天才王子の友人A 2
今回はちゃんとディック視点です。
というか、多分ほとんどがディック視点なので、ご了承下さい。
あ、あと、ディックが惚気です。
2020年1月18日編集
あのローズに始めて出会った面会式から、僕はほぼ毎日ヘレン邸に入り浸るようになっていた。
僕の国の王侯貴族は、両方が10歳になれば、会うことが出来るというしきたりがある。
そのため、ローズに始めて出会ったのはわずか数日前。
年が近い事もあり、10歳になりすぐに会えた僕らは普通の貴族たちよりは結婚するまで時間がある。
だが、それでも僕は片時もローズの側から離れたくはなかった。
朝は父上の公務の手伝いをして、昼からは馬車でヘレン邸へと向かう。
昼食をヘレン邸でローズと食し、その後はマリンとかいう侍女が作ったという『教科書』なるもので勉強をする。
数学、文法、歴史、化学、ダンス、作法、言語、など。
僕は、教科書と言う本に記してあった、高度な数学や化学に感銘を受けた。
まだ、世にも出ていないような、完璧な計算術、死病の万能薬などの作り方、他にもこの世界この時代では考えられないような高度な技術。
ただ、ローズには、その技術について口止めをされた。
時が来るまで使ってはいけない、この技術は、幸と不を同時に呼び寄せてしまうものだから、と。
僕は、しっかりと頷きその約束を今も守っている。
…なにより、ローズの頼みなのだから父上や母上に頼まれたとしても、話すわけがない。
ローズに嫌われてしまうくらいならば、今ここで廃嫡される方がマシだ。
「ローズ、今日は何の勉強をするんだ?」
「今日は…元素についての講義、ですわ。…マリンが一番得意な『科目』なのです」
ほう、今日は化学か。
僕は、『日本語』なるものを、この大陸の共通言語であるオムニス語に翻訳した表を作ってもらい、適当な日本語は、理解出来るようになった。
そのほかにも『英語』や『フランス語』なるものもあるらしいのだが、いかんせん、二人とも母国語ではないらしく、挨拶程度しか喋れないらしい。
「はいはーい、今日は〜、元素についてのお勉強をしますよ〜。教科書20ページを開いて下さ〜いー」
相変わらず能天気……いや、柔らかい雰囲気をまとった彼女は、大きな黒板を背に僕たちを見る。
彼女は、前世で高校の教師をしていたらしく、教え方がとても上手い…のだが。
「えっと〜、酸素にはですね…とある秘密があるのですっ! 知っていますか? 分かります? 分かりませんよねっ!?」
と…なぜか授業になると毎回テンションが高く、なんと言っても前置きが長い。
まぁ、それを差し引いても彼女はとても良い教師なのだろうが。
「ーーーふぅ。今日の授業はここまでです〜。お疲れ様でしたぁ〜」
彼女、見た目はキリッとしててクールっぽいのに、口を開くと、何というか…残念だ。
よく言って、ギャップが愛嬌になって可愛い。
悪く言えば、見掛け倒し。
「ローズ、今日は何をしたい?」
「…えっと…ゲームはもう飽きましたし……庭園で花の観察など…いかがでしょう?」
上目遣いで瞳をウルウルとさせながら問われたら、断れる訳が無いではないか。
いや、まぁ、そうでなくとも断る理由などないのだが。
「そうだな。…クリス、用意を」
僕の未来の忠実な臣下になるであろう筆頭公爵子息であるクリスは、父に頼まれてか僕がローズの元を訪問するたびに護衛の代わりだとか言ってついてくる。
僕はローズと二人きりになりたいのに。
「はいはい。もう、幼馴染の公爵子息を従者扱いするのなんて君ぐらいだよ。ディック」
「ああ、僕もあれだけ毒を吐いたと自覚しているのに、未だに幼馴染を名乗るお前のMさ加減には驚いているぞ」
「俺はMなんかじゃない!! …まぁ、いいよ。用意してあげる。そのかわり、俺もついていくからね」
「…ローズ」
僕的には断って欲しかったのだが、そこは優しいローズ、嫌な顔一つせず頷いてみせた。
「ええ、好きなだけ我が庭園をご覧になって行って」
ついでに笑顔も乗せて。
…やっぱりクリスを連れて来るんじゃなかったな。
クリスの婚約者は僕の2歳下。
僕とクリスは同い年だから、クリスが自分の婚約者と会えるのはまだまだ先ということになる。
クリスの家は、バールバーン公爵家である。
当主であるバールバーン公爵は、この国の宰相をしてくれている。
父もバールバーン公爵には絶大な信頼を置いており、この国の軍事を司るアームストロング伯爵家当主と並んで、この国のスリートップを司っている。
ちなみに後のひと枠はここ、ヘレン侯爵家である。
「ほい、用意出来たぞ」
そう言ってクリスは、僕たちに小さなカバンを一つづつ渡す。
「…えっと…これは?」
「簡単な治療用具や観察に使う道具、軽食、そしてロゼッタ嬢のには日焼け止めが入った簡易ポーチだよ。必要だろ?」
クリスがドヤ顔で言い張っているが…まぁ、正論だし良しとしてやろう。
「ああ、偉いぞ」
「そうだろそうだろ! この、天下のクリストファー様に出来ぬことなど……って、何でディックが上からなんだよ!」
「実際、上なんだから仕方がないだろう」
「…うぅ、言い返せないのが辛い……いっそ、国家反逆でもしてやろうかな…」
「ああ、してみろ。返り討ちにしてやる」
そう言ったところで、僕はローズの様子がおかしい事に気がついた。
何故か俯いて、肩を震わしている。
…具合でも悪いのだろうか。
「ローズ?」
「…ふふっ…ふふふ…っふ」
「…ローズ?」
2回目にローズの名前を呼ぶの僕の声は、1回目と打って変わり、訝しげな声色が含まれている。
それもそうなるだろう。
何故なら、ローズは、手で口を押さえ、肩を震わせ、目尻に涙を溜め、……それはそれは可笑しそうに笑っていたのだから。