第二十六話 シェンテラン家の闇の中
はい、15禁。
生ぬるいでしょうが、一応ご注意願います。
7月16日 『小話★UPしました!』 後書きにてどうぞ。
闇の中から抜け出てきたかのような黒服は、聖堂で見かけた時そのままです。
『って、アレ?クレイズ?』
ずかずかと歩み寄ってきたのはクレイズでした。
『や!リューム嬢。お久しぶり。ご無事で何より。迎えに来たよ』
『迎えって・・・?久しぶり、ですか?ク、クレイズ!それよりエキは?エキはどうしちゃったんです?』
『う〜ん・・・リューム嬢すごいな。魔物と馴れ合ったあげく、名前まで与えちゃったのか!やるねぇ!
だったらそんなに手ひどい状況でもないかなぁ・・・まぁ、あの魔物は心配要らないよ。
ちょっと形が保てなくなっただけだから』
『何をしたのですか、クレイズ!エキにヒドイことしないで下さい!』
『ナイショ。まだね。君がちゃんと身体に戻ったら教えてあげる』
『身体に戻る?』
『うん。やっぱり自覚は無いよね。当たり前か。君、あろう事か本体ほったらかしにしてウロついてるんだよ、精神体だけで』
『本体・・・って――ハイ?』
『あーもーやっぱり、わからないよね。あんまり長々説明しても仕方が無い。
あまり時間もないしね。よし、わかった!いいから付いてきなよ』
そう言われるがままに付いて行った先は、中庭の隅の東屋でした。辺りは真っ暗で、足元すらおぼつきません。
そんな中で腕を組み、瞳を閉じたまま動かない人影がありました。
それはどう見たって、クレイズです。
『クレイズですよね?』
『うん。そう、俺。クレイズ・ルシア・フォルテンシァの本体だね』
『!?』
口をぱくぱくさせるだけで言葉も紡げずに、目の前のクレイズと目を閉じたまま動かないクレイズとを代わる代わる指差しました。
『本体。この世の現われの姿だね。それで今、君としゃべっているのが精神体の俺だね』
『な・・・な?だって、え!?ええぇ?』
『今までもさ〜リューム嬢は、身体がつらい時こうやってフラついていた事はない?――って覚えがあるわけないか。
でも見たところその可能性は高いと思うよ。術者の俺の見解だとそうなるな。君、術者向きなのな。才能あるよ、うん。』
それはどうも。リューム、意外な才能発見。そう言われてみれば、そんな心当たりもあるような・ないようなです。
((うわあ。嫌な予感。))
このようにクレイズの本体とやらがここにあるってことはですね。
それはつまり、と嫌でも読めてくると言うものです。
『あのですねー』
『うん』
『リュームの本体はどこでしょうかね?』
『うん。どうしよっかな?ただで教えるのも癪だナァ』
『どうしろと』
『うん。お礼をしてくれたら考えない事もない』
『・・・・・・お礼?』
『そうだよ!苦労してリューム嬢の気配を探したんだよ!しかも魔物の結界をくぐり抜けてさ〜ちょっとは労ってくれてもいいだろ?そう。ほっぺでいいからさ〜ちゅうっと』
イタズラっぽく笑いながら、とんとん、とクレイズは自分の頬を叩いて見せました。
『・・・クレイズにはこれで充分です』
拳。と拳を合わせて商人の証。それを頬に見舞ってやろうと思います。
えい。と拳を突き出して見せました。調子に乗るなよと勢いつけ、届かないのでみぞおちを狙ってみました。
しかしそれも難無くかわされてしまい、勢い余ったリュームはそのまま――。
そのまま引っ張られて、クレイズに身体を預ける格好になってしまいました。
助け起こされる気配もなく、がっちりと両肩を固定されてしまいます。
すみません!調子に乗っていたのはリュームの方であります!
ニヤリと笑うクレイズに背中がぞわあ、と毛が逆立つかのような寒気が走ります。
『カワイイなぁ!リューム嬢は・・・このままもう少し、独り占めしたいかも。大人しくキスされてくれない?』
『ええぇ!?な、何で、クレイズっ?』
『何でって、かわいいから。リューム嬢だって、かわいいものには自然とこうしたくなるだろ?』
『そんな無茶苦茶な理由でご無体な!』
ん〜と唇を突き出されて、心底慌てました。両手を必死に突っ張ります。
『いや、いやっ!ご、ご領主様!!助けて!』
思わず口を付いて出た名に、リューム自身が驚いてしまいます。
クレイズも一瞬驚いた表情を見せましたが、すぐにまた余裕あふれる笑みを見せました。
ニンマリ、と表現するのが相応しいような。
『うん。そう。そういう気持ちからでいいから、大切にしてみなよ?見逃したり、無視を決め込んだりしないでさ』
『・・・クレイズ?』
ぱっとクレイズは手を放すと、両手を上げてひらつかせて見せています。
『さぁてと、おふざけはオシマイ。リューム、いい加減戻ってやってくれないか?
俺も姉さんに泣かれ続けて流石に途方に暮れているんだ。
まー正直リュームの自由だからさぁ、無理強いするつもりは無いといえば無い。あるといえば、ある』
『どっちなんですか』
『どっちだっていいでしょ。君にとってはしんどい現実に連れ帰るのは、荷が重いと言っちゃ重い。うん。
でもさー少しは届いたかな?皆が君の事、待ってる気持ちは』
『はい。びっくりしました。お声だけでしたがニーナにミゼル様・それに、ギュルミナ様にリハルド様、
おまけにご領主様まで!』
『”彼”はオマケかよ!はははは!笑うしかないな、ご領主様!はははは、可哀相に!そう。良かった。
だからこそ俺も、君にはやっぱり無理強いをしようと思う。このままここにいれば楽だって俺も知ってる。
解ってるんだけど頼むよ。特に”彼”はこのままだと、間違いなく廃人まっしぐらだと思うから、戻ってやって?』
『”彼”!?廃人って・・・そんな』
『シェンテラン家の剣の彼は飲まず食わず眠らず、ひたすら、同じくシェンテラン家の鞘の君の本体にへばりついてるよ。
もちろん、すべての業務は滞っているね。誰も近付けやしない。もちろん姉さんも』
リュームはその言葉に今度こそ強く頷いて見せました。
『戻ります。みなの元へと戻らねばなりません!クレイズ、案内をお願いします』
”彼”のためというのもモチロンのこと、他の皆さんのためにも戻らねばなりません!
クレイズのほっとしたような笑みと共に、差し出された手を取ります。
そのまま、ぐいっと闇の中へと引っ張り込まれてしまいました。
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暗闇を抜け切り目に飛び込んできたものは、リュームが思わず目を背けたくなるようなものでございました。
『あのですね――・・・・・・。』
『うん?』
『リュームですよね』
『うん。リューム嬢だね』
あの、黒髪を投げ出してあろう事かご領主様の寝台に横たわっているのは、まぎれもなく。
その傍らにはご領主様が腰掛けています。
『ご領主様』
リュームは呟いてみましたが、彼には届かないようです。
まるで気が付かないご領主様は、傍らの杯に水を注ぐと口を付けられました。
それから、リュームの身体を抱き起こすとそのまま唇を重ねます。
意識のない身体が抱き起こされ、自分の長い髪が流れる様を見守りました。
その様子は、まるでただの人形のようであります。そこにあるのは肉体と言う器だけ。
精神がないというのは、こうも違うものなのかと薄ら寒く感じます。
やがてご領主様は唇を離すと、また同じように杯をあおります。
それからまた、同じようにリュームに唇を重ねるのです。
(あ・・・水を?リューム、に)
精神体だけのリュームですが、知らず知らずのうちに己の唇に手を当ておりました。
触れているのに、触れていない。かつて与えられた熱を思い出して、もどかしく感じてしまいます。
『あ、の!状態のリュームに”戻れ”って仰いましたか?あ・・・あ、あの!』
『うん。”あの”状態だからこそともいえる。このままじゃ、マズイって。早く、戻りなよ』
(あわわわわわわぁぁっ!!??あの、あの、あの状態のリュームにっ!)
口をぱくぱくさせながら、ただ指差します。
『うん、そう〜』とさも”他人事なんで。”という風にしか感じられないクレイズの胸元に掴みかかりました。
もう少し、リュームの背があったならば、胸倉を迷わず掴んでいた事でしょう。
(こ、こっ、この!!)
『わ〜・・・ぁ。リューム、いいの?見てみなよ〜このままだと食べられちゃうよ。
黙って好きにさせとくなんて、本当は我慢なら無いんだろ?』
クレイズは両手で目を覆い隠してこそいますが、その隙間からこっそり覗いています。
『もちろんですとも!ちょっと、クレイズ!見ないで下さいよ!た、食べられ・られって、食べっ!?はぃ!?』
このままだと食べられる?何がどうなっているのでしょうか?
リュームは怖くて確かめる気も起きません。
『俺は別にこのままでも、いい眺めだし構わないけどさ。抵抗してみたら?』
振り返る勇気を下さい。そんなことも思いましたが、もっと決心しなければならない事があります。
それは。
『戻ります』
『うん』
『戻りますから。クレイズも戻ってください。私たちを覗き見るようなマネ、しないで』
『はいよ』
息を飲むように、ひとつ。自分自身を納得させるために、ひとつ。こくん、と頷いてから呟きます。
『戻ります』
決心が鈍らない内にと一歩を踏み出しました。
ご領主様の傍らに立ってみますが、彼はまるで気が付いちゃくれません。
『ご領主様。リュームはここに。ここに、おりますよ?』
話しかけてみましたが、それすらも届きません。哀しくなるのは何故でしょうか?
リ ュ ー ム こ ん な に お 側 に い る ん で す よ 、 ヴ ィ ン セ イ ル 様 ?
そっと伸ばした指先もすり抜けるだけでした。
そのまま彼の身体をすり抜けると、その腕に抱かれた『本体』に倒れこむように重なります――。
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クルシイ・・・息もそうですが、胸が苦しくてたまりません。
「・・・・・・っ、ぅ、や・・・・・・!」
いや。
いやだ。
はなして。
そんな言葉を伝えようにも唇は隙間無く合わされて、後頭部はがっちりと固定されたままと有っては不可能でした。
「んぅ!」
そんな嫌悪感も露わな悲鳴ごと飲み込まれて行くのみです。
っぜぃ、ぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、必死でその胸元を押し返しますがびくともしません。
それがまた新たな焦りを呼ぶのです。
「・・・・・・ぅ、ぅぁ、っや・・・だ!・・・・・・・やだ!や・・・だぁぁ!!――っげほっ、ごほっ、」
ぜっぜっと小刻みに体が揺れるたび、意識が遠のきます。
それでも。抗う気持ちは萎えたりもせず、抵抗を試みます。
「リューム・・・リューム?」
「や、だ」
「リューム。リューム、このばかめ。目覚めるのが遅い」
何度も名を呼ばれます。
何も答えることが出来ず、ただ拒絶の言葉だけを紡ぎます。
「や・・・ぁ・や、ぃや、いや」
既に胸元ははだけていて、夜の空気が冷たくさわっています。
それと同時にご領主様の大きな手も、リュームの首筋を支えていました。
首筋だけではなく、そのはだけた胸元までを指先が探ります。
首と胸を撫でるように上下する指先は、だんだんと深くなりました。
しかも、そのまま止まってしまいました。リュームのちょうど、どくどく煩くはねる心臓の上で、です。
(嫌――っ!!)
リュームは身を固くして、僅かに身じろぎます。
ですが心臓を抑え付けるように、手のひらを押し当てられてしまいました。
室内の空気の冷たさに反して、温かい体温。
そのせいか必要以上に手のひらを、熱く感じてしまう気がしました。
いつもは冷たい手をしているくせに、何だって今日は熱いのですか?
「この、ばか。いいから落ち着け。呼吸が乱れる」
「やだぁ!ぃあ、いやぁ、はなして、はなして!」
呼吸なんて。
乱れたままで
整わなくていい。
何故かそう思ってしまいます。
だって胸が苦しいのです。
彼の触れるその場所が、ずしんと重みを訴えてくるのです。
それよりも呼吸が出来ない苦しさの方が、まだ耐えられます。
「いぁ・・・いや、なの!きらい!きら、ぃいっ!」
ぜっとまた呼吸が狭まりましたが、訴えは続けました。
胸を掻き毟りながら、咳と嗚咽とに苛まれながら訴え続けます。
サワラナイデ・サワラナイデ・サワラナイデ!
ただソレだけが願い。
「さ、わら・・・な・・・・・・で!」
嫌だ。
どうしたって。
次の動きが予測できてしまうのは、体が覚えているからです。
『い・・・ぃ、やぁ・・・!やめてください、やめてください、おねがいだから!いや――!こわい、っぁ、やだぁ・・・』
そう、泣いて叫んで訴えた事あったのです。
今の
今まで
忘れて・・・というよりも封じ込んでいた記憶がある。
あの時をまた繰り返すのですか?
あのまま壊れたようになってしまったリュームに戻れと?
己の無力さを思い知り、悔し涙に明け暮れた日々に戻れって言うんですか!?
「リューム、リューム、リューム・・・・」
うわごとの様に狂おしいまでに繰り返される呼び名に、体の震えが増して行きます。
「目を開けて俺を見ろ、リューム。そして名を呼べ」
幾日も俺を無視し続けて、いい度胸だ――。
相変らずむちゃくちゃです、この人。
「いや、やめて・・・」
「俺を見て名を呼べばやめてやる」
「ご、りょ、しゅさま。」
「違う」
―― ヴ ィ ン セ イ ル 。
責めるように耳朶を噛まれて、そう囁かれました。囁きの割には力強すぎでしょう、その威力は!
「やめて、ヴィ、ヴィン、セぃ・・・んぅ!」
様という敬称は飲まれてしまいました。
うそつき。
そう、続けてやろうにもそれごとでした。
『かわいいと思っているなら口付けたくなるだろ?自然と』
先ほどのふざけたクレイズの言葉が蘇りましたが、リュームは首を傾げるしかありません。
いや。あのですね、リューム一応さっきまで意識のない状態だったんですよね?
それをこの方忘れちゃいませんか?
いや〜・・・だって、ちょっとねぇ?
苦しいんですけど?
「ん、ん、・・・ぁ、ヴィ・・・ぅん」
聞いて。
少し、聞いて下さい。
待って・・・はくれませんか?
そんな思いを込めて、のろのろと持ち上げた両腕で彼の項に触れました。
なめらかな金の束に指を絡ませ、抱き寄せるようにしてみました。
リューム自身が・・・望んだからそうしてみました。
この痛みを覚えるほどに忙しい胸の鼓動も、少しは抑えがきくかも?という期待を込めて。
「――!」
今度は強く抱き返されて、身体が軋みます。
またしても上げられない悲鳴は、彼に飲み込まれていくようです。
それでもまだ、この痛みの方がまだいい気がしました。
「リューム、このばか。目覚めるのが遅い・・・」
「ぁ・・・あ、・・・ごめなさぃ、・・・っんぅ!」
受け止めた唇の感触に
やわらかさに
涙がこぼれ頬を伝います。
『やっとここまで』
最初の方ではった伏線・浮上やっとこさ〜
(そんなたいそうなものでもないですが)
そしてまた、何気に新たな伏線になりかねない展開。
リュームが矛盾の嵐、真っ只中にいます。
嫌とその反対の気持ちが同時進行。
これ以上おあずけが長引かないといいね、領主。
リューム次第ですかね〜?
小話は・また・・・すみません!
『そんなわけで7月16日 UPしました!小話↓』
こりもせず〜二十歳と十三歳編〜
ある日の出来事。
「リューム、早く!こっちに来て。まったくもう、とろいんだから」
それはそれは嬉しそうな罵声は、ここの若様の親戚筋のお嬢さまことミゼルード様です。
「はい。ミゼル様」
対するワタクシめのお嬢さま事、リューム様も嬉しそうです。
そこは救いだが、ちと不憫で泣けてきます。
少女は何だかんだでお姉さんなので、自分より下の子にはことさら優しいのだ。
いくら・・・トロ・・・もとい、のんびりしていても、普通だったらここまで虐げられたら嫌になるでしょう。
(オトモダチ、というものはね対等であらねばならないのだよ?ミゼルード様?)
ちら、とみやればミゼル様は、思わずうっとりしちゃうくらいの極上の笑みを浮べている。お年は九歳。
そう。シェンテラン家の血筋を受け継いだ、それはそれは可愛らしくもお美しいお嬢さまです。
金の髪は木漏れ日に映え、緑の瞳は透明感があって、そりゃあ色白のお肌がきめ細やかで。
文句なしの美少女なんですけどね。ただし、黙っていればという注意書き付き。
「リューム!早くって言ってるでしょう」
「はい、ミゼル様。もう少しお待ち下さいま・・、せ」
リューム様の息は、すでにもう上がっている。ここ最近体調が優れなかったから無理もない。
寝付いた分、体力が落ちているようなのだ。
「もう!遅いっ!早く出来ないのだったら、もうリュームとは遊んであげないんだから!」
大切に、ともすれば甘やかされてお育ちになったらしいミゼル様にしてみたら、自分の思い通りにならない事にガマンが出来ないのだ。
「ミゼル様・・・待って」
リューム様は必死だ。それはもう、痛々しいくらい。
金の髪に緑の瞳。シェンテラン家の血筋の現われの証のような。
ミゼル様にまで嫌われたくはないらしい。
(嫌われてはおりませんよ。むしろ――ねぇ?)
全くもってここの家の方々の、愛情表現の明後日さには視線が遠くをさ迷うではないか。
ワタクシはリューム様が転んだりしないよう、注意深くお側に付いているがけっして急がせはしなかった。
手を添えて背中を支えながら進む。
・。・★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★・。・
目当ての中庭に着くなり、ミゼル様は勢い良く振り返った。
あまりに曇りのない笑顔は、何かしら嫌な予感を覚えさせますのに充分ですな。
(嬉しそう。うん。また、なんかイジワル思いついたんだろうな――。)
ミゼルード様が先ほどから手にしていたリボンをリューム様へとかざす。
「これを結んであげるから、後ろを向きなさいよ。リューム!」
「まぁ、ミゼル様。ありがとうございます」
「じっとしてて!動かないでよ!!」
「は・・・ぃ?え、ミゼルさま。何を?」
「動かないでって言ってるでしょう!」
ミゼル様はリボンでリューム様の両目を覆うことに忙しい。
小さな手つきは真剣だった。
(うーわー・・・ミゼル様。目隠しごっこ、やる気ですねー・・・やーめーてー!)
「出来た!」
「ミゼル様。見えません」
「そうよ。そうしたんだから!今度は立って。早く」
途惑うリューム様を立たせると、ミゼル様は嬉しそうに両手を叩いた。
「リューム!わたくしを捕まえてごらんなさい!捕まえられないなら、もうリュームとはつまらないから遊ばないわ」
(あ――もう!そう来ました?やっぱり?)
リューム様はミゼル様の手拍子を頼りに、そろそろと慎重に一歩を踏み出されていた。
両手を差し伸べて、ミゼル様の姿を求めている。
「ミゼル様、待って下さい。どこ、ですか?」
「こっちよ!本当にアンタってとろい子ね。ほらほら、こっちよ、こっち!」
「あ、待って。・・・っあ!」
リューム様がつまづいた。倒れこむ前にワタクシめが慌てて支える。
「ニーナ!手出ししないで」
「ミゼル様。この遊びはリューム様が転んでしまいますから、お止め下さい」
「嫌よ!ニーナの言う事なんか聞かないわ。せっかく結んだんだから、ニーナは邪魔しないで見ていなさい!」
(ではミゼル様はリューム様を転ばせたいのですね?全く!もう・・・知りませんよ?)
ワタクシはため息と共に、リューム様から手を放した。
「ニーナ・・・・・・?」
「リューム!ほら・早く」
ミゼル様のはしゃいだ声に、リューム様はまたゆっくりと進みだす。
また同じようにはやし立てながら。
『ワタクシを捕まえられないようなトロイ子何かとはもう遊んでやらないわ!』
くすくすと可愛らしい残酷な笑い声が響く。
「ぁっ!」
リューム様の身体が再び、前に倒れる――のを、やたらとゆっくり感じた。黒髪が流れる様を黙って見守る。
・。・★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★・。・
リューム様が転んでしまう事は無かった。
当然だ。若様が素早く抱き上げて下さったのだから!
ワタクシがあっさり手を放した理由はここにある。
彼女の騎士が側に控えていたのだから、ワタクシの出る幕は無いと踏んでの事だ。
何。ミゼル様の背後でやたら怖いお顔で立つ、若様と目が合ったまででございます。
(ヴィンセイル様。あのですね、このわがまま嬢ちゃま何とかしておくんなさいまし!
ワタクシめの事は下賤の者と認識してるので、はなから聞く耳持ちませんの。
ついでに言うならリューム様のことも、都合のいいおもちゃ扱いしちゃってて、ここの所目に余るんでよろしくお願いします)
そうなのだ。いくら幼い少女とは言え、権力だけはあるのだから困ったものだ。
一応ワタクシめも貴族の出なのだが、はっきり言ってこの家の足元にも及ばないからこの様なのだ。
それをいい事にミゼル様の歪んだ愛情表現はここの所勢いを増し、どこかの誰か様も顔負けのイジワルっぷりだった。
流石にこのままではよくないな、と思い始めていた。
若様もお気付きだったのだろう。だからこうして見守ってくれていたのだと思う。
だったら、取るべき行動はひとつ。
(頼みましたよ!若様!!)
――権力をふりかざす子は、所詮自分より上の権力の者に弱いのだ。
そんな無言の訴えが、通じていたのかどうかはさておき。
リューム様は若様に、またしても『保護』されていた。
・。・★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★・。・
リューム様は目隠しされたままなので、何が何やらといったご様子だった。
言葉がなかなか出てこないのだろう。不安そうに唇をわななかせている。
そんなリューム様を黙って見つめたまま抱えなおすと、若様はミゼル様を叱った。
「ミゼルード。オマエは当分の間、出入り禁止とする。もう少し家庭教師達にマナーを仕込まれてから来い。
オマエの事は両親にも報告しておこう。もちろん、この館の主人にも」
(うむ。それがいいです。お館様は、リューム様をそりゃあ可愛がっておいでですからね)
「ヴィンセイルの横暴!わたくしがリュームで遊ぶんだから、返してよ」
「だったら人形とでも遊んでいろ。リュームを人形と一緒にするな。いいからもう下がれ。ニーナ、見送れ!」
ぴしゃりと叱られ、ミゼル様は返して!と伸ばしていた腕を下ろした。
「ニーナ・・・・・・・」
「はいはい、ミゼル様。行きますよ。門までお送りしましょうね?」
泣きべそかいてる少女をさりげなく諌めつつ、門まで送ってあげました。
「ニーナ。どうしてミゼルだけが悪いの?」
「はい。それはよ――く、よぉ―――く!ご自分でお考えになりますよう、ニーナは申し上げたく思います」
「だって・ズルイわ!ヴィンセイル様だって、いつもリュームをいじめて遊んでいるじゃないのよ!
そのくせ、自分以外がリュームを構うと怒りだすなんて、なんって勝手なのかしら」
「ミゼル様。どうか今の発言はこのニーナだけに留めおいて下さいね?」
くれぐれも!と念を押し、ミゼル様を送った後はお二人の元へと、急ぎ駆けつけたのは言うまでもありません。
・。・★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ・。・
様子を見に行ったらどうだったのかって?・・・うん。はい。
『二人いい感じに義兄妹らしくなってきたじゃない!』
等と思ったワタクシめが甘うございました、とだけ申し上げておきましょう。
あああ〜本当にもう!