第二十三話 シェンテラン家の宴の後
ヒーローに頭突きを喰らわせ、逃げ出したヒロインて。
その後。
「ルゼ様・・・・・・っ!」
すみません、助けて下さい、あの方どうにかして下さい。
せめて一時避難場所になって下さい、お願いします。
そんな気持ちで駆け寄りましてございます。
その優雅でいて堂々としたお背中をめがけて一目散のリュームが、周りなど見ているはずもありませんでした。
「まぁ、リューム嬢」
「――っ・・・!」
ルゼ様が何やらお話中だったにも関わらず、リュームはそれを中断してしまったようです。
振り返って驚いたように目を見開かれたのも一瞬で、ルゼ様はすぐさま感じの良い笑みで迎えて下さいました。
「お加減はもうよろしくて?」
流石です。先ほどのリュームの失態など何事も無かったかのように、気遣って下さるルゼ様バンザイ。最高です。
その傍らにはルゼ様と話し込まれていたらしい、若い男の方がいらっしゃいました。この方も背が高くていらしゃっいます。
何やら不思議なものでも見るかのように、リュームを見下ろしております。
そりゃ、そうですよね。目の前に急にカラスが飛び込んできて、話の腰を折ったのですから。
思わず視線を感じて見上げた瞳は、薄く曇ったかのような空の色合いです。曇っているといってもほんの少しだけ。
この方も明るい場所を見つめるに相応しい、薄水色の瞳です。
リュームは不躾にもその瞳を覗きこんでしまっていました。
その不思議そうに眺める様子に急に我に返ります。呆れられたものと思われます。
「あ・・・はい。その、申しわけ・ございませ、お話ちゅうでしたよね?大変、ご無礼致しました、し、失礼致します、」
言いながら一歩、二歩と、じりじりと後退しました。
「リューム嬢!」
「・っは、はい!?」
その男の方に急に呼び止められて、リュームの身体は跳ね上がりました。
怒られますでしょうか?
「ああ・・・その、驚かせてしまって申し訳ありません」
リュームの怯えを感じ取ったらしいこの初めてお目にかかる方は、すぐさま優しく声をかけて下さいました。
しかも気遣うかのような調子で、頭まで下げられます。
「いいえ、っそ、そのお邪魔してしまってご・ごめなさぃ」
慌てて首を横に振りました。
「そんな邪魔だなんてとんでもない。こうして間近でシェンテラン家の歌姫にご挨拶できるとは光栄です。
改めて――リハルド・メルシュアと申します。リューム嬢、本日はお招きに預かり光栄でございます」
「あ・・・はじめまして。お目にかかれて光栄でございます。
リ、リハ・・・ード・メ、シュさま。ジ・リュームです。その、ごめ、なさい。お名前、その・・・ちゃんと」
お呼び出来なくて、としどろもどろと謝りました。
あの方が許さないわけです。確かに恥です。ギュルミナ様にも、さぞやご不快な思いをさせてしまったかと思われます。
「ああ、何もそんなに謝ることではありません。
何でしたら『リ・ド』とお呼び下さって結構ですよ。妹も小さい頃うまく呼べなくて、そのまま定着した私の愛称です」
「リド・・・さま。では、お言葉に甘えさせていただきます」
そう告げたとたん、彼の表情が一気に晴れ渡りました。見ているこちらが怯むほどです。
な・・・なんでしょうか。これはこれで思わず後ずさりしたくなる威力がありますね。
にこにことこんなに笑う男の方を見たのは、お義父様以来です。
にこやかな笑みを浮べる事のないあの方がよぎります。
クセのない金の髪ですら寄せ付ける隙のない、あの鋭い目つきのあの方がなぜにちらつくのかと言いますれば。
リド様があまりにその対極にいらっしゃるからでしょう。
いや、いけませんねリューム。せめて心の中ではきちんとお呼び致しましょう。
リハルド様の髪は少しクセがおありになるのでしょう。
短くもくるっとしておられ、お顔立ちの周りの印象を柔らかく見せるのに一役買っているようです。
ふわふわとした髪質までもがこの方の、温和そうな性格の現われのように思えて内心感心してしまうリュームです。
ふわふわとやわらかい。にこにことにこやかで、人を歓迎してくれるかのような微笑み。温和。柔和。
どこぞの誰か様には掠りもしない表現ばかりが浮かびます。
始終しかめっ面ではないでしょうかね、あの方は。
そう思ったら大丈夫でしょうか、という気持ちすら沸いてきます。
何となく。きっとご領主様はお年を召したら、ものすっごい気難しい偏屈おじじになっているに違いない気がして来ました。
(きっと変わらず・・・あの調子なのかもしれませんね。この方を見習ったら見習ったで・・・それはそれでコワイ)
「リューム嬢、どうぞ末永くリドと愛称でお呼びください」
「ぇ、あ、はい?」
「歌姫に名を呼んでもらえたと、皆には自慢せねばなりませんね。
その歌声もさることながら、普段のお声もまた格別の響きだと」
「そ、そんな・・・あの、きょう・恐縮です」
胸に手を当てられたまま、リハルド様がにこやかに続けます。
それに乾いたような笑いを貼り付けて、何とか受け答えしているリュームです。
「実に控えめなのですね、リューム嬢は」
「申し訳ございませ、せ、せっかく褒めてくださったのに」
「そんな謝らないで下さい。そこがまた魅力だと思いますよと言いたかったのですが。
気を使わせてしまった様でこちらこそ申し訳ない。言葉が足りなかったようだ」
「いいえ、いいえ。リド様はお優しいのですね」
「リューム嬢」
リハルド様は驚いたのか目を軽く見張った後に、またしても満面の笑顔になりました。
眩しい。眩しいです。惜しげも無い男性の笑みは普段滅多にお目にかかれない分、リュームには刺激が強すぎます。
思わず一歩引いてしまいそうになりましたが、堪えました。失礼もいいところですからね。
「あ・・・あの?リド様?」
そのまま固まってしまったリハルド様に、どうされたのかとお声を掛けたのですがにこにこ、にこにこされるばかりです。
「リューム嬢、不躾で申し訳ないが是非一度我が家に招待したい。受けていただけますか?」
「え、と?その、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。ルゼ公爵!今の聞いていていただけましたでしょうか?」
「ええ、確かに聞いていたわよ」
ルゼ様が澄ました調子でお答えになった後、ちらとリュームを見て扇を開かれました。
明らかに小刻みに肩が揺れており、時折りこちらを窺う目元は笑いを堪えたもの、とリュームには見えました。
「あの、ですが、リド様。義兄の承諾を得ない事にはわたくし自身が、『はい』とは申し上げられません。
ですから、そういったお話は義兄の方にご確認下さいませんか?」
「どうやら、貴女のお義兄さまは過保護すぎるようだ。気持ちは解るが一人占めは・・・おっと。失礼。口が過ぎたようです」
そう最後の方はリュームにではなく、一人ごちるかのようにリハルド様は呟かれました。
視線もリュームの頭上であり、変わらずにこやかではあるものの眇めた瞳は鋭いようでした。
「?」
何事でしょうか、と不審に思い振り返りますれば――。
背後の人だかりの中心人物と、何やら視線をぶつけ合ってます模様。
あの主にご婦人方の集まりの中で、頭二つ分は抜きん出た金髪は、言わずと知れたご領主様です。
むっとしたお顔です。なので、リュームもむっとしてみました。
べっと舌まで出して。・・・まぁ、心の中だけですけれども。
「リューム嬢、貴女のお義兄様にご挨拶してくるとしましょうか。名残惜しいが、それではまた」
そう優雅に一礼するとリハルド様は、ご領主様へと向われました。
その様子をルゼ様と見送りました。
「ふふふ。いいわねぇ、リューム嬢。面白くなりそうじゃない?」
「はぃ?」
ルゼ様も満面の笑みです。
その笑顔を見つめながらまたしても一人置いていかれたような気持ちで、首を傾げるしかないリュームでゴザイマスよ。
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祝賀会の宴もいよいよお開きになり、リュームは自室に戻ってお着替えしました。
ニーナには自分で出来るからと告げて、退室してもらいましたから自室には一人きりです。
何か言いたそうな瞳を背に受け、心苦しく感じながらも何も説明できませんでした。
湯に入るか、今日はよしておくか。
かなり迷いましたが、本日の嫌な感じでかいた汗を洗い流してしまいたい誘惑には勝てませなんだ。
用意してもらった湯桶には、恐るおそる気を使いながら入りましたですよ。
だってこんな高価なもの身に着けたまま、湯につかるわけには参りませんでしょう?
立ち上る湯気に曇る紅玉が、そりゃあ気がかりでしたとも!
清めを素早く手早く済ませると、湯の中でくつろぐ事も無く上がりました。
そして何よりも先に!真っ先に!
ザクロ様を柔らかな布で包み込んで、水気をふき取ります。
そうしてまた素早く、いつものように装飾の少ない服に着替えたのでした。
ますます、違和感が何ともいえない感じがしました。
あまりに強い存在感。それは意思あるものの輝きに相応しいものであります。
ますます、リュームの存在は霞む感じがしてしまいます。
(うう・・・ザクロ様ひとつで立派なお屋敷が二つ、三つは立つですと!?ちゃんと箱にしまって鍵をかけたいです。厳重に!)
恐るおそるザクロ様の中心に、指先で触れてみました。
何故か冷たいはずの感触は、やたらに熱くもあります。
湯上りで覗き込む鏡の中、途方に暮れた浮かない表情の自分と目が合いました。
残念な事にこんなに素晴らしいザクロ様に見込まれたというのに、リュームの気持ちは沈みこむばかりのようです。
「・・・・・・。」
何せあの方に噛み付かれて肌を吸われた後に、浮かび上がった赤黒い痣に驚愕した覚えも新しいリュームですから。
ザクロ様の深みのある赤から連想してしまうのは、そう。
あの時に思い知った無力感と無理やり押し付けられた熱なのです。隠しようも無く、その熱に怯えるリュームがいます。
それをふり払うかのように、身震いをして自身を守るように抱きしめました。
(ザクロ様・・・あの、本当に『本気』なのですか?それと今耳にしたばかりの『噂』も・・・・・・?)
答えは返らないようです。それでは、このザクロ様の真の主に尋ねるしかありません。
リュームは諦めてザクロ様を衣服の下に隠すように入れ込むと、立ち上がり部屋を出たのでした。
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――来ましたよ。いざ、ご領主様のお部屋。
コン・・・コン。
控えめに扉を叩いて来訪を告げます。
すかさず低くもはっきりしたお声が『入れ。』と許可をくれましたが、
リュームは扉に手を掛けたはいいもののそのまま固まってしまいました。
ぜぇはぁと荒くなる呼吸を抑えつかせようと、深呼吸を繰り返します。
心臓がばくばくばくばくとそりゃあもう、痛いくらいうるさいです。
脈打ちすぎてこめかみまで、その鼓動が上がってきたような。頭痛がしました。
嫌な記憶も真新しいリュームの身体は、あの、ままならない状況を予測しているようでして。
足が、手が、動きません。動いてくれません。
( コ ワ イ ! )
それは根深くて強い恐怖でした。あの、押さえつけられて噛み付かれた出来事は、この身をすくませてしまいます。
扉の取っ手に指先を震わせたまま、立ち尽くしていると内側から開けられてしまいました。
「何をやっている。いいから、早く入れ」
「ここでこのままで。なぁに!す、すぐ済みますから」
「すぐ済むわけが無いだろう。いいから入れ。身体を冷やしてまた倒れる気か」
ちぇ。そう言われてしまえばソレまでです。
否定も出来ない可能性に、リュームは渋々と招き入れられたのでした。
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「湯につかってから来たのか?」
「はい。す、すみません、お待たせしましたよね?」
これでも急いで仕度したのです。髪もまだ湿ったままです。
「それは構わない。覚悟は付いたのか?」
「はい?覚悟ですか?」
何のでしょうか。
「ご領主様とちゃんと、話し合う覚悟をしてきましたが?」
「・・・・・・。」
重々しいため息と共に、不服そうに仰る事にはですね。
「それはいいが。ソレは何のつもりだ?」
腕を組み立ったままの、ご領主様の顎がそびやかされました。
それ、と顎でしゃくられたのは――。
””残念だったな。そうそう貴様の思い通りに事が運ぶと思うな、若領主””
リュームの傍らに寄り添ってくれている黒い獣・ダグレスの事のようです。
「ダグレスです。お利口。」
「・・・・・・。」
リュームはダグレスの首に抱きつきながら答えましたが、返事はかえりません。無言です。
この期に及んで無視ですか。望むところですよ。
そのおつもりなら、リュームは好きなだけ訴えさせていただきますからね。
「リュームは訊きたい事があってご領主様の元へ参りました。ちゃんと聞いて欲しくて。
だからダグレスと一緒に来てもらったのです。ルゼ様もそうしなさいって」
ごくごく小さいながらも、チッと鋭い舌打ちが静寂の中、響きました。
何でしょうかね・・・この方は。一気に不機嫌な様子です。
「なんだ」
「ご領主様は・・・リュームの命が短いものとしてご同情の上のお計らいですか?」
単刀直入に訊きました。
この一連の言動の意味を問いますれば、そうとしか思えませんから。
「おかー様もご領主様のお母様も。『正式に』この館の女主人となってから、実に三年と・・・持ちませんでした」
リュームにも同じ道を辿れと?
そんな意味合いも込めて問いかけてみます。
なるべく慎重さを心がけながらさりげなさを装って、ダグレスの毛並を撫で付けながら。
『シェンテラン家の柘榴石。
女主人の血潮によりてその真紅の輝きが年経るごとに増してゆく。』
そんな噂を耳にしたことが無いとは言わせません。
死と引き換えに得る女主人の座とまで、まことしやかに人々の間に上る噂はリュームにだって届くのです。
ええ。つい、先ほど耳にしたばかりですが。そりゃあ驚きましたよ。
息を呑むとはまさにあの瞬間を言うのです。
(なるほどですね)
驚きもありましたが、それ以上に妙に納得したのもまた確かでして。
(さもありなん。リュームのこの脆弱な身の上なら、宝石なんちゃらのせいでなくても・・・)
思わず視線は闇をさ迷います。底知れぬ闇の深遠を覗き見たかの気持ち。
それは深く深く飲み込まれて、自身が闇に染まり行く感覚。
そう、それは絶望と呼ばれるものです。
何てことでしょうか。
そこはこの方に確かめねばなりません。
はっきりさせねば。その上でギュルミナ様にもお尋ねせねばならないでしょう。
それでもコレを望みますか、と。
それでもコレを贈られたいと望みますか、ギュルミナ様?
ザクロ様、アナタはリュームの血潮を望みますか。
それがシェンテラン家の主の意思だとでも?
(この方はリュームに死ねと言うている・・・・・・?)
死すらいとわないのだと、胸を張ってこの方への愛を誇示するための宝石。
しかし『噂』はあくまで『噂』です。
それに振り回されちゃあなりません、のもまた事実。
ですから、ある意味度胸だめしですよね。
いや、実際試されるのは・・・なんでしょうかと解らなくなってきています。
胸が・・・声が指先が、震えるのを止められません。
『柘榴石』
なんてものを寄こして下さるんでしょうかね。
ばっちり呪われているようではないですか?
いや、ただの噂か?
は、また次回に持ち越しとなりました。
『またしても』
すみません!小話はまた後日!
お待たせ(?)しました〜6月23日・小話UPです〜
『小話・・・続き・・・本当にもう、小話で済まない感が拭い去れません。
それは例えて言うなら子猫に”ちび。”何て名づけちゃったけど”でぶちゃん。”になっちゃったよウチの猫〜みたく。』
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
「帰しません」
強く言い切る少女の眼差しは、涙に濡れてこそいたが鈍る事無く決意に満ちていた。
「それがリュームの望みだとでも?」
「私たち皆の、望みです」
皆。
それは恐らくこの商店街の皆々様を指すのだろう。
少女が強気なワケだ。ここには千の味方がいるに等しい。
★ ☆ ☆ ★
「タバサ!」
びっく、と少女の肩が跳ね上がった。
急に名を呼ばれたのだから、驚くだろう。ワタシだって驚いた。
思わず声のした方を見た。当の本人はといえば、どうしたことかワタクシめの前掛けをきつく掴んで寄り添ってきた。
まるで『彼から』身を隠そうとするかのように。
「タバサ、どうしたんだ?ずっと姿を見せないで・・・しかも何だ?面倒事にでも巻き込まれたのか?何を泣いている!」
早口でそう一息にまくし立てる少年は、黒い制服に身をつつみいっぱしに腰には剣を佩いていた。
(おや。このこも黒髪・・・ふぅん。いいところのぼっちゃんだね、こりゃ。)
襟首に刺繍されたツタの模様に、少年が役職持ちなのを見とめた。
(おお。見知っているぞ、そのヘビとツタの紋様。神殿に属しているようだね、少年よ)
黒髪に琥珀色の瞳の組み合わせが凛々しい少年は、神殿前広場の護衛団員らしかった。
その蜂蜜色の瞳で少女を見つめる。
だが、タバサちゃんはぎゅっと目をつぶってワタシにしがみついている。
少年の心配そうに覗き込む瞳がひとつまばたいた。その次には怒りに変わったらしい。
琥珀の瞳を差し向けた先にいたのは、うちの若様だった。
「タバサに何かしたのですか?」
((タバサちゃん、このコ、アナタの味方だと思うけど?))
そう、こっそり耳打ちしたが、少女はいやいやと首を横に振るばかり。
「別に何も」
「だったら何で・・・・・・!?」
「アナタには関係ありません。向こうへ行って下さい。この方に失礼な事言わないで下さい。お願いします」
腕組み下ろす若様に食って掛かろうとする少年を諌めたのは、他でもないタバサちゃんだった。
すごいな、おい。感心した。それは若様もだったらしく、くしくも二人顔を見合わせちゃったよ!
「タバサ」
叱られたように少年は見るからに落胆してしまった。
かわいそうに。うん。君なりにこの子を守りたかったんだよね。お姉さんにはわかるぞ。
肝心の少女には通じていないのが、なんともはやだけどさ。
「関係ないとは言わせない。広場で騒ぎを起こしていいはずが無い」
おっと・・・少年。負けん気が強いようだね。でも、その切り返しは逆効果だと思うよ?
そんな少年の精一杯の虚勢を見抜かざるを得ないオトナなワタクシ。
甘く、苦い気持ちで見守ってしまった。きっとオトコノコ特有の愛情表現をしてしまったあげく、嫌われたってところでしょう。
(ちょっと不憫だけどもさ・・・かわいいなぁ)
多分、それは若様も一緒だと思う。さっきよりも、すこ―――しだけ・眼光が緩んだ気がしますから。
「神殿の護衛団員か?何も騒ぎを起こす気など無い。タバサには案内を頼んでいただけだ」
「案内?」
「そうだ。義妹が黙って遊びに出たまま帰らないから探している。黒髪で黒目のリュームという少女だ」
「リューム?あいつ・・・帰ってきているのですか?タバサ?だってあいつはもう・・・ご領主家の養女に」
驚いたように少年が呟いた。しかもリューム様を『あいつ』呼ばわりですか。
そりゃ顔見知りなら当然でしょうが、何だかこのまま若様の前で連呼はマズイ気がする。
慌てて話しに割り込んだ。
「あのさ。君も・・・リューム様を知っているの?私たち、迎えに来たのだけれど」
少年は黙り込んだまま、ちらとタバサちゃんをうかがった。
タバサちゃんは心配そうに、おずおずと少年を見ている。
((言わないで。))
そう、涙目が訴えている。そんな眼差しを向けられて、言える訳が無いよな!少年よ!
「どうした?言え」
「今日だけはあいつの好きにさせてやって下さいませんか?
せめて日が暮れるまでの、あとほんのわずかな時間でいいから」
「何故だ?」
「今日は――。多分、もうじき・・・」
少年はきっちりと頭を下げて、そのまま頭を上げなかった。言いよどむ語尾が何かしら、含みをかんじさせる。
その潔く下げられた黒髪を、タバサちゃんも黙って見つめていた。
もう日暮れも間近。
足元に伸びる影も、広場の鐘もそれを告げ始めた。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
その時だった。
広場を駆けながら横切る、子供たちの歓声が届いたのわ。
リ ュ ー ム が !
リ ュ ー ム が 帰 っ て 来 て る っ て !
女 神 様 の 前 だ っ て !
ジ ル エ ル も 一 緒 だ っ て
急 い で 急 い で
鳴り響く鐘を合図にして、皆いっせいに祭壇を目指す。
もちろんワタシ達も駆け出していた。
・・・恐らく若様が一番乗りなのは、間違い無さそうだ。
必死でその背に続く。
少年が何とか二番手にはなれそうだ。
(頼んだ!少年っ、若様が暴走しないように止められるのは君だけだっ!)
そんな思いを、まだまだ薄い背中に期待するしかないワタシでございます。