1.5 【中嶋神音を召喚した世界】
まだ物語は動きません。
太陽が落ち、月の柔らかな光が空に現れるその時、この世界 ” アヴィシリア ” の人間の王が統治する王国の城の中では空気がピンと張り詰めていた。
月の光が、色とりどりのガラスで作られた窓を輝かせ、中心に描かれている複雑な模様と文字で作られた召喚陣を照らし出す。
フードを目深にかぶった魔術師はぶつぶつと身体を揺らしながら祈るように魔法を唱える。
魔法陣は徐々に青白く輝き始めた。周りに控えている騎士やメイド、そしてこの城の王エフェシアも微かに声を漏らす。
「…今回は使えるものが来ればいいが、」
前回の扱いにくく使えな異世界の使者を思い出しながら、エフェシアは誰に言うでもなく苦々しく呟いた。
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アヴィシリアと言う世界は他の世界に比べ、世界として安定しにくい国だった。安定しにくい、というより他の世界の影響を大きく受けてしまうのだ。
別の次元の世界で戦争が起こればこの世界の人々も似たように荒れ、新たな世界的発明品が生まれれば、それに似た力が生まれる。
他の世界の影響を受けやすい…それは時として利益をこの世界に生むが、大きな損害にもなることも多かった。
そのせいでかつてこの国に俗に言う魔王なんてものが生まれたこともあった。先人はこの不安定な世界をどうにか安定しようと長きに渡って試行錯誤を繰り返し、 ” 異世界の者の召喚 ” と言う技術、魔法を生み出したのだ。
他の世界の影響を受ける前に、この世界に他の世界のモノの力を慣れさせておけば、大きな被害は生み出されることはない。そんな突拍子もないような思考だが、今の所それは機能しているといえるだろう。…果たしてそれが本当に最善かは誰も知らないのだが。
異世界から定期的に使者という体でこの世界に召喚する。それがもはやこの世界が安定する唯一の手段であり、もはや文化となっていた。
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「こ、れはっ……!」
魔術師が驚いたようにそう低く唸った瞬間、青白く光る召喚陣から、まるで雷のような光が巻き起こり、辺りにその火花を撒き散らし始めた。
「どうした、失敗か!?」
「い、いえ。そんなはずはっ…!」
周囲の人間に混乱が伝染し、その部屋は軽いパニック状態になっていた。
今まで、長い歴史の中でこんな反応をする召喚陣は初めてだった。まるで、召喚してはいけないものを喚ぶかのように召喚陣から白い煙が湧き上がる。そしてその煙の中に、薄っすらと人影と思われる影が浮かび上がり始めた。
「や、やはり召喚は成功していたっ…!」
「ふん…。確かに召喚自体は成功していたようだな」
一体どんな使者が今回現れるのか…。周囲の者たちは皆一様にそんな期待と好奇心の瞳を人影に向け、煙が晴れるのを待つ。
「今回は大丈夫だろうな。もし、前回のような高飛車で役に立たん使者を召喚したら貴様の首は…」
勿論職を失う、という意味ではなく物理的に首がなくなるという意味でそう魔術師に声をかければ、魔術師はおどおどした様子で大丈夫だと口にする。
そして遂に煙は晴れ、今回の使者の全体像を拝むことが出来た。
その場の人間全てが、声を失った。それほど…何とも美しい姿をしていたのだ。
黒檀色の艶やかな髪は緩く後ろに結ばれ、状況が掴めないのか理解できなそうに揺れる瞳は月の光で茶色にも黒にも見えた。童話の姫のような白肌は、まるで神の使いか聖なるもののようだった。それら全ての言葉は誇張でも何でもなく、全くの真実だった。
その部屋全ての者がその美しさに見惚れる中、エフェシアはいち早く我を取り戻した。
「今回は随分と上等な姿の…」
「典型的な威厳あるっぽい王様姿に顔見えないフード魔術師っぽい姿…。うわやだ興奮する…。」
早口で告げられた言葉は、自分たちの言葉と似たようなものだったが、何を言っているのか理解ができなかった。いや、理解し難い単語だった、と言い換えるべきか。
再び別の意味で言葉を失った全員だったが、何とか意識を戻す。
「え、えと…。使者よ、今回貴女を呼んだのはこの世界、アヴィシリアを救っていただ…」
「装飾綺麗すぎ、滅茶苦茶丁寧に作られて……って月の数多すぎじゃないっ…!? 」
6つもある…と魔術師の話など全く聞かず、興味津々に窓に駆け寄る異世界からの使者に、周りは混乱する。今まで初めてこの世界に来た異世界の使者は皆混乱し、状況が掴めず呆然とするかここは何処だと叫ぶようなものばかりだった。
「使者よ。話を…」
「え、使者って…私の事ですか?」
「ぅ…」
瞳が合った瞬間、魔術師は恥ずかしそうに目を逸らす。
エフェシアは深い溜息を溢し、新たに来た使者の前に歩み寄る。
「私はこの城の王、エフェシアだ。お前の名はなんという」
「王様…。失礼しました、私の名前は中嶋神音、神の音でシオンと申します。」
礼儀正しく、そう頭を垂れ自分の名を言う姿にエフェシアは満足そうに微笑んだ。
「今回は使えそうだな、良い…。ルカ!」
ルカ、と呼ばれ出てきた一人のメイドに神音は目を見開いた。その姿は、現実で親友だった広瀬瑠夏と全く同じ顔をしていたのだ。
「シオンの世話は貴様に任せる。丁寧にもてなせ」
「はい。かしこまりました」
そう言うやいなや、エフェシアはその部屋から出ていった。
「………ん、そう言えばここって…」
何処?
その自分の呟きに、神音はそっと顔を青くさせたのだった。
次からようやっと、異世界についてです…。
説明長すぎですね、すいません(´・ω・`)