第十六話 シェンテラン家で人形遊び
またしても仮タイトルから逸れまくりの十六話。
まだ十六話。 もう十六話。
聞き分けろ。
そう命じられては黙るしかありません。
本当は聞き分けたりなんてしたくありませんでした。
もっと、ダグレスと一緒にいたかったのに。
せっかく、こんなみっともない子のリュームでも『気に入った』と言ってくれたのです。
そんな事言われたの、初めてだったからすごく嬉しかったです。
しかも髪と目の色と、ダグレスの毛並がおそろいだとまでしてくれたのです。
黒猫のエキに、闇をまとう獣のダグレスに、カラスのリューム。
それくらいです。リュームが知っている『黒い毛並のコ』なんて。
突然その優しいぬくもりから引き剥がされて、寂しくなってきました。
「リューム。オマエの勤めはもう済んだ。部屋に戻れ。今日はもう出歩くな」
「・・・・・・はぃ」
絞り出すように小さく返事をするのが精一杯でした。
「それはご命令ですか?」
「そうだ」
「はい」
ご命令ならば仕方がありません。大人しく従うのみです。逆らう事は許されません。
式典の後の祝賀会はどうやら、出席させてはもらえないようです。
(どうしよう、ニーナ達があんなに張り切って祝賀会用にって、ドレスを作ってくれたのに・・・無駄になってしまいました。
ごめんなさい。やっぱり、余計な事したからご領主様に呆れられたみたいです)
申し訳なく思いながらも、どこかほっとしてしまいました。
終わったのです。
もうこれで、ご領主様と一緒に行動する日々は終わりを告げたのです。
よかったよかった。
これからまた、なるべくこの方の目の前に出ないようにしましょう。
そうしましょう。
(出来ればまた今夜抜け出して、エキとシンラと遊ぼうっと。報告も兼ねてお礼に行きましょう)
リュームはそんな事を考えながら、大人しく頷いて見せたのでした。
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コレはもう休ませろ。
「・・・・・・。」
――はい。お言葉ですが『控えさせて』おくという事でよろしいですか?
「・・・・・・。」
好きにしろ。
「・・・・・・。」
――はい。その方が万事においてよろしいかと思います。
上の空で、ご領主様とニーナのやり取りを聞いていました。
リュームの心を占めるのは、あのたいそうステキな闇色の獣の事ばかりです。
(ダグレス、イイコだったなぁ)
ご領主様に付き添われての強制送還です。
ご一緒とあっては、こっそりダグレスに会いに行けません
一人で大丈夫です、と主張したのですが、今ひとつ信用の無いようです。
もちろん。ふら付く気、満々でした。見透かされていますね。
「リューム、疲れたな?」
ぼんやりと何を見るとでもなく見ていたリュームに、ご領主様の手が降って来たように感じました。
驚いたのと今までの経緯から、体が勝手に跳ね上がりましてゴザイマス。
そりゃあもう、派手に大きく。また、叩かれるかと思ってしまいましたから。
首をすくめて目をつぶって、ニーナにすがりました。
「勤め、ご苦労だった。また倒れる前に休め」
言いながらご領主様の手が、リュームの頭をわしゃわしゃとかき回すように撫でました。
まるでシンラに『よしよし。』する時みたいに。
リューム、ちょっとはガンバったと労われているようです。
少しだけ顔を上げて目を開けました。
「は・ぃ。でも、まだ、そ・なに、疲れてません」
『よしよし』する手が止まりました。
「ふん・・・生意気だな」
リ ュ ー ム の く せ に 。
「痛っ!」
またぺしっとね、叩かれちゃいましたよ。やっぱり。いい加減、学習しましょうや!リュームよ!
言い捨てると背を向けられたご領主様に、リュームは『くっそぉ!』と思いながらも頭を下げて見送りました。
今度は舌は出しませんでしたよ。ええ。
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一応しおらしく部屋に戻ったリュームは、待ち構えていたニーナに謝りました。
「ニーナ、ごめ・なさい。やっぱり、色々呆れられたみたいです。
せっかく応援してくれたのに、リュームにはアレが精一杯だったようです。
でも一応、もう勤めは済んだそうです」
ニーナは首を横に振って見せながら、優しく手を引いてくれました。
「いいえ。リューム様、謝る必用なんてどこにもございませんよ?本当にご立派でした。ニーナは鼻が高かったですよ」
「ほんとぅ?」
「本当ですとも」
「・・・・・・!」
無言でニーナに抱きつきます。
言葉にならない想いは感謝で溢れかえっているはずなのに、言葉という形を取りませんでした。
ありがとう・ありがとう・ありがとう、いつもありがとう。
ニーナが大好きです。
「あらあら、リューム様。甘えんぼさんですね」
うん。これもまた無言で頷いただけで、ニーナの胸元に顔をうずめました。
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着替えも終わり、薬も飲み終わり、ほっと一息ついていた時です。
それはそれは勢い良く、リュームの部屋の扉が開けられました。
そのままの勢いで駆け込んできたのは、愛しのミゼル様です。
「まぁ、ミゼル様。どうされたのですか?」
リュームは嬉しさのあまり笑顔で駆け寄ったのですが、ミゼル様のお顔はしかめられ難しい表情でした。
「リュームっ!アナタ何やっているの?私、待っていたのに。どうして部屋にいるのよ?」
「ミゼル様?」
「ア、アナタねぇ!自分の立場ってものをわかっていないの?早く、ヴィンセイル様の所に行くのよ!早くっ」
早く早く、と言いながら、ミゼル様に腕を引かれました。
「ミゼル様?それはなりません」
「どうしてよ!?」
「リュームはもう今日は部屋から出てはならないのです。ご領主様のいいつけです」
「〜〜ヴィンセイルっ、もう!!」
だん、と心底悔しそうに足を踏み鳴らすミゼル様。しかも呼び捨てですか。流石です。
ますます惚れてしまいそうです。
何やら悔しそうにお顔を歪ませていらっしゃいますが、そこも絵になるミゼル様です。
「ミゼル様、お言葉ですがご領主様は『控えさせておけ』と仰ったのですよ」
ニーナが宥めるように声を掛けると、それもそうね、そうよね、と小さく呟いてミゼル様は、手を放されました。
「そうね。リュームの脆弱っぷりを考慮したら、それが普通よね。これからが本番なのだし」
「流石です、ミゼルード様」
厳かにニーナが請合います。何でしょうか?二人、申し合わせたように頷きあっています。
リュームを置いて話が進んでいくのだけはわかります。
「ミゼル様?ニーナ?」
「リューム!仕方が無いからそれまでは、ミゼルが遊んであげるわ!」
「まぁ、喜んでミゼル様。何をいたしましょうか?」
打って変わってゴキゲンな様子のミゼル様に、リュームも嬉しくなって声を上げました。
「もちろんっ!ねぇ、ニーナ!」
「ええ、ミゼルード様」
『お人形遊びよ』
リューム、お人形ではないのですが?という控えめに訴えてみましたが、
着せ替えごっこなるものをして遊ぶのだ、お人形役はリュームだ、嫌とは言わせない――。
はぁ。
え〜?嫌じゃないですけど。
お人形役はミゼル様がいいと思うんですけど〜?
何て意見は即座に却下されました。
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『リュームはこれを着て、これを付けるのよ!』
下着姿で寝台に腰掛けて、待たされているリュームです。
気楽に足を交互にぷらぷらさせながら、ぼんやりとミゼル様を見上げます。
そんなリュームにずいっと勢い良く突きつけられた衣装は――。
薄淡い紅とほのかに白い布地とで成る、まだ一度も袖を通した事のない物でした。
放つ光沢が美しくて、嫌でも『特別なときに』と仕立てられたものだと訴えてきます。
リュームの衣装棚の中でもひときわ目立っていたソレを、迷い無く引っ張り出してきたミゼル様は
得意満面で自信満々のご様子です。
加えて押し付けるかのように突きつけられた腕輪にネックレスも、装いのためにと用意された二品。
それは今日の祝賀会用にと用意された物、です。
(え?コレを着るの?ごっこ遊びなのに、飾りまで?)
曲りなりにも一応正装です。リュームはためらいつつ、ニーナを見ました。
ニーナも同じように、コレを御召しくださいと勧めて来ます。
(いいのかな?コレはとって置いたほうがいいのでは?)
困惑しつつ、ミゼル様とニーナと衣装とを順番に見回しました。
「いいから早く!」
戸惑いからまごつくリュームに、痺れを切らしたミゼル様が足を踏み鳴らしてゴザイマス・・・・・・。
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「リュームこっち向いて」
はい。素直に従います。
「耳にはこれを付けてみたらいいわ」
耳たぶに触れる小さな指先と、飾り石の冷たい感触がくすぐったくて笑ってしまいました。
「頭をこの飾りでぐるっと巻いて、髪にも巻いてリボンを流してみよう。
・・・それにしてもリューム、この首筋の傷は何?またどこかに転んで打ち付けたの?
いやね、目立つじゃない!」
「・・・・・・。」
ははは、そうなんですよ〜と笑ってごまかすしかありません。
目立ちますか。そうですか。自業自得なんです。思わず目を伏せました。
「ミゼル様。後でボレロを羽織っていただけば、隠れますから」
ニーナが助け舟を出してくれました。
「そうね。リュームったら、もう〜そそっかしいんだから!気をつけなさいよね!」
「はい、ミゼル様。気をつけます」
何気にリュームも、ミゼル様をお人形扱いして楽しんじゃってますよ。
白粉を軽くはたいてみたり、薄っすらと頬紅をぽんぽん付けてみたり。
滑らかなお肌にそんなものは必要ないのですけどね。
夢中になっているせいか、ミゼル様がお構いなしなのをいい事に。
「はい、リューム。仕上げは私がやってあげるわ!こっちむいて『んー』ってやって!」
「ん―?」
ミゼル様が唇を引き結んで、突き出して見せました。リュームにもそれを真似ろというのでしょう。
素直に従うと、ミゼル様の指先が頬に当たります。
「もう少し、んーんってやって!」
「ん―っ・でいいですか?」
「しゃべっちゃ、ダメ!!」
はい。申し訳ありません。言葉も禁止されたので、心の中だけで詫びました。
ミゼル様は真剣そのものの表情で、リュームの唇に紅を刷いてくれているのです。
ご自身も唇を引き結んで突き出したまま、ていねいにていねいにリュームの唇の輪郭をなぞってくれています。
「できた!いいわよ、リューム。動いても。いい出来ばえだわ!ねっ、ニーナもそう思うでしょ」
ねっ!とミゼル様は鏡を持ってくれている、ニーナに同意を求めます。
その瞳はきらきら輝いていて、少女らしい可憐なまばゆさです。
なんってお可愛らしい!!
リューム感激のあまり、勢い余らせ調子に乗って――。
ちゅう。
向かい合わせにしゃがみ込んでいたミゼル様を捕まえて、思わずそのふっくらした頬っぺたに唇を押し当てていました。
「なっ、ちょっと、リューム!!」
「んんーです」
「もういいわよっ、もう、何するのよ!せっかくキレイにしてあげたのに、取れちゃったじゃないのよ」
ミゼル様はお顔を真っ赤にして、頬っぺたを拭います。
ああん!もう本当に可愛らしすぎです。隙を見てもう一回やっちゃおう。思わずそう狙ってしまいます。
「リューム。私にこんな事してる場合じゃないのよ!わかっていて?」
「?」
わかりません。
今日はもう、部屋から出る予定もありませんし。
何の事でしょうと小首を傾げて、ミゼル様を見つめました。
「リューム!あ、あなたねぇ、自分がどのような立ち位置に据えられたか、まさかと思うけど理解していないのね!?」
「まぁ。していますよ。ちゃんと」
「言ってみなさいよ」
「シェンテラン家の立会人、鞘の役割です」
「それを真に理解できているとは思えないわ」
えっへんと胸を張って答えたリュームに、ミゼル様の視線はナゼか白けたものでした。
「もう、リュームの『勤めは終わった』そうですよ。カラスはもう今日は部屋から一歩も出るなって、さっきご領主様にそう言われましたから。間違いありません」
「終わってないわよ!これからよ!まだ、始まったばかりなのよ?さぁ、準備はこれで整ったんだから行くわよ」
リューム、しっかりしてちょうだい、とナゼか嘆かれてしまいました。
「行く?どちらへですか」
「決まってるでしょうっ!ヴィンセイル様の隣よ。祝賀会の宴に私たちも乗り込まねばダメよっ!女が廃るわっ」
「いけません。ご命令に背くことになります」
「行くの!」
「いけません」
「何よ!リュームのばかぁ!何でわかってくれないのよっ、子供の言う事だと思ってバカにしてっ!」
ミゼル様に怒られると正直へこみます。
嫌われたくありません。
それもありますが、何やらあのお方の面影と重なるものですから余計に。
半端じゃないほどのダメージです。
それでもリューム、持てる限りの気丈さを装って頑として譲りませんでした。
「いけません。ご領主様の命です。ミゼル様、聞き分けてくださいまし」
泣かれようがわめかれ様が、ここは『お姉さん』ぶるしかありません。
ここでミゼル様の仰るようにすれば、命令に背いたと叱られるのは確実。
しかも下手したらお怒りを買うのは、リューム一人では済まなくなります。
それは何としても避けなければなりません。
さて・・・リュームの『お姉さんぶり』がいつまで持つ事やら?と危ぶみ始めた頃です。
コンコン――。
控えめに扉が音を立て、訪問者を告げます。
「?」
「まさかっ!ヴィンセイル様?」
弾かれたようにミゼル様が立ち上がります。
そのまま駆け寄って、勢い良く扉を開け放ちました。
「きゃあ!!」
「あら、まあ」
「ダグレス!」
リュームも駆け寄って、驚いたミゼル様を抱きとめました。
扉の向こうにいたのは、何と先ほどの黒い獣『ダグレス』でした。
頭を垂れ、大人しくこちらの出方を待っているようです。
「大丈夫ですよ、ミゼル様。ダグレスはとってもイイコですからね?遊びに来てくれたのね、ダグレス?」
扉をノックしていたのは、どうやらダグレスの角だったようです。
「本当に賢いのね。どうぞ、ダグレス。入ってください」
””ああ。邪魔をする””
ダグレスは解ったと言うように首を上下に揺らしました。
(仮)『ぐずるリュームに切れる領主。』でしたが
『ぐずるミゼルに手こずるリューム』の十六話でした★
おかしいな。また次回に持ち越し、15禁。
いつのまにやらPVが!!
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅ・・・じゅうまん越えしてました!!
ありがとうございます〜〜(感涙)
『あの橋』『神殿まえ』より遅いスタートを切ったはずなのに(苦笑)〜我ながら『ダークホースだ、闇払!』ですよ。
それでは行きます!
遊ぶつもりが本編食い込み・殴りこみ――いい加減STOPキャンペーン。
超どうでもいい小話★劇場『領主のドン引きエピソード』盛り合わせ。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
『侍女は見た!見守ってきた〜7年間の記録』
「ねぇ、ニーナ。この子供の私でも解る事が、どうしてリュームには理解できないのかしら?やっぱり、バカだからかしら?」
人のお嬢さまつかまえて何てこと仰るんですか、ミゼル様。
いいえぇ。この七年間の誰か様のおかげだと思われます。
〜 ★ ☆ ☆ ★ 〜
「何故、食事をきちんと取らない?ここの食事が口に合わないとでも言うのか」
「え?ぇと、だってさっき食べたばかりですよ?」
機嫌よく庭で読書をしていた少女に、いきなり詰め寄ったのはこの館の若さまでした。
それはそれはもう。めいいっぱい不機嫌丸出しのご様子で。
驚きながら見上げたのは先日この家の養女になったばかりの、十一歳の少女。
見下ろすはその義兄となった十八歳の若者。
どうやら食事の席で少女はほとんど手をつけず、もう食べられないからと早々に切り上げる事数回に及んだらしい。
「では何だ?遠慮しているのか」
「いいえ、あの、ちゃんといただきました。パンとスープとお野菜」
――そりゃ、前菜の段階だ。そこで席を立たれて、この若様はお怒りと言う訳らしい。
「オマエは仮にもこの家の養女になったのだ。その自覚はあるのか。持ち合せていないようだがな。食事はちゃんと取れ。わかったか!」
「はぃ。もうしわけございませ・・・でした」
かわいそうに。少女にとって食事は瞬く間に苦痛となったようだった。
お菓子を勧めても「た・・たべると、食事がたべらえなくなってしまうので」と、手を出さなくなった。
しかも。無茶をして詰め込んだ後は気分を悪くして、戻すこともしばしば。
これでは食事を取る意味が無い。
((コワイ。食べなきゃ、怒られる。))
きっとそう怯えているのだろう。
――アホかっ!
食べ盛りの若者と少女を比べて何とする。
しかもあまりきちんと食事を取れていたとは思えない経歴は、その細すぎる体が物語っているではないか。
そこに重圧とは何事か!
気持ちはわかる。少女には栄養がたくさん必要だってこと位、見れば誰だって同じことを思うだろう。
しかーし!モノにはやり方・言い方なるものがあるのだ。
姉という性質の生き物の私は、即座にお館様にご進言(という名の告げ口)をしたのだった。
―・・・十二歳と十九歳編につづく。