第十話 シェンテラン家の亡き二人に捧げた鎮魂歌
引き続き注目されるは、リュームのおでこ。
でこ・でこ・でこ・でこ・でこっぱち★
――と、思わず歌いながら書いてる割に『シリアス』な気が。
(『どうでもいい★小話劇場』3月9日UP↑・・・あとがきにてどうぞ!)
何も持たないリュームが出来る、唯一の――。
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いよいよ堪え切れなかくなったらしい、ルゼ様が笑い声を上げられました。
最初は扇の陰でその目元だけが、弧を描いていらっしゃったのですが。
くすくすと小さく忍ばせるようであった笑い声も、只今はこうも大胆にあっはっはっは!と実に豪快です。
リュームのおでこを見ては・・・また、抑え込めようのない笑いが湧き上がって仕方がないご様子。
リューム、恥ずかしさが極まり、いたたまれなくて自分のおでこを隠すように両手を当てました。
今さらですけどね。
「――ごめんなさいね・・・あまりに可愛らしいものだから、つぃ、ね?」
「ええと、その。こ、転んでしまって」
「見ておりました」
あっちゃあ。じゃ、もう取り繕ってなんてのは、無意味もいい所ですね。
リューム諦めて手を下ろしました。途端、同時にルゼ様の目尻が下がります。くすくすくすくす、心底愉快そうに笑いながら。
「見られて・・・おりましたか」
「ええ!」
力強く頷かれては、もう隠し立てする気も起きません。
いっそ、清清しい笑われっぷりにリュームもつられて笑ってしまいます。
しょうがないですよね、転んじゃって、打っちゃったんです〜。
そうそう。しょうがない、しょうがない。転んじゃったものは!
言葉も無いままルゼ様とひとしきり、笑いあいました。
――すぃ、と優雅に手が伸ばされるその時まで。
・・・・・・条件反射、とでもいいましょうか。リューム、思わず目をつむって身をすくめてしまったようです。
薄目を開けて見ると、ルゼ様は優しく微笑まれていらっしゃいました。それは何故か――。
いくらか哀しそうに見えたのは気のせいでしょうか。
その指先がそ・・・っと、リュームの額の中心に触れました。恐らく”まあるく赤い”であろう、その場所に。
なでなで。
「ごめんなさいね、ぶしつけに。・・・ついね」
触れてみたくなってと、ルゼ様はリュームの額を撫でてくれています。
「い、いぇ、そ・・・そんなに赤いですか?」
無視できないほどまでに。
鏡も無いので確認も出来ません。
実は先ほど助け起こされた時、ご領主様にも撫で付けられました――多分。それはどうみたって、ごしごし・ごしごしと乱暴に擦られているだけでしたので・・・何ともはやですが。
リュームの頭は後ろに大きく傾きました。それほどまでに、ごっしごし!
ニーナが『余計に赤くなってしまいます。』と、冷静に発言してくれなければ今頃。
リューム、決戦の時を目前にして部屋に戻されていたことでありましょう。
そうです。 ルゼ様直々にこうしてお呼び頂けなければ、危なかったかも知れません。
・。: ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ :・。・
『ご領主様。公爵殿がリュームお嬢様と是非、お話したいと仰せです。――二人きりで』
約束とは何だ?
――いえ、その、あのぉ・・・・・・。
何を約束したのだ。いいから言え
――べ・別にたいした事じゃござぃません。
・・・・・・ジ・リューム・タラヴァイエ。
――ぅ・・・ぅ・・・ぅえっ・と、
そんなやり取りが始まってしまっていたので、助かりました!本当に。
そう告げてくれた執事のバルハートさんは、いつだって・・・・・・いつも通りです。どんなにご領主様とリュームが気まずかろうと何だろうと、冷静に冷静に。落ち着いた様子のまま、接して下さいます。
さすがです!この館で誰よりも一番、年上なだけあります。
お亡くなりになったお義父様よりもいくらか年上のバルハートさんを、リュームは尊敬してしまいます。
ご領主様が声を荒げられていても、彼から動揺を感じたことがありません。リュームもそうなりたいものです。
他の侍女の方の中にはやっぱり、動揺されているというか。気まずい想いをさせてしまって申し訳ないな、と思うことが多々あるものですから。
どうにかしようよですね、本当に。
『二人きりで』
公爵様と!
な、何の御用でしょうか?
バルハートさんの落ち着いた物腰に何となく安堵したのもつかの間、リュームみっともなく動揺。――相変らず。
こ、公爵様と?公爵様ですよ?公爵様・忘れたワケではないのですが、怒ってらっしゃるとか?
あわわ、あわわとただ手をいたずらに泳がせるばかりで、声も出ませんでした。
――落ち着き皆無の『お嬢さま』ですみません、本当に!
そんな調子でバルハートさんとご領主様を、代わる代わる見上げました。
とりあえず、無言で一睨みされた後。
腕を組んだご領主様に顎をしゃくる仕草で促がされ、リュームは出来る限り深く・強く頷いて見せました。
『・・・・・・言って来い。』
((お任せ下さい!))
そんな短い一言でしたが『無礼をとるなよ』『挙動不審は抑えろ』『下手したら後でわかっているだろうな?』という幻聴のおまけ付き。その一言に凝縮されているであろう意味合いをひししと感じ、受け止めまして臨みましたとも!いざ、謁見の間!
・。・: ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ :・。・
――何故。このような流れになっているのかと言いますれば、ルゼ様がリュームとお話したいと仰って下さったからに他なりません。
そもそも。リューム・・・・・・この、お優しいご婦人とは『顔見知り』なのでした。
いつの間に。我ながらびっくり。
なぜ、さっさと報告しない!って怒鳴られそうだな〜・・・と軽く眩暈がしますが。
だって。リューム。知らなかったのです。
お義父様とおかー様とのご葬儀の時――。
優しく慰めてくれたこの方が、まさか現・公爵であらせられるルゼ・ジャスリート様だなんて。
思いもよりませなんだ。
そもそもあの時のリュームは、一人で立っているのもやっとの精神状態に加えて『エキとの契約前』でしたから。
熱も高い。
目の焦点はどこにも定まらず。
呼吸も不規則で荒く。
咳き込み始めている。
明らかに胸の病を患っていると見て取れる――。
目も当てられない健康状態でしたが、まさか部屋で伏せっている訳にも行きません。
そこはなけなしの気力を振り絞って、葬儀に立ち会っておりました次第です。
具合の悪さはベールくらいでは隠しようもなく、傍から見てもよほどの見苦しさだったのでしょう。泣きじゃくりながら、咳き込む『後妻の連れ子で血のつながりの無い養女』に誰もが注目するのは当然でしょう。ただでさえ微妙だった立ち位置。
お義父様のおかげで保護されていたその立場。唯一『シェンテラン家の養女』と認めて下さっていたお方がいなくなれば・・・リュームごときはどうなるかなんて。
今すぐにでも割れてもおかしくない、危うい薄氷に立たされた事くらい。
その扱い方いかんによっては、リュームの利用価値も推し量れると思われました。
その・・・ご領主様の、リュームに対する態度如何によってそれは量られるのです。
リュームのシェンテラン家における目方が、千金の重みに値するのか。鳥の羽根一枚ほどでしかないのか。
『この病持ちを一刻も早く、下がらせろ!』
鋭く場を打った叱責に、慌ててニーナが駆け寄って来てくれました。その時のニーナの眼差しを、リュームは忘れる事など出来そうもありません。それは幾年月経とうとも。リュームがお墓に入るまできっと、ずっと。
弔問のお客様でさざめいていた聖堂が、一気に静まり返ったと言う事はそれだけ皆量りたかったのだと思われます。
答えは――。あえてお答えするまでもないでしょう。
それを思い知った瞬間でした。
それでもせめてとお願いしたのです。ニーナには無理を言いました。彼女にも立場と言うものがありますのに。
また、わがままを言いました。お願いだから、葬儀には立ち合わせて欲しいと。せめてこの聖堂の影に居させて――。
姿は見えないようにするからと、必死にお願いしました。
それくらいさせていただきたかったのです。最後は言葉を交わす事もできないままだったのに、お別れを告げる手立てといえばせめてお見送りくらいさせて欲しかったのです。どうしても。
ニーナも仕事がありましたから、リュ−ムが部屋に戻った方がいい事くらい解っていましたが。
・・・・・・そうせずにはいられませんでした。
神官様のお言葉が終わるまでという約束をして、リュームはこっそり聖堂の影に身を隠しました。壁に寄りかかって耳を押し当てれば、見えなくても中の様子が伝わってくるものです。
その壁の冷たさにいくらか意識を保つ事ができましたから、何とか約束した場面まではお側に居る事ができました。
ただ、最期の献花だけは許されませんでした。
『――下がらせろ!』
その命下った時点で、リュームはその場に立ち会う権利を無くしたのです。
無理にでもその場に乗り込めば命令に背いた事になり、ニーナにまでとばっちりが行くのは確実でした。
これ以上迷惑をかけたくなんてありませんでしたから、その場でひたすら――!
ひたすらに二人のご冥福を祈り続けました。それがその時のリュームに出来る、精一杯でした。
『病持ちはシェンテラン家の一員にあらず』と。それに等しい宣告を受けたのです。
そんな事あえて宣告されるまでもなく、リュームはこの家に来た時から知っておりましたから構いません。
せめてお花を。二人にリュームからの、最期のお花を贈ってからお送りしたかったのです。
それが叶わずに、申し訳なくて。哀しくて。
ただただ、聖堂のレンガに額を押し当てて泣きました。
そして気がついたら、ゆっくりと。
嗚 咽 を 飲 み 込 み
呼 吸 を 整 え て
小 さ く 小 さ く
ご く ご く 微 小 の 声 音 で
―― 歌 を
歌 を ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。
この胸の内に湧き上がる何かは、衝動にも似たもの。
出口を求めるそれは、旋律をとって調べとなる――。
””どうかどうか。その天に至るまでの死出の旅路が安らかなものでありますように。
怒りも哀しみも憂いも恨みも痛みも
すべてすべて。ここに留まる者達に預け置いて――。
小鳥の羽根より軽き御魂となりて
喜びと嬉しさと安心と微笑みとにまどろみながら
天の国の扉まで迷うことなく至る旅路でありますように
天の御使いよ
どうか二人の御魂の道しるべとなるべく
側に寄り添いください
――・・・・・・・
――・・・・
―・・・
・・・
小さく咳き込みながら、歌い終えたと同時に後ろから抱き止められたのです。
『だいじょうぶ、あなた!?』
緑の深い眼差しとぶつかりました。金の名残のある白髪に、深く刻まれたお顔や手のシワから察するにご年配というのは解ります。ですが歳など感じさせない気丈なお声でした。
リュームは驚きと同時に、深く安堵もしました。
そのためらいの無い優しい気使いに、張り詰めていたものが一気に弾かれてしまったようです。
リュームはそのやさしいご婦人の胸に抱きしめてもらいながら、落ち着くまで泣きじゃくり続けたのでした。
ニーナが心配して迎えに来てくれるまで、ずっとずっと――。
それがルゼ様だと知ったのは、ほんのつい先ほど。
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「良かったわ。リューム嬢のこと、ご葬儀でお見かけしてからずっと気になっていたのよ」
「あ、ありがとぅござぃます、ほ、ほ・とに、ご心配をおかけするよ・な――。ぁ、の、みとも・ない所をお見せぃたしまして」
――恐れ入ります!
今思い出しても、リューム激しく動揺。勢い余って挙動不審に突入中の自覚あり。されどもどうしようもありません。
あの時も・・・この優しい”なでなで”にどれほど、慰められたかしりません。
「まさ・・・か、お約束した方がルゼ様とは、わたくし存じませんで、ご無礼をいた・いたしまして」
「無礼だ、なんて。今、私のほうがよっぽど『無礼』よ?リューム嬢」
――なでなで。――なでなで。優しい指先は休まることなく、おでこを撫で続けて下さいます。
少しだけ前髪をかき上げられては、リュームのまたみっともない所を晒すしかないようです。
抗ってその手を振り切るなんて思いもよりませんが、気恥ずかしいので肩をすくめ顎を引きました。
その途端にぽろりと零れ落ちた雫が視界をよぎりました。
いけない!そう思って固く瞼を閉じます。これ以上、堰を崩壊させての洪水は何としても避けたい展開ですので。
「リューム嬢。貴女との『約束』を楽しみに来ました。でもね・・・どうか無理はなさらないでね?」
「だいじょ・ぶ、です・」
なでなで・・・なでなで。それは続きます。
「ぁ、の・・・?」
いつまでも優しいその手つきにうっとりと目を閉じたままで居ましたが、少し不安になってそろりと窺いますれば。
小さく笑うルゼ様と目が合いました。
「困ったわねぇ。手を放す気が起きないわ。――貴女のお義兄さまの気持ちがわかるわ」
苦笑されながらも、ルゼ様はそう仰られました。
「義兄の、気持ち・・・・・・?」
「わからないか。――わからないわよね、あれじゃ。・・・・・・わからなくていいと思うわ。まだ」
「?」
ルゼ様のお言葉は、謎かけ遊びのようです。
「――あのね・・・・・・」
くすくす笑いながらなおも続けられた言葉は、そっと耳打ちされました。
この部屋には二人きりなので、その必用は無いのですがそうする事がとても自然なように感じてしまいます。
耳打ちされた内容に、リュームは思わずぽかんとしてしまいました!
「ええええ!?」
「嫌かしら?」
「ぇ、あ・ぅと・ええええぇ!怒られませんかね?」
「怒られないわよ」
――きっぱり言い切るルゼ様に、リューム思わず吹き出してしまいました。
何て自信に満ち溢れていらっしゃるのでしょうか。
「――・・・・・・では、がんばってみます。では、なくて!喜んでお受けいたします。が、がんばぃまぅね・・・!」
言ってるそばから声が裏返ってますが、ルゼ様はニッコリと笑って下さいました。
「では。――任命式の宣誓の・・・後くらいに。大丈夫!『合図』致しますからね」
リュームはその力強いお言葉に、二度も三度も頷いて見せたのでした。
『でこっぱち★』
思わず撫でたい。そんな気持ち。
ルゼは全部(・・・3作品)に顔出してます。
フィルガも。それから〜・・・も、これから。
小話は、すみません〜また後日!
↓
・・・・・・・・・・10話発表から日もいくらか経ちました。
の、本日3月9日・・・ようやっと。
有・言・実・行 !
どうでもいい・裏話劇場 『フィルガ・ジャスリートも』
「――公爵・・・祖母はリューム嬢が事の他お気に入りのようで、今日会えるのを楽しみにしていたようです。何とも不躾で申し訳ない。・・・・・・あの方は自分の無くした娘と年頃の娘を重ね見てしまうので」
「いえ。・・・ただアレは・・・義妹は至らぬ点も多いゆえ、公爵殿にはお見苦しい限りかと」
(・・・なるほど。祖母とのやり取りの手紙の内容と同じ主張を通そうとしますか)
フィルガはあくまでにこやかに、かつ柔らかい物腰で振舞う。
目の前の不機嫌も露わなシェンテラン家の若き主に、先ほど耳打ちされた祖母の言いつけ(という名の命令)が理解できる。
――フィルガ。貴方、ご領主殿のほう任せるから。上手くなだめといてよ!
(やれやれ。俺に足止めになれと?)
フィルガは隠し様の無い苛立ちを時折り見せる、緑の視線が向けられる先に気がついていたが・・・気がつかないふりをしている。
(何が哀しくて・・・)
野郎と差し向かいで、茶をすすらねばならぬのか。
――いってらっしゃいと見送ってくれた彼女の赤い髪が浮かぶ。
祖母は彼女も連れて来たがったのだが、時期が悪すぎる。なので彼女は留守番させたのだが。
『シェンテラン家のジ・リューム嬢。これまた将来が楽しみな美少女なのよ〜珍しい黒髪に瞳でねぇ!――なのに。彼女の義兄サマったら。”義妹は病弱ゆえ式典は体調によっては欠席せざるを得ない・そうさせたい”って一点張り』
『仕方ないじゃないですか。それなら無茶させたら可哀相だ』
『そりゃそうよ。で・も!そんなの詭弁に決まりきってるじゃないの。せめてご挨拶だけは伺いたいわと返事しといたから、大丈夫だと思うけど』
『無理に公の場に出すこともないのでは?』
『嫌よ。あの美少女と約束もあるし、会いたいもの。何より気になるわ』
そんなやり取りから窺えるその意図は、フィルガにだって汲み取れる。
(ディーナ。貴女を連れてきたかった様な・・・置いてきて良かったような・・・)
目の届く場所に常に置いておきたい婚約者。
しかし、他の者の視線に晒したくはないという葛藤もある。
できれば館から一歩だって外に出したくは無い。
――そう告げると彼女は逃亡を図るから、口にしないが。
恐らく。
この目の前の男も似たようなものなのだろう。
フィルガも傍から見たら、他人の目に映る自分はこんな調子かもしれないなとぼんやり思った。
今日は式典日和。
射し込む春の日差しが心地よい。
★ ☆ ☆ ★
『あの橋のむこうがわ』メンバーSがこんな所にまで出張っております。
遊んでます。すみません!