第十三話 シェンテラン家の剣と鞘
今回、ちょっとシリアスです。
――と思っているのが自分だけだったら、イヤだなぁ。
しかも詰め込み過ぎて長いです。
小話含めると、もうどうしようもありませんな長さです。
『長すぎて疲れるわ!半分に削れ!』と身内からのアドバイス。
すみません、次回からそうします。
休憩をはさまれながら・・・どうぞです!
扉が開け放たれました――。
ひそやかに、ざわめきも引いて行きます。
ただ溢れかえる人々の持つ熱気は引くことを知りません。この場が静寂に包まれたとしていても、です。
これだけ人がひしめき合っているというのに、静まり返っているのもまた不思議なものです。何やら感慨深いそんな中。
真紅の敷物に導かれるように続く”祝福の道”の始まりを、皆が注目しています。
その開け放たれた扉の向こうに現れた御方を、その道を歩むに相応しい御方として。
「ヴィンセイル・シェンテラン。これへ」
凛として朗々と響き渡るは、彼の公爵様のお声。この方もまた、その栄光にいらっしゃる御方です。
ご領主様は左手を胸に当てて、軽く一礼なさってから一歩を踏み出されました。
その瞬間、皆の緊張感も高まりましたように思います。リュームも何やら心臓が嫌にひとつ、跳ね上がりましたから。
恐らくはこの場に居る者の心はきっと、ひとつでしょう。
この今日という日に居合わせたのは運命だの、偶然だの、義理だの。各々いろいろありましょうが。
聖堂というものは嫌でも心を改めて、足を踏み入れる場所でしょう。
この皆が見つめる先にいらっしゃる御方も、きっとそうなのではないかと思います。
何せ『主役』でらっしゃいますからね。
栄光をたなびかせた御方の名は、ヴィンセイル・シェンテラン。
運命でこの場に臨むお方は、陽光の色彩の祝福を受けたお生まれのようです。
誇らしく胸を張って出迎えられる立場であればまた、少しはリュームの気持ちも違ったものでしょうが。
何せ『場違いもいい所だ』という自覚しか持ち合せちゃいないので、いたたまれなさに気が遠くなります。
しょせん、義理でこの場に臨む我が身はカラス。闇をまとって闇を映す眼。
気後れするなという方が、土台無理がありましょう。
リュームは居心地の悪さに先ほどから落ち着き無く、小刻みに身体を揺らしてしまいます。
この一段高い場所からは皆が良く見渡せるのですが、リュームのように闇色に生まれついた者など見当たりません。
その上容赦なく降り注ぐ陽光の煌きも手伝って、ますます互いの存在の違いを浮かび上がらせてくれます。
光が強ければ強いほど、その足元に落ちる影は色濃く感じるものなのです。
(光射すその道を歩まれる方なのですね)
今さらですが認識いたしました。ついでに自分のちっぽけさもです。
そんな思いのまま見守る方は、もうすぐ”栄光の祭壇”に至りそうです。
迷い無く力強い歩みは、厳かで優雅な気品に満ちておりましたよ。
リュームはただ無力感に苛まれながら、虫けらに等しい気持ちでぼんやり眺めるばかりです。
ほぅと誰からとでもなく漏らされた溜め息が、賞賛のものであるのはまず間違いない筈です。
『何と素晴らしい!ご立派な領主様だろうか!』と。
この場に居合わせた者ならば皆、同じような気持ちになった事でしょう。
そして。ちょっと『ちぇ。』とか思ってるフトドキ者はリューム一人でしょうとも〜・・・。
だって。ただ歩かれているだけなのに、リューム『完敗』な気がしますの。
何その存在感。加えて威圧感。けっして無視できないような強く人々を惹きつけるその正体は何でしょうか?
ついでに、重ねてお尋ねしとうございます。思わず平伏さねばならないような気持ちにさせる、それは何ですか?
目には映らぬものの、貴方様が確実にまとってらっしゃるものの正体は何と?
その正体を人は賞賛に値すると、見上げるばかりなのでしょうけれども。
彼は・・・見目の良い方なのだとは思います。
『文句なしの美女』のお母様譲りの金の髪に、深い緑の眼という恵まれた色彩。
その切れ長の瞳をよりいっそう引き締めてみせる眉は、ややつり上がり気味です。
それに加えて鼻筋はすっきりと通っておられるので、隙無く整っていると強く印象付けておりますよ。
くせの無い金の髪を束ねて歩く様など、その後姿すら優雅と皆様の目に映っているのでしょう。
歩みに続くマントの裾がひるがえる様まで、イヤミったらしい位完璧に見えます。
仕草まで洗練されておりますのは、どんな修練の結果でしょうか?
(もってお生まれになった気品とかいうものでしょうかね〜その正体は?)
両脇を固めて見守る人々の眼差しがいつまでも追いかけるその様子から、ゆうに推し量れましょう。
”祝福の道”に踏み込んでしまいそうなくらい、身を乗り出しているご婦人方もちらほら見えますもの。
その様子にリュームときたら、今すぐお役目を投げ出したくなってきました。
(代わりにあの辺りの誰かキレイなお嬢さまが、やった方がいい気がします。どうしてそうしてくれなかったのでしょうか。
なんで、わざわざリュームみたいなカラス娘にやらせるのですか?
相応しい方がたくさんいらっしゃるでしょう?)
しかも『この方には一生敵いそうもないかもな』と、思わず弱気にもなってきました。
(『敵いそうもないかも?』ではなくて『敵わない』じゃない?)
思わず猫の口調です。
(リュームの思考の中にまで、いつもながらの冷静なツッコミどうもありがとう!)
思わずうぅぅと唸ってしまいますのは、何故かといいますと。
ばか正直に!自分の心に正直に告白しましょう。
(ごりょうしゅ、さま。『怖い』です。怖い・怖い・怖い!ナゼこうも真っ直ぐに、睨みつけるのですか?
うぇぇ〜もう〜いや〜・・・睨むのだったら、最初から『立会人』になど指名しないで下さいよ〜)
泣きたいです。
泣いてどうなるわけでもないですが、泣き出したいです。怖いから。
胸がずきずきずきずきと、しつこいくらいに痛みを訴えています。
睨まれるのは、やっぱり慣れません。怖くって、いつも竦んでしまいます。
シンラに吠えられると、どうしようもなく怖かったのと一緒です。
今は逃げ出す事も出来ません。囚われて、ただ身体を縮こまらせるしかないのです。
その眼差しが物語っているのは『蔑み』でしょうか?やはり祭壇に上げてしまったことを悔やまれてのもの?
(もう、何でもいいですけど。いい加減この瞳になぶられるのも慣れてきましたし。何て・・・ただの強がりですけどね!)
リュームは逸らしたら負けだと思いましたから、せめて強がってみました。
負けとは。
この場で気を失う、激しく咳き込む等の失態を晒す事。
その結果『この病持ちを一刻も早く下がらせろ』という叱責を喰らう事。
もっと素直に申し上げましょう。リュームの、心の恐れに正直に向き合えば導き出される答えはひとつ。
(どうしよう。この方の目的がリュームをまた皆の前で価値無しと、知らしめるためだったとしたら?)
リュームはどう出るのでしょうか?
この期に及んで今さら何ですが、この方の意図が解らないままいぶかしんでいる次第です。
そんな風に身構えて冷や汗をかくリュームのいる祭壇に、ご領主様の到着です。
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眼差しが絡み合った気がした後に、ご領主様は公爵様に礼をとりました。
対するルゼ様はしゃんと背筋を伸ばされたまま、ただ差し伸べた左手だけで答えられます。
それを合図と優雅にマントを後ろでに払われましてから、ご領主様は跪かれました。
マントが床にゆったりと落ち着きを見せた頃合を計って、ルゼ様が命じられます。
それもまた言葉無く、眼差しと右手だけで促がされるものでした。
命じられたのは公爵様のお孫様、跡取りでらっしゃるフィルガ様です。
彼は形良く礼を取ると、祭壇にまつられた剣と向き合います。
祭壇にも恭しい一礼をしてから、フィルガ様は剣の柄と先を目にも鮮やかな翠の布地で包み支えました。
そうしてくるりと一回りいたしましてから、剣をルゼ様に捧げ持つ格好で片膝を付かれます。
それはむき出しの刃。
確かに儀式用のやや細みの剣ではありますが、その鋭利な輝きが本物であると誰の目にも見て取れる事でしょう。
それに臆する事も無く手に取られましたルゼ様は、さすが公爵様です。こういうのを威厳があるというのでしょう。
もしかしたら剣術の心得もあるのかもしれません。
女性の腕一本分くらいは、ゆうにある長さの剣です。それを持て余した様子も無く、扱いなれているご様子でしたから。
ルゼ様はゆったりと、右手で柄を持ちました。左手で剣先を支えて、剣を取られています。
その指先が切れやしないかと、少し冷や冷やしながら見守ります。会場全体も息をのんだようです。
それが小波のごとくこちら、祭壇に押し寄せたようでありました。
それも数瞬で引くように収まり、再び聖堂は静まり返ります。
コツリ、と一歩進まれたルゼ様の靴音だけが響きました。
「この誉れ高いサンザスの国にあって。
我がジャスリート公爵家の領地ウルフィードに属する恵まれた地、エキナルド」
先程よりも凛と響くルゼ様のお声が、威厳に満ちて宣言されました。
「陛下と巫女王のお許しを得、このルゼ・ジャスリートが今日この日を持って『ヴィンセイル・シェンテラン』をエキナルドの領主に任命する!」
捧げ持たれていた剣が構えられました。
その切っ先はヴィンセイル・シェンテランへと向けられています。
名を呼ばれたご領主様が、面を上げられました。
「大役の任を仰せ付かり、身に余る光栄にございます、ルゼ・ジャスリート公爵殿。
喜んでこの国と地の民人に、富と豊穣と平穏をもたらす事を誓います」
つき付けられた剣先に眼差しをのせて、その先にいらっしゃる公爵様を見据えながらご領主様は答えられました。
不敵にも唇の端を持ち上げられながらです。
見下ろされた体勢なのに、引け目というものをまるで感じさせません。
その様子に満面の笑みを浮かべながら、ルゼ様が頷かれます。
今にも飛び掛ってきそうな獣にも似た風情に、たじろぎもしない公爵様もすごいです。
まるで獣の頂点に立っているかのような犯し難い気品は、間違いなく何であろうと付き従わせてしまうに違いありません。
「よろしい!このジャスリート家の”羽根をひとつ”そなたに託します!」
言うが早いか剣が振り下ろされました。
ひっと短く息をのんで見守るしか有りませんでしたが、それに負けないくらい素早くご領主様は立ち上がって、剣の柄を取られておりました。
まるで奪い取るかのように、ルゼ様の手から剣を掠め取っていたのには驚くしかありません。
その俊敏さもさる事ながら、仮にも公爵様から奪ってみせたその大胆さにも!
奪われたはずのルゼ様も、最初から承知されていたご様子でした。ただ余裕の一言です。
ニヤリと表現するに相応しい笑みで、ご領主様を見据えています。
「・・・・・・。」
無言でいらっしゃいましたが『やるわね』という賞賛の眼差しに、いくらか『油断なら無いわね』という牽制も含まれているかのような笑みでございました。
リュームに向けてくれた、ひたすらに優しい笑みとはワケが違います。
先ほどまでの穏やかな雰囲気はガラリと変り、ルゼ様も何やらご領主様とよく似通った物々しさを放たれています。
その様子を何事も無かったかのように、しれっと見守るフィルガ様にも驚きです。
(何でしょうか。う、上に立たれる方というものは、底が知れないといいましょうか。そもそも底が無いような気がして来ました)
そんな様子にただ呆気にとられるばかりのリュームはまた、ご領主様と目が合いました。
合ったなんて生易しいものではありませんでした。むしろぶつかったと表現してもいいかと思われます。
「っ!」
思わず小さく悲鳴が漏れそうになりました。
リューム、やっぱりその場に硬直。剣を構えるご領主様は、恐怖の対象の極みですから。
その割りに目を逸らす事ができません。こともあろうに、その鋭い切っ先から目が離せないのです。
すぃ、と剣の先が持ち上げられました。
まずはリュームの胸元の高さまで。その剣先を据えられ、リュームの顔色は一気に青ざめた事でしょう。
何せ呼吸までが狭まりましたから。
これでは発作を起こせと言われているのも、同じではありませんか!
ですが恐怖のあまり、そんな抗議に口を開く事も出来やしません。
その陽光を跳ね返し煌く剣に、何を見出せというのでしょうか。
不埒な思いでいっぱいの不届き者、リュームを成敗しようとでも?
「リューム嬢、しっかり。大丈夫ですから、しっかり!コレを」
そう囁きかけられながらフィルガ様に手渡されたものは、細長い筒型のもの。
剣を収めるための鞘とおぼしき物でした。
それに綺麗に施された細工は、孔雀の羽根を模したもの。
漆黒の鞘に映えるのは金銀で縁取られた孔雀の羽根の輪郭と、中央にはめ込まれた見事な緑玉です。
(なんて、きれいなのでしょうか)
それはジャスリート家の紋章だと、うっすらと思い出しながら眺めるのがやっとでした。
そうです。只今ルゼ様が仰っていたではないですか。
『ジャスリート家の羽根をひとつ託す』と。それはすなわち、領土を任せるという証でもあるのです。
「だいじょうぶですから、儀式ですからね、しっかり。コレを少し立ててお持ち下さい」
そう励まされながら、言われた通りに縦に支えるよう捧げました。
それはずしりと重く、リュームの両手にはあり余る存在感です。
その質感の重みもさることながら、自分が感じているのはその責任の重さに違いありません。
その重みに耐えるべき手腕、リュームごときにはありえぬのだと告げています。
それでも落としてなるものかと堪えます。緊張の余り、やはり震えておぼつきませんが。
(これは落としてはならないものです。けして、落とすものか、です!)
唇も引き結びます。
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剣の切っ先が逸らされる事のないまま持ち上げられて行くのを、しっかと見据えておりました。
その弾き返すかのようなきらめきが、リュームの頭のてっぺんにまで上がります。
輝きを増し、一際きらめきを集めたかと思われた後です。
剣先がリュームに向かって、振り下ろされました。
「!!」
ひゅぉん、と空を切る音が耳を掠めたのとほぼ同時に、リュームの手の指先まで痺れました。
それに怯む間もなく増した重みに今度こそ耐え切れず、両手の間を滑り落ちる鞘の感触に心底慌てました。
(重い!でも、落としちゃ駄目っ・・・・・・!)
必死で力を込めてすがり、留めようと試みます。
例え無理だと解っていても諦めてなるものかと、力を込めました。
「リューム」
いつの間にか目を瞑ってしまっていたようです。
はっと勢い良く顔を上げ、瞳を見開きます。
とたんに飛び込む、眩い光は金色の陽光でした。
まぶしくて思わずまた目を閉じてしまいそうになりましたが、すぐに光が遮られたので瞬くだけで済みました。
そうして覆いかぶさるような大きな人影はご領主様のもの。
陽光ではなく、金の髪の束の一筋であったようです。
そう認識できて、いくらか呼吸も落ち着きました。動悸は治まりを見せませんが。
(そうだ!いけないっ、鞘を落としてはなるものですか!)
すぐさま安心するのは早いと、両手に意識をむけます。
しかしそれもまた、いらぬ気遣いであったようです。
既にご領主様の左手も、鞘を支え持っておりましたから。
だからといって両手を離すのも気が引けて、より一層の力を込めて掴みました。
それにしても、自分の手の何と小さく頼り無い事か。
両手を持ってしても、ご領主様の左手ひとつの働きも出来ないでしょう。
(それでも離してなるものですか。支えられるんですからね。リュームだって、ちゃんと。たとえ、剣が収まっていても!)
何故かしら意地になって、力を込めたままでおりました。
せっかくの立会人ですから!なんて今さらですけどね。出来る事といえば、こんなしょうもない意地を見せるくらいしかありませんの。
泣きそうなまま縋りついていました。
ふいに鞘ごと剣がリュームの目線の高さまで、持ち上げられました。
見れば鞘からほんの少しだけ収まりきらずに、剣刃が覗いております。
その鋭さを感じさせる銀の輝きに、再び目を見張りました。
加えて柄越しに見下ろしてくる、見慣れた緑の輝きにもです。射すくめられたように身動きを忘れます。
それは皆も同じであったようで、聖堂はしんと静まり返っておりました。
リュームの目の前で収められて行く剣を、見つめます。言葉もありません。
ただ立会人らしく、余すことなく見届けようと眼を見開き続けました。息すらもひそめて。
・・・・・カチ・・・ィン・・・・・・!
静寂は小さく響いた金音ですら、皆の耳に届けてくれたようです。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
どよめきと共に、拍手がわき上がっていました。
ルゼ様が両手を差し伸べてご領主様とリュームを、代わる代わる抱きしめて下さいました。
「立派でしたよ、ご領主殿!それと、お役目。大儀でありました、立会人殿」
労いのお言葉に、拍手が徐々に止んで行きます。
みんなルゼ様のお話を聞き漏らすまいと、耳を傾けているのがわかります。
「剣を振るうべき時の判断は、託したご領主殿の采配に任せましょう。
しかし時に、剣を収め、諌めるのは――かたわらの乙女の役割。そう思いませんか?立会人殿」
(剣を収めて、諌める?)
ああ、まただと思いました。
ルゼ様の言い回しは謎かけ遊びのようでリューム、すぐには理解できません。
(剣を収めるのは”鞘”ですよね?剣を、『いさめる』のは、乙女の役割?剣を、諌めるとは?)
意味を理解しようと言葉を噛み締めるリュームに、ルゼ様が笑顔を見せました。
「そなたも『了承』を。立会人、ジ・リューム・シェンテラン?」
それが『合図』だと言う事は、すぐに解りました。
『リュームにイラつくその訳は』
リュームにイラつくわけがわかった!
前々回UPした時に思ったの
ムカつく原因これだー!!って。
次会ったら言おうと思ってた。
・・・・・・以上が身内からのメールでした。原文そのままです。
そんなワケでいつもはUP後に感想を聞いてたのですが、それじゃあ遅いので今回はUP前にチェックしてもらったのですが〜(汗)
本当に言われないとわからないものです。
で、原因なんだって?
もうここには書ききれません。要は全部ジャン?って感じでした。うわぁ・・・。
少しは改善されているのだろうかと悩みつつ!
『どうでもいい★小話劇場』 〜ルゼ・ジャスリート〜
扇を持つワケにもいかないので、表情を無理やり固めねばならなくて苦労した。
気を許そうものなら、顔がにやけてしまうのだ。
(いけない・いけない!式典らしく引き締めねば!)
そう己を戒めながら、なるべく厳しそうな表情を作るのだが――。
(ああ、もう何て微笑ましいのでしょうねぇ)
そう感じてしまうのだから、仕方が無い。
仕方が無いから、せっかくの公爵の顔も保つのは難しくなる。
思わず笑みがこぼれてしまう。
自分のような齢重ねた者にとっては、何もかもが眩しくてたまらなかったりするものなのだ。
特に若者が目を逸らす事の出来ない様子を、こうして見守る時などは強く感じる。
そのひたと見据えた視線の先に、可憐なお花が俯きがちで立っている。
何やら雨に打たれすぎたかのようで、それが気がかりだ。
(はいはい。もう少し、眼力は控えめに?)
気持ちも解らなくもない。
何せ彼にしてみたら、自分を誇るべき日であるのだから・・・・・・。
ここぞとばかりに、自分を誇示したくもなるものだろう。
控えろと言う方が、無粋な気がしてさえ来る。
それでもあえて言いたい。
(控えめに!)
孫とその婚約者のコを見ていても、感じたことだ。
「・・・・・・。」
お花は身に余るほどの日光に晒されすぎてもしおれるし、たとえ慈雨でも過ぎれば重みで俯くのだ。
(でも、まぁ。いいか)
孫は身内だから口出しも許されるが、こちらはそうもいくまい。
(見ている分にはオモシロ・・・もとい、微笑ましいし)
せめて代わりに本気を出して、相手をしてみた。
こちらも眼力全開で若者に向き合う。
そうしたら、この若者。
怯むどころか、むしろ逆効果だった。
がぜん張り切らせてしまい、心の中でこっそり『お花』に謝った。
彼がますます威圧的になるだろうと思われたから。
(生ー意ー気ー!この若造、鼻っ柱が強いんだわねぇ)
そんな若者の鼻っ柱を折るのに、自分は切り札を持っている。
ちらと様子を窺えば、彼女もまた負けてはいない。
どうにか持ち直したようだ。
(あらあら。この子も以外に気が強いかもね?いい事だわ)
剣を諌めるのは、いつだって腕力ではない『力』だと信じている。
少し思い上がっている彼が、何かを感じてくれればいい。
そう願いながら『合図』を送った。
さぁ、作戦なるものの開始だ。
彼女はどう出るのだろう?
微笑んで見守った。