ディーナ・フィルガ・ルゼ辺りを指すのだろう。

「アンタがそう思うのなら、そうなんじゃないの?」

 ここで『そんな事無いわよ、アンタの方がかわいいわよ』何て言おうものなら!

 この先ずっと付きまとわれてしまう。

 だからリゼライはレドの欲しがる賛辞を与えない。――本心は違っていても。

 ””うわぁぁぁん!!””

 再びごろんごろんごろん、とレドは戸口の前でのた打ち回る。

「じゃ、レド。うちの子になる?」

 ””リゼライの家の子?””

「そう」

 驚いて上半身を起こしたレドの頭に、リゼライはぽんと手を置いた。

 いいこ、いいこと大げさに右に左にと耳が倒れるくらい撫でてやった。

「そうしたら、たんと甘やかしてあげるわよ」

(そうしたらウチの弟妹のおもちゃ・・・遊び相手にしてくれよう。いやでも?また身体の大きな弟が一人増えるだけかも)

 ””そうしたら、ディーナには””

「忘れられるんじゃないの?」

 まん丸に見開かれた瞳を覗きこみながら、リゼライはすっぱりと告げる。

 ””嘘だ!””

「じゃ、ディーナに確かめてみたら?」

 ””いやだ!!リゼライの家の子になんてならない!!””

 

 そう言い放つと、レドは勢い良く窓から飛び出して行った。

(やれやれ。やっと行ったか)

 リゼライは急いで礼拝所へと向った。

 

 ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★

 

 午後の勤めも無事に終わり、広場の鐘が夕刻を告げている。

 リゼライは先ほどと同じく、明日の儀式の準備に追われていた。

 正直雑用ばかりだが、神殿勤めの巫女は忙しい。

 ――忙しいというのに!

 

 ””オマエはレドを『聖句の徒』にしようとしたらしいな!?””

「はぁ!?」

 はぁぁぁぁ~とそのままリゼライはため息を付いた。

 ””レドがディーナに言っていたのを聞いた。リゼライ、オマエは嬢様から獣を奪い取ろうというのか!?””

 鼻息も荒く、闇色の獣がリゼライを問い詰める。一角を打ち振りながら。

(そんなに苛立たしそうに『どうなのだ!』と言われてもねぇ)

 ど う も し な い よ 。

 リゼライはうな垂れそうになりながらも、しぶしぶ向き合った。

 だからなぜそうなる。そうしてなぜオマエまでがいちいちここに来る。

「ああ。ディーナが構ってくれない、アンタや黒髪のお嬢さんばかりを構うっていじけてたから。じゃあ、うちの子になって弟妹達と遊ぶ?って聞いてみただけよ。だから聖句だの何だの。そんなカンケイじゃなしに、」

 ””ダメだ!!””

 ダグレスはその場を前脚で蹴り上げだした。

 ガッ・・・!!と床が軋んだ。

「ちょ・・・こら!!床がいたむから止めなさい」

 ””いためば良い””

「帰れ。」

 

 そんな調子なので公爵家を離れた後も、あの家の様子が丸わかりのリゼライだった。

 

 ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★

 

 リゼライ・シャグランス

 金髪のお嬢さん。

 ディーナのライバル(?)

 元は公爵家の侍女という名の間者でした。

 ダグレスの・・・。


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