第十四話 シェンテラン家の若き領主に捧げる調べ
タイトルまえに【今度こそ!】とつけていた、(仮)タイトルでした★
長かった・・・毎回ここまで書こうとしては、次回に持ち越しての繰り返しでした。
やっとこさの十四話、どうぞです!
息を吸い込みました。
両手は徐々に外側へ開きます。
『場の空気をかき分けるかのように』するのがコツです。
その方が胸が広がって、呼吸がしやすくなりますから。
一呼吸おいてから、旋律を呼び覚ますように口ずさみます。
ら ら ・・・ ら あーーーーーーーー
どこからか呼び覚まされる何か。その正体を突き止めたことはありません。
何処からかと聞かれたら『リュームの身のうちの奥深い所から』と、お答えしましょう。
「・・・・・・。」
リューム、ちいさく口ずさんだ後はぴたりと黙りました。
気持ち俯いて、目はふせます。
ゆっくりとひとつ、長い瞬きをする事で意識が高まる。そのように思います。
『いま、ここにいる』ために、集中するのです。
聖堂にいる皆の視線が、リュームへと集まるのも解ります。
それは目に映さずとも、わかるものです。誰とでもなく、息を飲んだのもわかりました。
ご領主様は微動だにせず、ただリュームの傍らに立ったままです。
そんな彼でさえ今、意識を向けているのはリュームでしょう。
(これで無視とかナシですよ・・・ありえそうで泣けてきます)
ちらとそんな弱気にもなりました。
(なぁに!それならば、ムリにでも向かせるのみですよ!)
やたらに強気になっていますね、リューム。我ながら大丈夫でしょうか。
(できる。できる、はずです。集中・集中!)
しょせんリュームの七割がたはハッタリで成り立っているのです。今さらどうってことはありません!
聖堂にいる皆の、意識すら集めるのです。
高まる緊張感の中、ルゼ様だけがおおらかに微笑まれています。さすが余裕でらっしゃいます。
期待して下さっているのでしょう。生き生きと瞳を輝かせて、リュームを何やら熱のこもった視線で見守ってくれています。
『どうかまた、アナタの歌を聞かせてちょうだい』
あの葬儀の日、そう丁寧に申し出て下さったルゼ様のお言葉が蘇ります。
ようやく、約束を果たす時が来たのだと思いました。何とも誇らしい気持ちです。
『でも、アナタが元気に歌えるようになったらね?』
リュームは泣きじゃくりながらも、確かに『はい』と頷いたのです。
『はい。お約束いたします』と。
この優しく慰めてくれたご婦人に報いるためなら、それくらいなんて事は無いのです!
目の端でリュームを見つめるルゼ様が、頷いてらっしゃるのを確認いたしました。
ためらいなく、いきなりの大音量で始めます。
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この晴れやかな良き日に
響き渡る
祝福の調べ
この良き日に
ふさわしき
調べは
若き領主に捧げる
調べ
響き
渡れ
祝福の歌声
あまたの
想いで
成り立ち
奏で行く
栄光の誉れ
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この高く円い天井の作りの助けも借りて、ただ高らかに声を張り上げるだけです。
ただ、それだけです。
色々な想いも込めている部分もありますが、基本はカラッポです。
不思議とジ・リュームの存在は、立ち消えてしまったかのように感じます。
それでいて何の気負いも無く、リュームで在れるときでもあります。
ただただ自分である、伸びやかにリュームで在れる時でもあります。
自分らしく、ただ自分の声でいつわりなく歌うだけであります。
いまこの時が、リューム自身で在れる至福の時なのです。
空に溶け込んでしまったかのようでいて、この場を支配する全ての空気になれたかのような大げさな感覚です。
はい。実に気が大きくなっておりますよ。
歌っているときだけはリューム、自分が病弱なお荷物だとかカラス娘だとか。
今に見てろよご領主様め!だとか何一つ気になりません。
ら―――ぁ―――‐‐ぁ‐ぁ――――ぁ――‐‐‐!
・・・に‐―――‐ゃ――あ‐‐‐ぁ―――ぁ―――
遠く微かに長くのびる猫の鳴き声が耳に届きました。
高らかに歌い上げるリュームの声に続くその鳴き声は、黒猫エキです。
(エキ!ああ、エキ!)
リュームは嬉しくなりました。瞳を閉じてその掛け声に耳を澄ませます。
(エキ!心強い、リュームと真っ黒のおそろいの猫!アンタ、リュームの歌が良いって褒めてくれてありがとうね。
リュームの歌を『契約の代償』とやらにして『願いを叶える手伝い』をしてくれてありがとう。
だからこそ、こうやって皆の前で歌えているよ!)
リュームの耳に届くエキの歌声も、みなさんにも届いていますか?
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ア―――ォ――ォ‐‐‐―――オ‐‐‐―――ォ――――オ―――‐‐‐ン――‐‐ !
「 狼 ? こ ん な 昼 間 か ら ? 」
微かに動揺している、そんな呟きが聞こえて来ます。
リュームはお答えする事が出来ませんでしたが、せめて大きく首を振って見せました。
(いいえ!いいえ!いいえ!)
次いで耳に届く遠吠えは、シンラのものです!
リュームが歌うとシンラも一緒に、遠吠えを始めるようになったので間違いありません。
ああ、シンラにまでこの歌声は届いているようです。
(シンラ、うんとステキなシンラも!一緒に合わせてくれているのね。心強いよ、ありがとう!)
エキとシンラに助けられ伸びてゆく歌声に、不審がるざわめきも引いてゆきました。
きっと何の違和感も無く、調和しているからでしょう。
(ありがとう、エキ。シンラ)
瞳を閉じます。
耳で肌で・・・リュームの全てで、感じ取るために。
しばらく、彼方からの歌声と合わせる旋律を楽しみました。
まるでこの場に溢れる祝福の音だけを拾い集めて、調律するかのような気持ちで歌えました。
ら―――――‐‐‐ !
再び息を吸い込みます。
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この晴れやかな良き日に
光に満ちあふるる
祝福の道は
栄光に至り
奏でる
祝福の調べは
若き領主に
寄せらるる調べ
永遠と
栄光の
響きもつ
調べ
この
晴れやかな
良き日に
響き
渡れ
祝福の歌声
この
晴れやかな
良き日に
若き領主に
捧げる
調べ
!
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何かを抱え持つように、天に向かって広げていた両手をゆっくりと下ろしました。
そのまま、上半身も倒して行きます。
リュームなりの『了承』は、これで終わりました。その終いの合図でもある敬礼です。
聖堂は再びしん、と静まり返っておりました。
天窓よりも高く高く、気持ちでは天に向かって投げ掛けた歌声はどこまで響いたでしょうか?
そんな歌声はとっくに、どこかに吸い込まれて行ったようです。
どこにかって?
(願わくば)
リューム達の歌声に耳を傾けて下さった皆さまの、心の中でありますようにと祈ります。
「・・・・・・・・・。」
皆が沈黙したままです。
リュームは正直怖くなってきました。
出すぎたマネをしすぎた感が、むくむくと湧いてきます。
後悔しようと、今さらどうしようもありません。何せもう、歌い終わってしまったのです。
覚悟を決めてゆっくり頭を持ち上げました。
怖々、ご領主様を上目使いで窺います。
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あなた様の心に少しでも『何か』届きましたか?
(義兄と呼ばせぬ、義妹とは認めぬとしながらも七年間も――何やかやと、ありがとうございます。
正直くやしい事だらけですが、それは今だけは忘れて歌いました。
本日はまことにおめでとうございますって、気持ちを込めたんだけどなぁ・・・伝わっているかな?)
そんな想いで、びくびくしながら見上げます。
実際ものすごく久しぶりです。こんなに大勢の方の前で歌うのはモチロン、ご領主様の前で歌うのも!
見上げたそのお顔はいつも通りの無表情でした。しかし、ふと一瞬だけその強力な眼力が緩みました。
「立会人ジ・リューム――シェンテラン。『了承』確かに受け取った」
ほぅと息をついたのは、リュームだけでは無かったようです。
この場面を息を詰めて見守って下さっていた、どなたかも一緒に肩の荷を下ろした瞬間でした。
(終わりました!やりとげましたよ、無事に『任務完了』です!)
情け無い事にリューム、足腰の力が抜けていきました。
そこはそれ。胸に両手を当てて膝を折って行きます。
お褒めの言葉に礼をとって頭を垂れるという形でごまかし、似非お嬢さまらしく見せました。
わぁぁぁっ!!
「!?」
どよめきと共に、湧き上がったのは割れんばかりの拍手でした。
びっくりしました!先ほどまでの静けさが、嘘のようです。
自然と笑みが浮かび、目頭が熱くなってきました。
皆さんに改めて向き合うと、リューム深々と礼をとりました。
深く深く――この胸に湧き上がる感謝の気持ちを込めて、深く。
そうです、忘れてはなりません。
この場にいらして下さった皆さまあってのご領主様の任命式、リュームの了承であります。
気が付くとご領主様も同じように礼を取られているのが、目の端に入りました。
少しだけ驚いたので、そちらを見てしまいます。
ご領主様は左手を胸に押し当てて、最高の敬意を払っておられました。
―――わぁぁぁぁあ!!
歓声と共に再び拍手の勢いが増しました。鳴り止みません。
人々の喝采はドーム状の天井にすい込まれた後、光と共に降り注ぐかのようです。
(どうし・・・よぅ。な、泣き出しそうです!)
「リューム、もう頭を上げろ」
「?」
ご領主様に促がされました。差し伸べられた手を、その先を見上げます。
「皆がオマエに賛辞を贈っている。それに応えろ」
「いいえ!いいえ!」
リュームは慌てて首を横に振りました。
ご領主様に向き合うと一瞬だけ屈み、顔は上げたまま礼をとります。
こ の 拍 手 喝 采 は す べ て ご 領 主 様 に 捧 げ ら れ た も の で ご ざ い ま す 。
鳴り止まない拍手の中、声を張り上げるように申し上げました。
また頭を下げたのですが、気が付けば素早く左手を取られた上に――。
あごまで取られておりましたんですよ。
「!?」
ご領主様が何か仰っているようです。唇の動きからわかりましたが、このどよめきの中ですからよくは聞き取れません。
「え・・・・・・っ!?」
言っている事をその唇から読み取ろうとしたのですが、ふいに視線が外された次の瞬間。
右の頬、耳たぶの辺りに軽く押し付けられたソレは、唇ですよね!?
(く、口、つけましたか、今ぁぁ!?)
わぁぁっと皆の歓声が、何やらまた異なった勢いを増したように感じます。
「!?」
それだけならまだしも、囁かれた言葉にリュームは固まるしかありませなんだ・・・・・・!
今 度 は 舌 を 出 さ な い の か ?
何のことでしょう等と考えたのですが、思い当たってしまったのです!
式の始まる前に、ご領主様を見送った時の振る舞いを。
(確かにリュームに背をむけていたはずですのに、このお方はっ・・・・・・!
全くもって油断なりません!恐るべし、ご領主様!リューム、泣き出してもいいですか?)
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拍手も熱のこもった視線も、やむ気配がありません。
(ははは・・・ははは・・・はぁぁ〜って、笑えないけど笑うしかないですね。
どうなるんでしょーこの後?リューム、どうなるんでしょうかっ?)
ご領主様の浮べる笑顔は怖く、握る手はやたらに強く感じます。
(後で覚えてろよ、って所でしょうかねぇ)
リュームはといえば、うつろな目で手を振ってどうにか皆様に応えたのでした。
★リュームが!りゅ〜〜〜むが!★
『誰が!若き領主に捧げてやるものか、調べ!』
――そんな調子で歌う気になってくれませんでした。
キャラ、暴走。何気に負けん気の強い子だったようです。
いつだって、けんか腰。
こんな事(最初の下書き大はば無視)があるのかと思いつつ、何とかなだめすかしての十四話でした。
『もう・どうだってよくは、なくなってきてません?★小話』
((((見つけた))))
鳴り止まない拍手の中、キレイに頭を下げるリュームに初めてあった日を思い出していた。
(見つけた、私の理想のお人形!)
今まで見たことも無い、黒い瞳に黒い髪。
それでいて白磁のような肌は、白すぎて血色というものを感じさせなかった。
何て作り物めいているのかと、幼心に胸が震えた。
『はじめまして、ミゼルード様。ジ・リュームでございます』
キレイなキレイな澄んだ声で、人形は挨拶した。
人形遊びなどとうに飽きていたが、再び自分が夢中になるなんて思いもしなかった。
六年前のあの日、確かにそう思った。
今、その日と同じ気持ちだ。
(私が一番・・・とまでは行かなくても、早くに見つけていたのになぁ。これじゃ)
――もう、あんまり。私だけのお人形として遊べなくなりそう。
そう思えて、拍手にあまり力が入らなかった。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
(ああ!見つけた!)
シェンテラン家のカラス娘。
兼ねてからそう囁かれているだけで、実際に『彼女』を目にするのはこれが初めてだ。
噂では『カラスのように真っ黒で・なき声までがカラス』でみっともないから、公には出さないのだと。
そんな噂は根も葉もないというよりは、わざとこの家が流したものだと推測できる。
(何がカラスか!)
例えるなら黒真珠がいい。他にも、色々あるだろうに。
何にせよ館の奥深くに大切にしまい込まれていた宝を、自分は見つけたのだ。
巷で流行っている『星のカケラ』なるものを、渡したい相手を。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
(ああ、これは)
ずっとずっとしまい込んで、人目につかぬようにしてきたのだろうなと思った。
(今になって見せびらかしたくなったのか、ご領主様?)
わずかとは言え、常は吃音のある歌姫もまた珍しかろう。
姉からはそう聞いている。
何にせよ、彼女はもう館に引き篭もってはいられなくなるだろう。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
(””見つけた””)
獣の我を呼びつけてしまうほどの、その威力は何だ?
(””これもまた『嬢様』がお気に召すかもしれない””)
獣の自分が聞き惚れてしまったこと、人間のくせに生意気なと腹も立つ。
(””ふん””)
カツッとひづめで、その場を蹴り上げる。
★ ☆ ★ ☆
はい。
『誰だよオマエ』が二名ほど。
これから出てきます〜