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第三十一話 ジャスリート家の獣の瞳

『今回も 長いです。』


休憩挟まれながらどうぞです。

小話も一緒にUPで、どうしようもない。


 

 もう日も暮れたかと思っていたのですが、意外にもそうでもなかったです。

 少し日は傾いてはいるものの、まだ充分な高さがありました。

 

「ダグレス!リューム、感動です。こんなに素晴らしい景色が見えるなんて。館が小さく見えますね〜ニーナ、バルハートさん、見えますか」

 リュームは、窓から見送ってくれた二人に手を振ってみました。

 たぶん、もう見えないでしょうけれども、構わずに振ります。

 二人とも大層リュームの事を心配してくれているのが伝わって来て、まさかしばらくこの館を出ますと告げるのもはばかられる位でした。

(リューム様、どうかお気をつけて)

 それでも二人はこうやってリュームを送り出してくれたのです。

 きっと想いは同じだったのでしょう。

 このままリュームがご領主様のお側に居ては彼を駄目にしてしまう。

 あのまま、流されるままに『妻に』等とされてはリューム自身も何かが壊れてしまう。

 言葉にしなくてもその想いは、そこはかとなく館全体に漂っていたように感じました。

 二人の眼差しが痛いくらいで、思い出すだけで胸がつきんと痛みます。

 そんな風に未練がましく館の事を思っていると、ダグレスが呆れたような声を出しました。

 

 ””高い所は怖くは無いのか?””

 ぶんぶんと首を横に振りました。

 ダグレスに促がされるままにその背に身を預けたリュームはですね!

 何とびっくり、館よりも高い・高い・遥かに高いお空にいるんですよ。

 ダグレス、すごいです。その(ひづめ)は空すらも踏めるようです。

 まるで地面を蹴るのと同じようにして、ダグレスはここまで上がってきました。

「ちょっとだけ、怖いです。けれど、ご領主様に比べたら何てことはありません!

 むしろこの恐怖感がちょっとわくわくしますね!冒険してるって感じます!」

 ””ああ。何とかとナントカは高い所が好きだというのは本当のようだな””

「ナントカ・カントカ?何の呪文ですか、それ?」

 ””オマエをそのまま在りのまま表す呪文だ。””

 からかうようにダグレスが鼻先を震わせました。笑ったのでしょうか?

 ですがリュームにはよく意味が解りません。

 獣サマの感覚は、リュームごときでは理解できないのかもしれませんね。

 適当にあいづちを入れました。

「そうなのですか?」

 ””あ――・・・我に手が無いのがこんなに悔しいのもそうそうない。あったら確実にオマエをはたきたい。その額をな!あ――バカ領主の気持ちが解るとか思ってしまう辺りで我も落ちぶれたものよな!””

「!?」

 咄嗟に額を両手で庇いました。

 その途端、上体がぐらりと後ろに傾ぎます。

 ””ばか者っ!手を放すなと言うたろうが!!””

「ダグレスがはたくとか言うから悪いんです」

 ””あ〜〜〜!!この娘、本当にはたきたい!!””

「暴力反対です。ますますリュームがばかになったら、どうするんですか」

 ””黙れ。これ以上ばかになりようがあるまいから、余計な心配をするな。

 まったく、口だけは減らないのだから忌々しい!””

「バカって言う方がバカなんですよーだ?」

 ””っ・ぃやかましいっ!バカをバカと言って何が悪い””

 

 おお?ちょっとむかっときましたよ。

 やる気ですね、ダグレス。それならば受けて立ちましょうぞ!っと息を吸い込みました。

 

「ダグレス、ダグレス、いばりんぼさん♪

 ご領主様も顔負けの 筋金入りの いばりんぼ!

 カワイコさんじゃなかったよ

 ダグレス、ダグレス、へらず口ぃ♪い――だっ!」

 

 ””だぁぁぁぁぁああああ!!やかましいっ、耳元で我を貶める歌など(さえず)るなカラス!”” 

 気が散って仕方が無いわ、脱力するその歌をやめろ、この神獣に匹敵する高度な我に何たる無礼、等などの賛辞にお応えすべく。

 リュームは延々と歌って差し上げました。はりきって、えんえんと。ええ。

 軽く十番まではできましたよ。もう一度繰り返してみろ、と言われると覚え切れてないので困りますけど。

 

 そんなバカバカしいやり取りをする内に、どんどん館は遠ざかって行きます。

 実際ダグレスの口調は容赦の無いものでしたが、さほど本気で怒っているわけではないのが伝わってきます。

 むしろ、そのような気楽なやり取りのお蔭で、気鬱(きうつ)が晴れて行くのでありがたいです。

 ””リューム。オマエにもあの家を取り巻いていた闇が、視えるようになったな?””

 幾らか声をひそめてダグレスは切り出しました。

 リュームは言葉を発する代わるに、その首筋にしがみ付いて答えました。

 

 ええ。

 視えておりましたとも。

 時には濃く。

 時には薄く。

 その煙状のすすけたかのような闇が、館の上空を渦巻く様を、しかとこの目で!

 

 もう館からは随分と離れており、今はもうそのてっぺんぐらいがかろうじて目に映る程度です。

 それでもリュームは背後から、並々ならぬ圧迫感に追いすがられている気がしました。

 闇が聞いている。何者かに気配を探られている気がする。

 その圧迫感の主が、お怒りの念を飛ばしてるご領主様だったりしたら良いのですけどね。

 それはそれで笑えませんねー。

 ですがその馴染んだ気配が、リュームの知るご領主様のものとは違うって事くらい大馬鹿のそしりを受けた娘にだって解ります。

 ――解ります。

 

 ダグレスもそれに気が付いているのでしょう。

 無駄とは思いつつも、リュームも声を落としました。

「アレはリュームを追いかけていましたね。今も追っていますね。正体は何でしょうか。

 解りませんがひどく物悲しいものですねぇ」

 ””今はまだあまり視るな(・・・)。気付かれたら面倒だから目を合わせるな。出来るな?””

「はい。ですが先々見据えられるようになりますよ、リューム。もちろん対策をしっかりしてからですけど」

 ””それでいい。アレは人の子の手には余る代物だ。我とて尻込みするわ。面倒で””

 面倒ですかーうん、はい、面倒ですよねぇー。とリュームは一人ごちます。

 

「ダグレス。あの闇はふり払う事が出来ると思いますか?

 先ほど、ご領主様の闇を少しだけ薄めたのと同じ要領で」

 ””オマエにか!リューム?今は無理だろう。だが我ならばいま少しの間だけ振り切ることは出来る。ジャスリート家の守護結界は秀逸ぞ?

 いくらこの闇が深かろうとも、つかの間のしのぎにはなるだろうさ””

「そうですか。つかの間、ですか。太刀打ちなるでしょうかと気が遠くなりますねー」

 ””文句があるならタラヴァイエとシェンテランの祖先に言うのだな””

「そうなのですか?そうだとしても言えませんね。皆様とっくにお墓の中ですよ!」

 ””まったく先祖がなっていないと子孫が苦労するな。いつの時も!””

「まぁ。そうなのですか?この闇とやらの起因は、それほどまでに遡らねばなりませんか」

 ””我はいつも見てきたからな。そのような様を、悠久の時をずっと””

「ダグレス。頭が良いはずですね。御いくつなのかしら?」

 ””忘れた””

 そうですかぁーとダグレスの首筋を軽く叩いてやりました。すごい話です。

 リュームの存在するよりも遥か前から存在していたダグレスに、畏敬の念を抱きます。

「リュームは十八歳です」

 ””幼いな。そしてオマエもまた百年も経たぬうちに、この眼に映る事はなくなるのだろう。

 儚いな””

 独り言のようにダグレスが呟きました。

「そうなるのでしょうね。ですけれども、ダグレス。今その紅いお目目に、リュームは確かに映っていますでしょう?」

 ””そうだな””

「ええ。それで充分でしょう?」

 そうだな、とごくごく微かに呟くとそれきり、ダグレスは黙り込みました。

 リュームはそんな背中を愛しく思いながら、幾度も幾度も撫でさすり続けます。

 この素晴らしい毛並の手触りを、リュームはきっと忘れる事が無いでしょう。

 それは確信です。

 そんな想いに胸を占められて行くと共に、何ともいえない切なさも広がります。

 苦しいけれども、けして不快ではないこの想いを何としましょうか?

 リュームは心地よく吹く向かい風に向って、面を上げて前を見据えました。

 どこまでも広がる青空に、涙が溢れてきました。

 いつだったか到底自分には一生縁がないであろうと、諦めつつ見上げた空にいるのです。

 人生何があるかわからないものですね。

 リュームの考えなんぞ実に及びもしない、展開を見せてくれるものなのですね。

 生きてるって素晴らしい!かりそめでも健康バンザイ!ですよ、本当に!

 

 

 リュームは、十八歳。と言う事は、十八年前からこの世に存在しています。

 では、十と九年前はどこにいたのでしょうか?

 おかー様のお腹の中にですね。ハイ。

 では、その前は?どこにもいなかったのでしょうか。

 ではその頃はご領主様は、ええと六歳くらいになりますでしょうか?

 六歳。そんな彼は想像もつきません。何やら微笑ましい気持ちになります。

 その頃に出会えていたら、また違ったものになっていたかもしれません。

 そう思うと残念でなりません。

 十八歳。シェンテラン家の養女になったのが十一歳。

 初めてご領主様にお会いした年でもあります。

 あれから七年という月日を重ねて、あの頃のご領主様と同じ年に追いつきましたよ。

 あの方と出会った時、リュームも十八歳であれば良かったのに。

 そうしたら義兄でもなく義妹でもなく、そんな関係に縛られる事もこだわる事もなく済んだのかもしれません。

 むしろリュームの方が、少しばかり早く生まれたとか主張してやりそうです。

 ご領主様は冬の始まりの頃のお生まれで、リュームは春先の生まれですからね!

 そうしたらリュームの方が義姉で、ご領主様が義弟と主張してやれましたのに。

 そんな事を想像して一人で笑ってしまいました。

 

 あの緑の深い眼差しが、苦悶で満ちていたのを思い出すと胸が痛みました。

 彼を思い出すと、何でしょうか。胸が痛みます。

 あの方を一人にしてしまったという事に対して、いいようのない罪悪感が溢れてきます。

 きっと、あの方は荒れに荒れるでしょう。

 リュームに立ち去られたこと、あの方には良い薬と思うのですが。

 きっとお嘆きになる事でしょうと、確信しています。

 それは涙を見せる方法では無しに、怒りを誰彼構わずぶつけるというやり方をやりかねません。

 リュームが絡むと、大きな子供同然ですからね〜彼は。

 ああああ〜考えただけで頭が痛いです、ニーナ、バルハートさん、皆さん。逃げて!

 一応、予防策として『そんなことした日には絶縁ですからね?』という内容の手紙をしたためて来ましたが。

(まったく・もぉ・ご領主様はシェンテラン家の主人なのですから!しっかりなさって下さいよねぇ!?)

 あー心配です。心配です。うぅ。

 病とはまた一味も二味も違う痛みに、苦しくて予想もしなかった涙が零れました。

(ご領主様。ヴィンセイル・シェンテラン様。リュームの一番嫌いで、一番好きな方)

 湧き上がった想いと痛みとを抱えるようにして、胸元を押さえます。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・*:・。・:*:・。・:*:・。・:・。

 

「ええぇぇええ―――っ!?・・・っげほ、けほっ、・・・ケホっ!」

 思わずダグレスの背中で叫んでしまいました。

 その途端に冷たい空気を吸い込んだためか、(むせ)てしまいました。

 ダグレスが呆れたように前を見据えたまま『騒ぐからだ。』とだけ呟きます。

 いや、その、だってですね!

 どこが?どどどど、どこに惹かれたっていうんでしょうかね!?

 そもそも、その、いつから!?この七年間のどこにそんな隙がありましたでしょうか。

 そんな想いが入り込む隙間、ありましたか!?えええ、無いでしょ?

 ありえませんでしょう!?

 自分自身で驚きですよ!

 空中でそんな自分の気持ちに突き当ってしまうって、何事ですか!?

 わかりません。

 わーかーりーまーせーんー!

 自分で自分が一番・理解不可能ですよ。謎ですよ。たまらず叫んでしまいました。

「ダグレスっ・・・リューム、自分がわかりませんっ!」

 ””何だ急に!本人さえもわからぬのなら、他の者にも無理だろうな。

 何が何だかわからんが、せいぜい悩んでいろとだけは言える””

 その背に突っ伏し気味にすがったのですが、ダグレスはつれません。

 

 この澄んだ空のせいでしょうか?

 何もかも見透かされてしまうかのような空に、自分自身の深い部分の想いを映す効果でもあるのでしょうか。

 だとしたら、リュームはどうしたらいいのでしょうか!?

「いぇ、あのですね。わかっちゃったんですけど、なんでそのような気持ちに行き当たるのかが、自分自身で信じられないと言うか!あぁぁぁあ、ど、どうしましょうか、ダグレスっ!?」

 ””知らんわ!それより何より、もっと静かに悩めないのか!やかましい””

 わぁ。

 だって?

 だって、ねぇ!

 わぁぁぁああああですよ。

 本当は転がりまわりたいくらい、頬も身体も熱いです。恥ずかしくて。

 

 その後もダグレスに散々大人しくしていろ、と怒鳴られたリュームです。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・*:・。・:*:・。・:*:・。・:・

 

 大いに騒ぎ、悩み疲れてリュームが大人しくなる頃には、ダグレスの背から降り立っていました。

 ””まったく!くだらん事で体力を使い果たすな。脆弱のくせに世話の焼ける””

 というどこかで聞いたことのあるようなお小言も、さらりと流してしまうリュームです。

 だってですね。

 これまた、ものすっごくお綺麗な方が今目の前にいらっしゃるんですもの!

 髪は見たことの無いほど紅く、それはそれは艶めいていらっしゃいます。

 まるで、今まさに沈み行く太陽に染上げられたかのよう。

 その髪は長く豊かです。

 くるんと自然にゆるく波うっているせいか、この方をなお一層、たいそう可愛らしく見せていますよ。

 瞳は先ほどまでリュームの全てを見透かしてくれた、青空とまるで同じではないですか!

 しかもリュームとは違って、目尻が下がり気味です。いいですねぇ、羨ましい。

 ものすごく優しげな眼差しです。

 唇も鮮やかに紅くて、色っぽい。その優雅なお花みたいな唇の端が、持ち上げられているんですよ。

(わぁ・・・!)

 リュームはまたぽかんとして、ただただその美しい配色をまとう御方を眺めてしまいます。

 ダグレスがジャスリート家に降り立つ前に散々自慢し、無礼な真似をしたら許さぬぞと言い含めたわけですね。

 ダグレスのお仕えしているという、ディーナ様です。フィルガ様の婚約者でもあられます。

 ””さ。我が嬢様にオマエの歌を聞かせてやれ””

 にこ、とディーナ様が微笑まれました。うわ。かわいいです!

 思わずにっこりと笑みを返します。

 お互いに無言のままただ、にこにこにこにこしていました。

 すると、痺れを切らしたらしいダグレスに促がされます。

 ””どうした。早くせぬか。嬢様は楽しみにしておられたのだぞ””

「まぁ。ダグレスったら。相変らずねー?そんな偉そうな言い方したらダメだって、いつも言っているでしょう?」

 おおっと!お待たせしていたのですか、すみません、それではと慌ててリュームは頭を下げました。

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・*:・。・:*:・。・:*:・。・:・。

 

 すは、と深く息を吸い込んで、両手は大きく広げて行きます。

 

 約束の時がきたら

 見送って

 あの橋まで

 二人を別つ

 あの川の流れ

 

 この川の流れが

 二人を別とうとも

 掛かるこの橋

 

 あなたには渡らずの

 わたしにはあちらへの

 あの橋

 

 約束の時がきたら見送って

 あの橋へと

 

 二人が出会った

 あの橋のたもとに

 

 どうぞ

 見送るだけにとどめて

 

 また再び会える時まで

 川の流れが二人を別つの

 だから見送って

 

 あの橋を

 風が渡るから

 

 わたくしは振り返らない

 

 

 歌い終わったと同時に、その青空色の瞳から雫が転がり落ちました。

 リューム激しく動揺しました。何かご無礼な選曲を致しましたでしょうか!?

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・*:・。・:*:・。・:*:・。・:・。

 

「喉は渇いておりませんか?」

 

 しかしそれには触れずに、そう案内されたのは井戸。

 ディーナ様は嬉しそうに水を汲み、ダグレスに差し出されました。

 ダグレスはその小さな手のひらの水をべろりと、たった一舐めで飲み干してしまいます。

 とても喉が渇いていたのでしょう。ダグレスはもっとと催促しています。

 やっぱり甘えっこですね。自分で飲まないところが。

 はい、アナタもどうぞと、リュームも促がされるまま水を(おけ)からすくいました。

 手のひらから滴り落ちる水が、腕を伝い衣服に染みて行きます。

 構わずに、そっと口を付けました。

「おい、ひぃです!」

「でしょう!」

 ふふふと笑いあいます。

「私はディーナです」

「あ、初めまして。ジ・リューム・タラヴァイエと申します」

「タラヴァイエ?シェンテランではなくて?」

 ダグレスが頷きます。


『あの橋のむこうがわ』

 

 うう。もう終わらない。長すぎて、途中で切り上げました。

 まだ、本当はあったのです。そして。

 

 宿題がたまったままの気がする・・・!

 

 すみませんが思いつくままいくので小話★今回は『ディーナ』目線です。

 

 ・★・☆ ☆ ・★・

 

 無防備なのはこの子の罪。

 この子のせいではなくとも。

 誰も責められないとしても。

 

 そんな悩ましい格好のまま、そんなに(あで)やかに笑ってはいけないと思う。

 

 頬には涙の後が見て取れた。それなのにこの子は笑みを浮べて見せた。

 それが心からのものであると疑いようも無いのは、私が鋭いからだけではないと思う。

 そう。術者の素質満点の私はある程度人の感情を読み取れるのだ。

 好む、好むまいに関わらずだ。

 それがこの胸をどんなに狭めるのか知ってくれてはいても、理解してくれているのはごくごく限られた者達だけだ。

 だから私はこうやって隔離と言う名の保護の下に、籠の鳥よろしく納まっているのだけれど。

 

 このコからはただただ喜びだけが溢れているのが伝わってきた。

 こちらが怯むくらいだ。

 何のためらいも憂いも無い。

 何事かしらと思う。

 私の心許せる唯一無二の存在の獣たちと同じ精神。

 そんな人間が存在するのかと驚きが隠せなかった。

 この子は無防備だ。

 何の守る術も持たない。

 それなのにも関わらず、何の憂慮も思慮も無いとは――!

 あまりの危なっかしさに眩暈すら、する。

 このあやうさがまた彼女の美しさを引きたてている気がするから、眩暈は増す。

 初めて目にした闇をまとうかのような髪も瞳もつややかで、これから下ろされるであろう夜の帳のよう。

 傍らに立つダグレスに引けを取らないそれが、彼女の肌は白さを際立たせて目立たせてしまう。

 そのことに息を飲んだ。

 その美貌にもだが、それだけではない。

 眩しいほどの白さを主張して止まない肌を彩る、紅い刻印にも目が行ってしまう。

 首元を飾るはダグレスの眼ような、深い深い真紅。

 その石の飾りの一部かと見せる肌に浮かぶ紅い痕に、こちらの頬が染まってしまう。

 それは主に胸元を飾っている。

(ああ。この子、鏡を見ていないのね。それに・・・何も理解もしていないのね)

 

 悩ましいほど優美な肢体でいながらにして、その子の心は怖いくらい幼かった。

 まるで幼い子供に興味深く見つめられたのと、何ら変わりがない気がする。

 ダグレスもきっと同じ事を思っている。

 この子の精神は私にとって救いだと。裏表の無いその様は正直助かる。

 だがどうしてか。

 この胸の奥の奥。

 深く何かが突き刺すのは、この子の受けてきた傷に違いないと思う。

 

 だから この子にも たくさん お水をあげなくちゃ。

 

 そう思ったから井戸へと誘った。

 

 今まで流した涙の分と同じくらい、清らかな水の慰めをどうかと。

 

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