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第二十四話 シェンテラン家の噂の出所



『ヴィンセイルの部屋でばとる。』


今回の(仮)タイトルはそんな感じで書き進んでおりました。

誰と誰のバトルなのか、と自問自答しつつ。


 

 椅子にかけるようにと勧められましたが、リュームはそのまま扉の前に座りこみました。

 だって、椅子に腰掛けたらダグレスを抱っこできなくなるんですもの。嫌です。

 それにこの方と膝を付き合わせるかのような距離は、ちょっと近すぎる気がします。

 いくら間にダグレスを挟んでいようとも、今日のご領主様ならまた無理やり抱っこしてきそうですから。

 嫌です。ゴメンです。警戒を怠らずに距離を保つに限ります。

 

 ゆるゆると首を横に振りながら、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込みました。

 何だか、力が入りません。今さらながら震えてしまいます。

 やはりご領主様の眼力は強く、こうも間近で晒されるとやはり恐ろしさですくんでしまうのです。

 ダグレスの首にすがりつきながらでなかったら、転んでいたかもしれません。

 ダグレスはリュームに合わせる様にして、ゆっくりと膝を折ってくれました。

 

「誰がそのような事をオマエに聞かせた?」

「・・・・・・。」

 聞かされたのではなく、耳に入ってきただけです。偶然。そう偶然。

 目を伏せます。出所の不確かな『噂』が嘘でも本当でもそのどちらでも、ただご領主様の真意を確かめたかったのです。

 そうとは告げられずに言いよどんでしまいました。ただ、ダグレスの毛並に指先を絡めて慰めとします。

「言え!隠し立てするな」

「その・・・お名前をぞんじない方でしたので、誰かは申し上げられません」

「いいから言え。その無礼者は男か?女か?」

「申し訳ありません。そのハッキリしない噂などに惑わされてしま・て、ご不快にさせましたよね。

 どうか忘れて下さい。リュームも忘れますから」

「忘れろ、だと?そのようなオマエの態度でどう忘れろと言うのだ。そもそも、リュームは忘れる事ができるのか?」

「・・・ど、努力します」

「そんなものを用いねばどうにも出来ぬなら、無理だろう。

 何ひとつ納得出来ずにいるくせに何が『忘れる』だ。そこまで器用でも物分りがいいわけでもないくせに呆れる」

「なっとく、します」

「何が!出来もせぬくせに無理やり聞き分けのいいフリをするな、今さら。

 オマエの聞き分けの悪さは筋金入りだ。俺とて治せん。

 先ほどの宴でも俺が許可せぬ者とは口を利くなと命じたのにも関わらず、ギュルミナとメルシュアと接触したな?

 おかげで面倒事が増えた。ことごとく俺の言いつけを破るなら、もう公の場には出さない」

「ご、めんどう・・・おかけ、して・・・もうしわけ・ぁ、ありませ、でした。そのリ・ド様に何か言われたのですか?」

 恐るおそる尋ねます。

 きっと馴れ馴れしくしすぎたか、しゃべり方がおかしかったのかして、挙動不審だったのでしょうと思われます。

「なぜ、オマエがあの男の言う事を気にする?」

「リューム・・・リ・リド様の事、ギュー・ミニャ様と同様にきちんとお名前呼べなかったです。

 だからきっとご不快だったろうなと心配したのです。

 笑って許してくれたのですが、その後『リュームのお義兄様にご挨拶をする』と仰って。

 すぐ、ごりょ・ごリョシュ様のところへ行かれたから。き、きっと、リュームのこと注意されませんでしたか?みっともないとか、聞き苦しくて不快だったとか、その、やはり恥をかかせてしまいましたよね?ごりょしゅ様に」

「そうだな」

「やはり、そうでしたか。申し訳ありませ、でした」

 

 ああ、またやっちゃいましたか。うう。情けないです。

 ダグレスの首に抱きついたまま、頭を下げました。

「メルシュアの跡取りに何を言われた?」

「え?」

「そいつがオマエにその首飾りにまつわる『噂』とやらを吹き込んだのか?」

「リ・ド様が!?いいえ、違います!」

 ぶんぶんと勢い良く頭を横に振りました。なぜ、そうなるのでしょうか。

 どうやらこの出所の無い『噂』は相当ご領主様にとってご不快のようだと、リュームはやっと理解しました。

 当然でしょう。シェンテラン家が代々引き継いできた家宝を、そんな風に貶められたら誰だって怒るに決まっています。

「では誰に吹き込まれたのか白状しろ。言え!」

「ですから、あの・・・お名前わからない・・・言えません。申し訳ありません」

 必死で詫びました。ご領主様はやっぱり、ご領主様なのです。

 家宝を辱められたら、この家が辱められたのと同じ事でしょう。

 リュームの考えが足りなくて、不快にさせてしまいました。

 そのせいで関係の無い、リハルド様や他の方まで巻き込みかねません。

 やはり、リュームの言動はご領主様の癪に障るのですね。

 少し、優しく構われた気がしたからと思い上がってはいけないのだと、改めて思いました。

 ルゼ様のご提案にそって『ちゃんと話し合う』つもりで来たのに。

 耳にした噂話があまりに哀しすぎて、それを一番に確かめたくなったのは浅はかでした。

 いきなり余計な事を言って、それどころじゃない状況にしたのはリュームです。本当にバカです。泣けてきます。

 こうなってしまうともう、リュームごときが何を言っても無駄であり、それどころか余計に不快にさせるだけなのは学習済みです。

 何も言えず、必死で向けられたお怒りに平伏すしかありません。

 

 ダグレスが鼻先でリュームの頭を突きました。どうやら、慰めてくれているようです。

 ありがたい。やはりいいこです。

 リュームの頬をぺろりと舐めると、ぐぅと小さく唸りました。

 頭を低くもたげて、紅い(まなこ)でリュームとご領主様とを交互に見ます。

 

 ””先ほどまでオマエを取り巻いていた女どもだ、若領主。しかも直接ではなく、あくまで噂話としてだ。

 まったく!『ここだけの内密の話』の割りに、ずいぶんと大きな声であったなぁ””

 

「・・・・・・ダグレス」

 ご領主様が平坦ではありましたが、ダグレスの名前を呼んだので驚きました。

 このこが唸るからでしょうか。

『この館の主に逆らったものは、何者(・・)であろうと処罰は受ける決まりだ。例外は無い(・・・・・)

 ふいに、かつてのご領主様の言葉が蘇ります。

 それと同時にリュームの胸の鼓動も早まりました。

((ダグレス・・・ダグレス・・・お願いだから、もう、唸るのをやめて))

 必死でなだめようと首に回した腕に力を込めました。

 

 ””そうだ。ダグレスだ、若領主。やはり貴様は『獣耳』か。聞こえているなら早く返事をせぬか!無礼者””

 

 ご領主様とダグレスは静かに互いを見ているようです。

 リュームはただ、ダグレスにすがり付いてその眼差しだけのやり取りを見守ります。

 

 ””この娘、確かに身体の作りが脆弱なことこの上ないな。今、少しづつ体温が上昇している。

 鼓動も不規則だ。あまり声を荒げて怯えさせるな。それこそこのままでは――””

 

 ダグレスの唸り声はやみません。それどころかどんどん増して行きます。

「あの!ご・ごりょ、」

 

 ””正式に女主人になるまでもなく、三年持つかどうかといった所だろう。もっと(いた)わってやれ””

 

「うるさい!黙れ!!」

「も・申しわけござぃません」

 グゥウ!とダグレスが牙を()き出しにしました。

((いけません、ダグレス。ご領主様はダグレスのことを怒ったりなんてしないから、怒ったらダメよ?))

 

 ””若造!『わ』を『ば』に変えて呼ぶぞ、まったく!””

 

 なおもダグレスが軽く身を起こし、鋭い唸り声を上げました。低く、それは続きます。

((ダグレス・・・だいじょうぶよ、お利口さん。ご領主様はリュームを叱ったの。

 ダグレスの事じゃないわ?ね、だから、落着いてね))

 落ち着かせようと、震える指先でダグレスの毛並をかき上げました。

 あいにくとそれくらいでは、ダグレスの唸り声は止んではくれません。

 今にも飛び掛りそうなダグレスを押し留めようと、腕にも力を込めますがついにダグレスは立ち上がってしまいました。

 リュームも慌てて立ち上がって、諦めずにダグレスに抱きつきます。

((いけません!ダグレスっ、いけません!!))

 

 ””貴様の側に置けぬと判断した場合、公爵家に連れて行くぞ。ルゼもそれを見極めて来いと言うたしな。覚悟しろ””

 

「リューム。ダグレスから離れろ」

「ダグレスはいいこです、だから!だいじょ・・・」

「離れろと言っている!何度も同じ事を言わせるな!いいから離れろ、こちらに来い!」

 

 ご領主様も立ち上がると、椅子の側に立てかけていた剣を取ります。

 そのまま孔雀の羽根の細工が施された鞘から差し抜くと、剣を構えられました。

 リュームの頭上高く。

 燭台の薄明かりを鈍く返して光る剣。

 昼間とはまた違った表情を見せています。

 リュームの心臓がばかに(せわ)しなく、早まりました。

『了承の剣』はその『鞘の立会人』に、振り下ろされようとしているようです。

(そ・そか、剣を収めるのは『鞘』の役割とルゼ様が仰っていた・・・)

 だったら。その剣を身に受けるのは、リュームのはずです。ダグレスではなく。

 それがいい。そうして欲しい。それでお怒りが収まるのなら、安いものでしょう。

 きっとモノを知らないリュームが、触れてはならない禁忌をご領主様に言ってしまったのだという自覚があります。

(けっして、けっして、ザクロ様をこの家をご領主様を、辱めようと思ったわけではありません)

 しょせん、そう謝ったとしてもただの言い訳にしかならないでしょう。

 もう言ってしまったのですから、取り返しが付きません。

 結果として、リュームはお世話になっている家に不信感をつのらせたあげく、無礼を言ったようです。

 罪悪感からか胸が痛みます。

 ――痛みます。

 胸を押さえると、もう立っていられませんでした。

 ずるずると扉に背を預けながら、足が崩れ落ちてしまうのを留めようがありません。

 

 ””ばか領主!貴様こそ落着け!ジャスリートの守護の我に、ルゼから賜った剣を向けるとは何事か!!

 くそ、何故貴様の耳に届いて、この娘には我の声は届かぬのだ!忌々しい!

 いい加減に剣を収めろ!この娘には我々のやり取りは理解出来ておらぬのだぞ?””

 

「ならば離れろ、ダグレス。公爵のもとへと帰れ。リュームは渡さない――誰にも。

 許可を得るまでも無い。これはすでに俺のものなのだから」

 

 ””このバカ領主!娘の心臓が悲鳴を上げているのがわからぬのか。興奮させるな、これ以上は・・・・・・!””

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*・。・

 

 ガッという破壊音は、ダグレスの角がご領主様の剣を受けた証です。


 ぶつかりあって弾けた衝撃の閃光があったように思いますが、それも確かめようがありません。


 ただ、目を固く閉じていても火花は瞼を掠めるのだな、と妙に感心してしまいました。


 リ ュ ー ム !


 遠く、名を呼ばれたように思います。しかし、リュームは暗闇を見ているようです。

 そのまま、深く沈むのは意識でしょうか。わかりません。


 それきり、リュームの瞳に光が届く事はありませんでした。



『本編と同じ長さの小話ってどうよ?』


今回、珍しく本編短め(作者比。)

切り良く!はい、ここまで!

どうしようもないな、誰かさん。

ダグレスも呆れているぞ。


では、もう違うってわかってる・・・!うん。


『小話★いいかげん、くらいまっくす』 ↓


 やっと追いついた・・・・・・!

 久方ぶりの全力疾走にひはこら言いながら、女神像の安置されている祭壇の扉にすがりついた。

 夕闇がゆっくりとしのび寄せ始めている、薄暗い聖堂に見覚えある長い黒髪が目に入った。

(いた!リューム様、無事だった!良かった)

 少女の後姿を見とめホッと安堵したのもつかの間、慌ててもう一人の目を離しちゃならないお方の姿を探す。

(いない?どこに・・・確かに、先にここに入ったよね。そういえば、あの少年もどこに?)

 辺りを見回したが見当たらない。

 

「リュ、」

 

 その女神像に跪いて祈りを捧げている背に呼びかけようとしたが、タバサちゃんにそれを制された。

 小さく、しかし力強く袖を引っ張られて。

 落ち着いてみれば、リューム様のいる通路の両脇を先ほど駆け抜けて行った子供たちがいた。

 だが驚くほど神妙な顔つきで、一言も発さない。

 この年頃の子供たちがこうも大人しくしていること事態、異常事態と思う。

 そう何か神聖さに当てられて、静寂を保つよう努めているのだろう。

 これから何が始まるというのか。それはこの少女を中心にして巻き起こるのだろうと期待に胸が高鳴る。

 この場を支配するのはそんな気持ちだ。

 神聖で犯し難いのは、何も女神様だけではないようだ。

 それを子供たちは敏感に感じ取っているのだろう。

 子供達だけではない。通路のはしっこに身を隠すように、先ほど尋ねて回った所のおじちゃん・おばちゃん・おじいちゃん・おばあちゃん達もいる。

(うっわ!みんな『承知の上』だったか!)

 そういう騙され方なら実に小気味良いと感動した。してやられた感よりも、何よりも。

 タバサちゃんに促がされながら、通路の脇の支柱に身を隠しながら進んだ。

 リューム様の表情が見たい。せめて、もう少しだけでも。

 驚かせてはならないだろうから、慎重に進んだ。

 と、前方に若様と少年発見。彼らも一足先にこの場の取るべき礼儀に(なら)ったのだろう。

 それにはほっとした。若様がリューム様を頭ごなしに怒鳴る確立はこれで格段に低くなった・・・!よしよし。

 

 ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★

 

 女神様の前に(ひざまづ)いて祈るリューム様の脇に、これまた黒髪のほっそりとした少年が立つ。

 そのとたん、うちの若様の影が揺らぐ。

 内心冷や冷やしたが、そこにすかさずタバサちゃんの騎士(ナイト)が立ちはだかってくれた。

(た・頼もしいな少年!その調子でうちの若様頼んだっ!)

 思わず熱い視線を送ってしまったではないか。

 

 リューム様はその背の高い少年の手に手を預けると、促がされるように立ち上がる。

 そのサマはゆったりとしていて、とても優雅で、思わずため息がこぼれてしまった。

 見惚れると表現するのが相応しい、まさにそんな状態だったと思う。

 

 ゆっくりとリューム様と少年が祭壇に進む。

 そのまん前にまで迷い無く。

 リューム様は女神様の御前までたどり着くと、伏せていた眼差しを上げた。

 見上げたその拍子に、被っていたベールが滑り落ちる。

 ぱち・ぱち・ぱち・ぱち・・・!

 期待を抑えきれなくなったであろう、子供たちの小さな手のひらが拍手をした。

 それに驚いたようにリューム様が、目をまんまるにしてから笑み浮かべ、微笑みながらゆっくりとひとつ(まばた)いた。

 子供たちの拍手が止む。

 

(うわ・・・っ!目で、目で制したよ。まなざし、ひとつで!)

 ワタクシめなんぞは圧倒されてしまう。

 今、この場を支配しているのは紛れも無くリュームという少女だ。

 常からは想像もできないほどの、自信に満ち溢れた優雅な所作はどこぞの貴族のご令嬢かと思えた。

 

 何が始まろうとしているのか。嫌でも期待に胸が高鳴る、高鳴る、高鳴る――うるさいくらいに!

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 広場から響き渡ってきたであろう、鐘の音がここまで届く。

 日暮れを告げる鐘の音は、夜の帳がもう間もなく下りるのをひそやかに告げるのが役目だと思っている。

 それぞれの一日を終え人は皆、帰路に着くのだ。その帰るべき場所へと。

 それだけでなく、この鐘の音が告げるのは――。

 そう。今まさに少女の祈りが始まる事を知らせてくれている前触れ、いわば合図だ。

 

 ・。・:*:・。・:・。・:*:・。・:*:・。・:・*:・。・:*:・。・・*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 もはやリューム様とその傍らの少年は、女神様だけしか見ていないだろう。

 

 二人の歩みは、祭壇の一歩手前で止まった。

 

 耳を掠めていた鐘の音も、その余韻も二人の歩みと揃って止まった。

 

 何だろう・・・犯し難くて誰もが自分自身の存在を、この場の空気と馴染ませるように気を配っている。

 その一体感が生み出す静けさを連帯感というのだろう。

 何か神聖な儀式を待ち侘びているのだから、当然だ。

 

 二人は軽く膝を折り、両手を胸の前で組んで祈りを捧げた。瞳も伏せる。

 そんな二人に導かれるように、その場に居合わせた者達もそれに倣っていた。

 もちろん、ワタクシもその一人だ。

 その胸の前で固く手を組んだまま、ただじっと見守った。

 

 リューム様は祈りの形であった手を流れよくほどき、放つかのように両手を広げる。

 まるで小鳥が飛び立とうとするかのような、流麗さに目を奪われてしまった。

 そして間を空けずにして始まった美しい旋律には、目も耳も心もさらわれてしまう事となる――。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:

 

 響きたまえ

 わが歌声

 女神様のもと

 憩う魂に届くほどまでに

 

 夜闇ですらふり払い

 遠ざけるほどの

 威力を授けられし

 わが歌声

 

 矢のごとく放たれる光のしるべとなり

 駆け抜けよ

 数多の闇という闇を

 ふり払い

 ただひとつの御魂に

 たどり着くために

 

 響きたまえ

 われらが歌声

 数多にきらめく

 夜空の星のひとつ

 ただひとつの

 輝きのみなもと

 

 シザール・タラヴァイエに

 

 届けたまえ

 われらが歌声

 その心優しき父の魂へと

 静寂を調べとする彼の者の魂にまで

 響きたまえ

 われらが歌声

 

 その女神様のもと

 憩う御魂にまで

 届けたまえ

 われらが歌声

 響きたまえ

 われらが歌声

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:

 

 途中からリューム様の傍らの少年も加わって、その旋律の威力は増した。

 リューム様の高らかな声質を、少年のわずかに低い声質が寄り添う。

 お互いが持つ響きを合わせ、真に闇をものともせずに歌声を届けようとでもいうのだろうか。

 その――今はもう亡きリューム様のお父様へと贈る鎮魂歌を、女神様へと託すのだ。

 二度とこの目には映らぬ存在。

 だけれども、どこかで見守ってくれているかもしれないと信じる存在に捧げる調べは、並々ならぬ想いが込められているに違いない。

 そうでなければ、いつの間にかこの頬を伝うものの説明がつかないではないか!

 ワタクシはそれを拭いもせず、両手は二人に拍手を送る方を優先した。

 

 それにしたって!

 

 これが十二歳の少女の持ち合せたものなのか?


 『ニーナ。リュームは歌うのが好きなのです。今度聞いてくれますか?』

 

 もちろんです。お聞かせ下さい。

 そう答えた時は、まさかここまでとは誰が思ったろうか。

 きっと少女らしい、伸びやかで素直な歌声なのだろうと微笑ましく思ったくらいだった。

 今、それを訂正したい気持ちでいっぱいだ。

 言い換えるなら、そう――。

 あまりの桁違いの威力に、少女の恵まれたものに平伏したいくらいだった。


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