第三十二話 ジャスリート家の紅孔雀と烏
『くじゃくとからす』
それぞれ 魅力があると思います。
10月7日 UP 後書きにて 小話UPしました。
『小話★フィルガ・ジャスリートと書いて苦労人もしくは心配性と読む。』
思わずいつものくせで、タラヴァイエを名乗ってしまいました。
深い意味はございません。
あの方がいつもばか丁寧に呼んでくれていたおかげでしょう。
(自分は未だに、タラヴァイエ家のジ・リュームなんだな)
とそうずっと思っていましたから。
はい。
要は誰がオマエのようなカラスをシェンテラン家の一員と認めるか、と言いたいのだろうな。
はいはい。解っておりますよ、と。
そう心の中でかしこまりましたとお返事し続けて、早七年ですからね。
意識せずとも自然に、そう名乗ったまででゴザイマスよ。
そこですかさず、さも訳知り顔で割り込んだのはダグレスです。
””嬢様と同じくこの者も輿入れするまでは、養女といえど養い家の名を名乗る気は無いようです””
前脚をお行儀良く揃えて、そう厳かに告げました。
「はぃ!?」
何だ、文句あるのか。
ダグレスにそう眼差しで一睨みされました。
何となく、今の説明は腑に落ちませんよダグレス?
リュームは一言だって、姓については言ってませんでしたよね?
(ディーナ様と同じく、輿入れするまでは家の名を名乗らない?)
それではまるで、リュームが輿入れすると決まっているみたいではないですか?
(え、とですね?誰がどこに輿入れ、すなわちお嫁に行くという話ですか!?ダグレースっ!)
いつ、リュームそんなお話しましたかと尋ねようとした時です。
「ああぁ、ディーナ!リューム嬢にまで水遊びをさせて」
フィルガ様です。
足早にこちらに近付きながら、ディーナ様を咎めます。
「水遊びじゃないわ。リューム嬢は喉が渇いてらっしゃるのよ。だから、ここのおいしいお水を振舞っていただけですのに」
ディーナ様はちっとも構わない様子です。
水に手を浸すのを止めようとはしません。
言いながらご自身も水をすくうと、唇を寄せてお飲みになりました。
滴り落ちた水がドレスを濡らす事など、まるで構わないご様子です。
「ディーナ。いい加減にしなさい」
「リューム嬢、もっといかがかしら?」
ディーナ様はといえば、まるで聞く耳持たずでいらっしゃいます。
フィルガ様が険しいお顔でディーナ様をご覧になっていても、まるで気にされたそぶりすら見せません。
それは見ているこちらが、はらはらしてしまうほどです。
「リューム嬢が困るでしょう、ディーナ!」
「そうかしら?」
ディーナ様の瞳が大きく見開かれます。
しかもそれはリュームへと向けられているものですから、思わずへどもどしてしまいました。
「あ、の。そんな事はありませんが、その、ディーナ様が水浸しになってしまいます」
そう心配して両手を振りました。
実際、その御召しの服地が水気を含んで張り付き、その華奢な身体の線を浮き彫りにしています。
「あら。わたくし、構わないわ。とても気持ちが良いもの」
そう、にっこり笑われてはこれ以上は太刀打ちなりません。
どうしたものでしょうか、とフィルガ様とダグレスを見比べました。
フィルガ様はそれ以上何も仰らないまま、ディーナ様を見つめ下ろされています。
目が合うとすまなそうに頭を下げられました。
思わずリュームもいえいえ、と頭を下げ返しました。
何と言うのかその。ディーナ様はもしや、最強でらっしゃいますでしょうかね。ええ。
やがて諦めたように一つため息を付くと、フィルガ様は改めて頭を下げてくださいました。
「リューム嬢。ようこそお越し下さいました。お加減はもういいようですね?何よりです」
リュームも慌てて立ち上がると、礼を取ってお答えしました。
「ありがとうございます。あの日はお見送りできなくて申し訳ありませんでした。それに、その。ルゼ様のお言葉に甘えさせていただきました。急にお邪魔してしまって、すみません」
「構いませんよ。むしろ歓迎いたします。それはいいのですが、大丈夫ですか?その、ヴィンセイル殿は何と?」
「ええぇと、あの方はですね。何と言いますか、そのぉ」
やはりどうお答えしていいのか解りません。
認められていないとはいえ立場上は義兄なる人に、リュームの嫌がる怖いことをされたので逃げてきました。
何て言えますか!?
これがルゼ様であれば、あの祝賀会で話し合っていた心配事がそのまま予想通りでしたので〜と言えばお分かり頂けるのでしょうが。
いかんせん、相手はフィルガ様です。うう。言いにくいです。というよりも、言いたくありません!
『何かこれは間違っているな、という事をされそうだと判断したらウチに逃げておいでなさいな』
一時避難よ、とルゼ様が茶目っ気たっぷりに仰って下さったのですよ。はい。
それをフィルガ様にお伝えするのは、大変な恥さらしに違いないと思われます。
困りました。いい表現が思いつきません。どうしましょうか。
そう悩んで黙り込むと、間にダグレスが割り込んできました。
””この娘。やはり闇に魅入られておるぞ。みすみすくれてやるのも惜しい。保護してやれ””
鼻息も荒く、ダグレスがそう説明を付けてくれました。
ダグレスはやはりお利口さんですね。助かりました、と感謝しました。
相変らずの上から目線の物言いが玉にきず、ですが。
「ダグレス。それは構わないが、ヴィンセイル殿の許可は取ったのか!?」
””ささ、嬢様。風が出て参りましたから、そろそろお部屋に戻られるがよろしいかと?この娘の服も濡れましたから、嬢様の良いように着せ替えてやってはいかがでしょうかな?””
くるりと優雅にフィルガ様に背を向けると、もうその話は済んだと言わんばかりに無視ですかダグレス!
「まぁ!それはいい考えね、ダグレス!ね、リューム嬢。そう思いませんか?」
「ええ、っと。あ、ハィ。そうですネ」
「ダグレスっ!!」
””フン。なぜそんなものが必用なのだ。我はルゼの命に従ったまでだ。そもそもルゼの言いつけを守ろうとせず、この娘に無体を働こうとしたあの若造の方が悪い。心配せずともあの若造の目の前でかっさらって来てやったわ!安心せい。あの若造は一晩は動けんようにしてきた””
アナタ様もあくまでご自身の調子ですか、ダグレス。
というより、あああああ〜!言っちゃいましたか。言っちゃいましたね?わぁぁぁ!
いたたまれないとは正にこのこと!リュームは赤面しつつ、俯くしかありませんでした。
””さぁ、嬢様。日も傾いて参りました。お体を冷やされては良くありませんから、お部屋に戻りましょう。付いて来い、カラス娘””
「まぁ、ダグレス。何べん言ったらわかるの?そんな言い方はないわ」
””は。失礼しました。リューム、嬢様のお部屋に案内してやろう。ありがたく思え””
「待て!!」
さくさくと話を進め先頭に立つダグレスの背中に向って、フィルガ様がぴしゃりと言い放ちました。
「ダグレス。オマエはここに残れ!女性の着替えにオマエが同席するな」
ピタリ、とその軽快に進んでいた蹄が止まりました。
””我をおまえらの様な飢えたオオカミと一緒にするな””
頭を傾けて、ダグレスはちらりとフィルガ様を窺いました。
「ああそうか。ならば紳士らしく扉の前で控えていればいいだろう。それでも納得行かないとほざくなら『リゼライ』にこの話が行くようにしてやろうか。彼女はなんだかんだでディーナを大切にしていたからな。怒られるぞ。いや?呆れられた上、この上なく蔑まれるだろうなぁ」
””ちっ!!””
ダグレスが蹄で地面を忌々しそうに蹴りました。土ぼこりが勢い良く舞い上がります。
「りぜらい?」
””余計な所に興味を持つな、カラス娘!””
「ダグレス。リゼライ嬢にくまなく報告する事だって可能なんだぞ?口を慎め」
””ふん。何故我があのような小娘に気兼ねせねばならないのだ好きにすれば良いだろう我の知った事ではないわ””
「ああ、そうか。なら好きにさせてもらう。リューム嬢。ダグレスの口が過ぎるようなら、いつでも俺にご報告下さいね」
「ダグレス、リゼライ嬢さまとやらが怖いのですか?」
””・・・・・・。””
じっと見つめていても、返事がありません。それが答えという事なのでしょう。
「さぁ。いいから行きましょう、リューム嬢。こちらよ」
そんなやり取りも、いつもの事なのでしょうか。
ディーナ様はそんな二名様をさっさと後にして、リュームの手を取ると歩き出されたのでした。
あの最強オレ様な獣のダグレスが!恐れるリゼライ様とやらが気になりますね。
今度、お聞きしておきましょう。
そしてダグレスをからかうのに使いましょう、と心に決めたリュームです。
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ディーナ様はリュームの手を引きながら、ゆっくりと案内して下さいました。
しかも歩きながら、実に気兼ねなく話しかけて下さいます。
「フィルガ殿はね、わたくしにはとても甘いの。甘すぎるわ!見ていたでしょう?とても煩くアレコレ口出し手出したがってくるのよ。過保護なの。わたくしのする事を全部禁止しようとするのよ!だからね、困らせてやろうと思って」
くすくす笑いながら、到底頷きようのない意見を述べられました。
「困らせてやる、ですか?」
「ええ。そうよ。リューム嬢もそうして差し上げたらいいわ。きっと喜ばれるわ」
「え、はい?その、どなた様を困らせれば良いと?」
「決まっているわ」
ふいに立ち止まると振り返ったディーナ様にとん、と胸を軽く押されてしまいました。
「その胸に紅い華をくれた方」
紅い。
ああ、柘榴石がと思い当たります。
見下ろしてみて、そこでやっとリュームは自身の胸元の赤く浮かぶ痣におののきました。
あかいはな、が何を指し示しているのかなんて。
改めて聞き返す勇気がリュームにはありませんでした。
ただただ、胸元に手を当てて赤面するばかりです。
「困らせようと思わなくても既に充分、煩わせてしまっていると思います」
「リューム嬢はその方のご婚約者でしょう?ルゼ様からはそう聞いていますわ」
「め、滅相もございませんんん!!」
「あら?そうなの。だって、求婚されたのでしょう?それともリューム嬢は、その方のことがお好きではないのかしら?だから逃げていらしたの?」
いきなり核心を突いてきますか、ディーナ様。
流石、リュームを見透かすお空の瞳の持ち主サマですね。
「あの。好き、なのだとは思うのですが。リュ・・・ワタクシは忌み嫌われていた筈だったのに急に、求婚されたのです。ワタクシにはそれが正気のものとは思えなくて、まだ何もお答えしていないのです。それなのに・・・その、無理やり怖いことされるのが嫌で逃げてきたのですが多分、好きだと思います。あの、何て言っていいのかわかりません。すみません」
じっとリュームを覗き込みながら聞いて下さっていたディーナ様の瞳が、やわらかく眇められました。
「謝らなくてもいいと思うわ。リューム嬢」
「ありがとうございます」
「リューム嬢もその方の事が好きで嫌いなのね。嫌いだけど好きなのね」
そう、確信を持ったように呟かれました。
「ワタクシも・ですか?」
「ええ。わたくしもフィルガ殿のことが一等・大嫌いで、一等・大好きよ」
嫌に迷い無くきっぱりと、ディーナ様は言い切りました。清清しいほどです。
リュームにはその真っ二つに相反する、感情の収め方が理解出来ずに途惑います。
だって。この胸はひとつ、ですから。
「そうですか」
力なくそう呟きながら、胸元のザクロ様を握り締めていました。
「そうよ。だから、わたくしなりに甘えているつもりよ」
「そうなのですか」
「ええ。フィルガ殿が困った顔をするのが好き。そんな顔をさせるのがわたくしだけだと思うと――余計に楽しいわ」
この心を一番に占める憎い人。
そんなこと、あたりまえでしょう?
そう微笑まれてしまいました。
や、やはり最強に違いありません。
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さぁ、どうぞと招き入れられたお部屋に一歩踏み込みます。
それと同時に、聞き覚えのあるお声が出迎えてくれました。
「ああ。やっぱり来たわね、リューム嬢。歓迎するわ。ゆっくりくつろいで頂戴ね。ふふふ。楽しみだこと〜」
そう、両手を広げるルゼ様に迎え入れられたのでした。
同じ年頃の娘さんとか、人生の先輩とかと話すと良い刺激になるものですよね。
そんな始まりの32話。
まだまだ序の口、ガールズ・トーーーク。
何の事か。
『小話★お知らせ』
指輪のオトシマエどうつけたのか?編。
もうじきこの闇ふり払う君の調べを始めて一周年になります〜。
読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。
なので、その時『番外編』という形でUPします。
そうしないと既に、どうしようもない文字数になっていますので・・・・・・。
よろしければお付き合い下さい。
その前に本編もう一話UPできると思います!
(と、また自分の首を絞める。)
『小話★フィルガの予想・大当たり。』 ↓ 10月7日 UP
「歓迎いたしますよ、リューム嬢」
はははと乾いた笑みは、どこか虚ろに映るかもしれない。
だがこれ以上取り繕う気力すらない。
このままジャスリート家は獣を使役して、美少女を拉致するフトドキな家とでも何とでも、好きなだけ噂が立てばいい。
やけになってそう思った。実際、弁解の余地は無いのだ。
始末は公爵がつければいい。
(そんな事になったら・・・この先臨む審議会でディーナにとって、不利に働くのは目に見えて明らかだと言うのに。何を考えて――!?)
ダグレス!貴様が一番諸悪の根源だろうが!
いつからそこまで「お人好し」になった?
あれだけ古神獣らしく、お高くとまっていたオマエはどこに行った?
いいや。コイツはもともと乙女には甘い。こと、気に入った者には。
いや、やはり。
関わったものとはそれが縁とばかりに、世話を焼きたがる祖母にも問題があるだろう。
今回もアレコレ根回しをしているのだろう。
リューム嬢が思いも寄らない事になるのはまず間違いがないと断言できる。
それでいて執務が滞りない所がこの人のすごい所だ。
少しでも落ち度があれば何かしら注意もできるのだが、それすら見越しての行動力には尊敬をもはや通り越してしまう。
これからもおそらく、彼女がジャスリート家の当主である限りこの状態は続くだろう。
(いいや。違う。・・・違うな)
ダグレスだけでは事は起こさない。
祖母もまた、しかり。
そこで見逃してはならないのは、ディーナの存在だ。
ダグレスも祖母も館から自由に出られない彼女を第一で、物事を考えているふしがあるのは否めない。
そこに『たまたま』縁あって、少々困った状況の少女を『ご招待』となっているのが最近の傾向だ。
俺の婚約者が魅力を遺憾なく発揮して、ダグレスを骨抜きにしているのが悪いのか。
ディーナが祖母の娘と似ているのが悪いのか。
ディーナにその気はなくとも、結果としてこのような運びになっているのは間違いが無さそうだ。
(俺もディーナには甘い。気が紛れるのならば、少しは気鬱が晴れるのならば受け入れようと思ってしまう)
結局はそこに行き着くのか。
ああ。ああ!だから覚悟はしている。
あのエキナルドの若領主に、この次会ったら胸倉ぐらい掴み上げられる事ぐらい。
それくらいで済めば可愛いものだという事くらい、わかっている。
もしこれでディーナがリューム嬢と同じ状況ならば、俺だって何をしでかすか予測も付かない。
祖母は楽しみだこと等とぬかしていたから、きっと。
あの若領主の出方を予想して試すつもりでいるのだろう。
ぜひ彼には努力して頂きたい。
間違っても力ずくで奪い返しには来ない方が良いとは思うが、どうだろう?
俺とて同じ立場なら冷静に行動できる自信がない。
(ヴィンセイル殿。ここは是非、冷静かつ穏便に!!)
ここにはいない、置き去りにされたという彼に思わず声援を送る。少しでも届けば良いが。
『リューム嬢を任せても良し。』と公爵のお許しが出る事を祈るばかりだ。