第十七話 シェンテラン家の暗がりで
『お叱りは』 覚悟の上でございます。
ダグレスダグレスお利口さん♪
まっくろ毛並のかわいこさん♪
まっかなお目目は紅珊瑚
ダグレスの歌なるのもは自作です。リュームくつろぎ切って、のん気に歌を作って遊んでいました。
””我を称える歌か。それはいいがセンスはまったく無いな、リュームよ””
ダグレスはまた応える様に、身体をすり寄せてきます。
おお!どうやら好評のようですので、はりきって続けますよ。
ダグレスダグレス甘えっこさん♪
おっきな体の甘えっこさん
しっぽはふさふさもっふもふ♪
ダグレスにも『ちゅう』っとその見事な毛並に唇を押し当ててみたり。
ダグレスはくすぐったいのか、耳を前後に動かしました。
でもそれ以外は大人しく、リュームに抱っこされてくれています。
しかもその傍らに、ミゼル様も一緒に寄りかかっています。
部屋に遊びに来てくれたダグレスはすぐ、どっかりとリュームの方へと身体を投げ出してきたのです。
おや、さっそく抱っこですか。あまえっこですね〜と撫でてあげていましたら、ミゼル様も無言で抱きついてきました。
おや、こちらにも甘えっこさんが!というワケでリューム、只今身動きが取れません。
少女と獣様を両方同時に抱っこしていますから。
うふふふ〜とゴキゲンで、次はミゼル様の歌でもと思った時です。
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バンっと!!――これまた勢い良く扉が開きました。
もう驚きませんよ、と思ったリュームでしたが・・・。
ヅカヅカと荒々しい靴音が近付きます。
ええ―――っと、デスネ。
何やら背後からただならぬ威圧感が、近付いてきていますが何事でしょうかっ!?
リューム、振り返ることが出来ません。
その嫌でも身に覚えのある重圧感を漂わせる方、一人しか知りません。
いや!恐れるな、リュームっ
何を引け目に感じる必要があるものですか。
ちゃんと部屋から出ていないですし、何も悪い事はしていないはず!
だ、だから。多分、大丈夫なハズ。
ぎゅうっとダグレスとミゼル様を強く抱きしめました。
「リューム。ダグレスから離れろと言ったはずだ」
そこ?お怒りの点はそこ?そ、それですか!それは先ほどの話では?
リューム意外な禁止事項に驚いて、不機嫌のかたまり様を見上げます。
””ふっ。遅かったな、若領主””
「いいじゃない、ヴィンセイル様。このコ大人しいわ!」
そうでしょ、そうでしょ、ミゼル様!ねっ!いいこですよね!悪い事しませんよね?
ダグレスとミゼル様という心強い味方を、抱きしめているリュームはちょっと強気ですからね。
そのミゼル様の言葉に、こくこくと頷きます。
「リューム」
「・・・・・・ぃや。」
名を呼ばれたと同時に、ふるふると首を横に振っていました。
あ。また、部屋の温度が下がりました模様。
リューム、胸に抱えたふたつのぬくもりに縋ります。
「ミゼルード。こんな所で遊んでいる暇があるなら、おまえも宴に顔を出しておけ」
ご領主様は腕を組んで、顎をしゃくりました。
「リュームを迎えに来たのよ。それに遊んでなんていない。見てよ!良い出来ばえでしょ?」
「おおかた、ほとんどがニーナの手腕だろう」
「本当に素直じゃないんだから!」
「ミゼル」
「わかりましたわ。行きましょう、ダグレス。私たちは野暮よ」
””ふふ。金の髪の娘は、なぜこうも揃いも揃って『小生意気』なのだろうな?面白い””
「なぁに、ダグレス?何か言いたそうね。残念だけど私にはわからないわ。
公爵様たちなら解るのよね?通訳してもらうわよ!」
””多分どころか確実に脚色されるから、無駄だ””
「まぁ本心をそのまま教えてくれるとも思えないけれども、仕方が無いわ。
だいたいアナタが考えてる事くらい、わかるわよ?今、私ではない誰かと私を重ね見たわね?白状なさいな」
””フン。やはり金の髪を持つ娘は小賢しい””
ダグレスは一瞬、リュームの頬に鼻先を押し付けました。
続けざまにべろりと盛大に舐められて、リュームの顔が傾きます。
どうやらダグレスからお返しの『ちゅう』のようです。
””おお、見てみろミゼル。この若者の目つき!我を射殺さんばかりだぞ!””
「う――ん。アナタって・・・かなり『イイ性格』しているみたいねぇ、ダグレス。気が合いそうだわ」
ミゼル様はそんなダグレスの首に抱きつくようにして、一緒に立ち上がりました。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
リュームは未練がましく、お二人に向って両手を広げたままで見上げます。
「ミゼル様?ダグレス?」
「リューム・・・広間でね。先に行っているわ。大丈夫よ、アナタ――『綺麗』だわ」
「ミゼル様?リュームは今日はもう、」
部屋から出てはいけないのですよ、という言葉は続きませんでした。
「立て、リューム。行くぞ」
(どこにでしょうか?)
ずっと座っていたので足が痺れてしまいました。それでも、命じられたのですから仕方がありません。
顔をしかめながら、のろのろと立ち上がります。
「ニーナ。この首飾りは外させろ。それと何か羽織るものを用意してやれ」
「はい。さ、リューム様」
リュームがのったらのったら、立ち上がろうとしている間にもう、テキパキと何もかも進んでいくようでした。
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部屋から一歩出てみれば、辺りはもう真っ暗でした。
何て今日は時間が経つのが早いのでしょうか。
やっぱり、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうようです。
また転ばないように裾をたくし上げながら、手を引かれて進んでおります。
『引かれている』というよりも、『引っ張られている』と表現する方が相応しいと思われます。
このまま転びでもしたら、ずるずる引き摺られてしまうことでしょう。それは何としても避けたいので必死です。
「あ、の?ご領主様?」
「ヴィンセイル・シェンテラン」
肩越しに振り返るご領主様に、そう訂正されました。
「え・・・はい?」
「ヴィンセイル。ちゃんと呼べるようにしておけ」
「ヴィン・・・?」
繰り返そうとしたその時、口の中にある違和感に顔をしかめます。
ぐもぐもと口を動かし、唇に手を当てました。
「なんだ。どうかしたのか?」
立ち止まられて、リュームは少し前のめりになりました。
転ばないようにと気遣ってくださったのか、向かい合わせに肩を支えられます。
「口の中に、何かが・・・糸?髪の毛?」
小さく舌先で感じる細長いそれは、そのような感触でした。不快過ぎるまでも無いけれども、気になりました。
ぺっと引っ張り出すとそれは、真っ黒で短い『毛』が三本ほど出てきました。
「あ〜・・・ダグレスの毛のようです。食べちゃってました」
指先にリュームの唾液で濡れた毛をつまみます。
「何?」
「ですから、ダグレスの。さっき『ちゅう』ってしたから」
「――・・・・・・。」
「!?」
な、なぜに?なぜにまたこのような冷気をかもし出すのですか!そこの、リュームの手を引くお方っ!!
何故にっ!?
だんだん・・・だんだん、だんだん・・・リュームもムカムカしてきました。わけのわからなさに。
(せっかく、せっかくミゼル様と楽しく過ごしていたのにっ!ダグレスも遊びに来てくれたのにっ!)
この方に対する苛立ちもそうですが、結局はいつも怯えてしまって情けない自分自身にもです。
「ダグレス、遊びに来てくれた・から。抱っこしてって甘えてきて、かわいかったのに」
掴まれた右手首を引き抜こうと、腰を落として力を込めてみました。びくともしません。
ますます、ムカムカムカムカしてきました。
「ミゼル様とも一緒に、抱っこして。ぎゅぅってして、たのに。いきなりっ、」
そこをご領主様がいきなり来て、ダメだっていうから悪いのです。
相変らずリュームの手首は、がっちり固定されてビクともしません。でも負けていられません。なるものですか。
「ご、ごりよ、ごりょしゅ・ぁま何てっ、」
き ら い
そう小さく呟いた途端、視界は半回転。後、ものすごい勢いで引っ張り上げられたせいで浮遊感まで味わっておりました。
気が付けば――。背に伝わるひいんやりとした石作りの壁に、身を預けている始末です。
おぃ・・・?おいぃ、またか。またですか、またですよ。
リュームよ相変らず学習能力は持ち合せていないんだな?ああ、そのようですよ!
と嫌に冷静に突っ込むリュームに、誰か突っ込んでみて下さい。
ここは中庭を望む通路を突っ切り終わり、本館へと続く屋根付きの場所でゴザイマス。
おりしもリュームがそう日も経っていない半月前ほどに、目をまわしたいわく付きの場所でございますよ。
きっとリュームにとって、ケチが付いている場所に違いありません!!ええ!!(やけっぱち。)
しかもここは離れとの境目という事もありましてですね〜。
通行人も少なくてですねぇ、要は・・・人目もなかなか無いんですよ。
加えて言いましょう、悪条件の数々を!
ここはですね『暗い』のです。薄暗い何ていう甘ったるい表現じゃ追いつきません。
何せ人通りも少ない場と有れば、そうそう灯かりも必要ないでしょうと判断されて当然です。
回廊の向こう側に広間が近いせいでしょう、灯かりがいつもよりも多く用意されたようで、僅かながらもほのかに明かりが届きます。
それも今日のような華やかな日であればこそ。それが以外に仇になってしまっている感じです!
その分、この暗闇を濃く感じずにはおられません。
かろうじて届く明かりは、足元をおぼろげに浮かばせるほどの威力しかありません。
もちろん、ご領主様の表情は見えません。
それがいいのか、悪いのか。まあ怖い目が見えない分、少しは休まる気もしませんけれども、一概に判断はできません。
見えない分余計に、圧するがごとき気配をひっしひしと感じてしまうリュームは圧死寸前でしょう。
気配で人が殺せるのか、などというツッコミはもはや受け付けません。
リューム、こうして実際に息継ぎすらままならないほど、口をぱくぱくいわせておりますからね。
うっとさすがに息が詰まりましたが、想いは言葉となって留まる事を知りませなんだ
「ご領主様がリュームのこと大嫌いだってこと、ちゃんと知っています。
ただの大荷物だって思っていることも。恥だって思っていることも。
カラスの、リュームの何もかもがお気に召さない事も!」
ぜはっと息を吸い込んで続けます。
気が付けば両手はがっちり掴まれて、壁に押し付けられていましたが構わずに続けました。
真っ暗闇の中、かろうじて掴めるだけの輪郭に向います。
息も触れそうな距離ですが、かのご領主様の視線にいたぶられる事もない闇の中。ここぞとばかりに続けます。
「だから!だから、今すぐにでもどなた様にか『押し付ければいい』と思います。
嫁に出すなり、養子に出すなりされればよろしいのです。
リューム、いい加減ご領主様のお心に平穏をお約束したいのです。
『カラス』のこの見てくれ。取り様によっては物珍しくも取れなくもありませんでしょう。
歌うカラスとして、もしかしたら誰かおもしろがって・・・・・・」
「もういいから黙れ」
リュームの訴えは舌打ちと共に、途中で遮られました。
「黙りません!だって、リュームのせぃ・せいでごりょうしゅさま、おくがたさまを
おむかえになるのをためらっているって・・・!」
――お聞きしてしまいました、何て言葉はかろうじて飲み込みましたよ。
本当に腹立たしい!そこまでお荷物の自分がです。早い所何とかしたい。何とかしないと。
そのために『自立と掲げた旗』振ってしまったこと、リュームは忘れちゃいませんよ。
人様の人生にまで食い込むリュームという存在は、どうにかしたいのです。
冗談じゃありません、本当に終わらせてやるというのが目下の目標。
ぶれる事も無く、その一点は変わらない自分に少し驚きました。
いい根性してるな、腐ってるだけじゃないな。それならば捨てたものじゃないと、少しは自画自賛です。
息も荒く・・・荒々しく肩を上下させている自分に気が付きました。
(ああ)
やっと告げることが出来ました。
怒りという勢いに任せてしまいましたが、それもいいでしょう。
ああ・・・やっと。
伝えられた満足感が広がると同時に、この胸を詰まらせるものの正体は何でしょう?
面倒です。面倒だから、見ないふりを決め込むに限ります。
部屋で大人しくしていても、怒られる。
言いつけを守っていても、この方の心ひとつでリュームは量られるのです。
そこまで嫌われているのならば、いっそ清清しくって仕方がありません。
心のどこかでまだ幾らかの情を期待していなかったか、と訊かれたら癪ですが頷くしかありません。
ですがもう、何をやっても気に入られる事はないだろう。
むしろ、何をしても気に入らないのだろうという確信にしか行き当たりません。
リュームはもう・・・変れそうもないですからね。
諦めます。
・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。:*:・。:*:・。・:*:・。・
「ご、りょう・しゅさま。もう終わりにしませんか?」
――こんな関係。
(仮)『嫉妬のご領主』〜ぐずるリュームに切れる(寸前)ヴィンセイル。
秒読み開始。5 4 3 2 1 0っとなりました後は、次回に持ち越し。
またか!またなのか、と自分に思わず突っ込む作者です。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
『おいおい。これもう、別物にして書いたほうが良いだろうよ★小話で済まなくなりつつある小話。』
少女がこの館に来てから、早いもので八ヶ月が過ぎていた。
最初は不安な始まりだったが、どうやら皆それぞれ落ち着いてきたように思う。
新しく迎えられた奥方様にも少女にも言えることだが、それを迎えた館の皆の方もだ。
寄るともう『新しい奥方様は〜』だの『リュームお嬢さまは〜』だの。
いい事も悪い事も含めて噂される話の数々が、好意的に締めくくられるようになってきたのがその証拠だろう。
いい傾向だ。
私も女の子の世話をするのは楽しい。
何より少女に頼られているのがわかるから、余計に。
『ニーナへ。いつもありがとう』
と書かれた手紙を貰ったときは、侍女冥利に尽きると思った。
嬉しくて思わず少女の頭をなで過ぎて、ぼさぼさにしてしまったのも記憶に新しいワタクシ目である。
(これ・・・自慢しようっと)
誰に?決まっている!
そりゃあもう、色々と方々に。
★ ☆ ☆ ★
「なあに?ニーナったら、さっきからごきげんねぇ?」
「ふふふふふふふ!ゴキゲンですともよ!」
「何?なになにな〜に?」
「あのね」
女同士が集まっての休憩時間というものは、とにもかくにもこんな調子でかしましい。
まぁ、今その中心は間違いなく自分だが。
「あのね、見てよ、これ!」
そう、おもむろに手紙を開きかけたその時。
「ニーナ!!いるか!!」
「はい!ここです。どうされましたか、バルハートさん?」
「いいから、来なさい」
うぉっと。何かやらかしたか私?
アレとか?コレとか?いや、アレの事か?
等と内心冷や汗をたらたらタラシながら、呼ばれて行った。
「ニーナ・・・コレが。リューム様のお部屋に」
バルハートさんが沈痛な面持ちで取り出したソレは、手紙だった。
「見ていいんですか?」
「かまわない」
何だよ、バルハートさん?
誰かから不幸の手紙でも貰ったのか。それとも?
滅多に無い彼の様子に戸惑いながら、目を通すために恐るおそる開いてみた。
『ちょっと おでかけしてきます。
お夕食までには もどります』
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
この見覚えのある、可愛らしい文字は。
まさか。
おぃ、そのまさかなのか!!
「バ、バルハートさん!コレはっ、もしかしなくてもこれはっ!?」
「――リューム様だ」
今思い返してみても、この時ほど『寿命が縮んだ』と思ったことはありませんでした――。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
つづく。