第二十八話 シェンテラン家で流行る熱病の兆し
『後悔とはまさにこれ。』
そんな調子の二十八話でございます。
『小話★どんどん溝が深まっていく義兄妹編。』〜8月17日UP〜
サワヤカな朝の陽射しが室内を明るく照らします。
みなさま、おはようございます〜と、いつも心の中でも挨拶するリュームです。
もちろん家人に会ったらちゃんと口に出しますよ。
「おはようございます。ご、りょ、ぅしゅ・サマ」
「なかなか熱が下がりきらないな」
そ、そのようでございますね。
大きな手のひらを額に当て込まれては、朝日も遮られます。
リュームは視線を泳がせながら曖昧に頷いて見せました。
「別にこれくらいたいしたことではありませんので、そのそろそろお暇しとうございま・・・っ!」
なぜか黙れと物語る瞳に睨まれました。すかさず逸らしましたとも。ええ。
(くっ・またこの眼力に負けてしまいました!対抗しようにもこの体力の落ち込みように、頼みの綱の気力もままなりません!)
リュームは悔しさのあまり掛け布を握りしめます。
さっさと熱を下げて、いえ例え下がらなくても、リュームはこのご領主様のお部屋から速やかに下がりとうございます!
切実とは正にそれ。
『熱が下がったら』
下がりました!確実に、昨日よりも身体が楽に呼吸が出来ます。
かつて常に熱を出していたこの病弱リュームは、己の身体の高熱度合いがわかるんですよ。
そんな風に自信満々で訴えましたところ、今度は『熱が ちゃんと 下がりきったらな』に言い換えられてしまいました。
何せ、そんなやり取りも何回目かすら覚えちゃおりません。
いい加減しつこいくらい訴えていると言うのに、思いのほかご領主様は短気を起こしたりもせず、むしろ根気良く言い聞かせようとするのです。
おかしい。おかしいですよ!
だってですね今まではリュームが熱でも出して寝込もうものならデスネ、すかさず見舞いだと言って訪れては枕元で小言を並べ立てて、ニーナ達に追い出されるというそんな七年間は一体どうしたっていうのでしょうか?
「熱が下がりきったらな」
「ごりょしゅさま、ですが、ずっと下がらなかったらどうするのですか?」
「その時は」
「そ・その時は?」
「その時だ」
「そんな」
「なんだ」
「お言葉ですが。ご領主様のお側にいる限り、この微熱は下がらないものと思います」
一瞬、ご領主様が心底驚いたように目を見開かれました。
な、なんですか!?またご無礼だったから怒らせましたか?
だって当たり前じゃないですか!
リューム、ご領主様のお部屋のしかも寝台に寝かしつけられているって、おかしいですよね!?
緊張しすぎて熱が出ているに決まっているではありませんか。
しかも、いつの間にか目が覚めると一緒に寝ているって何事でしょうか!?
どうにかなってしまいそうではないですか!!
す、と大きな手のひらが左耳に添えられて、またびくついてしまいました。
その様子をじっと見守ってから、もう片方も同じように手が添えられます。
強張ったかのように見えた瞳も、その次には柔らかさを宿してリュームを覗き込んでおりました。
「俺もだ」
「ええぇ?た、大変です、リュームの病がもしかしたらうつったのでしょうか?熱があるのですか?」
寝台に上体だけを起こしたリュームと目線を合わせたご領主様の額に、思わず手のひらを当て込んでしまいました。
横に流された前髪を無遠慮にかき上げて、ぴったりと。
「う!熱いですよ!」
「おまえの手の方が熱いからだろう」
「言われてみれば、そうですね。それもそうかもしれません」
ご領主様にくっ付けているのとは反対の左手を、自分の額に当ててみました。
どちらも同じように熱を帯びています。確かにこれでは人様の熱など計りようがありません。
本気で不安になります。もうどれくらい経つのでしょうかと、時間の感覚すらもはや麻痺している模様。
さて。どうしたものでしょうか、と途方にくれるばかりしか能の無いリュームです。
(困ったな。エキもご領主様のお部屋から出るまでは『やや病弱』でいた方が
身のためだよって言って『人並みの体力』には及ばないんですよね)
クレイズが魔物と称したにも関わらず、リュームはエキと契約続行中です。
別にどうってことはありませんから。
エキの好きな歌をうたう。そのお礼としてリューム、つかの間の健康を謳歌する。
そんな後ろ暗さ皆無の間柄にナゼ終止符を打たねばなりませんか、と今ならクレイズを問い詰めたいくらいです。
(エキに後で相談してみましょう)
取りあえずは気を取り直して、この眼前のお方。この方の説得に当たりましょう。
「あの、いつまでもここにおじゃましていては、そのご迷惑でしょうし。その」
「オマエから言い出したことだ」
「はぃ!?記憶に全くございませんが!?」
「・・・・・・。」
ご領主様が無言で引き出しから取り出しましたのは、小さく折りたたまれた紙でした。
その見覚えある紙に、嫌な予感がしたのは言うまでもありません。
【この次行き倒れたりしたら カラス娘の寝床はお好きな場所にしていただいて結構です。――ジ・リューム・タラヴァイエ】
この次行き倒れたりしたら。
この次・・・この、次。
「!?」
「そうだ」
こともあろうに敵の根城で行き倒れたわたくし、リュームでございますともよ!
「何も泣く事はないだろう」
呆れたような呟きもどこか遠くに感じながら、リュームはその場で突っ伏して悔し涙を流したのでした。
こんなものとって置かないで下さいよ!!
リュームなんてご領主様からの手紙びっりびりに破いて捨てて!
いえ。そうしてやりたいのはヤマヤマでしたが、そんな勇気は無かったから同じくしまい込んでますけど。
「だからと言って何だって”お好きな場所”がこのお部屋になるのでしょうか?ワタクシとしてはどうぞこのようなお荷物、どこぞにでも放り出して頂いて結構ですという意味合いを込めたつもりなのですが」
かつて自分が書いた手紙とご領主様とを代わる代わる見比べながら、首を捻りました。
人並みの体力を手に入れたリュームは、もうご領主様を煩わせる事もありませんし、もうこれ以上迷惑を掛けたくもありません。
それはこの七年間切実に願い続けてきた事なのです。
例の義兄妹バトル後、不覚にも倒れた(とは認めていませんが)リュームの意地の現われがこの一文なのですが。
あれは眠たくて眠り込んでしまっただけですから!
と言い張りましたら『屁理屈をこねるな』と一喝されてでこっぱちをぺしんとひとつやられちゃいましたとも!ええ!
それはそうと。
何をどうしたのか、どうかして曲がって伝わったのかが知りとうございますね。
そんな疑問を素直に口にしたとたん、ご領主様から盛大なため息をつかれましたよ。
今までの心の底から思い切り見下げ果てた、馬鹿にするものとはまたちと趣の違うような気がしないでもないですが。
な、なんでしょうね?バカな子を見ると言うよりは、その憐れみを浮べたような眼差しは!?
ご領主様は無言で背を向けると、腕組まれて何やらしばらく考え込まれているご様子です。
小さく、おちつけと呟かれたような?
何ですか。それ。新しい出方ですね。
リュームはやや緊張しながらその背を見つめて身構えます。
たっぷりと時間を置いてからご領主様が振り返られた頃には、すっかり気も抜けていましたけれど。
「リューム。おまえはいくつになった?確か十八を数えたはずだな?」
「はい?そうですけれど、それが何か?」
きょとんとしてしまいます。その質問の脈絡の無さに、ますます首を捻るばかりなのですが。
「リューム、早く良くなれ。それまでは待ってやる。また発作でも起こされたらこちらの心臓が持たないからな」
「発作起こすと?ナゼでしょう?」
発作。この間は派手に胸が痛みましたからね。あんなのは久しぶりで驚きました。
思わず胸元を押さえると、かしゃらん、と柘榴石の首飾りが音を立てました。
そうなのです。未だにこれはリュームの胸元にあるのです。
思い切り部屋着なのに、この豪華絢爛なザクロ様。不釣合いな事この上ありません。
相変らず外れないのです。
いい加減外して下さいと訴え続けてはいるのですが、返る言葉はいつも一緒です。
「早く俺のものになれ。そうすればその首飾りも外れる」
言いながらリュームの顎を持ち上げて、瞳を覗きこまれるのです。
最初は驚いて目をそらしてしまいましたが、最近は少し慣れたのかその眼差しを真っ直ぐに受け止めます。
何となく潤んで熱を帯びたかのように見える瞳に戸惑いを覚えるのです。
やはりご領主様も熱病の兆しなのではと尋ねるのですが、その答えはいつも曖昧なのでわかりません。
「とうにリュームはご領主様の持ち物かと思いますが?」
何を今さらそんなこと仰るのかがまたわかりません。
そんなの改めて言われるまでもないですよね?
だって、ご領主様に何もかも頼りきって生きているんですもの。
ですから、彼がその気にさえなればいつだって、リュームの存在などはいともたやすく――ねぇ?
相変らず何でしょうかねその、バカな子を見つめるかのような哀れんだ瞳は。その意味は。
まったく会話が噛みあっちゃいないのは、リュームとて読めますともよ!場の空気ぐらい!
身の危険を感じます。
彼が距離を縮めたのを気配で感じ取ると、身がすくみます。
そのまま恐怖で固まってしまうリュームの頬に唇が押し付けられるのです。
「俺は仕事に行ってくる。オマエはちゃんと養生していろ」
そう告げてからご領主様は執務室に向われるのが、ここ最近の朝の日課と言うか儀式と言うか・・・です。
「はぃ。いってらっしゃいませ」
小さく頷いてそう答えます。
声も裏返って今にも消え去りたい気分になりながら、そう答えるのがせいぜいのリュームでございますとも!
「いってくる」
「っぁ、」
油断しました。いつもならそれで解放されるのですが、耳朶を噛まれてしまいました。うぅ。
『あの夜の続きがまだだからな』
そんな風に囁きこまれ、耳を押さえながらご領主様を見送った次第でゴザイマス。
そ、そうか。
腹ペコ狼さんは 元気になったら すかさず いただきます、と行く気なんですね!?
リューム、食べられる所だったのを忘れちゃなりません。
(それはそうと、食べる?食べられるって?)
確かに。思い出してみてもまさに『食べられるかと思った』と表現するに相応しい行いの数々に、こうしちゃいられませんと立ち上がろうとしました。
逃げるが勝ち、って寸法です。
そのまま寝台から転がり落ちたからと言って、諦めてなるものかのリュームでございますともよ!
派手に落ちて、したたかに打ち据えなかっただけでも良しとしましょう。
これだから寝込むのは厄介なのです。
すぐさま意識が戻り次第に、多少無理をしてでも寝台から起き上がるのが正しい対処方なのですよ。
そうなのです。寝込んだ分に比例して、それだけ足腰は弱っていくので油断なりません。
ご領主様は寝込んだこと無いから解らないと思いますが、リュームの経験上そうなのですとお伝えしとうゴザイマス。
(うう・・・せっかく地道に培ってきた人並みの体力が、ふりだしに戻っちゃってますよ!って、まさか、それが狙いですか!?)
ああ〜もう!これだから体調が悪い時の思考は、ろくな方を向いちゃいないのです。
いやいや、待て待て。リュームよ、その思考は待て。断ち切れ!とばかりに床に這いつくばったまま、顔を上げました。
寝台の下に光る何かが目を引きました。
なんでしょうかと手を伸ばして探ります。
爪先にこつ、と小さく当たったそれを指先でつまみました。
(キレイなカケラ。どこかで見たような?ええ――っと・・・これは、もしかしたらダグレスの!)
右に左に持ち上げてみて思い出しました。
この日の光を受けてさえ、闇色の輝き放つコレはダグレスの角の一部分のように思います。
ご領主様ときたらこともあろうに公爵様から賜った剣で、公爵家に仕えているという獣様をいなしたのでした!
(ダグレス・・・角が欠けてしまったのでしょうか。心配です。あれからどうなったのでしょうか?)
リュームは自分の事にかかずらってすっかり大事な事を忘れていた事を悔やみました。
ご領主様が帰ってきたら確かめたいと思います。
そんな事を考えながら、部屋の中をうろつき回りました。
それだけで身体がだるく、息も既に上がり気味なのが気になりますが無視です。
これは相当体力が落ち込んだ模様。確かにこのまま逃亡を図っても館内行き倒れとなるのは間違い無さそうです。
そんなの恒例化してなるものですか。歯を食いしばって部屋をうろつきまわります。
せめてあと二十周はがんばりたいと思います!室内ですけど。
そんな調子で性懲りも無く体力を使い果たしたリュームが、ご領主様を待っていられるわけも無く――。
だからといってこのまま横になるのもためらわれます。ですからせめてと椅子に腰掛けて待つことにしたのでした。
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くすぐったい。
首筋と頬の辺りを舐められたようです。
小さく遠慮がちに肌を滑るのは、きっとあのコでしょう。
「んん・・・くすぐったいよ、エキ・・・」
「エキ、とは誰の名だ?」
「ぅん、エキ?どこ?」
「違う」
苛立ったを通り越し、殺気だった声に意識は一気に浮上です。
『微熱は下がらないものと』
すごい、殺し文句。素で魔性。
さすが魔物とへっちゃらで渡り合う子です、りゅ〜〜〜む!
君さぁ。うん。
『早く俺のものに』
くどき文句、しかも直接的なのを連呼するヴィンセイル。
逆にあからさますぎて、上滑ってる模様ですよ。
さすがリュームには浸透しない。今までの生活環境で誰も彼女に教えてないし。
と誰か教えてやった方がいいって。
どこまでもかみ合わないまま、平行線の二人。
狼も(今まさに・いただきます!しようとしている)
目の前のウサギがあまりに何もわかっちゃいないので(狼が自分を食べると思っていない)
取り合えず前脚で転がしてみる。ころころ。
さて。次回予告と言う名のネタバレ。
『誰かさんは必死でお花を贈ってるって話』
小話はまたお待ち下さい
↓
『小話★』〜8月17日 UP〜どんどん溝が深まっていく義兄妹編。
俺にも見せてみろ、とそんなに大いばりで言われたら、見せない訳にも行きますまいに。
★ ☆ ☆ ★
その日リューム様とワタクシは将来ただ一人から貰うであろう、指輪の話で盛りあがっていた。
リューム様から何だか嬉しそうに呼び止められて、何でしょうかとそこで立ち話になったのだ。
「ニーナ、あのね。リューム指輪もらったの!初めて」
「あら。それは嬉しいですね、リューム様。それを見せに来てくれたのですか?」
「うん!」
少女が大事そうに合わせていた手のひらをそうっと開くと、中から華奢な金の指輪が顔を出す。
(これは結婚指輪?)
「ニーナが触ってみてもいいものなのですか、リューム様?」
「もちろんです、ニーナ」
誇らしげに少女が差し出す。
そっと指先でつまみ傾けて見る。その内側に彫られた文字にそれは確信に代わる。
『この胸の愛を捧ぐ――シザール・タラヴァイエ』
リューム様のお父様の名前だ。と言う事はコレはリューム様のお母様の物のはず。
そんな風に感じた疑問に、少女が順を追って話し始めた。
「お母様はお義父様からいただいた指輪があるからって、これはリュームに持っていて欲しいのですって」
少し寂しそうに、でも嬉しそうに少女は独り言のように呟いた。
「そうでしたか。ではリューム様、お返しいたしますね。大切なものを見せて下さってありがとうございます」
「どう致しまして、ニーナ」
いたずらっぽく笑いながら、いつか迎えるであろう少女の晴れ姿を思い描きながら指輪を差し出した。
その時ふっとイタズラ心が沸き起こり、少女の指を取った。
儀式の時さながら、はめて差し上げようと思ったのだ。
リューム様もその意図に気が付いたのだろう。嬉しそうに、くすぐったそうに笑った。
その様子をいつから見られていたのかなんて、知らない。だが、ほとんどずっと見ていたのだろうなとしか思えない。
その抜群の瞬間に現れる彼のお人は!
いきなり現れた若様にいいところを邪魔されたワタクシでございます。
ちっ!
★ ☆ ☆ ★
「かえして、かえして!」
「ふん。ほら――。」
「!?」
言うなり振りかぶった若様に嫌な予感。
うっわ。
勘弁!
指輪はおおもいきっり良く(良すぎだ、こんにゃろ)見事に弧を描いて茂みに飛び込んでったよ、しかも遠っ!!
止める間もなかったよ、本当にぽかんとするしかないよ。
何て見事な腕力ですか。そんな物ここぞとばかりに披露するとは何事ですか。大人気ない。
若様よ!!
思わず言葉も無く見送ってしまったではあり、ませんかよ!
おい、いくつになったアンタぁ!!?
確か成人の儀式済ましたよな!?この間!
呆れ具合も極限に達し、既に怒りにまで変っているワタクシめの思考は荒れ模様でゴザイマス!
「何だ。返してやったろう?」
それは返したとはいえない。少女の手に収まってはいないのだから。
ああ〜・・・もう!
どうしたもんかねぇ、と頭が大きくかしぎましたよ、ワタクシ。
それさぁ〜
本当にもぉ〜
年端もいかない少年がさ〜
気になって!
気になって!!
気になって!!!
しょうがない女の子にするのと一緒だからさぁ〜
リューム様、とお慰めするよりも速く、少女はものすごい勢いで駆け出して行ったよ、オーィ、勘弁してください!
今、雨が降っていますよ!!しかも結構いい降りですよ!
「「!?」」
コレには二度目のビックリでしたよ。
若様も呆気にとられているよ。
「おとーさま!おとーさま、ごめんなさい、おとーさま!どこですか?」
半狂乱で泣き叫ぶ少女に声が出ませんだ。
こんなに悲痛な叫びは初めて聞いたよ。しかも常は穏やかな少女から、予想だにしない深い悲しみ溢れる声に耳を塞ぎたくなった。
この子は多分・・・未だに癒される事の無い傷を抱えたままなんだ、とそう思い知らされた。
明らかにやりすぎだよ、若様よ!
固まる若様を思わず一睨みしてから、ワタクシめも駆け出しておりました。
★ ☆ ☆ ★
「リューム!」
騒ぎを聞きつけたらしい奥方様もやっていらっしゃった。
お急ぎになったのだろう。呼吸が乱れたままの様子で叫ばれた。
「おかー様、おとー様が、おとー様の形見が・・・」
「リューム!いいから戻りなさい!そんなものに未練を残してはなりません。おとう様は私たちを置いて、先に旅立ってしまったのよ?そんな方に未練など。いつまでも抱くものではありません」
「おかー様・・・だって」
「黙りなさい!今私たちがお世話になっているのは誰ですか、リューム!」
「・・・・・・・。」
「早く戻りなさい!そして非礼をお詫びするのよ、今すぐ。早く!アナタがそこにいる限り、ニーナだって雨に当たるのよ?」
少女ははっとしたらしく、体を強張らせた。
そうして見上げた頬には明らかに雨とは違う雫が伝っている。
「ごめんなさぃ、ニーナ。濡れちゃったね。ごめ、なさい」
「ニーナは大丈夫ですよ。さ、リューム様。戻りましょう。雨が止んだら一緒に探しましょう?ね?」
うん、と少女は頷いた。だが、全く納得しちゃいないのは見れば明らかだった。
若様は若様で何も仰らず、ただ奥方様のお詫びを受けていた。
それを横目に通り過ぎる。
(若様もなぁ。まぁ、『初めて』と言えば『初めて』なのかな『恋』?――あああぁぁぁ!!もぉぉぉおおお!)
リューム様がその横を通るとき、小さく申し訳ございませんでしたと頭を下げた。
若様は何も仰らない。
リューム様の視線は茂みを見据えたままで動かない。手を放したら確実にまた飛び出すだろう。
そんなか細い身体を引きずるようにして、お部屋にお連れした。
その間リューム様は大人しくされるがままで、一言も発されないのが痛々しかった。
その晩中雨は止む事はなかった。
そして明け方。
庭師がすっかり冷たくなったまま、動けないリューム様を発見したのだった。