第二十二話 シェンテラン家の主張する石
ルゼと二人で領主の奥方に相応しい女性とは――?
などと語らったりはしません。
もちろん。
ルゼは女の人生の味方ですから。
「石とて意思があるのよ」
「――――!?」
「いや、洒落じゃなくてね、リューム嬢」
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「そう。側にいたい、身に着けて欲しい人間を『石が』選ぶの。逆もまた然り。
相応しくない、もしくは離れた方がいい何らかの理由があれば不思議とそうなる」
下ろされた帳の中、向かい合わせで腰掛けたルゼ様に真っ直ぐ見つめられております。
「石・・・意思・・・ですか?」
ルゼ様特有の謎かけ語に付いていこうと、リュームは真剣に耳を傾けます。
「それはシェンテラン家の宝玉だから、主が見込んだ女性の胸にいたがるの。それがアナタよ。リューム嬢?」
居座る気まんまんですか。本人の意思は無視ですか。誰かさんそっくりではありませんか。
「それが、わたくし・・・・・・?」
いくらルゼ様のお言葉だろうと信じられません。というよりも、信じたくありません。
「そう。シェンテラン家の主の意志に従うのよ。私が貴女を『領主の奥方の座に相応しいか否か』
何て――今さら私がしゃしゃり出て量るまでもない。それが答えだから」
「そ、それ・・・・・・?」
「そうよ。それ。留め具を惑わす呪いが働き始めているわね。
下手に他人が手を貸そうにも、それすらも惑わしにかかるでしょうよ。
そうやってこの柘榴石は長いこと主人と添うべき女性を見極めてきたのだと思う。
それより、何より。『他者に対する牽制』もあるでしょうけど」
ルゼ様が閉じた扇でそれなるものを指しました。すなわち、リュームの胸に輝く紅い宝石を。
(な・何だっていうのでしょうか!?ワケのわからなさは『主人』そっくりではないですか?ザクロさん!!)
思わず咄嗟に名づけてしまいました。人の形ではなくても、それは人格があると思ってもいいはずです。
意思があるのならそれが相応しい扱いだと思いましたので、心の中で『ザクロさん』に叫んでいました。
(ザクロさん!間違っていますよ、ご領主様に相応しいのはもっと他のステキな女性ですよ。しっかり!)
その呼びかけに応えるかのように、より一層重みが増したように感じてしまいます。
見下ろした柘榴石がきらりと光を反射し、一際強く輝きました。
ザ ク ロ 様 と 呼 べ 。
幻聴でしょうか。ええ。きっと!リュームの一人芝居劇場のなせるワザでしょう。
――しかも幻聴にしても何だその受け答え・・・・・!もっと他に言うべき事があるでしょうよ!
「何にせよ、その石はアナタの胸に居座ると決めたようよ」
かっしゃら、かっ・しゃらんと音を立てながら、首輪はリュームの首を回ります。
リュームが留め金の部分はどこかと、目を凝らして回し探しているからです。
惑わしの呪い稼動中ですと?そんなバカな事があってたまるものですか。
はめることが出来たのですから、外す事も出来るはず!
リューム、諦めませんよ。
でなければこんなとんでもない物と、いつまで日常を過ごさねばならなくなることやら!
こんな高価な物とずっと一緒なんて、リュームの気が休まりません。
しかもそうなると、気楽に湯にもつかれませんよね?本気で落ち込みます。
「ルゼ様は・・・その、なぜ?」
「ああ。私も術の心得があるからね。初めてお会いした時からリューム嬢の持つ、術に馴染んだ気配は気になっていた」
「こころえ、ですか?」
「そう。ジャスリート家はね、そうなの。血筋的に。シェンテラン家もね。――おそらく『タラヴァイエ家』もそのようよ?」
目を細めてルゼ様が、リュームを観察するかのように見据えました。
「りゅ・・・わたくしにはそんな能力無いと思います。微塵も」
「自覚は無い?」
「はい。もし少しでもあったならば、この石も外せますでしょうか?」
「外したいの?何故?それはアナタの物になりたがっているのよ。その石の意思に反する行いは怒りを買うかもよ」
「お・怒りますか!?」
何て誰かさんと一緒なんでしょうか、ザクロ様!
「流石の私でもそれはどうやって外すか教えられないわ。そこまで強力な術ではない。仕掛けはむしろ単純。
いや、ある意味複雑かな?」
単純な仕掛けであるのにも関わらず、ある意味複雑とはこれはいかに!?
謎かけですか。考えるまでも無く、降参です。
「ル・ルゼさま。お願いですから教えてくださいませんか?」
「まさか。私の口から言えるわけが無いわ。第三者の私が種を明かすのなんて――野暮だもの」
お馬さんに蹴られちゃう、とルゼ様はくすくすと笑い出されてしまいました。
リュームは途方に暮れるしかありません。
さっきから心の中でザクロ様には『リュームは相応しくないんですよ、選択間違ってませんか?』と訴えているのですが。
わ た し の 選 択 を 間 違 い と す る の か ?
そんなお怒りを含んだ幻聴が返って来る始末です。
ぶんぶんと勢い良く頭を振りかぶりました。
いいえ、そんな恐れ多い!って言いたいのか。それとも、一人芝居はあっちに行け!なのかは自分でも分かりません。
(ああ、もう、ほんとうに、どうしよ、とれない?)
情けなくもまた、ルゼ様に視線でお縋りしました。
「あ〜もう、泣かない!泣かないのよ、リューム嬢!泣かなくたっていいのよ、大丈夫ですからね」
「ルゼさま、ごりょしゅ、さま・急に変なんです。コレをくれるって言い出したり、
さっきも急に妻に迎えるとか言い出しました〜ワケが解りません」
――『妻に』って仰ったのは幻聴であって下さい、お願いします。
「そんなに嫌?」
「はい」
「泣くほど嫌?」
「はい」
「どうして嫌なの?」
「ご領主様が怖いからです。そもそもリュームのこと・すごくすごく嫌っていて、
いつも冷たかったくせに、何でこんな事言い出すのか急すぎて解りません」
「ええと、リューム嬢?それ、本当?本気で言ってるの?何かの間違い・・・そう、ちょっとした行き違いだと思うわよ」
「間違いありません、ご領主様には『仕方が無いから置いてやっているんだ』
と言われ続けて早・七年ですから。間違いようがありません」
リュームは力強く言い切ります。
はぁ――とルゼ様が深々とため息と共に、身体も前倒しに沈ませて行きました。
「やっぱり手強いなぁ、リューム嬢・・・どうしたものかしらねぇ?」
「?」
「自業自得とはいえ――。やはり、アナタのお義兄様には同情するとしか言いようが無い」
ははは、はははと乾いた笑いをもらされました。やはり・・・その瞳はちっとも笑っていないのが、気がかりです。
そんなルゼ様はご自身のおでこをぽん、と扇で一打ちされてそのまま考え込まれてしまいました。
どうしたもんかなーこの子がこの調子じゃあなー・・・と呟かれながら。
「じゃあねぇ、リューム嬢。こうしてみましょうか?」
提案するわ、とルゼ様が瞳だけをリュームに向けました。手招きしながら、リュームを誘います。
「あのね、」
扇を開かれてその影で小さく小さく『ご提案』なるものを話して下さいました。
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ルゼ様が一歩出られたのとほぼ同時に、勢い良く帳が持ち上げられました。
はい。早速、嫌な予感。両手を広げたご領主様から逃れるべく、壁の方に来たのが間違いだったと気が付いても遅かったです。
「何故、逃げる?」
「!?」
逃げますともよ!そりゃぁ、逃げますともよ!
『質問は終わったから、後はリューム嬢の話を聞いてちょうだい』
そう言い渡すとルゼ様は広間の中央に向かわれてしまいました。
ル・・・ルゼ様っ!この方ちっとも反省してません。
自身を省みようよ、ちょっとは人の気持ちも考えて下さいな!
壁に追い詰められた格好で後ろから抱きすくめられては、対処の仕様がありません。
助けて下さいルゼ様!助けてニーナ。助けてミゼル様。助けてエキ。助けてシンラ。助けて助けて!
――何やら空しさがつのって泣けてきました。
「う・・・っう、っく・・・ぅえ・・・」
「リューム」
「皆が・・・みんなが見ているみたいだから、恥ずかしいです・・・」
そうこの帳の向こうの広間に集まる人々の視線が隙間から、ちらりちらりとこちらを窺っているのです。
そりゃ、注目もするでしょうよ。
先ほどからのちょっとした『騒ぎ』は、みなさんの好奇心を煽るに充分でしょうから。
その中にもしかしたらギュルミナ様もいらっしゃるかもしれないのです。
ぎり、と胸が締め付けられます。
「皆が見ているからこそだ。見せ付けてやっている」
「!?」
「リューム。逃げるな」
「嫌です。恥ずかしいです。逃げます。」
「ならば人目の無いところに行くか?」
「それも嫌です」
「ではどうしろと」
「どうもこうも。放して下さい」
(誰に、何のために!?この方おかしいよ!って今さらですけどね)
なぜでしょう?話せば話すほど、会話の罠にはまり込んでいくかのようです!
それが狙いなのでしょうけれども、誰かぁ!
『彼女の許可無く、リューム嬢を自分以外の嫁に出せない身体にしない事!それが必須の条件』
先ほど立ち去り間際、ルゼ様がご領主様に告げられたお言葉です。
「ごりょ、」
「ヴ ィ ン セ イ ル」
「ヴィン、シェゥ、様。リュームを傷つけたいのですか?」
「・・・・・・。」
「みっともない、傷を付けることで気が済むのですか?」
触れるのはおろか、目にするのも厭わしくなるような事だとは思います。
「目には触れぬ場所の傷だ」
「・・・・・・ぅえっく」
言葉になりません。この方はリュームに何をしようとしていたのでしょうか。
恐ろしくて、尋ねるのすらはばかられました。
でも話し合わねばなりません。ルゼ様のご提案に、リュームはいたく賛同いたしました。
ここはひとつハッキリさせるためにも、がんばってみなければなりませんでしょう!
「後で」
ぐ、と腕に力を込めて、彼の腕の中で身を捩り向き合いました。
「後でお部屋にお伺いしても・・・いいですか?」
お話したい事があるのです、と恐るおそる告げました。
今ここでは人目もありますから『後でお部屋で』とを強調しました。
ちなみにそれもルゼ様の指示と言うか、指南というかのままの調子を心がけて見ましたら!
「待っている」
『敵』はあっさり頷きましたよ!ルゼ様、流石です!!
「今からでもいいが?」
「ちゃんと祝賀会がお開きになってからにしましょう?だって、ご領主様のためのお祝いですもの」
「ヴィンセイル、だ。リューム」
そう柔らかく抱きしめられました。
・・・・・・それがいくらか優しいものだったので、リュームも抱き返してみました。
それに呼応するかのように柔らかく抱き返されます。
おや?とも思いました。
強くもがくよりも少しばかり大人しく収まれば、この方もあえて力任せにはしないようです。
発見は気のせいか?単なる気まぐれのなせるワザなのか?
試してみるとしましょうか。
「もう、お放しくださいませ」
腕を突っ張ります。だっこを拒む時のエキばりに、ぐぐいっと両手を突っ張ります。
「くるしいからいやです。ごりょしゅさま、くるし・・・・・・!」
「リューム」
「なんでしょうか?」
「リューム」
諦めて力を抜けばやはり、やんわりと包むかのようにされました。
そのままの体勢でお互い無言です。
その分、彼の手が背を上下する感触やら、じんわりと伝わってくる体温が嫌に感じられてしまい途惑うしかありません。
「リューム、抱っこするのは好きですが、されるのは嫌いです。くるしいから」
いや、でもこれ切りが無いみたいです。
いつまでこうしていればいいのでしょうか。
いい加減、ご領主様のおでこを叩いてみてもいいでしょうか?
両手が塞がっているので、ここはひとつ――。
「!?」
ごっ!
――いい感じで音がしました。
頭突き。ご領主様の下あごをめがけての。
後すかさず、腕を精一杯突っぱねます。
腕の緩んだそのスキに、やりましたよ脱出成功です!
そんな勝利に酔う暇なんてありません。急いで帳の向こうへと躍り出ました。
「リューム・・・相変らずいい度胸だな。『後で』覚えていろ」
「いいえ、忘れ去りたいと思います!」
そんな捨て台詞に背を向けて、リュームはルゼ様に向って一目散!全力で駆け出したのでした。
『どうしたもんか』
この話の先の、先の、先へと書き進み間が空いてしまいました。
いつもありがとうございます!
『もう・小話ではないよ!劇場』
ルンラルンラルンルン♪
ワタクシ目はゴキゲンでうっかりすると一大事を忘れそうなくらい、今日の午後を楽しんでしまっていた。
傍らの少女もとても楽しそうだというのもあるだろう。
手のひらから伝わってくるものがある。
――と、言う事は若様も?
そんな期待は無駄に等しいと思った。
どうしたらこんなにお天気も良く、風も心地よく、行き交う人々は親切で気前良いというのに、そこまでしかめっ面が保ってるのかと感心した。
一見遊んでいるように見えるだろうが、あまり変に取り乱しても目立つので
『うちの子、遊びに来てませんか?そうですか、見かけたら広場で待ち合わせと伝えて下さいな』
・・・な〜んてさりげなく捜索中です。
あまり血相変えて大騒ぎすると、誘拐事件にまで発展したら嫌だし。
何?迷子の女の子がいるって?どれどれ・・・?
みたいな不埒な奴いませんように――!!
それにうかうか付いて行きませんように――リューム様!!
女神様とリューム様とに同時に祈りながらの捜索である。
少女の案内で行く商店街の先々からは『おやつ』を渡された。
果物屋のおじちゃんとおばちゃんからは店先で色々と振舞われ、パン屋では『きれっぱし』なる立派な一品を、乾物屋では干した葡萄をとまぁ威勢よく気前よいやり取りが続く。
『リューム、来てませんか?』
『見てないねぇ、会いたいねぇ!元気にしているのかい?』
そんなやり取りを繰り返しては、何の情報も得られないまま『おやつ』だけはいっぱいになって行く。
少女のバスケットのふたも持ち上がるほどだ。しかも1・ロートも払わずじまいで、ありがたいやら申し訳ないやら。
下町っこ同士で遠慮は無礼と知っていても、さすがに気の引ける量である。
このまま行くと、バスケットには収まりきらない――。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
商店街を通り抜け、残るは神殿前の広場だ。
そこに商工会議所もあるようだし、なじみの市も立っているという。
恐らくリューム様はそこにいるハズだ、多分――。
そんな緊張を彼にだけは悟られてはならない。何せアホみたいに勘のいい彼の事だ。
思考をソレいっぱいにでもしようものなら、たちどころに嗅ぎ付けて問い詰められるに決まっているに1000・ロートだ。
(落ち着け、ワタシ!落ち着けぇ〜)
歩幅の全く違う若様は、少女と歩くには無理があったようでサクサク先を歩いている。
よしよし。その調子でお願いします。
ふと気が付けば、傍らの少女が幾分緊張しているように感じた。
先ほどまではゴキゲンで、元気いっぱいに道行く人々に挨拶していたのに。
しまった。もしかして、ワタシめの緊張が伝わってしまったのか?そう思って少女に声を掛けるべく、屈んだ。
「・・・・・・お姉さん。リュームは元気ですか?ちゃんと食べていますか?何か、悲しい目にあってはいませんか?」
「なぜ?」
その時を待ち構えていたかのように、タバサちゃんは小さく小さく切なそうに尋ねて来た。
「お姉さん。リュームの事を大事にしてくれているみたいだから、知っていると思う」
(うん。)
ここはひとつ声は発さず、慎重に頷いて見せた。
「今日が・・・何の日か」
(うん。知ってるよ。だからだね、うん。)
もう頷く事も無く、力を込めて小さな手を握り返して応えた。
すれ違う雑踏もまばらになり始め、日も暮れかかっている。
お夕飯には間に合いそうも無い。
ゆっくり、ゆっくり。タバサちゃんの手を引いて、広場へと向う。
知ってるよ。だから、わざと回り道しながら来たんだよね。私たち。
「うん。でも、もう迎えに行かないと日が暮れちゃう」
「うん。ゆっくり、急ごうか、お姉さん」
こんな会話若様に聞かれた日には、吊るし上げを食うなとは思いますが構いますまい!
先を行く若様の背とは距離を保っているがどうだろう。
もうこれ以上、隠し立てしてもしょうがない気がする。
若様も若様で付き合ってくれていたような、気がしないでもない気の長さだった。
諦めたような、やけっぱちになったような気持ちで追い着く。
広場に入る一歩手前で彼は立ち止まり、振り返って待っている。
「タバサ」
「はい」
あっちゃあぁぁ〜バレてますかね?と突っ伏して嘆きたいワタクシめとは違って、少女は実に潔く思えた。
子供にすら手加減の感じられない眼差しに、面と向き合うだけでもエライと思う。
「いい加減、案内しろ。リュームはどこだ」
「リュームのこと、怒りますか?おにいさん」
「なぜ、タバサが気にする?」
「リューム・・・言ってたから、その、おにいさんに」
少女の両手がぎゅ、と力を込めて縋ってきた。
(かわいそうに。本当はやっぱり、怖いよね。見下ろされてさ、すごまれたらさ)
思わず少女を引き寄せてしまっていた。
「何だ?」
「ど・・・怒鳴られるのも。たっ、叩かれる・のも覚悟の上だって」
堪えきれなくなったのか、少女の瞳からは涙が溢れ出す。
その涙は若様への恐怖からではなくて、リューム様へ寄せた同情のためのもの。
それにはっと胸をつかれたのは、ワタシだけでは無いはずだ。
「リュ、リュームをそんな風にするのなら、案内しません。リュームは帰しません。前みたいに、私たちと一緒にいるのです」
言ったよ。言っちゃったよ。
この子もアレだ。
『覚悟の上』に違いない。
下町っこの結束バンザイ。
さて若様よ、どうするよ?
〜いよいよ、クライマックスかと思われます〜
つ・・・つづきます!