第十九話 シェンテラン家の宴の席
『最近また長すぎ。』
――身内からの注意事項でした。
すみません。休憩はさまれながら、どうぞです!
扉の向こうに人々の熱気を感じて、すは、と一つ深く息を吸い込みました。
取られた手を無言のまま高く持ち上げられ、いざ祝賀の場へと促がされます。
うやうやしくも開け放たれた、扉の向こうは煌びやかな広間のホールです。
広間自体の装飾も灯かりもさることながら、着飾った人々の華やかな群れに夜だという事を忘れてしまいそうになります。
金に銀に深緑に紅に純白・・・・・・。
それは人々の持つ色味に装いによる、色彩の洪水です。
『その中に紛れ込んだ闇色のカラス娘が一羽。』
聞こえやしないはずの幻聴に、思わずしり込みしてしまいます。
目の前に飛び込んできた華やかな光景に、目がちかちかして忙しなくまばたきを繰り返しました。
「お待たせして申し訳ありません。公爵殿」
ご領主様の言葉に我に返り、取ってつけたように頭を下げます。
一瞬の後のどよめきが、さざめきに変るまで頭を垂れておりました。
「まぁ。これはまた艶やかなお姿です事、リューム嬢!待ったかいがあったというものです。どうぞこちらへいらしてね?」
これまた鮮やかな深緑の装いのルゼ様が椅子から立ち上がると、両手を広げて迎えてくださいました。
「は。」
答えたのは、胸に手を当てて礼をとるご領主様です。
リュームはといえば、慌てて小さく頷くばかりでした。そんなリュームの肩に腕を回すと、ご領主様はルゼ様へと進みます。
・・・っととと。
足が上手く運べずよろけました。その途端、しやらんらと飾りの軽やかな音色が届きます。
会場のあちこちからも、人々のひそめた笑い声が上がったようです。
それもそのはず。ほとんど強制的に連れられてる上、歩幅というものが違うのですから。
しかし倒れこむ事は、このばか力の腕が許してはくれないようです。
な、なんでしょうか。
近い、近すぎですよ、この方!
た す け て
視線を泳がせると、ミゼル様と目が合いました。うう、ミゼル様。
『鞘』の役割って何でしょうかね?
ただの『了承人』とか『立会人』でいいと思うんですけどね?
すがるように、ミゼル様を見つめましたが・・・・・・。
なぜ、無言で首を横に振るのですかミゼル様?
え?不正解?
そしてその『信じられない』とでもいいたげな、眼差しをくれるのですか。ミゼル様!
(――って、アレ?リュームじゃなくて?)
ミゼル様の視線が、少し上にずれているのに気がつきます。
「・・・・・・。」
ごりょう・・・ヴィンセイル様よ。
何だってそんなイジワルそうに、勝ち誇ったかのように唇の端を持ち上げてらっしゃるんでしょうかね?
本当にこの方はミゼル様に対しては、大人気ないというか。
(まぁ・・・お二人は気心も知れた仲でしょうし、仲良しだな。・・・ちぇ)
ん?
『ちぇ』?って何ですか、リュームよ?
まぁ今は突き詰めて考えず、さらりと流すに限りますけど。
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「リューム嬢。今日は『約束』をありがとう。とても素晴らしかったわ」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「ふふ。それにダグレスも貴女を相当気に入ったらしいわ。公爵家に遊びにいらっしゃいな」
「は、はい――よろこ・・・」
「お言葉ですが公爵殿。コレは身体も弱く、公爵家の方々に迷惑を掛ける事になるかと」
すかさずご領主様のダメだしです。早っ!
「あらま。なら『保護者の方』が付いてきて下さるのなら、構わないかしら?貴方も一度はいらしていただきたい。
それに――。シェンテラン家の婚姻の件についてもご報告願いたいわ」
「はい。いずれ近いうちに」
ご領主様、やっぱりそろそろご縁談がまとまるようです。
その時は公爵家にご挨拶に行って、公爵様のご了承を得ないといけないそうですから。
「ですってよ、リューム嬢?近いうちにまた、お会いしましょうね。ささやかながら歓迎の席を設けますからね。楽しみだ事!」
急に話をふられて、慌てて杯から唇を離しました。
「は・はい?え、と。ありがとうございます。あの、りゅ・・・わたくしもですか?」
どうやらご領主様の婚礼が整った際には、お祝いをして下さるようです。
その席にはリュームも一応は身内として、ご招待に預かったようです。
リュームはお留守番でいい気がしますが・・・そんな疑問が言葉ににじみ出てしまったようです。
ルゼ様とフィルガ様は優しいながらも、困ったように微笑まれました。
「いやね。うん・・・その。まだもうちょっと先になりそうかな、リューム嬢?」
「?」
「わからないままでいさせてあげたいような。保護者殿にはがんばってもらいたいような〜・・・ねぇ、フィルガ?」
「俺にふらないで下さい」
「?」
ルゼ様のお言葉は、やっぱり謎かけ遊びのようです。
困ったのでそろりとご領主様をうかがいましたが、やっぱりきっぱりと無視されたのでした。
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ルゼ様もフィルガ様も流石の貫禄です。
勧められたお酒を優雅にグラスに注いでもらう様、給仕のみなとのやり取りまでもが洗練されています!
当たり前のようにもてなしを受けている様が、リュームのような庶民の心の持ち合わせしかない者には眩しいです。
リュームときたら、この場にふさわしく在ろうとか何とか。はっきり言ってそれどころじゃありません。
『こんな華やかな場に出席していていいのか?』
『こんなに派手な装いをしていてバチが当たらないか?』
『こんなに目立つ首飾りをしていては誰かに何か言われやしないか?』
――などなど要約すると『思いっきり場違いなんですけど?リューム、大丈夫?』という想いでいっぱい・いっぱいです。
「まぁ、リューム嬢!お顔の色が優れないわ。大丈夫?」
先ほどからお酒を召し上がられているせいでしょうか。ほんのりと頬を朱に染めたルゼ様に覗き込まれました。
「あ、の。少しだけ暑くて・・・疲れてしまったみたいです」
少し所か、疲労度はかつてないほど最高峰ですけどね!
そんなこと言える訳がありませんので、黙っておきます。ええ。
できるだけ視線を遠ーくの方にさ迷わせてみるくらいに、留めておきますね。自分の、今後の為に。
少しだけ、外の空気を吸ってきます――。
そう、さりげな〜く退室を試みたリュームの肩をご領主様が掴みました。
ちぃ!
一人に
一人に
して下さいよ!
そっと
しておいて下さいよ!
・・・いいえ。
いいえぇ?
ちょうどいい。
今すぐ、話をはっきりさせておいた方がいいに決まっています。事は一刻を争うものと判定しましたよ、リューム。
うやむやにしておいては、敵の思うツボってやつですっ!これ!
淑女の仮面を素早くかぶって、しおらしくご領主様の腕にしなだれかかってみましたよ。
すごい。リューム、計算高い女の人みたいではないですか!
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よしよし。中庭に出ました。まんまと暗がり二人きりです。ぃよっし!
リュームはがばっと、ご領主様に向き合うと彼の上着に掴みかかりました。
もう少し背が高ければ、その胸倉に掴みかかっていた事でしょう。
いかんせん、身長が足りないので。まぁ・このくらいで――せいぜい胴回りくらいで。許して差し上げますよ。
「なっ、ちょ、・・・しょ、!!」
「何が言いたい」
何なのですか・ちょっと・正気ですかと問いかけているんですよ。
こんな時だけ察しの悪い振りするな、でございますよ。
気分は『そこへ直れ!』ですよ!
「こ・れ!お返しぃた・ます!」
「返品不可だ」
「なぜっ!?これはご領主様の、ご婚約者様に差し上げるべきです!」
そうです!こんな厄介なものリュームに寄こさないで下さいよ。
またいらない嫉妬を買うのはリュームなんですからね!迷惑です。嫌がらせ反対!
むきぃっと癇癪を起こしかけております、リューム。
いいながら外そうと、止め具を探して悪戦苦闘。
――暗くて見えづらいし。・・・取れないし。
「〜〜〜〜〜!!」
本当は物が物でなければ引きちぎり、かなぐり捨ててやってますともよ!
もし目の前にテーブルがあったら、ひっくり返してやりましょうぞ。
ええ、出来もしませんが、心意気だけはそんな調子ですよ。ぜぇはぁ。
まるで小ばかにするかのように、飾りの雫がしゃん・しゃん・しゃらりらとはやし立てます。
「オマエ・・・あまり図に乗るなよ?後で思い知らせるぞ」
その一言で、ぴたっと動きを止めてしまった自分が情けない。条件反射に違いない。
そう自分を慰めると思考を切り替え、素早く自分を立て直します。
脅しだって何のその!リューム、歯を食いしばって見せました。
な・・・なにをぉって意気込みだけはどなたか買ってやって下さい。
見下ろす、威圧感たっぷりの彼と睨み合います。
「・・・・・・。」
しまった。
怒りに我を忘れちゃなりません、ね。
気がついたときはもう遅かったです。
『暗がりで二人きりは危険』とさっき、あれほど思い知ったばかりではなかったのですか?リュームよ?
両肩はがっちりと、上から押さえつけられておりましてゴザイマス。
先に立たないそれを、人は後悔と呼ぶのです。
びくびくと彼の動きに怯える自分にムカつきます。
「リューム・・・」
そう名を呼ばれると、彼の唇がリュームの左耳に近づけられました。
「ぃ・やっ!」
身を捩りましたがまたしても、せいぜい首をすくめる事が出来たくらいです。
似 合 っ て い る ぞ
そう張り詰めたように低めた声で囁かれた直後、耳朶をちりりと小さく焼けたような痛みが走りました。
「っ・ぁ、痛っ」
瞬間何が起こったか理解できませんでしたが、今度はもっと加減してゆっくりと。
彼の唇がリュームの耳たぶに触れています。
――噛まれた!!
それはたいした痛みでは無かったはずなのに、とても痛かったのです。
痛いというのは『熱い』というのと、さして変らぬものだとも感じました。
噛まれた耳よりも、何よりも。熱を訴えてくるのは先ほどと同じく、体の奥の深い部分。
(〜〜〜いや・いや・いや!離れてっ!)
そんな意思表示も込めて顔を精一杯背け、右手で突っぱねます。
「後でな、リューム」
の・・・望むところデスよ!!とは、伝えずにおきます。
言ったら最後、揚げ足を取られる形で望まない方向へと突っ走る事でしょうから。この方。ええ。
要はだんまりを決め込むしかないリュームです。
たまらず、左耳を押さえ込みました。
そのまま、一気に彼の側をすり抜けると駆け抜けました。
逃げましょう!それがいい!暗闇なんかにいちゃ、ろくな目に遭いません。
常日頃――。館内行き倒れ起こすほどがんばって鍛えた脚力を、今使わずにいつ使うのでしょうか!
それぃっ!っと心の中では威勢よく叫んだと同時に、駆け出しましてございます。
改めて健康万歳。エキよ、ありがとう。それではっ!
リューム、お先に公爵様たちの所に戻ります。
って、勢いもそこまででした。
あっと思ったときはもう遅い。見事なまでに前のめり。
ドレスの裾が長かったのが、命取りだったようです。
早すぎやしませんか!
リュームの脚力お披露目時間といい、この方の行動の機敏さといい。
気がつけばお腹周りを、後ろからがっちりと固定されておりました。
お約束過ぎでしょう。誰かの陰謀でしょうか。ドレスの裾に靴に仕掛けか、地面に罠でも?
あわわ。またしてもリュームの大嫌いな浮遊感に苦しみます。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
「だからオマエはどうしてそう挙動不審なんだ」
ぐいっと引き寄せられた後、今度は後ろに押されました。
またしてもおぼつかなくなった足元に驚く間もなく、背中を大きな腕が支えている体勢に星空を仰ぎ見ます。
何でしょう。また、この格好。
抱えられたまま、おでこをぺしんとひとつ叩かれました。
「いいかこの次館内で、転倒および行き倒れなど起こしてみろ。――わかっているのか?
そもそもオマエは自覚というものが足りなすぎる。
脆弱な身のクセに急に駆け出すなと、何べん言わせれば気が済む・・・聞いているのか?」
呆れたようなため息と共に、何度繰り返されたか知れないお小言の羅列が連なります。
いいえ。
聞きたくないので聞き流すように、全然関係ない事を考えるように努めています。何て言えるわけがありません。
「リューム。ちゃんと答えろ」
「聞いてませ・でした」
「貴様」
「リュームを挙動不審にするのは、いつだて・ごりょしゅ様の『不可解な言動』です・・・・・・!」
言った!!言いましたよ!!今日のリューム、すごい!!
「いい度胸だな。後で仕置く」
「なんでしたら今すぐどうぞ」
「オマエは。」
「今ぶつと赤く痕が付いてみっともないから?だから後で?」
「・・・・・・オマエが泣いて最低二日は寝込むと踏んでいるからだ」
「っ、!?・・・ぅえっく」
「泣くな。まだ冗談だ」
「?」
「まだ、な。だが覚悟はしておけ」
「できません」
「リューム」
そんなかみ合っているとは到底思えないやり取りをしながら、広間へと抱えられて戻ったのでした。
ち・・・ちぃえぇえええ――っだ!
(仮)『計算高いか?リューム。』
そして、アンタ、なにそのあっさり具合。
もう、ちょいっと動揺して見せろ。
作者のいつもながらの突っ込みでした。
『小話とは別に』〜舞台裏〜
『責任者、出てくるように』
「リューム様のお色気、全開すぎ」
「誰。あのデザイン考えたのは」
「誰。あの化粧に髪型させたのは」
「「「・・・私らじゃん」」」
「もう、危うさ全開。やばいのでは」
「ニーナ?な、何で涙ぐんでるのよっ」
「・・・今日は飲もう。後で、ご相伴に預かろう」
「何の酒の席ですか、ニーナ?」
「もしかして・・・ああ〜ついに?ぱくっとくらいはいかれちゃいましたか、リューム様・・・」
「も〜黙ってよ!」
まだ、宴は終わらない。私らの仕事も。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
『どうでも*小話〜午後の捜索隊』
ご勘弁願いたい。
色々と。
何だってこの方が第一発見者?
いつもはわざとらしいくらい、構わないようにしているくせに〜さ〜?
おかげさまで、私は気まずく二人で連れ立つはめに。
馬を飛ばしてやってきました、市場へと。
とりあえず出入り業者さんのところを目指しております。
「心当たりとは何だ、ニーナ?」
「そりゃ〜・・・」
言いよどむ。
言いたくない。
だって、この方に少女とのやり取りを教えるのも、何だかリューム様に悪い気がする。
「・・・もとのおうちとか?」
「何だその間の長さは」
ちっ。
流石に察しがいいですね、若様。
「若様こそ、お心当たりがあるのでは?」
「ない。」
そうですか。
会話終了!
早い所見つかって欲しいような。
・・・そうでもないような。
とにかくリューム様!
「知らない人について行ってませんように〜〜〜!!!」
全力で女神様に祈った。