第二十話 シェンテラン家の婚約者候補
『遠慮なく。』
長いです。
『オマケ。』つきです。
広間に戻ったリュームは、ご領主様の『ここで大人しくしていろ』というご命令に従っております。
要は大人しく席に着き、控えているだけです。
椅子に腰掛けながらも気を抜いちゃなりません。
何気に視線は感じるので、淑女とやらのふりを続けています。
一応は公の席だって事を、忘れ去っちゃなりません。
(姿勢を正して―顎を引いて―ゆったりと微笑んで・・・でしたっけ、ニーナ先生?)
それ以外は特にすることも無いので、ぼんやりと広間を眺めておりました。
ルゼ様やフィルガ様にお目通りしたい方はたくさんおられますし、リュームもそうそう長く話し込む訳には行きません。
本日の主役でもある、ご領主様はもちろん外交も兼ねてお忙しいようです。
先ほどからひっきりなしに入れ替わり立ち代り、杯を片手に訪れる方々と談笑されていらっしゃいます。
『俺が許可する者以外とは会釈程度にしておけ。あまり余計な事は話すな』
(はいはい。ようはどもるとみっともないから、笑ってごまかしておけってことでございますね。了解シマシタ。)
ご領主様がご挨拶を許された方々にのみ挨拶すると。それまで、待機っと。
広間の一角に設けられたこの席は軽く避難場所です。
ご領主様も時折り、酔いを醒ますためにか来ては少しだけ座ってお水を飲まれます。
「たいくつか」
「たいくつではありません」
「疲れたか」
「疲れません」
そのような軽いやり取りだけをしながら、リュームはお茶を一緒に少しだけ飲みます。
同じ質問に同じ答え。その繰り返しも三度目にまで及んでいます。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
またしても会話終了。
その後は沈黙。
いやはや。なんともはや。
それくらいしか話すことの無いご領主様とリュームであります。
暗がりから戻ってみると、呆気ないほどいつも通りのワタクシ達の微妙な関係のままです。
何もこの方から甘い態度や言葉を期待するわけでもないのですが、何の説明もされないままなのはいかがなものか、と。
とは思うものの、今ここで自ら下手な質問をして『またしても』言い合いにもつれ込むのは避けたほうがいい展開でしょう。
何より人目もありますしね。
でも訊きたい事はたくさんありマス。
アレとかコレとかソレとか。何だってあんな事を?何故にこんな物を?
後で覚えていろって仰られても、色々ありすぎてもう何が何だか。
う〜あ〜も〜!!たくさんありすぎてまとまりません。
ですからその全てを総じて出る言葉はコレに尽きます。
(何なんですか何なんですか何なのですか!?一体全体、どういうつもりなのですか!まったくもって、もぉぉ〜〜!!)
今はよしとけ、二人の時にしておかないとマズイ気がする・・・・・・。
彼にこの気持ちを矢継ぎ早にまくし立てて、浴びせかけてやりたいものです。
そんな事をしたらどうなってしまうか。予想が付くので今は沈黙を守りましょう、リュームよ!
(早くあちらに戻ってくださればいいのにな・・・苦痛です、この沈黙。まるでご葬儀の最中のようではないですか)
そんな叫びだしたい気持ちを堪えて、大人しくお茶と共に飲み込むリュームです。
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それと入れ替わるようにして、ルゼ様とフィルガ様がいらしゃいます。
「はい、リューム嬢。お邪魔するわよ」
「お邪魔だ何てそんな」
「少し休むわ。貴女はどう?くたびれてはいないかしら?」
「ありがとうございます。ここで大人しくしておりますから、大丈夫ですよ」
「そう。良かった。私は流石に立ちっぱなしはツライものがあるかしらね」
「公爵は飲みすぎなんです」
フィルガ様がお水を注ぎ、すかさずルゼ様に差し出しました。
「付き合いですから。アンタがあまり飲めない代わりに」
「人のせいにして後で後悔しても知りませんよ」
ルゼ様はかなりお強いようです。いつもの事なのでしょう。
フィルガ様も口ではたしなめるものの、無理にでも止めたりはされないようです。
そんなお二人のやり取りに参加させてもらえるのが嬉しくて、リュームは笑ってしまいます。
ルゼ様もにこにこと笑ってくださるものだから、余計に安心してしまいます。
聞かれる内容が同じでも、誰か様に尋ねられるのとは違った受け答えをしてしまうってものでしょう。
「リューム嬢。その首飾りとても似合っているわ。ステキよ」
「あ、ありがとうございます」
「ふふ。さぁて。リューム嬢の笑顔に癒されたところで戻りますか!」
こうしていらしてくれるのも、リュームの事を気遣ってくださるのが目的のようです。
そう感じてしまうのは、おこがましいでしょうか?
そうは思いましたが嬉しくて、自然と笑みがあふれでてしまいます。
今のところ、その三名さまとしかリュームは話すこと以外ありません。
せいぜい、お茶を入れたりお水を注いだりするくらいしか。
皆さんお忙しそうです。
その様子をちょろっと、帳の端から窺います。
あの大きな人だかりの中心にいらっしゃるのは、おそらくご領主様でしょうか?
ここからは人の囲む輪があって、その頭の先の方しか見えませんがそうでしょう。
その輪から一歩距離を置いて見ているご令嬢が、目に飛び込んできました。
(うっわ!すっごいすっごい綺麗な方がいらしたよ!すごーい・すごーい・すごーいっ!!)
この煌びやかな空間に在ってさえ、相当に人目を引きつける存在感は威圧的でさえありました。
リュームご無礼とは承知の上で、思いっきり賞賛の眼差しを送り続けます。
おそらく見渡した限りでは、リュームと同じように釘付けになっている方が数名いらっしゃるようです。
それに乗じてリュームも思う存分見つめ続けようと思います!
体の線に沿った美しいドレスの胸元は切り込み深く、その背の部分も同じように深く、見ていてため息物の妖艶さです。
(『たわわ』・・・そう『たわわ』っていうんですよ、あのお胸元は!!)
惜しげもなく魅せ付けられて、女のリュームですらイチコロです。
こ〜れ〜は〜殿方だったら、イチコロリ。でしょう!間違いなく。
一部を結い上げられた巻きの強い金色の髪は長く、ほっそりとした腰までに届いています。
綺麗に浮き出た鎖骨、なだらかに続く肩の線、しなやかに伸びた両腕。手首には金製の腕輪が輝いています。
彼女のまとう何もかもが一体感をもっていて、しっくりと馴染みよいまとまりがありました。
(うっわ〜もうここまでくると芸術品ですよ)
「!!」
リュームの熱い視線に気が付いたのか、目が合ってしまいました!
じろりと一睨みさたようですが、それすらもステキです。
なんの!ご領主様の睨みに比べたら美人さんの一瞥なんて『なんのその』ですよ!
リューム、感動いたしました。
美人は何をやっても美人のままで、素晴らしく様になるもんですってね。
こっち!こちらを、リュームを見ているようです!
しばらく目が合った後、フンと細い顎をそびやかせて背けられてしまいました。
(晴れ渡った青空みたいな瞳、きれい!リュームのよな、闇色なんて目に映すのも厭わしいと思われたかもしれませんね)
残念です。こういうのをふられた、って言うのかもしれません。思わずうな垂れてしまいました。
「・・・・・・。」
少し疲れたのかもしれません。
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「はじめまして、ジ・リューム・シェンテラン嬢?」
「はぃ?」
俯いたままでいたので、声を掛けられるまでまるで気がつきませんでした。
椅子に腰掛けたまま、聞き覚えの無い声に見上げます。
その声は朗らかで高くありながら落ち着いており、凛とした響きあるものでした。
綺麗なお声です。
「本日はお招きに預かり、光栄でございます。よろしければ少し、ご一緒して構いませんこと?」
うっわぁ!近くで見ると、これまた美人さんです。
さっきの美しい方が、リュームの目の前の椅子に指先を軽く預けておりました。
それすら、絵画の一枚にでもなりそうな構図に見えます。
「!!」
喜んで!
こんなに綺麗な方に誘われちゃいましたよ!
リュームの顔は輝いていた事でしょう。湧き上がる笑みのままに、無言でこくこくと力いっぱい頷いて見せたのでした。
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『ギュルミナ・ハイレジット・ナディン様』
ご令嬢の名乗ってくださったお名前に、リュームは身を乗り出して必死で耳を傾けました。聞き逃すまいとして。
聞き漏らしは無かったとは思うのですが、いかんせん発音となると違います。
「ギョ、ぅミナ様」
「ギュルミナ」
「ギュ、ギュ・・・」
「もういい」
「よくありません。えと、ギュ、ぅミナ様?」
「もういいから、黙って」
「発音むつかしいので、ルミナ様とお呼びしていいですか?リュ、ミナさま!」
「よくない」
「――では・・・しばらくお呼び出来ませんので、練習しておきますね」
「何・・・アナタ。どこかおかしいの?」
「ぇへ。・・・・・・はい。申し訳ございません。お水かお茶をいかがですか、ユミニャ様」
「アナタ・・・本当におかしいのね?」
「?」
「わたくしが何用があってここに来たのか。はっきり言われないとわからない、バカな子だって言っているのよ!」
「はぃ。わかりま・せ・・・」
お茶かお水か。ではなさそげですね。
ぽけっと見れば唇を歪めて睨むギュルミナ様に、荒々しいため息をつかれてしまいました。
「わたくし、貴女のお義兄様の『婚約者』候補よ。一番の。まさか、ご存じない?」
そのまさかです。何て言葉は出さずにおきました。
「そうですか。お話だけは今先ほどお伺い、いたしましたばかりです。ごりょ、しゅさまのご婚約がもうじき整うらしいって」
「そう」
「はい」
「だったら!何だってその首飾りを貴女が身に着けているの?まさか!
ヴィンセイル様から直々に贈られたとか、言い出すんじゃないでしょうね!」
「・・・・・・。」
それも、そのまさかでございますともよ。
何て・・・とてもじゃありませんが、言い出せる雰囲気ではありません。
リュームはこぼしてしまいそうになりながら淹れたお茶を、おずおずと出しました。
まぁ、お茶でも。そんな気分では無いでしょうが。何でしたら、お水でも。どちらでも。
落ち着いてください。
そんな意思表示の現われた行動です。
泣き出しそうなギュルミナ様に、かける言葉が出てこないものですから。
「それはシェンテラン家の女主人の持ち物なのよ?どうして貴女みたいな『カラス娘』が持っているのよ!」
――身の程を知りなさいよ!
ダンッと拳がテーブルを叩き付けました。カップが倒れ、グラスは床に落ちました。
ガッシャン!という破壊音ですらどこか遠くに聞こえます。
リュームは固まってしまって身動きを忘れてしまいました。
驚いてただその振り下ろされるであろう、ギュルミナ様の振り被った手のひらを見上げていました。
ぶたれます。
やっぱり。
身のほど知らずだって・・・・・・。
わかってますよ。
知っていますよ。
ちゃんと。
リュームは目をぎゅむむっと固く閉じて、首をすくめてその時を待ちました。
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「ここで何をしている」
「!!」
だらっと、背中に嫌な感じで汗をかいた気がします。
まごうことなきこの威圧感の主サマは。
『俺が許可した者以外と――。』
はい。ご命令に背きました―!いいつけ破りました―!はい!(心の中で挙手。)それはリュームです!
そんなものこの美人さんの魅力を前に、すっかり忘れ去ってい―ま―し―た―!
「ギュ、ギュ、リュ・メナ様とお話してました」
逃げも隠れもしません。できませんから。恐るおそる目を開けてみました。
「リューム。オマエには訊いていない」
「っぇ?」
「ここで何をしておいででしたか、ギュルミナ嬢?義妹が何かご無礼でも?」
「っ!」
悔しそうです。悔しいと言うよりも苦しそうです。
ギュルミナ様がご自分の右腕を、胸に抱えてらっしゃいます。
「これのどもりや発言がご不快なようでしたら、この義兄が代わってお詫びいたしましょう。義妹は身体が不自由ゆえ、責任は甘やかして育てた俺にあります。よって今後二度と、この義妹は責めないでやっていただきたい」
なんと!ご領主様は言いながら頭を下げられましたよ!
驚く以外、他にありません。リューム、ぽかんと見つめるばかりです。
え・・・!?はい?今、何て仰いましたかね?甘やかすとか、なんちゃら?
(リューム甘やかされた覚えなんてありませんよ!いや、今はそれはおいて置いて・・・!)
掛ける言葉もなく、ただ見守るばかりです。お二人を交互に見つめましたが、無視されました。
お二人のかもし出す妙な空気に挟まれて、リュームはうろたえる位しかできません。
長い、長い、沈黙。
ここだけ別世界のような静けさです。
ほんの数歩行けばその先に、人々の楽しそうな喧騒が溢れているというのにも関わらず。
ギュルミナ様は何も言わず、唇を噛み締めたまま駆け出して行かれてしまいました。
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「ギュ・・・ーミナ様。泣いていました。ごりょしゅさまの婚約者なのに、って、泣いてました。悲しめてはいけません」
「婚約者ではない。『候補』に上がっていただけだ」
「同じ事です」
リュームはギュルミナ様の代わりに、ご領主様を睨んでやりました。
彼女はご領主様の花嫁様になれるって、きっと信じていたに違いありませんから。
同じ女としてリューム、そんな事もわからないなどとは言わせません。
「ご領主さまのせい・・・です。だから、・ュミナさまに嫌われました。かわいそうです、だってこの首飾りは、リュームの持つに相応しくないのにって怒ってました。ギュ・ミナ様は、怒っていたというよりも哀しくてやり切れなかったから、リュームに近付いたのです。それをわからないごりょしゅ様が、ますます、りゅ、ギュミナ様を痛めつけました。ヒドイです。早く、早くコレを返さないといけません、」
大変です。
ルゼ様、ギュルミナ様との今までのやり取りを総合すると、リュームの出した結論は
『早く何とかしないと』です。
慌ててギュルミナ様と同じ方向へ駆け出そうとしました。
追い掛けてどうするのか、何て。考えもしていませんでしたが、とにかくそうせずにはいられませんでした。
それくらいギュルミナ様のご様子は、痛いくらい哀しそうでしたから。
「オマエは!」
すかさずちっと忌々しそうに吐き捨てられて、身体が跳ね上がりました。
「イキナリ駆け出すなと何べん言わせる気だ!」
ガシャリ、グシャリと嫌な音が、足元でしました。
グラスの破片が床に飛び散っているのでしょう。ご領主様が足で払いのけられたようです。
確かに転んだらタダではすみません。
でも今はそれどころでは無くはありませんか?リュームはそう思いますよ。
そして。またしても嫌な体勢ですよ。身体の自由が利きません。
「だ・・・て、早く、早く・・・コレを取って、・ュミナ様に・・・っ、ん!?」
踏ん張りも空しく、二の腕を掴んで引き寄せられ顎も掴み上げられました。
暗がりではないので、もろにその深緑の瞳とぶつかります。
「リューム。もう黙れ」
「黙りませ・・・!」
ん―ん―んん――!!
と今度ばかりは精一杯抗いました。唸るぐらいしか出来ませなんだが、そうしたくもなるってものでしょうよ!
おい。
ここ広間ですよ。
義兄が義妹に明らかに挨拶ではない口付けをしている図って、まずいでしょうがぁぁ!!
『口付け』っていうその言葉の意味に、改めてくらくらしました。
もう、本当にヒドイ。この方はヒドイったらない。
拳を作って振り下ろします。力一杯込めたつもりのそれに、何の威力もないって事くらいわかっちゃいますが!
押し付けられる唇に目を閉じてなるもんか、と必死でまばたきを繰り返します。せわしなく。
瞬くたびに熱い雫が頬を伝います。
あんまりです。だって、あんまりじゃありませんか。
そう唇を封じられた代わりに、訴えを乗せた拳もだんだんと勢いを失いつつあります。
だんだんと深く深く、侵入を許してしまう自分の無力さに腹が立ってきます。
唇をなるたけ引き結んでの必死の抵抗も、ただただ自分が無力と思い知る――空しいだけのものでした。
しまいには、それすらも手首を取られて安々と封じられて。それじゃもうリューム、成す術もないではありませんか。
この帳の隙間、ご領主様の肩越しにギュルミナ様と目が合いました。
信じられないものを見たというような、ギュルミナ様の背けたお顔は今にも泣き出してしまいそう。
見られました。見られてしまいました。
多分ソレがこの方の目的なんだろうと思ったら、また無性に腹が立ってきました。
こんな醜態、人様に見られるなんて恥ずかしくて死にそうです!
泣き出しそうです。喉の奥が引きつれて痛みます。
わけのわからないずきずきした胸の痛みにも、泣けてきます。
でも、もう抗う体力も底を付いた模様です。
(もう、つかれました)
諦めて目を閉じました。そのせいでしょうか?
自分の唇に押し付けられた熱を、余計に感じずにはいられなくなりました。
苦痛です。目を開いていても、こうやって目を閉じていても。
も う な ん だ っ て い い か ら 早 く 解 放 し て く れ な い か な ぁ
リュームは体中の力を放棄して、この責め苦を受け止めるしかありませんでした。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:★『おまけ。』〜十九話目のヴィンセイル〜★:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
このバカの特殊思考回路に『イラつくな』という方が、土台無理がある。
確か先ほど暗がりで、このバカに無体を働いたはずだが。
それすら気にもならないのか。
興奮して何もかも忘れ去っているのか。
何故、またこうも暗がりに引っ張ってくるのか。
ああ、そうだった。コレに警戒心と学習能力いうものは皆無だったなと思い当たる。
シェンテラン家の純粋培養の成果だが、ここまで来ると頭痛のタネだ。それにしても、だ。
(男と暗がりで二人きりになるなと言い聞かせねば解らないのか。オマエはつい先ほどそれを思い知ったはずではなかったのか)
毎度の事ながら、この娘の気は一生知れないと思う瞬間でもある。
裾に行くほど赤味の強くなる衣装は、いつにない装いでその肌の白さを際立たせている。
胸元は装飾が映える様にしろとだけ命じておいたから、その作りだ。
だからといって、何もここまで肌を露出させろとは一言も言っていない。
単にレースの類の飾りは控えろという意味で伝えたのだが。
いらぬ気を働かせる侍女たちですらも、いちいち言わねば伝わらないものなのか。
確かにそこに輝く紅い柘榴石が、はまり込んだかのように落ち着いている。
腰の線に添って流れ落ちるかのような、身体にまとわり付くドレスに明らかに歩き方がぎこちない。
切り込みの深さがある裾は、足を運ぶたびに重ねた薄いシフォンの純白が覗く。
けっして素足をみせぬそれが、かえって余計な男の要らぬ視線を買うと思うと不愉快だった。
靴のかかとの高さもあるのだろう。一足ごとに身体が揺れる。――不自然に。
そのおぼつかなさも手伝ってか、今にも折れてしまいそうな儚さを魅せ付ける。
華奢な肩口は肌が透けて見える、レースのボレロが覆っているだけだ。
それすらも、侍女たちのいらぬ気使いの現われのように思えてならない。
「覚悟しておけ」
「できません」
「リューム」
片腕に抱えた身体のまろやかな感触は、少女から一歩進みつつある確かさがあった。
熱く腫れた唇に、闇に在ってさえ白く浮かび上がる肌も、少し冷えた耳朶も。
なにもかもがなだらかな曲線を描く。
いつの間に全身で誘う事を覚えたのかとも思う。
このまま自室に引きずり込むのはたやすい。
人目につかぬよう育ててきた花を、いきなりへし折る事になるのだとわかってはいても。
それが育ててきた者の特権だと、身勝手な権利を誰にとでも無く主張する。
『ギュルミナさん』
リュームを気に食わない代表、作者の身内。
この子を思う存分罵ってやりたい!!・・・そうで。
よっし。
君がモデルな。
ってなわけで『ギュルミナさん』登場です。
罵りは足りません。
なにせリュームがこの調子ですから、独り相撲になってしまうワケです。
恐ろしいコ!!
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
『すみません』
またかよ。
小話はまた後日!
書きますんで、気が向いたら読んでやってください。
↓
『有言実行』などと自画自賛。もうこれ小話では済まなく・・・『小話★』
「心当たりとは何だ」
ちっ。しつこいな。
ぱかぱか・ぽくぽくと馬二頭の歩みの合間に、再び同じ質問が振られた。
目当ての野菜問屋に、首を横に振られてしまったのだ。
それもあってか先程よりも僅かだが苛立ちを含む声音に、黙秘は到底許されそうもないと悟る。
(まだ・ちょっと・教えてやりたくないな〜リューム様が『ニーナにだけ、教えますね』って言ってくれたんですもの)
そんな思いをおくびに出さず、ワタクシめはふぅっと物憂げにため息を付いて見せた。
「そうですねぇ。後はよく遊びに行ってらしたという、双子のお友達の所とか。よく面倒見てくれていたらしい商店街のご一家の所とか。神殿前広場の市場のおじちゃん・おばちゃんの所とか。商工会連盟の皆さんのところとか?」
「そんなにあるのか」
本当はまだまだある。だがこれくらいでいいだろうという判断から、口を噤む。
「リューム様まだ幼いですし。あのかわいらしさに加えて、お父様を亡くされてお母様の為に奮闘するいじらしさでしょう?誰だって面倒見たくなると思いますよ?それに、ここの下町っこ達の結束は固〜い・絆で結ばれているものです」
あら?知らなかったんですか?
とでもいうような眼差しを若様に送る。
これで満足して黙ってくださいよ、とも祈りながら。
これでも充分、納得の行く情報と思われる。
恐らくどころか確実なまでに、このニーナに向って見せてくれる少女の顔はこの若様には向けられたためしなど無いだろう。
何気にアアタ様より少女の信頼を頂いちゃってる事を、さりげなくもしっかりと自慢。
それくらいしか、これ以上の質問をやり過ごす方法を思いつかなかった。
「・・・それより。何だって若様が一番にリューム様の書置きを見付けたのかが、このニーナには少し謎です」
そう。曲がりなりにも少女の部屋に勝手に入ったのか、この人。
いっくら義兄という立場でも、その一線は大事でしょう。
自分の弟だったら思いっきり詰め寄ってやるのだが。
いくら自分よりも年下とは言え、彼にはそうもいかない。
所詮自分はただの侍女である。そこら辺はわきまえているが、ここはハッキリさせておきたいのだ。
「今日は領主夫妻が不在だろう。だから面倒を見るようにと言われた」
「ちなみにどなたに?」
「父だ」
「・・・・・・。」
いい加減に歩み寄れと。
そんな所だろうか。
「昨夜呼ばれて、何かと思えばそんな話だ。リュームにも伝えておくから、昼からは空けておくようにと」
「お迎えに行ってみたら返事が無い、と?」
そりゃ、不審に思って部屋に入るわ。まぁ、許しましょう。一人で仕方なく頷く。
「そうだ。俺からも仕方が無いから遠乗りにでも連れていってやる、と朝食の席で伝えておいたのもかかわらず、だ」
(『仕方が無いから』だとぉ〜!)
ちょ、ちょっと、待ってクダサイよぉぉ!!
そのやり取りも、この書置きを決心させるのに後押しとなったはずだって気が付こうよ!
そんな風に言われたら、誰だって逃げ出したくなるわ!!
叫びたい。叫ぶわけにはいかない自分がもどかしい。
「何だ?」
ぽくぽく・ぱかぱか・ぽくぽく。
お馬さんたちの蹄の音が心地良い。
その音に慰めを求めているワタクシめは、脱力しきったタダの侍女でございます。ええ。
「取りあえず〜一箇所ずつ・・・尋ねて歩きましょうか」
それしかない。
最終手段は、まだ取らなくてもいいと思う。
下町っこの根性を舐めては行けない。
ワタクシめも、リューム様も含めて。
少女は無事だ。多分、目的あっての犯行だと思うから。
「アレは本当にわからん」
アンタもな。
リューム様の代わりにつっこんでおいた。
気に入らないわけは・・・ないか。
こうやってわざわざ自ら馬飛ばしてくるくらいだしな。
――そんなワケで。
自分で言った心当たりを順番に回ることになりましたんですよ、リューム様。